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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第28話 奪う理由



「……誰?」


 桐谷真由の声が、夜の森へ吸い込まれていった。


 返事はない。


 目の前には古びた建物があり、その近くに設置された認証装置まではあと数10メートル。バッグの中には、岩壁の奥から手に入れた黒いUSB――端末アップグレードデータが入っている。


《PLAYER 04 個別クリア条件》


《島内に隠された端末アップグレードデータを1つ入手してください》


《指定ポイントでアップグレードデータを認証することで条件達成となります》


 ここまで来た。


 あと少しで終わる。


 真由はバッグを握り直し、慎重に足を進めようとした。


 ――ガサッ。


 右側の茂みから音がした。


「誰!?」


 真由が勢いよく振り返る。


 今度は見間違いではなかった。


 木の陰に人影がある。


「出てきて」


 返事はない。


 真由は相手から目を離さないまま、認証装置へ向かってゆっくりと後退した。


 1歩。


 さらに1歩。


「近づかないで」


「待って」


 ようやく返ってきたのは、女の声だった。


 真由が足を止める。


 やがて木の陰から、1人の女が姿を現した。


 見覚えがある。


「……あなた」


 神崎莉奈。


 以前、岩壁の近くで出会った女だった。


 莉奈は敵意がないことを示すように、両手を見える位置に出していた。


「何もしないよ」


「だったら、なんで隠れてたの?」


「隠れてない」


「嘘」


 真由は一定の距離を保ったまま莉奈を見る。


 だが、莉奈の視線は真由の顔ではなく、彼女が持っているバッグへ向けられていた。


「それ」


 その一言に、真由は反射的にバッグを身体の後ろへ回した。


「何?」


「黒いやつ、入ってるでしょ」


 真由の表情が強張る。


「……どうして知ってるの?」


「見てたから」


「いつから?」


 莉奈は少しだけ笑った。


「拾ったところから」


 背中に冷たいものが走った。


 あの時から見られていた。


 だとすれば、自分がこの場所へ向かっている理由まで推測されている可能性がある。


「何が目的?」


「別に」


「だったら、ついてこないで」


 真由は再び認証装置へ向かおうとする。


 その背中に莉奈の声が飛んだ。


「それ、使ったらどうなるの?」


 真由の足が止まる。


「……知らない」


「端末をアップグレードできるんでしょ?」


 真由はゆっくり振り返った。


 莉奈は変わらず笑っている。


「誰から聞いたの?」


「見れば分かるよ」


「分かるわけないでしょ」


「そう?」


 莉奈はそれ以上近づいてこなかった。


 ただ、真由のバッグを見ている。


 何を考えているのか分からない。


 真由はしばらく警戒していたが、このまま立ち止まっていても条件は進まない。


「来ないで」


「行かないよ」


 莉奈を警戒しながら、真由は認証装置まで進んだ。


 残り20メートル。


 10メートル。


 そして、ようやく装置の前へ到着する。


 真由は端末を取り出し、続いてバッグから黒いUSBを取り出した。


 莉奈は約束通り、少し離れた場所から見ているだけだった。


 真由はアップグレードデータを認証装置へ差し込む。


 ――ピッ。


《UPGRADE DATA DETECTED》


 手元の端末も反応した。


《PLAYER 04》


《指定物資を確認》


《認証中……》


 真由は息を止めるようにして画面を見つめた。


 数秒後。


《認証完了》


《個別クリア条件を達成しました》


「……できた」


 緊張していた真由の表情が一気に緩んだ。


 これで終わった。


 ここまで危険を冒してUSBを手に入れ、指定された場所まで運んできた。その努力がようやく報われる。


 そう思った直後だった。


 画面が切り替わる。


「……え?」


《SYSTEM ERROR》


 真由の笑顔が消えた。


「何これ……」


