第27話 解除権限
――ピッ。
F-02に電子音が響いた。
藤堂が持っていた端末には、
《00:20:00》
と表示されている。
続いて画面が切り替わった。
《待機時間を達成しました》
《個別クリア条件を達成しました》
「終わった」
藤堂が呟く。
蓮、佳子、聡子の視線も、その画面へ集まった。
「じゃあ外せるね」
佳子が安心したように笑う。
「ああ」
藤堂もそう思っていた。
黒田がE-03で条件を達成した時は、この後すぐに首輪の解除権限が与えられた。
だから全員が、次に表示されるはずの文字を待っていた。
《首輪解除権限を取得しました》
しかし、いつまで待ってもその表示は現れなかった。
「……?」
藤堂が眉を寄せる。
端末を操作し、もう1度クリア条件を確認する。
《個別クリア条件:達成》
表示されているのは、それだけだった。
「おかしいな」
「ちょっと待って」
佳子も画面を覗き込む。
「黒田の時はすぐだったよね?」
「ああ。条件を達成した直後に解除権限が出た」
蓮もはっきり覚えている。
三浦も同じだったと言っていた。
それなのに、藤堂の端末には解除権限が表示されない。
「俺には出てない」
藤堂は何度か画面を切り替えてみたが、結果は変わらなかった。
条件は達成している。
それを端末自身も認めている。
にもかかわらず、首輪だけが外せない。
その横で、聡子だけは黙っていた。
彼女の端末にはすでに、
《首輪解除権限を取得しました》
と表示されている。
同じF-02で条件を達成した2人なのに、結果が違っていた。
「聡子は?」
佳子が振り返る。
「え?」
「聡子は解除できるんでしょ?」
「あ……うん」
「だったら、先に外してみたら?」
「そうだね……」
聡子は自分の端末を持ち上げた。
首輪へ近づけていく。
蓮は黙ったまま、その様子を見ていた。
端末と首輪の距離が少しずつ縮まる。
あと数センチ。
そこで、聡子の手が止まった。
「……やっぱり」
彼女は端末を下ろした。
「拠点に戻ってからにする」
「なんで?」
佳子が不思議そうに尋ねる。
「ここで何かあったら怖いから」
「でも、黒田は――」
「私は怖いの」
聡子の声が、ほんの少しだけ強くなった。
佳子は意外そうに口を閉じる。
「……ごめん」
「こっちこそ。ちょっと言い方きつかった」
聡子はすぐにいつもの控えめな表情へ戻った。
蓮は何も言わなかった。
怖いという気持ちそのものは理解できる。自分だって、実際に端末を首輪へ触れさせる瞬間になれば躊躇するかもしれない。
それでも、聡子が2度も解除を寸前で止めたことを、蓮は頭の片隅に残しておいた。
*
拠点へ戻る途中、藤堂は何度も端末を確認していた。
《個別クリア条件:達成》
何度見ても表示は変わらない。
「通信の問題とかじゃない?」
佳子が歩きながら言った。
「少し時間がかかってるとか」
「黒田はすぐだった」
藤堂が答える。
「じゃあ……機械の不具合?」
「分からん」
蓮も歩きながら考えていた。
同じゲームに参加し、同じ形式の端末を持ち、それぞれに与えられた条件を達成した。
黒田には解除権限が与えられた。
三浦も解除できた。
聡子にも解除権限が出ている。
なのに藤堂には出ない。
そこに何らかの法則があるのか、それとも単なるシステム上の異常なのか。今の情報だけでは判断できなかった。
「戻ったら葵の端末も確認させてもらおう」
蓮が言う。
「アップグレードされてる。普通の端末にはない情報が出るかもしれない」
「そうだな」
藤堂も頷いた。
聡子はその会話を聞きながら、何も言わずに歩いていた。
*
その頃、3つ目のSUPPLY BOXを開封した葵も、自分の端末と睨み合っていた。
「もう1回やってみる」
「やってみるって、どうやって?」
詩織が隣から聞く。
