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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第34話 狙われる側



 拠点へ戻るまで、蓮たちはほとんど言葉を交わさなかった。


 蓮、佳子、藤堂、聡子。


 4人の間には、これまでとは明らかに違う沈黙が流れている。


 理由は分かっていた。


 個別クリア条件。


 1st STAGEでは、それを話すことが協力につながった。条件を共有すれば誰かが手を貸すことができ、少なくとも判明していた範囲では、他人を犠牲にする必要もなかった。


 だが、2nd STAGEは違う。


 誰かの端末。


 誰かの首輪。


 そして、参加者そのもの。


 それらがクリア条件に組み込まれ始めている。


 つまり、自分の条件を話すことが、別の誰かを危険にさらす可能性がある。


「……蓮」


 歩きながら佳子が声をかけてきた。


「何?」


「さっきの条件」


 蓮は答えなかった。


「やっぱり言えない?」


 少し考えた末、蓮は短く答える。


「まだ」


「そっか」


 佳子はそれ以上聞かなかった。


 少し前を藤堂が歩き、その後ろを聡子がついていく。


 聡子は小さな物音がするたびに肩を跳ねさせ、何度も森を振り返っていた。


     *


 拠点が見えてきた時、最初にこちらへ気づいたのは詩織だった。


「蓮さん!」


 詩織が駆け寄ってくる。


 その表情を見ただけで、蓮には何かあったことが分かった。


「どうした?」


 詩織は答えようとしたが、言葉を詰まらせた。


 その後ろには白石、高橋、葵、黒田、そして美月がいる。


 美月の服と手には、乾き始めた血がついていた。


 蓮の足が止まる。


「……美咲は?」


 誰も答えない。


 やがて美月が俯いたまま口を開いた。


「……死んだ」


 佳子が口元を押さえる。


「そんな……」


 藤堂は目を閉じ、聡子は怯えたように1歩後ろへ下がった。


「……死んだって……本当に……?」


 震える声に、美月が頷く。


「森で倒れてた」


「銃で?」


 佳子が聞く。


 高橋が代わりに答えた。


「断定はできない。銃声の直後に見つかった。血も出ていた。でも、俺たちは現場を詳しく調べてない」


「誰がやったの?」


 美月は首を横に振った。


「分からない」


 そして、両手を強く握る。


「私が目を離したから……」


「違う」


 蓮がすぐに言った。


 美月が顔を上げる。


「撃った奴がいるなら、悪いのはそいつだ。今は自分を責めるな」


「でも……」


 それ以上、美月は言葉を続けられなかった。


     *


 全員が建物の中へ集まった。


 ただし、ここにいるのは10人だけだった。


 三浦和也、相馬直人、桐谷真由、神崎莉奈の4人はいない。


 そして佐伯美咲は、もう戻ってこない。


 蓮は部屋にいる顔を順番に見た。


 減ったのは、たった1人。


 それなのに昨日までとは何もかもが違って見えた。


「まず確認したい」


 高橋が口を開く。


「首輪が外れてる奴だ」


 白石、黒田、美月の3人が互いを見る。


「俺たちにはNEW CONDITIONが出なかった」


 白石が言った。


「黒田も、美月も同じ」


 佳子は端末に追加されたルールを確認した。


《1st STAGE中に首輪解除済みの参加者には、新たな個別クリア条件は設定されません》


「三浦さんも同じってことだよね」


「ルール通りならな」


 高橋が答える。


 聡子がおそるおそる尋ねた。


「じゃあ……3人はもう安全なの?」


 その質問に、誰もすぐには答えなかった。


「分からない」


 蓮が言う。


「条件がないことと、安全なことは別だ」


「嫌な言い方するなあ」


 白石が苦笑する。


「でも、その通りだ」


 高橋は表情を変えなかった。


「佳子の条件みたいに、首輪が外れた人間が他の奴の条件に関係してる可能性がある」


 佳子が高橋を見る。


「……私、まだ全部は言ってないけど」


「さっき、誰かに協力してもらわないと達成できないって言ってただろ」


「よく覚えてるね」


「こういう状況だからな」


 白石の顔から笑みが消えた。


「つまり……俺たちは条件を持ってない代わりに――」


 黒田が静かに続きを口にする。


「誰かの条件になっている可能性がある」


 空気が変わった。


 美月が無意識に少し後ろへ下がる。


「そ、そんな……」


 聡子も不安そうに周囲を見回した。


 条件がないから安全なのではない。


 むしろ、条件を与えられなかった者たちだからこそ、別の意味を持たされている可能性がある。


     *


「1つ提案がある」


 蓮が言った。


 全員の視線が集まる。


「アルファベットは、まだ公開しない」


「理由は?」


 高橋が聞く。


「俺の条件にアルファベットが出た」


 その一言で、藤堂が蓮を見た。


「……お前もか」


 蓮も藤堂を見る。


 短い沈黙。


「“も”?」


 佳子が2人を交互に見た。


 藤堂は小さく息を吐く。


「俺の条件にもアルファベットが指定されている」


