第41話 疑いの同行者
佳子と相馬は、少し距離を空けながら森を進んでいた。
並んで歩いているとは言っても、佳子は完全に警戒を解いたわけではない。
相馬の条件を知っている以上、それは無理だった。
《2nd STAGE開始時点で生存していた、自分以外の参加者13名全員の死亡を確認してください》
《TARGET:13》
相馬が自分から条件を公開したことは覚えている。
隠すこともできたはずなのに、そうしなかった。
だから少なくとも、あの時の相馬には誰かを騙して襲うつもりはなかったのだと思う。
けれど、あれから状況は変わった。
拠点は失われ、参加者たちは散り散りになった。
銃を持った誰かが森を徘徊し、どこから攻撃されるかも分からない。
そして何より、2nd STAGEの条件は、人が死ぬことそのものに意味を持たせてしまった。
「こっちで合ってる?」
相馬に聞かれ、佳子は足を止めた。
「たぶん」
「たぶん?」
「爆発した後、必死で走ったから。正確には覚えてない」
周囲を見回す。
似たような木ばかりが並んでいて、目印になるものがほとんどない。
「でも斜面を下りてきたから、上に戻れば近づけると思う」
「銃撃された場所にも近づくけど」
「分かってる」
佳子は歩き出した。
相馬も黙ってついてくる。
「相馬」
「ん?」
「無理についてこなくてもいいからね」
「まだ疑ってる?」
「そりゃ疑うでしょ」
「正直だな」
「相馬の条件を知ってるのに、何も考えず一緒に歩ける方がおかしいよ」
「それはそうか」
相馬は苦笑した。
その反応を見る限りでは、以前とそれほど変わっていない。
けれど時々、妙に黙り込む。
その瞬間だけ、何を考えているのか分からなくなる。
「佳子は?」
「何?」
「自分の条件、まだ全員には話してないよな」
佳子の足がわずかに止まった。
「……そうだね」
「言いたくないならいい」
「聞かないの?」
「聞いて教えてくれる?」
「たぶん教えない」
「じゃあ聞かない」
相馬はそれ以上踏み込まなかった。
佳子の条件には、首輪が外れている参加者が必要になる。
それを不用意に広めるつもりはなかった。
特に今の相馬には。
「でも1つだけ聞いていい?」
相馬が言った。
「何?」
「蓮が必要な条件?」
「違う」
佳子はすぐに答えた。
「……そう」
「なんで蓮が出てくるの?」
「いや。あれだけ探したがってるから」
「条件は関係ない」
答えてから、佳子は少しだけ気まずくなった。
相馬がこちらを見る。
「何?」
「何でもない」
「その顔やめて」
「何もしてないって」
「してる」
佳子は歩く速度を上げた。
腕の傷が少し痛んだが、気にしなかった。
*
蓮は地面に残った跡を見ていた。
爆発した場所へ真っ直ぐ戻ることは避け、少し離れたところから迂回してきた。
「分かる?」
詩織が尋ねる。
「……微妙だな」
地面には踏み荒らされた跡がある。
自分たちのものかもしれないし、別の誰かのものかもしれない。
蓮はしゃがみ込み、折れた枝を見る。
まだ新しい。
「誰か通ったの?」
「たぶん」
「佳子?」
「だったらいいけど」
立ち上がる。
詩織はすぐ蓮の横へ寄った。
さっきからほとんど離れようとしない。
莉奈がそれを見ていた。
「詩織」
「何?」
「近すぎない?」
「何が?」
「蓮との距離」
詩織は自分と蓮の間を見る。
「普通じゃない?」
「普通じゃない」
「じゃあ、どれくらい離れれば普通なの?」
「見えなくなるくらい」
「それは離れすぎでしょ」
蓮は2人を振り返った。
「今それやる必要あるか?」
「莉奈が言ってきたんだけど」
「だって邪魔だから」
「またそれ?」
詩織が呆れた顔をする。
最初は莉奈を本気で怖がっていたはずだが、少しずつ言い返すようになっていた。
慣れたというより、蓮が間にいるからなのかもしれない。
「莉奈」
蓮が呼ぶ。
「なに?」
「佳子を探すの手伝え」
「ちゃんと歩いてるよ」
「嫌そうな顔するな」
「嫌だから」
「……」
「でも蓮が探したいなら、一緒に探す」
莉奈はそう言って、蓮の横を通り過ぎた。
数歩進んだところで足を止める。
「こっち」
「分かるのか?」
「足跡がある」
蓮が近づく。
確かに地面に靴跡が残っていた。
1人分。
斜面の下へ続いている。
「佳子かもしれない」
詩織が言う。
「行ってみよう」
蓮は頷いた。
だが歩き出す前に、もう一度周囲を見る。
銃撃してきた人間の姿はない。
あれだけ撃ってきたのに、追ってきた気配もなかった。
殺すことが目的なら、なぜ追わない。
爆発まで起こしたのに。
自分たちを逃がしたかった。
あるいは――散らしたかった。
そんな考えが一瞬だけ浮かんだ。
「蓮?」
詩織に呼ばれ、蓮は思考を切った。
「何でもない。行こう」
*
高橋は藤堂と白石の少し後ろを歩いていた。
3人とも、銃撃された場所からかなり離れている。
「そろそろ止まらないか?」
白石が言った。
「足が限界なんだけど」
「もう少し離れる」
藤堂が答える。
「まだ追われている可能性がある」
「さすが元自衛隊。体力の基準がおかしい」
「話せるなら歩ける」
「ひどくない?」
いつもなら高橋も何か返したかもしれない。
だが今は会話がほとんど耳に入っていなかった。
頭にあるのは、自分の条件だった。
首輪を5個。
ただ集めるだけ。
文字にすれば単純だ。
だが島のどこにあるのか分からない。