 慌てて【クリア条件】を開き直す。


《個別クリア条件:達成》


 条件そのものは達成している。


 間違いない。


 それなのに、解除権限が与えられない。


「なんで……?」


「外れないの?」


 少し離れた場所から莉奈が聞いた。


 真由が勢いよく振り返る。


「……どうして分かったの?」


「顔」


 莉奈は自分の首輪へ指先で触れた。


「そういう顔してる」


 真由はもう1度画面を見る。


《SYSTEM ERROR》


 表示は変わらない。


「ふざけないで……」


 危険を冒してアップグレードデータを手に入れた。


 ここまで運んだ。


 認証も成功した。


 端末自身が、条件達成を認めている。


 それなのに首輪は残ったままだ。


「壊れてるの……?」


 真由が呟いても、莉奈は答えなかった。


 ただ一度だけ、夜空へ視線を向ける。


 その仕草は、まるでこの島のどこかから自分たちを見ている存在を意識しているようにも見えた。


     *


 翌朝。


 拠点では、蓮たちがこれまでに分かった情報を整理していた。


 葵と藤堂は条件を達成したにもかかわらず、首輪解除権限が与えられていない。


 白石と黒田は解除に成功している。


 そして聡子は解除権限を持っているにもかかわらず、まだ首輪を外していない。


「何なんだよ、この差」


 白石が首を傾げる。


 高橋は自分の端末を操作し、ゲームルールを確認していた。


「少なくとも、ルールに追加の説明はない」


「じゃあ壊れてんじゃない?」


「何が」


「システム」


 白石の言葉に、誰もすぐには答えなかった。


 冗談で済ませられる話ではない。


 葵は自分の端末へ視線を落とす。


《個別クリア条件:達成》


 何度確認しても変わらない。


「……最悪」


 思わず漏れた声を聞いて、隣に座っていた詩織が葵を見る。


「でも、条件は終わってるんでしょ?」


「そうだけど」


「だったら、後から解除できるようになるかもしれないよ」


「かもしれない、でしょ」


「うん」


 詩織は少し困ったように笑った。


「でも、今はそれしか言えないから」


 葵はしばらく詩織を見つめた。


 やがて、張り詰めていた表情がほんの少しだけ和らぐ。


「……ありがと」


     *


「で、今日はどうする?」


 白石は床に置いてある自分の首輪を、足先で軽く動かした。


「蹴るな」


 高橋がすぐに注意する。


「壊れたら困る」


「これ、もういらなくない?」


「分からないだろ」


「じゃあ記念に持って帰る?」


「そんな記念品いらないでしょ」


 佳子が笑う。


 その横で、聡子だけは何も言わず、床に置かれた2つの首輪を見ていた。


 黒田のもの。


 白石のもの。


「聡子」


 蓮が呼ぶと、聡子は顔を上げた。


「何?」


「今日は外すのか?」


 わずかな沈黙があった。


「……まだ」


「まだ怖い?」


 佳子が尋ねる。


「うん。もう少し待つ」


 聡子はそう言って、自分の首輪へ触れた。


 葵がじっと彼女を見る。


 解除権限があるのに外さない。


 自分は外したいのに、解除権限そのものが与えられない。


 納得できないものがあるのは当然だった。


 それでも葵は何も言わなかった。


     *


「今日は佳子のWHITE CASEを取りに行こう」


 蓮が地図を見ながら言った。


「私?」


 佳子が少し驚く。


「場所はもう分かってるだろ」


 葵のアップグレード端末を確認すると、南東側には今も、


《特殊物資:WHITE CASE》


 の表示が残っていた。


 マーカーが消えていないということは、まだ誰にも回収されていない可能性が高い。


「回収した後はE-02まで運ばないといけない」


 葵が地図を動かす。


「WHITE CASEの場所からE-02までは?」


 高橋に聞かれ、葵は距離を確認した。


「近い。ケースさえ見つければ、そのまま向かえると思う」


「なら一気にやれるな」


 白石が立ち上がる。


「俺も行く」


「お前は首輪が外れたんだから休んでろ」


 高橋が言う。


「外れたから行くんだよ」


「どういう理屈だ」


