第35話 特殊物資
翌朝、最初に異変に気づいたのは葵だった。
「……増えてる」
まだほとんどの参加者が眠っている薄暗い部屋で、葵は1人、F端末を操作していた。
アップグレードによって追加された【特殊物資情報】。
1st STAGEでは拳銃をはじめ、通常の物資とは異なるいくつかの特殊物資が地図上に表示されていた。そのうち拳銃はすでに何者かに回収され、マーカーも消えている。
だが今、2nd STAGEへ移行した地図には、昨日まで存在しなかった新しいマーカーがいくつも表示されていた。
葵は1つずつ確認していく。
《SPECIAL SUPPLY》
《E-04》
別の場所にもある。
《SPECIAL SUPPLY》
《B-03》
さらにもう1つ。
《SPECIAL SUPPLY》
《F-01》
すべての中身が表示されているわけではなかった。
ただ、最も近いE-04だけは詳細情報が読み込まれている。
《防護装備》
葵は画面を見つめたまま目を細めた。
「2nd STAGE用……?」
偶然追加されたとは思えない。
最初の死亡者が出た。
1st STAGEが終了した。
ゲームルールと個別クリア条件が変更された。
そして今度は、島に存在する特殊物資まで増えている。
ゲームそのものが明確に次の段階へ進んでいる。
葵には、そうとしか思えなかった。
*
「みんな、起きて」
葵の声で蓮が目を覚ました。
隣では白石が毛布の中から顔だけを出している。
「……あと5分」
「学校じゃない」
「じゃあ10分」
「置いていくよ」
「起きます」
白石が渋々身体を起こす。
高橋、藤堂、黒田、佳子、詩織、美月、聡子も次々と目を覚まし、葵の周囲へ集まった。
「特殊物資が増えた」
その一言で、全員の眠気が消えた。
*
机の上にF端末を置き、葵は地図を表示した。
「昨日までなかったの?」
蓮が尋ねる。
「少なくとも、私が最後に確認した時にはなかった」
葵が画面を操作する。
「今のところ、一番近いのがこれ」
《E-04》
《防護装備》
藤堂が画面を覗き込んだ。
「距離は?」
「歩いて1時間くらい」
「取りに行くのか?」
高橋の問いに、葵は迷わず頷いた。
「行った方がいいと思う。私たちが取らなかったら、他の誰かが取る」
白石が小さく手を上げる。
「質問。防護装備って何?」
「分からない」
「盾とか?」
「かもしれない」
「鎧?」
「ゲームが違う」
「じゃあ鍋の蓋」
「それは特殊物資じゃない」
白石が少しだけ笑う。
たったそれだけのやり取りだったが、昨日から張り詰めていた空気が一瞬だけ軽くなった。
*
「全員では行かない」
蓮が言うと、高橋も頷いた。
「拠点を空けるのは危険だな」
相談した結果、E-04へ向かうのは蓮、藤堂、葵、白石、佳子の5人に決まった。
黒田、高橋、詩織、美月、聡子の5人は拠点に残る。
出発前、詩織が蓮へ近づいてきた。
「気をつけてください」
「ああ」
「昨日から……本当に雰囲気が違うから」
詩織は不安そうだった。
蓮は彼女の肩から下がっているバッグへ一瞬だけ目を向ける。
その中には、壊れたA端末が入っている。
「詩織も気をつけろ」
「え?」
「端末、絶対に手放すな」
詩織は少し不思議そうな顔をした。
「壊れてるのに?」
「壊れててもだ」
「……分かりました」
詩織はバッグを抱き直した。
*
森へ入ると、藤堂が先頭を歩いた。
その後ろを蓮、葵、佳子、白石が続く。
藤堂は何度か足を止め、そのたびに地面や折れた枝、周囲の木々を確認していた。
「どうした?」
蓮が聞く。
「踏まれてる」
「どこ?」
藤堂が足元を指す。
蓮には落ち葉と土しか見えなかった。
「新しい?」
「そこまでは分からん。ただ、人間が通った跡だと思う」
藤堂はしゃがみ込み、落ち葉の乱れを確認してから立ち上がった。
白石が感心したように見る。
「よく分かりますね」
「慣れてる」
「何に?」
藤堂は一瞬だけ答えるか迷った。
「……自衛隊にいた」
「え?」
白石だけでなく、佳子も藤堂を見る。
「元自衛官?」
「ああ」
「初耳なんだけど」
「聞かれてない」
白石は納得できないような顔をした。
「いや、それ最初に言ってほしい情報ですよ」
「言ったら何か変わったか?」
「頼もしさが3割増しになります」
「3割か」
