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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第29話 見えない誰か



 足音が聞こえる。


 1歩、また1歩。


 佐伯美咲は森の中を進みながら、何度も後ろを振り返っていた。


 誰もいない。木々の間にも、茂みの奥にも、人の姿は見えなかった。


 それでも、さっきから確実に何かがついてきている。


「……誰なの」


 声をかけても返事はない。


 美咲は不安を振り払うように歩く速度を上げた。


 その進行方向、少し離れた木の陰に人影が立っていることには、まだ気づいていない。


 10メートル。


 8メートル。


 6メートル。


 距離が縮まったところで、足元から枝の折れる音が響いた。


 ――パキッ。


「……え?」


 美咲が立ち止まる。


 前方の木陰から人影が出てきた。


「待って」


 女の声だった。


 美咲は反射的に後ずさり、相手を警戒する。


「誰?」


 女は敵意がないことを示すように両手を上げた。


「参加者」


「名前は?」


「橘美月」


 その名前を聞いた瞬間、美咲の身体から力が抜けた。


「美月……!」


 C-04で出会い、同じ場所で条件を達成した相手だった。


 美咲も美月も、そこで首輪を外している。


「どうしたの?」


 美月は美咲の顔を見て眉を寄せた。


「顔、真っ青だよ」


「誰かいる」


「誰か?」


「ずっとついてきてるの」


 美月はすぐに美咲の後ろへ視線を向けた。


 しかし、そこに見えるのは静かな森だけだった。


「相馬って人に会った」


「相馬?」


「男の人。首輪のことを聞かれて……その後から、ずっと誰かの気配がする」


「その相馬って人が追ってきたの?」


「分からない。でも……違う気がする」


「どうして?」


「足音が……」


 美咲がそこまで言った時だった。


 ――ガサッ。


 2人が同時に振り返る。


 木々の間に人影は見えない。


 それでも今の音は、風で葉が揺れただけとは思えなかった。


 美月の表情からも余裕が消える。


「……いるね」


 美咲が美月の腕を掴んだ。


「でしょ?」


「うん。ここにいるのはまずい」


 美月は周囲を確認しながら、ゆっくりと後退する。


「移動しよう」


「どこに?」


「開けた場所。森の中より、少しでも周りが見えるところの方がいい」


 美咲も頷き、2人は並んで歩き始めた。


 その背後で、木の陰に隠れていた1つの影が静かに動く。


 そして、2人が向かう先とは別の方向にも、もう1つの気配があった。


     *


 その頃、蓮たちは佳子の個別クリア条件に必要なWHITE CASEを目指していた。


 メンバーは蓮、佳子、白石、高橋、葵の5人。


「もう少し」


 先頭付近を歩く葵が、アップグレードされた端末を確認する。


 地図には今も、


《特殊物資:WHITE CASE》


 と表示されている。


「本当に白い箱なんだよね?」


 白石が聞く。


「WHITE CASEって書いてあるんだから、たぶんそうでしょ」


 佳子が答える。


「開けたら何が入ってるんだろうな」


「私の条件なんだから、勝手に開けないでよ」


「開けないって」


「その顔は開ける顔」


「どんな顔だよ」


 2人のやり取りを聞きながら、蓮は周囲へ目を配っていた。


 昨日まで、条件を達成することは希望だった。


 今もそれ自体は変わらない。


 実際、黒田や白石は条件を達成し、首輪を外すことに成功している。


 だが、葵と藤堂は違った。


 条件は達成した。それなのに解除権限が与えられなかった。


 その違いが、どうしても蓮の頭から離れない。


「蓮」


 隣から声をかけられ、蓮は佳子を見る。


「何?」


「また難しい顔してる」


「そうか?」


「してる。葵たちのこと?」


「……ああ」


「考えても、今は分からないよ」


「分かってる」


「だったら今は私の箱」


 佳子は少しだけ笑って、蓮の顔を覗き込んだ。


「ちゃんと見つけてよ」


「俺が見つけるのか?」


「主人公っぽいじゃん」


「何の主人公だよ」


「知らない」