「だって、もう爆発しないじゃん」


 白石は笑って言った。


 しかし、その言葉に誰もすぐには返せなかった。


 首輪がない。


 つまり、少なくとも首輪の爆発によって死ぬ危険はなくなった。


 それは確かに、首輪をつけている参加者との大きな違いだった。


     *


 その頃、島の別の場所では、相馬直人が1人で端末を確認していた。


《CHECK POINT 2/3》


「あと1つ……」


 最後のCHECK POINTは、現在地からそれほど遠くない。


 桐谷真由とはすでに別行動になっている。


 最初から、あの女を完全に信用していたわけではない。


 誰も信用しない。


 少なくともこの島では、その方が生き残れる。


 相馬はそう考えながら森を進んでいた。


 ――ガサッ。


 前方から音がした。


 相馬は足を止め、端末をしまう。


「……誰だ」


 返事はない。


 やがて木の陰から、1人の女が姿を現した。


「止まって」


 相馬が言うと、女はその場で立ち止まった。


「参加者か?」


「そう」


「名前は?」


 女は少し迷った後、答えた。


「佐伯美咲」


 相馬は美咲の顔より先に、その首元へ目を向けた。


 何もない。


「……首輪は?」


 美咲が反射的に自分の首へ触れた。


 その仕草だけで十分だった。


「外れたのか」


「……うん」


 相馬の表情が変わった。


「どうやって?」


「条件を達成した」


「どんな条件だった?」


「それは……」


 美咲が言葉を濁す。


 相馬が1歩近づくと、美咲は同じだけ後ろへ下がった。


「何で下がる」


「近づかないで」


「聞いてるだけだ」


「だったら、そこで聞いて」


 相馬はそれ以上近づかなかった。


「条件を達成すれば、本当に外れるんだな?」


「私は外れた」


「他にもいる?」


 美咲は答えなかった。


 だが、その沈黙を相馬は別の意味に受け取った。


「いるんだな」


「……」


「何人?」


「知らない」


「嘘だろ」


「本当に知らない」


 相馬がさらに問いかけようとした時、美咲の視線が彼の後ろへ向いた。


 表情が変わる。


「……誰?」


 相馬もすぐに振り返った。


 誰もいない。


「何だ?」


「今、何か……」


 木の陰で何かが動いたように見えた。


 美咲は不安そうに自分の腕を抱いた。


「私、行く」


「待て」


「来ないで」


 美咲は足早にその場を離れていった。


 相馬は追わなかった。


 遠ざかる背中を見ながら、その首元へ視線を向ける。


 首輪がない。


「……条件を達成すれば」


 自分も外せる。


 相馬は端末を取り出した。


《2/3》


 あと1つ。


 その数字を確認すると、再び歩き始めた。


     *


 相馬と別れた美咲は、森の中を1人で歩いていた。


 何度も後ろを振り返る。


 誰もいない。


 少なくとも、相馬が追ってきている様子はなかった。


 それなのに、落ち着かない。


 首輪を外してから、誰かに見られているような感覚が増えた気がする。


 考えすぎだ。


 そう思おうとしても、背中にまとわりつく気配が消えない。


 ――ガサッ。


 美咲が足を止めた。


「……誰?」


 返事はない。


「相馬?」


 やはり何も返ってこない。


 美咲は歩く速度を上げた。


 低い枝を避け、木の根を越えながら先へ進む。


 ――ガサッ。


 今度は明らかに後ろから聞こえた。


 偶然ではない。


 誰かいる。


 美咲は勢いよく振り返った。


「誰なの!」


 声だけが森の奥へ響いていく。


 しかし、誰も姿を現さない。


 美咲の呼吸が少しずつ速くなっていった。


 早く人のいる場所へ戻りたい。


 その思いから、再び前を向いて歩き出す。


 だから気づかなかった。


 自分が向かおうとしている先。


 少し離れた木の陰に、もう1人の人影が立っていることに。


 その人物は追いかけてこなかった。


 逃げもしない。


 ただ静かに、美咲が近づいてくるのを待っていた。

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