↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/176

第36話 帰還者



 翌朝。


 拠点の外では、白石が昨日拾ってきた鍋の蓋を壁へ立てかけていた。


「……本当に持って帰ってきたんですね」


 詩織が呆れたように言う。


「当然」


 白石は真顔だった。


「俺の命を守る盾だから」


「藤堂さん、銃弾は無理って言ってましたよね」


「銃以外なら可能性はある」


「捨てないんですか?」


「捨てない」


 詩織は壁に立てかけられた鍋の蓋を眺めた。


 傷と汚れのついた、ごく普通の調理器具にしか見えない。


「……名前つけました?」


「考え中」


「本当に考えてたんだ……」


 少し離れた場所では、美月が2人の会話を聞いていた。


 昨日より、ほんの少しだけ表情が戻っている。


 それでも、美咲がもういないという事実だけは変わらない。


     *


 建物の中では、葵がF端末の【特殊物資情報】を確認していた。


 E-04。


 消失。


 これは自分たちが防弾ベストを回収した場所だ。


 B-03。


 消失。


 誰かが回収しているが、中身も回収者も分からない。


 そしてF-01。


《分類:武器》


 そのマーカーだけは、まだ残っていた。


「まだある」


 葵が言うと、高橋が画面を覗き込んだ。


「武器か」


「うん」


「取りに行くべきじゃないのか?」


「昨日も話しただろ」


 蓮が答えた。


「場所が分かってるなら、待ち伏せされる可能性もある」


「でも、他の奴に取られたら?」


「それも危険だ」


「だったら先に取った方がいい」


「取った後は?」


 高橋の言葉が止まる。


 蓮は続けた。


「誰が持つ?」


 拳銃ですら、現在の持ち主は分かっていない。


 そこへ新しい武器を持ち帰ったとして、誰に預けるのか。


 誰なら信用できるのか。


 今の状況では、武器を手に入れること自体が新しい問題を生む可能性がある。


「……面倒くせえゲームだな」


 高橋が吐き捨てるように言った。


「今さら?」


 佳子が返す。


 後ろにいた白石が首を傾げた。


「昨日もそれ聞いた気がする」


     *


 昼前。


 建物の中にいた黒田が突然顔を上げた。


「静かに」


 その一言で、全員の動きが止まった。


「何?」


 佳子が小声で尋ねる。


 黒田は入口へ目を向けている。


「足音だ」


 藤堂もすぐに立ち上がった。


 蓮、高橋、白石も入口へ視線を向ける。


 白石は反射的に壁際の鍋の蓋を手に取った。


 高橋が横目で見る。


「……本当に使うのか」


「こういう時のためだろ」


「たぶん違う」


 藤堂が手を上げ、黙るよう合図した。


 足音は少しずつ近づいてくる。


 1人。


 速くはない。


 むしろ片足を引きずるような、不規則な歩き方だった。


 草を踏む音が近づき、やがて森の中から人影が現れる。


「……っ」


 佳子が息を呑んだ。


「三浦さん!」


     *


 三浦和也だった。


 服は土で汚れ、右腕には血が滲んでいる。脇腹の辺りにも赤い染みが広がっていた。


「三浦!」


 黒田が真っ先に外へ出る。


 三浦は片手を上げた。


「大丈夫……」


「大丈夫に見えない」


 蓮も駆け寄る。


 その直後、三浦の身体がふらついた。


 藤堂が横から支える。


「中へ入れ」


「いや……」


 三浦は森の方を振り返った。


「その前に……誰か来てないか見てくれ」


 全員の表情が変わった。


「追われてるのか?」


 蓮が聞く。


 三浦はすぐには答えなかった。


「……分からない」


     *


 藤堂、黒田、蓮の3人が周囲を確認した。


 森の中に人影はない。


 足音も聞こえなかった。


 藤堂は地面を確認する。


「三浦の足跡はあるが……」


 少し場所を変え、落ち葉や地面を調べる。


「ここじゃ他は分からんな」


 硬い地面と落ち葉のせいで、痕跡は途中から判別できなくなっている。


「戻ろう」


 藤堂の言葉で、3人は拠点へ戻った。


     *


 建物の中では、佳子が救急箱を用意していた。


「傷、見せて」


 三浦は椅子へ座り、右腕の袖を捲った。


 切り傷は深い。


 ただ、今すぐ命に関わるようには見えなかった。


 脇腹にも枝か何かで擦ったような傷がある。


「痛そう……」


 詩織が顔をしかめる。


 三浦は救急箱を受け取ると、中身を確認した。


 消毒液、ガーゼ、包帯。


「これ借りる」


「私やります」


「いや、大丈夫だ」


 三浦は自分で傷を洗い、消毒すると、出血を確認しながらガーゼを当てた。


 その手つきには迷いがない。


 藤堂がそれを見ていた。


「慣れてるな」


「仕事だから」


 三浦は手を止めずに答える。