「5割にします?」
「いらん」
佳子が小さく笑った。
蓮は藤堂の背中を見る。
元自衛官。
それなら、体格や周囲への警戒、危険に対する反応の速さにも納得できる。
同時に思う。
自分たちは、同じ島にいる参加者たちのことをほとんど知らない。
それぞれが何をして生きてきたのか。
何ができるのか。
そして、何を隠しているのか。
*
E-04にあったのは、古びた資材倉庫だった。
「ここ」
葵がF端末を確認する。
倉庫の扉は閉まっていた。
藤堂が片手を上げ、全員を止める。
「俺が先に見る」
扉の周囲、窓、鍵。
藤堂は慎重に確認していく。
「誰かが入った形跡は?」
蓮が聞く。
「見える範囲ではない」
藤堂がゆっくり扉を開けた。
軋んだ音が響く。
倉庫の中は暗く、棚や木箱には埃が積もっていた。
その奥に、黒いケースが置かれている。
「……絶対あれじゃない?」
白石が小声で言った。
誰もすぐには近づかなかった。
藤堂が先に進み、ケースの周囲を確認する。
配線や不自然な仕掛けは見当たらない。
それを確認してから、ゆっくり蓋を開いた。
中には黒い防弾ベストが2着入っていた。
「……マジか」
白石の声から冗談っぽさが消えた。
佳子も何も言わない。
防護装備。
文字で見た時から、ある程度は予想できた。
だが、実際に防弾ベストを目の前にすると意味が変わる。
このゲームには、防弾ベストを必要とする状況が想定されている。
そう考えざるを得なかった。
*
藤堂は1着を持ち上げ、前面、背面、内側、留め具を順番に確認した。
「使えそう?」
蓮が聞く。
「見た限りではな」
「本当に弾を止められる?」
「絶対とは言えん。弾の種類や距離、当たり方でも変わる」
藤堂はそう答えてベストを戻した。
白石がケースの中を覗く。
「2着だけ?」
「ああ」
「10人以上いるのに?」
誰も答えなかった。
2着しかない。
全員には行き渡らない。
それ自体にも、何か意図があるように思えてしまう。
その時、葵のF端末が短く鳴った。
――ピッ。
全員が画面を見る。
E-04にあったマーカーが消えている。
「取ったから?」
佳子が聞く。
「たぶん」
葵は表示を確認しながら頷いた。
「やっぱり、特殊物資は誰かに回収された時点で地図から消える」
拳銃の時と同じだった。
誰が回収したのかは表示されない。
分かるのは、そこにあった物資がもう残っていないということだけだ。
地図にはまだB-03とF-01が残っている。
「急いで他も取った方がいいんじゃない?」
白石が言った。
葵はすぐには頷かなかった。
「でも、特殊物資ばかり追うのも危険だと思う」
「なんで?」
「強い装備や武器がある場所を、わざわざ地図に表示してるから」
蓮にも葵の言いたいことが分かった。
もし複数の参加者が特殊物資の位置を知る手段を持っているなら、同じ場所へ集まることになる。
そして今の2nd STAGEでは、そこで出会った相手が協力してくれる保証はない。
*
せっかく来た以上、倉庫の中も調べておくことになった。
白石が棚を順番に開けていく。
「食料なし。こっちは工具……」
さらに隣。
「……鍋」
誰も反応しない。
白石は鍋を持ち上げ、その横に置かれていた丸い金属製の蓋を見つけた。
「……」
しばらく見つめた後、蓋を左腕の前に構える。
「これ、いけるんじゃない?」
葵が冷たい目を向けた。
「何が?」
「盾」
「防弾ベスト見つけた直後に鍋の蓋を盾にしようとする人、初めて見た」
「でも、何もないよりマシでしょ」
藤堂が蓋を受け取り、厚さを確認するように指で軽く叩いた。
「銃弾は無理だ」
「即答」
「ただ、刃物相手なら何もないよりはマシかもしれん」
白石の表情が明るくなる。
「ほら」
「勧めてはいない」
それでも白石は鍋の蓋を受け取った。
「俺、これ持ってく」
「本当に?」
佳子が呆れたように聞く。
「命かかってるから」
「さっきまでふざけてたでしょ」
「半分は本気だった」
そのやり取りに、蓮も思わず笑った。
2nd STAGEが始まってから、初めて自然に出た笑いだった。
*
帰り道、防弾ベスト2着は藤堂と蓮が1着ずつ運んでいた。
誰が着るかは、まだ決めていない。
そして白石は、本当に鍋の蓋を持って歩いている。
「重くない?」
佳子が聞く。
「重い」