白石は自分の外した首輪を持っている。
それを高橋は知っている。
今、この場にも1個ある。
高橋の視線が、白石の荷物へ向いた。
「高橋?」
突然呼ばれ、顔を上げる。
白石がこちらを見ていた。
「何?」
「いや、静かだから」
「考え事してただけ」
「条件?」
高橋は一瞬だけ黙った。
「……まあ」
「まだ気にしてるのか」
「気にするだろ」
「そりゃそうだけど」
白石はそれ以上聞かなかった。
高橋も視線を逸らす。
頼めばいい。
白石に事情を話して、首輪を渡してもらえばいい。
だが、それで1個。
残り4個。
黒田、三浦、美月。
そして死んだ美咲。
それぞれが外した首輪をどこに置いたのか分からない。
高橋は以前、葵が見せた端末を思い出した。
F。
アップグレードされたPLAYER TERMINAL。
通常の端末には存在しない、物資情報と特殊物資情報。
あれがあれば、島を闇雲に歩くよりはるかに有利になる。
武器だって探せる。
物資も見つけられる。
もしかすると、自分の条件を進めるために使える何かも見つかるかもしれない。
「……葵」
無意識に名前が漏れた。
「水野がどうした?」
藤堂が振り返る。
「いや」
高橋はすぐに誤魔化した。
「1人だったのを思い出しただけ」
「拠点から逃げた時か」
「そう」
嘘ではない。
葵は1人で別方向へ逃げている。
今なら、他の参加者も近くにいない可能性が高い。
高橋はそこで思考を止めた。
何を考えている。
会えたとしても、頼めばいいだけだ。
端末を貸してくれ。
情報を見せてくれ。
そう言えばいい。
断られたら――。
「高橋」
藤堂の声で我に返る。
「行くぞ」
「ああ」
高橋は歩き出した。
だが、頭の中からFの文字は消えなかった。
*
真由は一定の距離を保ったまま、黒田たちを追っていた。
見失わない。
近づきすぎない。
自分でも驚くほど冷静だった。
少し前までなら、誰かを尾行しているだけで手が震えていたはずなのに。
今は違う。
黒田。
三浦。
美月。
3人。
あと白石。
4人全員の死亡を確認すれば、自分の条件は達成される。
それだけを考えると、不思議なほど単純に思えた。
真由は自分の手を見る。
刃物を投げた時の感覚が、まだ残っている。
もし当たっていたら。
もし美月が倒れていたら。
怖かったと思う。
吐いたかもしれない。
それでも――条件は1人分進んでいた。
その考えを、もう完全には否定できなかった。
前方で黒田たちが止まる。
真由も木の陰へ身を隠した。
黒田が見つけたという建物に着いたらしい。
半分地面へ埋まるように造られた、古いコンクリートの施設。
三浦と美月が入口付近を見ている。
黒田は少し離れた場所から周囲を警戒していた。
真由は刃物へ手を伸ばす。
今なら。
そんな考えが浮かぶ。
だが、黒田がいる。
元警察官。
正面から仕掛けるのは危険だ。
真由は手を止めた。
「……まだ」
小さく呟く。
待てる。
3人がずっと一緒にいるとは限らない。
誰かが1人になる瞬間があるかもしれない。
その時なら。
真由は木の陰から、美月を見つめた。
以前なら、そんな自分自身が怖かった。
今は。
少しずつ、それにも慣れ始めていた。
*
「止まって」
莉奈が突然言った。
蓮と詩織が足を止める。
「今度は何だ?」
「人」
莉奈が前方を見る。
蓮も目を凝らした。
木々の隙間から、人影が2つ見える。
1人は女。
もう1人は男。
距離があるため顔までは見えない。
だが、女の方の服に見覚えがあった。
「佳子……?」
蓮が一歩前へ出る。
詩織も目を凝らす。
「本当?」
蓮は答えず、もう少し近づこうとした。
その時。
莉奈が蓮の腕を掴んだ。
「待って」
「何だよ」
「あの男」
「男?」
佳子の隣を歩いている人物。
木の陰から横顔が見えた。
蓮にも分かった。
「……相馬?」
詩織の表情が強張る。
相馬の条件を思い出したのだろう。
蓮も同じだった。
《TARGET:13》
自分以外の参加者13人全員の死亡確認。
その対象には当然、佳子も入っている。
「佳子!」
蓮が呼ぼうとした。
だが、莉奈が腕を離さない。
「待ってって言ってるでしょ」
「なんでだよ」
「相馬がいる」
「見れば分かる」
「だったら、すぐ近づかない方がいい」
蓮は莉奈を見る。
珍しく、その言葉には嫉妬とは違う警戒があった。
「条件、知ってるんでしょ?」
「ああ」
「佳子が一緒に歩いてるからって、安全とは限らない」
詩織も小さく頷く。
「私も……ちょっと怖い」
蓮は再び2人を見る。
佳子は普通に歩いている。
拘束されている様子はない。
相馬も武器を構えてはいない。
それでも、何も考えずに近づいていい相手ではなくなっている。
蓮はしばらく考えた後、声を出すのをやめた。
「少しだけ様子を見る」
詩織が頷く。
莉奈も蓮の腕を離した。
木々の向こうでは、佳子と相馬がまだこちらに気づいていない。
距離にすれば、それほど遠くない。
走ればすぐに追いつける。
それなのに。
蓮は、ほんの少し前までとは違う距離を感じていた。
同じゲームに参加した者同士。
同じ場所で眠り、同じ食料を分けた者同士。
それでも今は、相手が誰であっても、その条件を考えなければ近づくことさえできない。
2nd STAGEが始まってから、離れていくのは身体の距離だけではなかった。
そのことを、蓮は初めてはっきりと感じていた。