「仕事?」


 白石が反応した。


 三浦は包帯を巻き終えると、何でもないことのように言った。


「医者」


 一瞬、部屋が静かになった。


「……え?」


 白石が聞き返す。


「医師」


「三浦さん、医者だったんですか?」


「ああ」


「それ早く言ってくださいよ!」


 三浦が白石を見る。


「聞かれてない」


 白石はゆっくり藤堂へ顔を向けた。


「昨日も聞いたぞ、その答え」


「俺を見るな」


 佳子が思わず笑った。


 蓮も少しだけ息を抜く。


 だが、黒田だけは表情を変えなかった。


「傷の話をしろ」


 その言葉で、空気がすぐに戻った。


     *


「どこで怪我した?」


 黒田が聞く。


「北側だ」


「誰にやられた?」


「誰にも」


「誰にも?」


 三浦は水を一口飲んだ。


「2nd STAGEに変わった後、自分の端末を確認した」


「条件は?」


 高橋が尋ねる。


「出てない」


 三浦は自分の首元を指した。


 そこに首輪はない。


「追加ルール通りだ」


 白石。


 黒田。


 美月。


 三浦。


 現在生きている4人の首輪解除済み参加者には、誰にもNEW CONDITIONが設定されていない。


「それから?」


 蓮が聞く。


「拠点へ戻ろうとした」


 三浦は包帯を巻いた右腕を見る。


「途中で、音がした」


「銃?」


「違う」


「じゃあ何だ?」


「分からない。枝か、草か……足音かもしれない」


 最初は動物だと思ったという。


 だが、自分が止まると音も止まった。


 再び歩き出すと、しばらくしてまた聞こえる。


「誰かがいた?」


 佳子が尋ねる。


「そう思った」


 三浦は少し黙ってから続けた。


「一度、確認しようとして振り返った。でも誰もいなかった。もう一度進むと、また聞こえた」


「それが何回か続いた?」


「ああ」


 高橋が眉を寄せる。


「尾行されてたってことか」


「可能性はある。ただ、姿は見てない」


「じゃあ傷は?」


「その後だ」


     *


 三浦は森を抜けようとして、歩く速度を上げた。


 そこで足を滑らせた。


 細い斜面。


 湿った土。


 体勢を崩し、右腕を岩で切った。


 脇腹の傷も、その時に木の枝で擦ったものだった。


「襲われてできた傷じゃないのか」


 蓮が確認する。


「ああ」


 白石が少しだけ息を吐いた。


「よかった……」


 三浦が白石を見る。


「何が?」


「いや、直接襲われたんじゃないなら」


「問題はそこじゃない」


 黒田が言った。


 全員の視線が集まる。


「三浦が転んだ後、足音は?」


 三浦は答えなかった。


 数秒経ってから、静かに口を開く。


「……消えた」


 部屋の空気が変わった。


「それまでついてきてた音が?」


 蓮が聞く。


「ああ」


「三浦さんが怪我した直後に?」


「ああ」


 誰もその先を口にしなかった。


 だが、考えていることは同じだった。


 本当に誰かが三浦を尾行していたのなら、その人物は三浦が転倒するところまで見ていた可能性がある。


 そして、そこで追跡をやめた。


 なぜなのか。


 三浦が負傷したからなのか。


 居場所だけ分かれば十分だったのか。


 それとも、まったく別の理由なのか。


     *


「三浦さん」


 美月が小さな声で呼んだ。


 三浦が顔を向ける。


 美月の首には何もない。


 三浦も同じだ。


「私たち……」


 美月はそこまで言って口を閉じた。


 代わりに黒田が続きを言う。


「狙われてると思うか?」


 美月は答えなかった。


 白石も無意識に自分の首元へ触れる。


「俺も?」


「可能性はある」


 黒田が答える。


「……条件ないのに?」


「条件がないからだ」


 白石の表情から笑みが消えた。


 1st STAGEでは、首輪を先に外したことは成功だった。


 ゲームから一歩抜け出した。


 生還へ近づいた。


 少なくとも、そう思っていた。


 だが2nd STAGEでは、その成功そのものが自分たちを危険な立場へ変えた可能性がある。


     *


 少し離れた場所で、高橋は黙って4人を見ていた。


 ポケットの中には自分の端末がある。


《参加者の首輪を5個回収してください》


《回収した5個の首輪を指定地点D-02で認証してください》


 美月。


 黒田。


 白石。


 三浦。


 4人とも、すでに首輪を外している。


 自分の条件に必要なのは彼らの死ではない。


 首輪だけだ。


 それだけのはずだった。


 なのに4人が「狙われているかもしれない」と話しているのを聞いていると、自分まで疑われているような感覚がした。


 高橋は何も言わず、視線を逸らした。


     *


「とりあえず」