「置けば?」
「嫌だ」
「気に入ってるじゃん」
「名前つけようかな」
「やめなよ」
その時、葵の足が止まった。
「……待って」
F端末を取り出し、【特殊物資情報】を開く。
葵の表情が変わった。
「B-03が消えた」
蓮も画面を見る。
少し前まで確かに存在していたマーカーが、今はない。
「俺たちじゃない」
「ああ」
藤堂はすぐに周囲を見回した。
誰かが回収した。
今この瞬間にも、別の参加者が島のどこかで特殊物資を手に入れている。
だが、それが誰なのか。
そして何を手に入れたのか。
F端末にも表示されない。
*
さらにしばらく進んだところで、葵はもう1度地図を確認した。
F-01。
こちらのマーカーはまだ残っている。
画面を開くと、それまで表示されていなかった詳細情報が新たに読み込まれた。
《SPECIAL SUPPLY》
《F-01》
《分類:武器》
白石の冗談が止まった。
「……武器」
佳子も端末を覗き込む。
「拳銃以外にもあるってこと?」
「少なくとも、そういう意味だと思う」
葵はそう答えた。
「取りに行くのか?」
藤堂が聞く。
蓮は地図を見る。
F-01は、ここから極端に遠い場所ではない。
だが、今の自分たちは防弾ベストを2着持っている。
B-03もすでに誰かに回収された。
そして、F-01へ向かう途中で別の参加者と遭遇する可能性もある。
「今日は戻る」
蓮が決めた。
「防弾ベストを拠点へ持って帰る。それから考えよう」
「俺も賛成だ」
藤堂が頷く。
葵はしばらくF-01のマーカーを見つめていたが、やがて端末を閉じた。
*
拠点へ戻ると、高橋は机の上に置かれた防弾ベストをじっと見た。
「本当に出てきたのか……」
「ああ」
黒田も手に取って確認する。
「2着だけか?」
「それだけだった」
「誰が使う?」
美月が聞いたが、すぐに答える者はいなかった。
その時、少し遅れて白石が部屋へ入ってきた。
左腕には鍋の蓋を抱えている。
高橋が無言で見る。
黒田も無言だった。
詩織が首を傾げる。
「……それ、何ですか?」
「俺の防具」
「鍋の蓋ですよね?」
「防具」
「鍋の蓋です」
「今日から防具」
詩織が吹き出すように少し笑った。
美月の口元も、ほんのわずかに緩む。
張り詰めていた部屋の空気が、一瞬だけほどけた。
*
その夜。
葵は1人、F端末を見つめていた。
2nd STAGEになって追加された特殊物資。
防弾ベスト。
詳細不明のB-03。
そしてF-01に残された《武器》という表示。
そこから画面を切り替える。
《2nd STAGE 個別クリア条件》
《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》
葵はその文章を何度も読み返した。
条件は、自分のF端末を破壊しろとは指定していない。
それどころか、わざわざ《アップグレード済みPLAYER TERMINAL》という書き方をしている。
葵の頭に浮かんだのは、岩壁の奥に隠されていた2つ目のアップグレードデータだった。
藤堂では開けなかった認証装置。
条件を満たした誰かが、あの場所から持ち去ったデータ。
そして――桐谷真由。
「……真由」
葵は小さく名前を口にした。
もし彼女があのデータを使っているなら、アップグレードされた端末はFだけではない。
そうであるなら、自分のF端末を今すぐ壊す必要もない。
【物資情報】。
【特殊物資情報】。
そして、まだ使用していない【PLAYER INFORMATION】。
この端末には、失うには大きすぎる情報が残っている。
真由を見つける。
条件を達成するためだけではない。
この島にアップグレードされた端末が他にも存在するのか、それを確かめる必要があった。
*
同じ頃。
島のどこかに、開いたままのケースが残されていた。
中身はもうない。
B-03。
少し前まで特殊物資のマーカーが表示されていた場所だった。
誰が来たのか。
何を持ち去ったのか。
それを知る者は、まだいない。
そしてF-01には、今も《武器》と表示された特殊物資が残っている。
2nd STAGEになって島へ追加されたのは、危険な個別クリア条件だけではなかった。
参加者たちの力関係を変える道具もまた、静かに島の各所へ置かれ始めていた。