「……分からない。でも、何かあるかもしれない」
葵は端末のメニューを順番に確認していった。
【ゲームルール】
【クリア条件】
【物資情報】
【特殊物資情報】
【PLAYER INFORMATION】
アップグレードによって増えた項目まで含め、確認できる場所はすべて調べる。
しかし、どこにも解除権限が与えられない理由は表示されていなかった。
《個別クリア条件:達成》
その文字だけは変わらない。
葵は端末を握ったまま、少し離れた場所にいる黒田へ視線を向けた。
「黒田」
「何だ」
「本当に何も知らない?」
「知らない」
「じゃあ、なんでさっき変な顔したの?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
葵の声が低くなる。
黒田も黙って彼女を見返した。
2人の間に流れる空気が変わったことに気づき、詩織が不安そうに視線を行き来させる。
「2人とも……どうしたの?」
先に視線を外したのは黒田だった。
「ここにいても状況は変わらない。戻るぞ」
「逃げるの?」
「違う。理由が分からない以上、拠点で他の奴らと情報を合わせた方がいい」
黒田はそう言って歩き出そうとする。
「黒田」
葵の声に、その足が止まった。
「あなた……前にも――」
黒田の肩がほんのわずかに動いた。
葵はその反応を見ていた。
だが、続くはずだった言葉を口にすることはなかった。
「……何でもない」
今度は葵が視線を逸らす。
「前にも?」
詩織が聞いた。
「何でもないって言ったでしょ」
「でも……」
「今はいい」
葵は話を切り上げ、端末をしまった。
黒田も何も言わない。
まるで2人だけが何かを確認し合ったような、奇妙な沈黙が残った。
詩織には、その意味が分からなかった。
*
帰り道でも、詩織は先ほどの会話が気になっていた。
少し前を歩いている葵と黒田を見る。
――あなた、前にも。
葵は何を言おうとしたのか。
黒田は、なぜあの瞬間だけ反応したのか。
2人とも、この島について何か知っているのではないか。
そんな考えが浮かんだが、根拠は何もない。
「詩織」
前を歩いていた葵が振り返った。
「遅れてる」
「あ、ごめん」
詩織は小走りで2人へ追いついた。
聞きたいことはあった。
だが、今ここで問い詰めても、葵も黒田も答えない気がした。
詩織は壊れた自分の端末が入っているバッグへ触れながら、黙って2人の後を歩いた。
*
拠点へ戻ると、白石と高橋が先に帰っていた。
入口を開けた瞬間、白石が嬉しそうに立ち上がる。
「蓮!」
蓮はすぐに白石の変化に気づいた。
首元に、何もない。
「外れたのか」
「見れば分かるだろ」
黒田、三浦に続いて、また同じ言葉だった。
佳子が思わず笑う。
「みんなそれ言うの?」
「何が?」
「こっちの話」
白石は首を傾げながら、バッグから外した首輪を取り出した。
「ちゃんと持って帰ってきたぞ」
床にはすでに黒田の首輪が置かれている。
その隣に、白石の首輪が並んだ。
2つの外された首輪。
聡子の視線が、ほんの一瞬だけそこへ向いた。
しかし、すぐに逸れる。
その小さな動きに気づく者はいなかった。
*
「……解除権限が出ない?」
全員が集まったところで事情を説明すると、高橋が怪訝そうに聞き返した。
藤堂は自分の端末を見せる。
《個別クリア条件:達成》
「条件は間違いなく達成してる。でも解除権限が出なかった」
「俺だけじゃない」
葵が口を挟んだ。
蓮が振り返る。
「葵も?」
「SUPPLY BOXを3つ開けた。端末にも達成済みって出てる」
葵も端末を見せた。
表示は藤堂とほぼ同じだった。
《個別クリア条件:達成》
しかし、どちらにも首輪解除権限はない。
「どういうこと?」
詩織が困惑したように言う。
