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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第25話 F-02



「F-02?」


 蓮が聞き返すと、古瀬聡子は白い医療ケースを抱えたまま頷いた。


「そう」


「そこで何をする?」


 その問いに、聡子はすぐには答えなかった。


 彼女の視線が向かったのは、黒田の足元だった。そこには、つい先ほどまで彼の首に巻かれていた金属製の首輪が転がっている。


 条件を達成すれば、本当に首輪は外れる。


 その事実を目の前で見たことで、聡子も腹を決めたらしい。


「これを運ぶの」


 聡子は抱えていた白いケースを少し持ち上げた。表面には赤い十字が描かれている。


「私のクリア条件」


 そう言って端末を操作し、蓮たちへ画面を見せた。


《PLAYER 15 個別クリア条件》


《指定物資「FIRST AID CASE」を回収してください》


《指定地点 F-02まで運搬し、認証装置に端末をかざすことで条件達成となります》


 蓮と佳子が画面を覗き込み、黒田も近くから確認する。


「F-02……」


 佳子が呟いた。


 聞き覚えがある。


 蓮もほぼ同時に気づいた。


「藤堂か」


 藤堂蓮司の個別クリア条件にも、同じF-02が指定されていた。


《指定地点 F-02に設置された認証装置を起動してください》


《起動後、その地点で20分間待機してください》


 条件の内容は違う。


 だが、目的地は同じだった。


「知ってるの?」


 聡子が不安そうに聞く。


「俺たちと一緒にいる参加者にも、F-02が条件になってる奴がいる」


 蓮が答えると、聡子の表情がわずかに強張った。


「……どんな条件?」


 蓮は答えかけて、思いとどまった。


 藤堂自身は蓮たちに条件を公開しているとはいえ、それを本人のいないところで初対面の参加者へ勝手に話すのは違う。


「詳しいことは本人から聞いてくれ」


 その返答が気になったのか、聡子の警戒が少し強くなった。


「私の邪魔になる条件なの?」


「違う」


「どうして分かるの?」


「少なくとも、そのケースを奪わなきゃ達成できないような条件じゃない。それは間違いない」


 聡子は蓮の顔をしばらく見つめた。


 完全に信用したわけではないだろう。


 それでも、目の前には条件を達成して首輪を外した黒田がいる。少し離れたところにいる三浦も、すでに首輪がない。


「……その人、今どこにいるの?」


「今は別行動してる」


 佳子が答えた。


「拠点に戻れば会えると思う」


 聡子は少し考えてから、FIRST AID CASEを抱え直した。


「じゃあ、私もそこへ連れていって」


「いいのか?」


 蓮は確認する。


「知らない参加者が何人もいる場所だぞ」


「1人でF-02を探し続けるよりはマシ」


 聡子はそう答えてから、もう1度黒田の足元へ目を向けた。


「それに……本当に条件を達成すれば外れるって分かったから」


 その声には、これまでよりも強い意志があった。


     *


 その頃、島の別の場所では、詩織が大きな岩の陰を覗き込んでいた。


「これ?」


 葵、藤堂、詩織の3人が向かったのは、葵のアップグレード端末に表示されていた物資地点だった。


 葵が地図と現在地を確認する。


「そこ」


 岩と太い木の根に挟まれるようにして、黒い箱が置かれている。


 表面には白い文字で、


《SUPPLY》


 と記されていた。


「本当にあるんだ……」


 詩織が感心したように呟く。


 葵のアップグレード端末に表示された物資情報が正確なのは、すでに1度確認している。それでも、何もない森の中から実際に箱が出てくる光景には妙な感覚があった。


「待て」


 箱へ近づこうとした2人を藤堂が止めた。


「何?」


「足跡がある」


 藤堂が示した地面には、薄く靴跡が残っていた。


 箱の近くまで来ている。


 葵もしゃがみ込み、足跡とSUPPLY BOXを交互に確認した。


「でも、開いてない」


 箱にはまだ封印が残っている。


「誰かが見つけたけど、開けなかったってこと?」


 詩織が聞く。


「あるいは、何か理由があって開けられなかったかだな」


 藤堂は周囲を見回したが、今のところ人の気配はない。


 葵は少し考えた後、箱へ手を伸ばした。


「私が開ける」


「どうして?」


 藤堂に聞かれ、葵の手が一瞬止まった。


「……見つけたのが私の端末だから」


 嘘ではない。


 ただし、それがすべてでもなかった。


 葵の端末には、他の2人が知らない個別クリア条件が表示されている。


《PLAYER 08 個別クリア条件》


《島内のSUPPLY BOXを3つ開封してください》


《現在 1/3》


 この箱を開ければ2つ目になる。


 葵は封印を確認してから、慎重に蓋へ手をかけた。


 ――カチッ。


 箱が開く。


 ほぼ同時に、葵の端末が短く振動した。


 画面を確認すると、


《SUPPLY BOX OPENED》


《2/3》


 と表示されている。


