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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第39話 それぞれの敵



「今はね」


 莉奈はそう答えると、佳子へ向けていた刃物をゆっくりと下ろした。


 蓮が止めたから従った。それだけなのだろう。


 刃物を下ろしても、莉奈の視線から敵意までは消えていない。


 佳子も警戒を解かず、莉奈をまっすぐ見返していた。


「……今は、って何?」


「そのままの意味」


「全然安心できないんだけど」


「安心しなくていいよ」


 莉奈は平然と答える。


「佳子に安心してほしいなんて思ってないから」


「莉奈」


 蓮が低い声で名前を呼んだ。


 それだけで莉奈の表情が変わる。


「なに?」


「刃物をしまえ」


「……分かった」


 先ほどまでの態度が嘘のように素直だった。


 莉奈は刃物をしまい、両手を空ける。


 その様子を蓮の後ろから見ていた詩織が、困惑したように口を開いた。


「なんで……そんなに蓮の言うことだけ聞くの?」


「蓮だから」


「それ、答えになってないよ」


「私にはなってる」


 詩織はしばらく莉奈を見つめた後、蓮へ顔を向けた。


「……知り合いなの?」


「違う」


「ひどい」


 莉奈が即座に反応する。


「何度も会ってるのに」


「お前が勝手に出てきただけだろ」


「でも会ってる」


「そういうのは知り合いとは言わない」


「私は言うよ」


「俺は言わない」


 会話だけ聞けば、危険な状況には思えない。


 だが、莉奈がついさっきまで刃物を持っていた事実は変わらなかった。


 佳子は2人のやり取りを黙って見ていたが、やがて莉奈へ向き直った。


「ねえ」


「なに?」


「さっき、蓮のこと迎えに来たって言ったよね」


「言ったよ」


「どこかに連れていきたいの?」


 莉奈はすぐには答えなかった。


 ほんの少しだけ間を置き、


「うん」


 と答えた。


「どこに?」


「教えない」


「なんで?」


「佳子には関係ないから」


「蓮を連れていこうとしてるんだから、関係あるでしょ」


「ないよ」


「ある」


「ない」


「ある」


「お前ら……」


 蓮が2人の間へ割って入った。


「今それをやってる場合じゃないだろ」


 拠点は襲撃を受けた。


 参加者は散り散りになっている。


 誰がどこにいるのかも分からない。


 莉奈だけを警戒していればいい状況ではなかった。


「莉奈」


「なに?」


「俺をどこへ連れていくつもりだ」


 莉奈は蓮を見つめた。


「ここから、そんなに遠くないところ」


「場所を聞いてる」


「まだ教えない」


「目的は?」


「それも、まだ秘密」


「それで俺がついていくと思うか?」


「思ってないよ」


 莉奈は微笑んだ。


「でも蓮なら、ちゃんと話せば来てくれるかもしれないとは思ってる」


「余計に怪しいな」


「じゃあ、2人になったら話す」


「ならなくていい」


 佳子がすぐに割り込んだ。


 莉奈の笑みが消える。


「……やっぱり邪魔」


「聞こえてるけど」


「聞こえるように言ったから」


「莉奈」


 蓮がもう一度名前を呼ぶ。


 莉奈は不満そうにしながらも、それ以上は言わなかった。


 その時だった。


 遠くで乾いた音が響いた。


 全員の表情が変わる。


 数秒後、もう1度。


 ――銃声。


「……また」


 詩織がバッグの肩紐を強く握った。


 蓮は音のした方角へ目を向ける。


 木々に遮られ、何も見えない。


 誰が撃ったのか。


 誰が撃たれているのか。


 そもそも誰かを狙った銃声なのか。


 何も分からなかった。


「ここに長くいるのは危険だ」


 蓮が言う。


「まず身を隠せる場所を探す」


「だったら私が案内する」


 莉奈がすぐに言った。


「近くに建物があるから」


「信用できるの?」