「何の文字?」


 葵が尋ねる。


「そこまでは言わん」


「俺も同じだ」


 蓮も続けた。


 高橋は腕を組み、考え込む。


「なるほどな……」


 これまで、端末アルファベットは意味の分からない情報でしかなかった。


 だが2nd STAGEでは、それが突然クリア条件に使われ始めた。


「だったら、余計に公開しない方がいい」


 蓮は全員を見る。


「誰がどの文字なのか分かれば、その人間が狙われる可能性がある」


 詩織は黙って自分のバッグへ手を伸ばした。


 中に入っているのは、壊れた端末。


 A。


 その文字を詩織自身は知らない。


 だが、蓮は知っている。


 そして自分の新しい条件には、


《AとEのPLAYER TERMINALを破壊してください》


 と表示されている。


 蓮は詩織を見た。


 今は言えなかった。


 自分の条件に、彼女の端末が含まれていることを。


     *


「じゃあ、条件も全部秘密にするの?」


 白石が聞いた。


「それも危なくない?」


 佳子が言う。


「どういうこと?」


「例えば、私の条件は1人じゃできない」


 佳子は少し迷った後、必要な部分だけを話した。


「首輪が外れてる人に協力してもらう必要があるの」


「俺でもいい?」


 白石が聞く。


「……条件に当てはまってると思う」


「じゃあ手伝うよ」


 あまりにも即答だったため、佳子の方が驚いた。


「いいの?」


「だって俺、もう条件ないし。何もできないなら手伝うくらいするよ」


「白石」


 高橋の低い声が割って入った。


「簡単に決めるな」


「なんで?」


「佳子の言ってる条件が嘘だったら?」


 部屋の空気が止まった。


 佳子の表情が変わる。


「……私が嘘ついてるって言いたいの?」


「可能性の話だ」


「高橋」


 蓮が止めようとする。


 しかし、高橋は引かなかった。


「いや。ここは重要だ」


 全員を見回す。


「2nd STAGEになった瞬間、条件を隠す奴が増えた。俺だって全部言いたくない。だから他人に言えとも言わない」


 その言葉に反論できる者はいなかった。


「でも、条件を確認しないまま相手についていくのはやめろ。今までと同じ感覚で動くのは危険だ」


 白石もようやく表情を引き締めた。


「……分かったよ」


 佳子は何も言わなかった。


 1st STAGEなら、こんな会話にはならなかった。


     *


 少し時間を置いてから、蓮は藤堂を建物の外へ呼んだ。


「さっきの話なんだけど」


「アルファベットか?」


「ああ」


 藤堂は周囲に誰もいないことを確認する。


「俺の条件はPLAYER TERMINALの破壊だ」


 蓮はわずかに目を見開いた。


「……俺もだ」


 藤堂の表情が変わる。


「同じか」


「ああ。ただ、文字までは言わない」


「俺も言うつもりはない」


 2人はしばらく黙った。


 互いの条件が端末破壊。


 しかし対象は分からない。


「1つだけ決めておかないか」


 蓮が言った。


「何だ?」


「対象の持ち主が分かったとしても、いきなり壊さない。少なくとも相手と話す」


 藤堂は少し考えた後で頷いた。


「それがいいだろうな。端末を壊された側がどうなるかも分からん」


「ああ」


 蓮は藤堂を見る。


 藤堂が必要としている文字は知らない。


 そして藤堂も、自分の目の前にいる蓮がHだとは知らない。


 2人はそれ以上条件について話さなかった。


     *


 その頃、葵も1人で自分の条件を見つめていた。


《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》


 自分のF端末を壊せば、条件を達成できる可能性はある。


 だが、どうしても引っかかる。


 もし対象が自分の端末だけなら、


《自分のPLAYER TERMINALを破壊してください》


 と書けばいい。


 それなのに、条件はわざわざ《アップグレード済みPLAYER TERMINAL》と指定している。


 葵は、岩壁に隠されていた2つ目のアップグレードデータを思い出した。


 藤堂では開かなかった扉。


 その後、誰かが条件を満たして持ち去ったデータ。


 そして、あの時そこに現れた桐谷真由。


「……もう1台ある?」


 まだ確証はない。


 だが、その可能性があるならFを壊すのは早い。


 【物資情報】。


 【特殊物資情報】。


 そして、まだ1度しか使えない【PLAYER INFORMATION】も残っている。


 葵は端末を閉じた。


 真由を見つける。


 それまでは、この端末を手放すつもりはなかった。


     *


 午後。


 美月は壁際に座り込んでいた。


 頭から美咲のことが離れない。


 一緒にC-04で首輪を外した。


 一緒に管理小屋へ逃げた。


 昨日、2人でこの拠点へ来た。


 それなのに今は、もういない。


「……」


 美月は自分の端末を開いた。


《2nd STAGE》


 個別条件は表示されていない。


 何をすればいいのかも分からない。


 その時、誰かが隣へ座った。


 詩織だった。