 あと1つ。


「何か出た?」


 詩織が画面を覗こうとしたため、葵はすぐに表示を閉じた。


「物資情報が更新されただけ」


「ふーん」


 詩織は特に疑った様子もなく、開いた箱へ興味を移した。


 中には水や保存食のほか、包帯、消毒液、小型の懐中電灯などが入っている。


「持てる分は持って帰ろう」


 藤堂の提案に2人も頷き、それぞれ荷物を分け始めた。


 その時、箱の底を確認していた詩織の手が止まった。


「待って。何かある」


「どうした?」


 物資の下から出てきたのは、1枚の古びた紙だった。


 端は汚れ、少し湿気を吸っている。


 詩織が慎重に取り出すと、そこには手書きの文字が残されていた。


『条件は奪い合う必要がない』


 3人とも、しばらく何も言わなかった。


 だが、文章はそこで終わっていない。


 その下に、もう1行だけ書かれている。


『最初は。』


 詩織の表情から、先ほどまでの明るさが消えた。


「……最初は?」


 藤堂が紙を受け取り、裏側まで確認する。


 それ以上の文章はなかった。


「前の参加者が残したのかな」


 葵が言う。


「おそらくな」


「でも、どういう意味?」


 詩織の問いに答えられる者はいなかった。


 今の自分たちに与えられている条件は、少なくとも公開された範囲では誰かと争う必要のないものばかりだ。


 ならば、この紙に書かれた『最初は』という言葉は何を意味しているのか。


 藤堂は紙を見つめたまま、しばらく黙っていた。


     *


 同じ頃。


 B-02へ向かっていた白石と高橋も、目的地へ到着していた。


「おお……あった」


 白石が見つけたのは、森の中に設置された金属製の認証ポールだった。


 表面には、


《B-02》


 と表示されている。


 すぐに近づこうとする白石を、高橋が腕で制した。


「待て」


「また?」


「周囲を確認してからだ」


「誰もいないって」


「お前はさっきから前しか見てないだろ」


「後ろは高橋が見てくれるかなって」


「殴るぞ」


「怖」


 白石が半歩離れる。


 高橋は冗談に付き合わず、周囲を確認した。


 足元に目立った痕跡はなく、茂みに人が隠れている様子もない。


「……いい。やれ」


「はいはい」


 白石は端末を取り出し、認証装置へかざした。


 ――ピッ。


《PLAYER 07》


《CHECK POINT B-02》


《認証完了》


 続いて端末の表示が切り替わる。


《1/2》


「よし、半分終わり」


 白石は満足そうに笑った。


「次はD-04か」


「この調子なら今日中に外せるんじゃね?」


 高橋は答えなかった。


 白石が不思議そうに見る。


「何?」


「簡単すぎる」


「またそれ?」


「15人を拉致して、爆発する首輪までつけてる連中だぞ」


 高橋はB-02の認証装置を見つめた。


「それなのに、やらせてることは場所へ行け、物を運べ、そこで待て。それだけだ」


「いいじゃん。簡単な方が」


「そういう意味じゃない」


 高橋の表情は険しいままだった。


「これだけなら、こんなゲームにする必要がない」


 白石の笑顔が少し消えた。


「……何が言いたい?」


「分からない」


 高橋は無意識に自分の首輪へ触れた。


「分からないから、気持ち悪いんだよ」


 誰かを傷つけなくても条件を達成できる。


 それは喜ぶべきことのはずだった。


 それなのに高橋には、その簡単さそのものが、何か別の目的を隠すために用意されているように思えてならなかった。


     *


 夕方。


 蓮たちが拠点へ戻ると、先に帰っていた葵たちが入口へ顔を向けた。


「蓮!」


 詩織が立ち上がる。


 だが、すぐに蓮たちの後ろを歩いている見知らぬ女に気づいた。


「その人……?」


「参加者だ。古瀬聡子」


 蓮が答えると、聡子は少し緊張した様子で建物の中を見回した。


 詩織。


 葵。


 そして藤堂。


 聡子の視線が、藤堂の首輪で止まる。


「藤堂」


 蓮が呼ぶ。


「この人の条件、F-02らしい」


 藤堂の表情が変わった。


 聡子も彼を見る。


「あなたも?」


「ああ。俺もF-02だ」


 その答えを聞いた瞬間、聡子の顔に警戒が浮かんだ。


「条件は?」


 藤堂は少しだけ迷った。


 だが、自分の条件はすでに蓮たちへ公開している。ここで隠す必要もないと判断したらしい。


「F-02の認証装置を起動して、その場で20分待機する。それが俺の条件だ」


 聡子は何度か瞬きをした。


「……それだけ?」


「ああ」


「私は、このケースをF-02まで運んで認証する」


 藤堂がFIRST AID CASEへ目を向ける。


 2人の条件を聞いていた佳子が、少し安心したように言った。


「だったら、2人とも一緒に達成できるじゃん」


 藤堂が認証装置を使うことと、聡子がケースを運び込むことは何も競合していない。


 どちらかが諦める必要も、何かを奪う必要もない。


 むしろ一緒にF-02へ向かった方が安全だった。


「……よかった」


 聡子の肩から力が抜けた。


 その声だけは、間違いなく本音に聞こえた。