 佳子が尋ねる。


「佳子に信用してもらう必要ないよ」


「またそれ?」


「待て」


 蓮が2人を止める。


「莉奈。その建物は、さっき俺を連れていこうとしてた場所か?」


「違うよ」


「本当か?」


「蓮には嘘つかない」


「それが一番信用できないんだけど」


 佳子が呟いた。


「他に当てもない」


 蓮は森を見回した。


「建物まで案内してくれ。ただし、そこから先は勝手に決めるな」


「うん」


 莉奈は嬉しそうに頷いた。


「蓮が一緒ならいいよ」


 佳子と詩織は顔を見合わせる。


「……私たちもいるからね」


 詩織が念を押すように言った。


 莉奈は答えなかった。


 4人は森の中を移動し始めた。


 先頭を歩く莉奈。


 その少し後ろを蓮。


 佳子と詩織は、莉奈から距離を取ってついていく。


 蓮は歩きながら、自分の端末が入ったポケットへ触れた。


 2nd STAGEで与えられた条件。


《AとEのPLAYER TERMINALを破壊してください》


 Aが誰なのかは知っている。


 詩織だ。


 正確には、詩織が今もバッグに入れて持っている壊れた端末。


 問題はE。


 その持ち主が誰なのか、蓮はまだ知らない。


 莉奈なのか。


 佳子なのか。


 それとも、別の参加者なのか。


 今は判断できない。


 だからこそ、自分の条件も簡単には話せなかった。


     *


「止まれ」


 黒田の声で、三浦と美月が足を止めた。


 拠点から逃げて、どれくらい移動したのか。


 森の中を進み続けていた3人は、すでにかなり離れた場所まで来ていた。


 三浦は負傷した腕を庇いながら歩き、美月も先ほど転んだ影響で少し足を引きずっている。


「どうした?」


 三浦が尋ねる。


 黒田は後方へ目を向けた。


「追ってくる音が消えた」


 少し前まで感じていた気配がない。


 自分たちへ投げられた刃物。


 あれが偶然だったとは考えにくい。


 誰かが3人を狙っている。


 問題は、その誰かがまだ追ってきているのかどうかだった。


「諦めたのかな……」


 美月が小さく言う。


「そう思って動くのは危険だ」


 黒田は周囲を見回した。


「少し休もう」


 三浦が美月を見る。


「足を見せて」


「大丈夫だよ」


「医者に大丈夫って言っても説得力ないよ」


「……それ、自分で言う?」


 三浦がわずかに笑った。


「今くらいは使わせてくれ」


 美月は諦めて近くの木の根元へ座った。


 三浦が足首を確認する。


「軽く捻ってる。歩けるとは思うけど、走り続けるのはやめた方がいい」


「でも、また来たら……」


「その時はその時だ」


 黒田が言った。


「ここにいろ。少し周りを見てくる」


 三浦が顔を上げた。


「1人で行くのか?」


「3人で動けば足音が増える。誰かが追っているなら、位置を教えるだけだ」


「遠くには行くなよ」


「ああ」


 黒田は短く答え、1人で木々の奥へ入っていった。


 美月がその背中を見送る。


「黒田さんって……怖くないのかな」


「怖くない人間はいないよ」


 三浦は美月の足から手を離した。


「怖くても動ける人間がいるだけだ」


     *


 黒田は1人になると、歩く速度を落とした。


 足音を抑え、木々の向こうへ注意を向ける。


 元警察官だった経験が、こういう時には役に立つ。


 ただし、それで銃弾を避けられるわけでもなければ、相手の考えていることが分かるわけでもない。


 過信すれば死ぬ。


 それだけは分かっていた。


 数分進んだところで、黒田は足を止めた。


 木々の向こうに、人工物が見える。


 近づいて確認すると、地面へ半分埋まるように造られた小さなコンクリート施設だった。


「……こんな所にもあるのか」


 入口らしき金属扉がある。


 だが取っ手はない。


 黒田はすぐには近づかず、周囲を一周した。


 新しい足跡は見当たらない。


 窓もない。