 後ろを歩いていた白石が、その会話を聞いて口を挟む。


「2人とも仲良いな」


「うるさい」


 佳子が即答した。


 蓮も思わず少し笑った。


     *


 数分後、地図を確認していた葵が足を止めた。


「この辺」


 全員で周囲を探す。


 あるのは木と岩、それに倒木ばかりだった。


 白石が茂みを覗き込む。


「ないけど」


「地図だとここなんだけど……」


 葵も端末を動かしながら周囲を見回す。


 その時、高橋が倒木の奥へ目を向けた。


「……あれじゃないか」


 木の根元に、自然の中では不自然な白いものが見えている。


「あった!」


 佳子が駆け寄ろうとしたところで、蓮が腕を伸ばして止めた。


「待て。先に周囲を見る」


 佳子が少し笑う。


「高橋みたいになってきたね」


「悪いか」


「褒めてない」


 少し離れた場所から高橋の声が飛んでくる。


「聞こえてるぞ」


 周囲を一通り確認したが、人の気配はなかった。


 蓮が頷くと、佳子は白いケースへ近づいた。


 表面にははっきりと、


《WHITE CASE》


 と書かれている。


「これだ」


 佳子がしゃがんだ瞬間、持っていた端末が震えた。


 ――ピッ。


《指定物資を確認》


《WHITE CASE》


《E-02へ運搬してください》


 佳子はケースを持ち上げ、重さを確かめる。


「思ったより軽い」


 すぐに白石が近づいてきた。


「中身は?」


「開けない」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔に書いてある」


「だから、どんな顔なんだよ」


 その横で葵は地図を確認していた。


「E-02はここから近い」


「どれくらいだ?」


 高橋に聞かれ、葵は距離を確認する。


「20分くらい」


「なら、このまま行くぞ」


 佳子がWHITE CASEを抱え直した。


 その瞬間、葵の端末から短い電子音が鳴る。


 ――ピッ。


「……消えた」


 葵が画面を見ながら呟いた。


「何が?」


 蓮が聞く。


「WHITE CASEの表示」


 地図上にあった《特殊物資:WHITE CASE》の文字が消えている。


 佳子は自分が抱えているケースへ目を落とした。


「私が回収したから?」


「たぶん」


 特殊物資は、誰かが回収すれば地図上から消える。


 以前、拳銃のマーカーが消えた時と同じだった。


 その事実に気づいた蓮は、ふと森の奥へ目を向けた。


 あの拳銃を誰が持っているのか。


 それだけは、今も分かっていない。


     *


 島の別の場所では、相馬直人が3つ目のCHECK POINTへ到着していた。


「やっと……」


 目の前にある認証装置へ端末をかざす。


 ――ピッ。


《PLAYER 02》


《CHECK POINT》


《認証完了》


 画面が切り替わる。


《3/3》


《個別クリア条件を達成しました》


 相馬は大きく息を吐いた。


「終わった……」


 これで首輪を外せる。


 先ほど出会った佐伯美咲も、条件を達成して首輪を外したと言っていた。


 自分も同じだ。


 そう思いながら画面を待つ。


《認証中……》


 1秒。


 2秒。


 しかし、期待していた表示は現れなかった。


《SYSTEM ERROR》


「……は?」


 相馬の眉間に皺が寄る。


 何かの間違いだと思い、画面を操作する。


《個別クリア条件:達成》


《SYSTEM ERROR》


「ふざけんな」


 もう1度、認証装置へ端末をかざす。


 ――ピッ。


《条件達成済みです》


 表示されたのは、それだけだった。


「外せよ」


 相馬は自分の首輪を強く掴んだ。


「条件終わっただろ……!」


 当然、返事などない。


 怒りに任せて端末を地面へ叩きつけそうになり、寸前で手を止める。


 これを壊せば、本当に何もできなくなるかもしれない。


「クソ……」


 相馬は端末を握りしめ、首輪をつけたままその場に立ち尽くした。


     *


 蓮たちは、そのままE-02へ到着した。


「ここだね」


 佳子はWHITE CASEを認証装置の近くへ置く。


 蓮たちが周囲に人の気配がないことを確認してから、佳子は自分の端末を取り出した。