     *


 少し遅れて、白石と高橋も戻ってきた。


「ただいまー」


「うるさい」


「帰ってきた第一声がそれ?」


 白石は文句を言いながら建物へ入り、見知らぬ聡子を見つけたところで足を止めた。


「……増えてる」


「古瀬聡子。F-02が条件らしい」


 蓮が簡単に説明する。


「へえ。こっちも進んだぞ」


 白石は自分の端末を見せた。


《1/2》


「B-02終わった。あとD-04」


「なら、明日には外せるかもな」


 黒田がそう言ったところで、白石の動きが止まった。


 何かに気づいたように黒田を見る。


 正確には、その首元を。


「……え?」


 白石は目を見開いた。


「黒田、首輪は?」


 黒田は床に置いてあった金属製の首輪を指差した。


「外れた」


「マジで!?」


 白石の声が建物中に響いた。


 詩織も葵も藤堂も、驚いて黒田を見る。


「本当に?」


 詩織が黒田の近くまで来る。


「爆発しなかったの?」


「見れば分かる」


 黒田が平然と答えると、佳子が思わず吹き出した。


「三浦と同じこと言ってる」


「三浦?」


 まだ知らない者たちへ、蓮がE-03での出来事を説明した。


 三浦和也という参加者と出会ったこと。


 三浦はすでに自分の条件を達成し、首輪を解除していたこと。


 そして黒田もE-03で20分間待機し、目の前で解除に成功したこと。


 話を聞くにつれ、室内の空気が明らかに変わっていった。


 条件を達成すれば、本当に首輪を外せる。


 これまでルールとして知っていただけの情報が、実際に成功した人間が現れたことで確かな希望へ変わっていた。


「じゃあ俺も」


 白石が自分の端末を見つめる。


「D-04に行けば終わりじゃん」


「焦るな」


 高橋がすぐに止めた。


「でも――」


「もう暗くなる」


 窓の外には夕暮れが迫っている。


「D-04へ行くなら明日にしろ。暗い森で何かあっても見えないぞ」


 白石は不満そうな顔をしたものの、黒田の外れた首輪を見た後では、早く自分も条件を終わらせたいと思うのは当然だった。


 それでも高橋の言うことが正しいのは分かっている。


「……分かったよ」


 最後にはそう言って引き下がった。


     *


 その夜。


 全員が眠りにつき始めた頃、蓮は入口近くの壁に背を預け、自分の端末を眺めていた。


《A-01》


《C-03》


《F-04》


 指定された3地点。


 しかも、すべての認証を終えた後には最終認証地点が開示される。


 他の参加者から聞いた条件と比べても、明らかに手順が多い。


 理由は分からない。


 蓮はしばらく画面を見つめた後、端末を閉じた。


「まだ起きてたの?」


 声に振り返ると、佳子が立っていた。


「見張り」


「次、黒田じゃなかった?」


「首輪が外れたばっかりだから、今日は寝かせた」


「優しいね」


「別に」


 佳子は少し笑い、蓮の隣へ腰を下ろした。


 しばらく何も言わずにいたが、やがて蓮の首元へ視線を向ける。


「私たちも外せるんだね」


「ああ」


「ちょっと安心した」


「俺も」


 黒田が首輪を外す瞬間を思い出す。


 爆発するかもしれないという恐怖は消えない。それでも、条件を満たせば解除できるという証拠を自分の目で見ることができた。


 その意味は大きかった。


「蓮の条件、まだ秘密?」


 佳子が聞いた。


「ああ」


「そっか」


 それ以上は追及してこなかった。


 代わりに佳子は自分の端末を取り出す。


 WHITE CASE。


 その位置は、すでに葵のアップグレード端末で分かっている。


「明日、私も取りに行こうかな」


「1人では行くな」


 蓮が即答すると、佳子が横から顔を覗き込んだ。


「心配?」


「また襲われたら面倒だから」


「面倒なんだ」


「……そういう意味じゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


「もう寝ろ」


 佳子が楽しそうに笑う。


 その時、部屋の奥から小さな電子音が聞こえた。


 ――ピッ。


 2人が振り返る。


 眠っていたと思っていた葵が、端末の画面を見つめていた。


 表示されているのは【物資情報】。


 地図上には、新しいSUPPLY BOXの位置が表示されている。


 3つ目。


 葵は無言でその場所を見つめた。


 あと1つ開封すれば、自分の条件を達成できる。


 白石も残すところD-04だけ。


 聡子と藤堂は、同じF-02へ向かえばそれぞれの条件を進められる。


 黒田の首輪が外れたことで、彼らの中に生まれたものは希望だけではなかった。


 自分も早く外したい。


 次は自分が安全になりたい。


 誰も口にはしなくても、その思いは少しずつ強くなっている。


 そして焦りは時として、普段なら選ばないはずの行動を選ばせる。


 首輪を外せるという希望を知った夜。


 彼らはまだ、その希望が新しい危うさを生み始めていることには気づいていなかった。

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