 正面へ戻ると、扉の横に小さな黒いパネルが埋め込まれていることに気づいた。


《AUTHENTICATION》


 その下には細い差し込み口がある。


 端末をかざすタイプではない。


 何か別の物を挿入するための形だった。


「…………」


 黒田はその形をしばらく見つめた。


 どこかで似た大きさのものを見た気がする。


 考えてから、ポケットへ手を入れた。


 指先に触れた、小さな硬い感触。


 ゲームが始まったばかりの頃。


 中央広場近くの森で拾った、用途不明の黒いパーツ。


 黒田はそれを取り出した。


 表面には、


《G》


 裏側には、小さな金属接点。


 これまで使い道は一度も分からなかった。


 捨てる理由もなかったため、そのまま持っていたものだ。


 黒田はパネルの差し込み口と、《G》のパーツを見比べる。


 大きさが似ている。


 偶然なのか。


 それとも――。


 黒田はパーツを差し込み口へ近づけた。


 だが、直前で手を止めた。


「……いや」


 何が起こるか分からない。


 このゲームでは、認証という行為そのものに意味がある。


 用途も分からないものを、1人で試す必要はない。


 黒田は《G》をポケットへ戻した。


 場所だけ覚えておけばいい。


 三浦と美月を待たせている。


 まず2人のところへ戻るべきだった。


 施設から離れようとした時、黒田は一度だけ振り返った。


 森の中に隠された扉。


 《AUTHENTICATION》の文字。


 そして、ポケットの中にある《G》。


 ゲーム開始からずっと意味の分からなかったものが、初めて何かにつながったような気がした。


     *


「伏せろ!」


 藤堂の声が響いた。


 白石と高橋が身を低くした直後、乾いた発砲音が森に響いた。


 木の幹が弾け、破片が飛ぶ。


「またかよ!」


 白石が叫ぶ。


「声を出すな!」


 藤堂が白石の肩を掴み、太い木の裏へ押し込んだ。


 高橋も別の木陰へ滑り込む。


「どこから撃ってる?」


「分からん」


 藤堂は姿勢を低くしたまま、森の奥を見る。


 相手は姿を見せない。


 撃ってきた方向さえ、木々に音が反響して特定しにくかった。


 白石は左腕に抱えていた鍋の蓋を見下ろす。


「……これ、さすがに銃弾は無理だよな」


「当たり前だ」


「だよな」


「だったら顔を出すな」


「分かってるって」


 いつもの軽口。


 それでも白石の手は震えていた。


 高橋は2人から少し離れた木の裏で、自分の首輪へ無意識に触れた。


 頭の中には、何度消そうとしても2nd STAGEの条件が浮かぶ。


《参加者の首輪を5個回収してください》


 白石。


 黒田。


 美月。


 三浦。


 美咲。


 すでに外された首輪は存在する。


 誰かを傷つける必要はない。


 探して回収すればいい。


 そう考えればいい。


 それなのに、別の考えが入り込んでくる。


 もし見つからなかったら。


 もし、首輪が外れていない参加者から回収しなければならなくなったら。


 必要なのは首輪だ。


 首輪だけ。


 なら――首から外せないのなら。


「……くそ」


 高橋はそこで思考を止めた。


「高橋?」


 白石がこちらを見る。


「何でもない」


 高橋は森へ視線を戻した。


 今の考えを、自分以外の誰にも知られたくなかった。


     *


 葵は歩みを止めた。


 背後の足音も消える。


 再び歩き出す。


 しばらくすると、また聞こえる。


 一定の距離を保ったまま、自分についてきている。


 もう偶然ではない。


 葵は木の陰へ入り、Fの端末を取り出した。


 アップグレード済みPLAYER TERMINAL。


 物資情報。


 特殊物資情報。


 PLAYER INFORMATION。


 普通の端末にはない情報を持っている。


 以前なら、それは単純に有利なものだと思っていた。


 だが今は違う。


 価値があるということは、狙われる理由にもなる。