「白石は外れたのに」
誰も答えられなかった。
黒田と白石は条件を達成し、解除に成功した。
藤堂と葵も条件そのものは達成している。
それなのに、解除できない。
「条件によって違うとか?」
佳子が考えながら言う。
「そんな説明はゲームルールにない」
高橋が否定する。
「だったらバグ?」
白石が自分の首元へ触れた。
「このゲームでバグとか、一番笑えないんだけど」
今度は誰も笑わなかった。
「聡子は?」
葵が聞いた。
全員の視線が聡子へ集まる。
「私は……」
聡子は少し迷った後、自分の端末を見せた。
《首輪解除権限を取得しました》
それを見た葵の目が細くなる。
「出てるじゃん」
「うん」
「じゃあ、なんで外してないの?」
聡子は自分の首輪へ触れた。
「怖くて」
「黒田も白石も外れてる」
「それでも、怖いものは怖いよ」
葵は何か言おうとした。
だが、蓮が先に止めた。
「本人が決めることだ」
葵が蓮を見る。
「でも――」
「無理に外させる必要はないだろ」
蓮の言葉に、葵はしばらく黙っていた。
やがて諦めたように視線を逸らす。
「……分かった」
「ごめん」
聡子が小さく言う。
「謝ることじゃないよ」
佳子がそう返した。
話し合っても、結局理由は分からなかった。
条件を達成した者すべてが解除できるわけではない。
その事実だけが、新しい疑問として残った。
*
夜。
全員が眠りについた頃、聡子は静かに目を開けた。
暗闇の中で身体は起こさず、まず周囲を確認する。
蓮。
佳子。
詩織。
高橋。
白石。
藤堂。
葵。
黒田。
聞こえるのは、それぞれの静かな呼吸だけだった。
聡子はゆっくりと身体を起こす。
できる限り音を立てず、床を歩いた。
向かった先には、黒田と白石が外した2つの首輪が置かれている。
聡子はその前で立ち止まった。
何もせず、ただ見下ろす。
数秒。
首輪には触れない。
持ち去ろうともしない。
やがて視線を上げると、眠っている参加者たちを順番に見ていった。
誰かの状態を確認しているようにも見えた。
最後に白石を見て、それから藤堂へ視線を移す。
しばらくすると、聡子は何事もなかったように自分の場所へ戻った。
横になり、目を閉じる。
再び室内に静寂が戻った。
*
それから、どれほど時間が経ったのか。
月明かりが差し込む森の中を、1人の女が歩いていた。
手にしている端末には、
《PLAYER 04》
と表示されている。
桐谷真由。
そのバッグの中には、岩壁の奥から手に入れた2つ目のアップグレードデータが入っていた。
彼女は地図を確認する。
目的地までは、もう遠くない。
《指定ポイントでアップグレードデータを認証してください》
この場所で認証を終えれば、自分の個別クリア条件を達成できる。
「……ここ」
木々の向こうに古い建物が見えた。
近くには、認証装置らしき小さな光も見える。
真由はバッグを押さえながら慎重に近づいていった。
残り数十メートル。
その時だった。
――カチッ。
小さな金属音が聞こえた。
真由の足が止まる。
「……誰?」
返事はない。
月明かりの届かない森の奥へ視線を向ける。
誰もいない。
それでも、少し離れた木の陰で何かが動いたように見えた。
「誰かいるの?」
もう1度問いかけても、答えはなかった。
真由は無意識にバッグを強く握る。
中にあるアップグレードデータは、自分の条件を達成するために必要なものだ。ここまで持ってきて奪われるわけにはいかない。
「……出てきて」
静寂だけが返ってくる。
やがて別の方向から、枝の折れる音がした。
真由が反射的にそちらを見る。
そのわずかな隙に、最初に気配を感じた木陰で影が静かに動いた。
真由はまだ気づいていない。
自分以外の誰かもまた、同じ場所へ近づいていることに。