「やっていい?」


「ああ」


 蓮が頷く。


 佳子は端末を認証装置へかざした。


 ――ピッ。


《PLAYER 05》


《指定物資を確認》


《WHITE CASE》


《運搬先 E-02を確認》


 短い認証時間の後、画面が切り替わった。


《認証完了》


《個別クリア条件を達成しました》


「やった」


 佳子の表情が明るくなる。


 白石も自然と彼女の首輪へ目を向けた。


「これで外れる?」


「たぶん」


 佳子自身も期待を隠せず、端末を見つめる。


《認証中……》


 しかし、その表示が数秒続いたところで、佳子の笑顔が少しずつ消えていった。


「……え?」


 異変に気づいた葵がすぐに近づく。


 そして、画面が切り替わった。


《SYSTEM ERROR》


 誰も何も言わなかった。


「また……」


 葵が低い声で呟く。


 佳子は画面を見つめたまま動かない。


《個別クリア条件:達成》


 条件そのものは間違いなく終わっている。


 だが、首輪解除権限は表示されなかった。


「何なの、これ……」


 佳子の声にあったのは、怒りよりも戸惑いだった。


 白石が無意識に、自分の首元へ触れる。


「俺は普通に外れたのに……」


「同じ現象だ」


 高橋が佳子の端末を確認しながら言った。


 葵。


 藤堂。


 そして佳子。


 これで3人。


「偶然じゃない」


 高橋の言葉に、蓮が視線を向ける。


「何が?」


「ただのシステム不具合なら、同じことが起きすぎてる」


「じゃあ何なんだよ」


 白石が聞く。


 しかし、高橋にも答えはなかった。


 蓮は佳子を見る。


「大丈夫か」


「……大丈夫」


 佳子は首輪へ触れた。


「条件は終わったんだから、そのうち外れるでしょ」


 そう言って笑ってみせた。


 けれど蓮には、それが強がりだと分かった。


     *


 森の中では、美咲と美月が古びた管理小屋へ逃げ込んでいた。


 美月は割れた窓から外の様子を確認する。


「誰もいない?」


「分からない……」


 美咲は壁際に座り込み、乱れた呼吸を整えていた。


「ごめん」


「何が?」


「巻き込んだ」


「1人より2人の方がいいよ」


 美月がそう答えた直後だった。


 ――コツ。


 小さな音が外から聞こえた。


 2人の動きが止まる。


「……何?」


 何かが小屋の壁に当たったようだった。


 少し間を置いて、もう1度。


 ――コツ。


「石……?」


 美月は窓から離れた。


 美咲もすぐに立ち上がる。


「やっぱり誰かいる」


「裏から出よう」


 美月が入口とは反対側へ視線を向ける。


 2人が建物の奥へ移動しようとした、その瞬間だった。


 ――ギィ……。


 正面の扉がゆっくりと開いた。


 美咲と美月が同時に振り返る。


 扉の向こうには人影が立っていた。


 外から差し込む光のせいで、顔までは見えない。


「……誰?」


 美月が問いかけても、人影は答えなかった。


 そのまま1歩、小屋の中へ入ってくる。


「近づかないで」


 美咲が後ずさる。


 そこで美月は、人影の手に握られているものに気づいた。


 小さく、黒い物体。


「それ……」


 美月の顔から血の気が引く。


 拳銃だった。


 葵のアップグレード端末に表示され、その後マーカーが消えた特殊物資。


 その拳銃が、今は誰かの手に握られている。


 人影がゆっくりと腕を上げた。


 銃口が2人へ向けられる。


 美咲が息を呑んだ。


「待って……」


 ――パンッ。


 乾いた銃声が、森の静寂を切り裂いた。


     *


 E-02にいた蓮が、弾かれたように顔を上げた。


「……今の」


 佳子も森の向こうを見る。


 白石の表情から、それまでの軽さが消えた。


「何の音?」


 高橋は答えなかった。


 だが、全員の頭には同じものが浮かんでいた。


 遠く離れた森の向こうから、驚いた鳥たちが一斉に空へ飛び立っていく。


 銃声が聞こえた方向で何が起きたのか。


 この時の蓮たちは、まだ知らなかった。

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