 そして自分自身の条件は、


《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》


 真由のMがアップグレードされていることは確認できた。


 つまり、自分のF以外にも対象は存在する。


 だが同時に、誰かの条件が自分のFへ向けられている可能性も否定できない。


「……最悪」


 葵は小さく呟いた。


 逃げ続けても状況は変わらない。


 自分が止まれば、相手も止まる。


 なら、やり方を変えるしかない。


 葵は端末をしまうと、これまでとは違う方向へ歩き始めた。


 少し進み、もう一度方向を変える。


 背後。


 数秒遅れて、足音の位置も変わった。


 葵の表情から迷いが消える。


 間違いない。


 自分は追われている。


     *


 相馬直人は、森の中を進んでいた。


 少し前まで見えていた人影は、今は木々の向こうへ消えている。


 誰なのかは分からない。


 拠点が崩れた直後、1人で逃げていった人間。


 それだけだ。


 相馬は端末を取り出した。


《TARGET:13》


 数字は変わっていない。


 2nd STAGE開始時点で生きていた、自分以外の参加者13人。


 全員の死亡を確認する。


 それが自分の条件。


 相馬は画面を閉じた。


 前方で枝が折れる。


 まだ遠くには行っていない。


 追いつける。


 もしあの人物が誰かに追われているなら、助けた方がいい。


 普通ならそうする。


 だが、別の考えが浮かんだ。


 もし、自分が何もしなくても誰かが死ぬのなら。


 それを止めることは、自分の条件達成を遠ざけることになる。


「…………」


 相馬は足を止めなかった。


 自分の中に生まれた考えを否定できないまま、人影の消えた方向へ進んでいった。


     *


 森の別の場所では、古瀬聡子が1人で歩いていた。


 服には土と煤が付着し、腕には細かな擦り傷がある。


 呼吸も乱れていた。


「……みんな……」


 弱々しい声で呼びかける。


「どこ……?」


 返事はない。


 聡子は木に手をつき、苦しそうに呼吸を整えた。


 誰かが見ていれば、拠点への襲撃から必死に逃げてきた参加者にしか見えなかっただろう。


 だが周囲に誰もいないことを確認すると、震えていた呼吸がゆっくりと落ち着いていく。


 怯えていた表情も消えた。


 聡子は服の内側へ手を入れる。


 取り出したのは、PLAYER TERMINALとは別の小型端末だった。


 画面を確認する。


 散らばった参加者。


 各所で起き始めている接触。


 遠くから聞こえる銃声。


「……これでいい」


 聡子が小さく呟いた。


 全員が同じ建物に集まり続ければ、互いに監視できる。


 危険な条件を持っていても、誰かの目がある。


 協力する余地も残る。


 だから、離した。


 安全だと思える場所をなくした。


 あとは、それぞれが与えられた条件と向き合う。


 誰を信用するのか。


 誰から逃げるのか。


 そして、どこまでなら自分はやれるのか。


 聡子は小型端末を閉じた。


 その時、遠くで再び銃声が響いた。


 聡子はそちらへ顔を向ける。


 しばらく音を聞いた後、再び端末を服の内側へ隠した。


 そして表情を変える。


 怯え。


 不安。


 孤独。


「……誰か……いないの……?」


 震える声で呼びかけながら、聡子は森の中を歩き始めた。


 2nd STAGEは、もう始まっている。


 同じゲームに参加しているはずの人間たちは、少しずつ別々のものを見始めていた。


 生き残るための相手。


 条件達成に必要な相手。


 邪魔になる相手。


 そして――自分を狙っているかもしれない相手。


 誰が敵なのかは、まだ誰にも分からない。


 ただ1つ確かなのは、もう誰も以前と同じ場所には戻れないということだった。

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