「……大丈夫ですか?」


 美月は少しだけ笑う。


「大丈夫に見える?」


 詩織は困ったように美月を見る。


「……見えないです」


 その答えに、美月が本当に少しだけ笑った。


「正直だね」


「すみません」


「いいよ」


 しばらく沈黙が続いた。


 詩織は自分のバッグを抱える。


「私も、条件分からないんです」


「端末壊れてるんだっけ」


「はい」


「じゃあ、ちょっと似てるね」


「え?」


「私も条件ないから」


 美月は天井を見上げた。


「何をすればいいのか分かんない」


 詩織もそれ以上何も言わず、隣に座っていた。


 2人とも知らない。


 この時すでに、美月の名前が別の参加者の端末に表示されていることを。


     *


 島の別の場所。


 1台の端末に、4人の名前が並んでいた。


《TARGET》


《橘 美月》


《三浦 和也》


《黒田 修司》


《白石 悠真》


 その上には、新たな個別クリア条件が表示されている。


《2nd STAGE開始時点で首輪が外れていた生存参加者4名全員の死亡を確認してください》


 端末を持つ細い指が、わずかに動いた。


 桐谷真由は、画面に並んだ4人の名前をもう1度確認する。


 自分で手を下せとは書かれていない。


 ただ、4人全員の死を確認しなければ条件は達成できない。


「……最悪」


 真由は小さく吐き捨て、端末を閉じた。


     *


 さらに別の場所。


 相馬直人もまた、新しい条件を前に立ち尽くしていた。


《2nd STAGE 個別クリア条件》


《2nd STAGE開始時点で生存していた、自分以外の参加者13名全員の死亡を確認してください》


《TARGET:13》


 相馬の手がわずかに震えた。


 13人。


 2nd STAGE開始時点で生きていた、自分以外の全員。


 自分で殺せとは書かれていない。


 だが、条件を達成するためには、その13人全員が死んでいなければならない。


「……ふざけんな」


 恐怖なのか。


 怒りなのか。


 それとも、その両方なのか。


 相馬自身にも分からなかった。


 ただ1つだけ理解できる。


 1st STAGEの条件とは、何もかもが違っていた。


     *


 さらに離れた森の中。


 神崎莉奈は自分の端末を見ていた。


《2nd STAGE 個別クリア条件》


《HのPLAYERを指定地点G-02まで生存した状態で同行させてください》


「H……」


 誰なのかは分からない。


 莉奈は画面を見つめたまま、少しだけ首を傾げた。


 そして、楽しそうに微笑む。


「蓮だったらいいのに」


 彼女にとって重要なのは、条件よりも別のことだった。


     *


 夕方。


 蓮は1人、建物の外にいた。


 端末には自分の新しい条件が表示されている。


《AとEのPLAYER TERMINALを破壊してください》


 視線を建物の中へ向ける。


 詩織がいる。


 バッグの中には壊れたA端末。


 頼めば渡してくれるかもしれない。


 だが、それを頼めば自分の条件を知られる可能性が高い。


 詩織がAだという事実も周囲に広まる。


 しかも、今の端末はすでに壊れている。


 それでも条件が達成扱いになっていない以上、今の状態ではシステム上の「破壊」と認識されていない可能性がある。


 そしてE。


 そちらは誰なのかすら分からない。


「蓮」


 後ろから佳子の声がした。


「何?」


 佳子は隣まで来ると、少しだけ距離を空けて立った。


「このゲームさ」


 森を見ながら続ける。


「私たちに条件を隠させようとしてるのかな」


 蓮は答えなかった。


「条件を言えば、誰かを巻き込むかもしれない。言わなかったら疑われる」


「……そうだな」


「嫌な作り」


「今さらだろ」


「それもそうだけど」


 佳子は蓮を見る。


「でも、1個だけ決めない?」


「何を?」


「条件を隠すのはいいと思う」


 そこで少し間を置いた。


「でも、誰かを傷つける条件が出たら……それだけは隠さない」


 蓮はすぐには答えなかった。


「守れると思う?」


「……」


 佳子の言葉が止まった。


 もし自分に、誰かを死なせなければ達成できない条件が出ていたら。


 その相手が、この拠点にいる誰かだったら。


 本当に自分から言えるのか。


 佳子は答えられなかった。


 その沈黙が、何よりも正直だった。


     *


 夜になっても、誰もぐっすりとは眠れなかった。


 首輪を外した者。


 まだ首輪が残っている者。


 条件を話した者。


 条件を隠した者。


 そして、自分の条件を見ることさえできない者。


 同じ建物の中にいる。


 それでも、もう全員が同じ立場ではなかった。


 誰が狙う側なのか。


 誰が狙われる側なのか。


 それすら、本人たちには分からない。


 ただ1つだけ確かなことがある。


 2nd STAGEが始まり、最初に壊れ始めたものは端末でも首輪でもなかった。


 人と人との間にあった、信用だった。

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