 三浦が椅子から立とうとした。


 すぐに佳子が止める。


「どこ行くんですか」


「外」


「怪我してるんですよ」


「軽傷だ」


「医者だからって、自分が患者の時まで勝手に判断しないでください」


 三浦が少し困ったような顔をする。


 白石が横から口を挟んだ。


「佳子ちゃんの勝ちですね」


「何の勝負だ」


 三浦は結局、椅子へ座り直した。


     *


 その時だった。


 ――ピッ。


 葵のF端末が鳴った。


 部屋にいた全員が反応する。


 葵はすぐに【特殊物資情報】を開いた。


「……消えた」


「何が?」


 蓮が近づく。


 葵は画面を見せた。


 昨日まで残っていたF-01。


《分類:武器》


 そのマーカーが消えている。


 白石は無意識に鍋の蓋を握った。


「誰かが……取った?」


「そういうことになる」


「何の武器?」


 高橋が聞く。


「分からない」


「誰が取った?」


「それも分からない」


 拳銃はすでに何者かが持っている。


 B-03の特殊物資も回収済み。


 そして今、F-01にあった武器まで消えた。


 島のどこかで、参加者の誰かが新しい武器を手に入れた。


 それ以上のことは何も分からなかった。


     *


 藤堂は壁際に置かれている2着の防弾ベストへ目を向けた。


「そろそろ決めた方がいい」


「何を?」


 蓮が聞く。


「誰が着るかだ」


 高橋がすぐに言った。


「1着は藤堂でいいんじゃないか?」


「理由は?」


「扱いに慣れてるだろ」


 藤堂は少し考えてから頷いた。


「分かった。1着は俺が使う」


「もう1着は蓮?」


 白石が言う。


「なんで俺なんだよ」


「主人公っぽいから」


「意味分からない」


「じゃあ俺?」


 白石が鍋の蓋を持ち上げる。


「防弾ベストと合わせて二重防御」


 佳子が呆れたように白石を見る。


「1人だけ装備おかしくない?」


 一瞬だけ笑いが起きた。


 しかし、すぐに消えた。


 もう1着を誰が使うのか。


 誰を優先して守るのか。


 そんな判断さえ、今のゲームでは人間関係を変える可能性がある。


 結局、2着目の使用者は決めなかった。


     *


 夕方。


 三浦は建物の隅で横になっていた。


 詩織が水を持ってくる。


「ありがとうございます」


「悪いな」


「いえ」


 三浦は水を受け取ると、詩織を見る。


「君は怪我してない?」


「私は大丈夫です」


「何かあったら言って」


「はい」


 詩織は少し迷ってから、自分の首元へ視線を落とした。


「三浦さん」


「ん?」


「医者なら……」


 首輪へ触れそうになり、途中で手を止める。


「これも、外せたりしませんか?」


 三浦は詩織の首輪を見た。


 少し考えてから、首を横に振る。


「無理だ」


「……ですよね」


「構造も分からない。爆発する仕組みまで入ってるなら、下手に触る方が危険だ」


「はい」


 詩織は少しだけ笑った。


「ちょっと期待しただけです」


 三浦は何も言えなかった。


     *


 夜。


 黒田は1人、建物の外から森を見ていた。


 三浦の話が頭から離れない。


 止まれば止まる。


 動けば動く。


 一定の距離を保ちながら、姿を見せない。


「……」


 後ろから蓮が出てきた。


「何か分かった?」


「いや」


「三浦さんの話?」


「ああ」


 黒田は森から目を離さなかった。


「気になる」


「誰かが追ってたこと?」


「それもある」


 黒田は少しだけ目を細める。


「美咲が死んだ直後だ。その後に、首輪を外している三浦の後ろを誰かがついていた」


 蓮も森を見る。


「偶然だと思う?」


「分からん」


「俺もだ」


 黒田はそれ以上何も言わなかった。


 森は静かなままだった。


     *


 島の別の場所。


 1台の端末に、4人の名前が表示されている。


《橘 美月》


《三浦 和也》


《黒田 修司》


《白石 悠真》


 その中の1つ。


《三浦 和也》


 指が名前の上で止まった。


 死亡確認。


 まだ未達成。


 やがて画面が閉じられる。


     *


 拠点では三浦が眠っている。


 その近くには美月。


 鍋の蓋を手の届くところへ置いた白石。


 そして建物の外では、黒田が森を警戒していた。


 4人とも首輪がない。


 2nd STAGEの個別クリア条件もない。


 だが、彼らは知らない。


 自分たち4人全員の死を確認することを、クリア条件として与えられた参加者がいる。


 そして三浦の後ろにいた気配が、その人物だったのか。


 それとも、まったく別の誰かだったのか。


 今はまだ、誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。