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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第24話 E-03



「分けるなら、3組だ」


 高橋は地図を机の中央へ広げ、現在地とそれぞれの目的地を確認した。


 全員で1人ずつ条件を達成していく方が安全なのは間違いない。しかし、それではあまりにも時間がかかる。残された時間が有限である以上、ある程度は同時に動く必要があった。


 かといって、1人で行動するのも危険だ。


 島のどこかには拳銃を手に入れた参加者がいる。蓮に異常な執着を見せる正体不明の女もいるうえ、まだ1度も会っていない参加者も残っている。


「まずは黒田のE-03だな。ここが一番近い」


 高橋が地図上の地点を指すと、黒田は腕を組んだままその場所を見つめた。


「俺は1人でもいい」


「駄目」


 佳子が間髪入れずに言った。


 黒田がゆっくりと顔を上げる。


「また誰かに襲われたらどうするの」


「逃げる」


「拳銃でも?」


 黒田が黙った。


 その様子を見ていた白石が小さく笑う。


「佳子ちゃん強いな」


「何か言った?」


「何も」


 白石がすぐに視線を逸らした。


 蓮は地図上のE-03までの経路を確認してから口を開いた。


「俺が黒田と行く」


「じゃあ私も」


 すぐに佳子が続く。


「3人か」


「そのくらいがいいでしょ。何かあっても1人よりは動きやすいし」


 黒田も反対はしなかった。


 これで蓮、佳子、黒田の3人が決まった。残るのは詩織、白石、高橋、葵、藤堂の5人だ。


「俺は白石とB-02へ向かう」


 高橋が次の地点を指した。


 白石の個別クリア条件に指定されている、最初の認証地点だ。


「高橋の条件は?」


 白石が聞く。


「言わない」


「まだ秘密なの?」


「まだだ」


「ここまで一緒にいるのに、頑固だなぁ……」


 白石はため息をついたが、高橋に考えを変える様子はなかった。


 その横で葵が自分の端末を操作する。


「だったら私は藤堂と物資を探す」


「俺のF-02じゃなくていいのか?」


 藤堂が聞くと、葵は首を振った。


「F-02は遠すぎる。今から行くには時間がかかる」


 そう答えながら、葵はアップグレードされた地図を確認していた。


 彼女には、まだ全員へ明かしていない目的がある。


《PLAYER 08 個別クリア条件》


《島内のSUPPLY BOXを3つ開封してください》


《現在 1/3》


 すでに1つは開封している。そして、アップグレードされた端末には、この拠点からそれほど離れていない場所にもう1つSUPPLY BOXが表示されていた。


 今なら2つ目を開けられる可能性がある。


 ただし、そのことを葵はまだ口にしなかった。


「じゃあ私……」


 詩織が口を開き、途中で言葉を止めた。


 自分だけ、向かうべき場所がない。


 条件が分からないのだから当然だった。


「詩織は拠点に――」


「嫌」


 蓮が言い終えるより早く、詩織がはっきりと拒んだ。


 普段よりも強い声だった。


「私だけ待ってるのは嫌」


「でも、詩織は条件が分からないだろ」


「分かってるよ」


 詩織は壊れた端末を両手で握った。


「何もできないのは分かってる。でも、だからってここで1人で待ってるだけなんて嫌」


 その表情を見れば、無理に残れとは言いにくかった。


 少しの沈黙の後、佳子が葵へ視線を向ける。


「葵たちと行ったら?」


「私たちと?」


「近場なんでしょ?」


「……まあ、それほど遠くはないけど」


「だったら3人で行けばいいじゃん」


 藤堂も異論はないらしく頷いた。


「俺は構わない」


 詩織は葵を見る。


「お願い」


 葵は少し迷ったものの、最後には小さく息を吐いた。


「分かった。ただし、勝手に離れないで」


「うん」


 これで3組に分かれることになった。


 蓮、佳子、黒田。


 白石、高橋。


 葵、藤堂、詩織。


 それぞれが別の目的を持って、拠点を離れることになった。


     *


 E-03へ向かう森の中を、黒田が先頭に立って進んでいた。


 その少し後ろを蓮が歩き、さらに佳子が続く。


 3人とも無駄な会話はせず、木々の隙間や茂みの奥、そして足元に残された痕跡へ注意を向けていた。


 昨夜の襲撃を経験した後では、ただ森を歩くだけでも神経を使う。


「あとどれくらい?」


 しばらくして佳子が尋ねると、黒田は端末を確認した。


「10分程度だ」


「着いたら20分待つんだよね?」


「ああ」


「だったら、何もなければ30分くらいで終わるか」


 条件だけを見れば、その通りだった。


 指定されたE-03へ到達し、そこで20分間待機する。それだけで個別クリア条件は達成される。


 だが、本当にそれだけで首輪が外れるのか。


「黒田」


 佳子が少し声を落とした。


「本当に外れると思う?」


「何がだ」


「首輪」


 黒田が振り返る。


「ルール通りならな」


「そのルールを作った人たちが信用できないんだけど」


 佳子の言葉に、蓮も心の中で同意した。


 条件を達成すれば解除権限を得られる。それは端末にもゲームルールにも書かれている。


 だが、最後には自分で端末を首輪へかざさなければならない。


 もしシステムが嘘をついていたら。


 もし何か見落としていたら。


 その瞬間、首輪が爆発する可能性を完全には否定できない。


 結局のところ、誰かが最初に試すしかなかった。


「でも、やるしかないか」


 佳子が呟く。


「ああ」


 黒田の返事に迷いはなかった。


「俺はやる」


「怖くないの?」


「怖い」


 意外なほど素直な答えだった。


 黒田は再び前を向く。


「だから外す」


 その言葉に、佳子はそれ以上何も言わなかった。


     *


 10分ほど進んだところで、突然、黒田が足を止めた。


 すぐ後ろを歩いていた蓮も立ち止まる。


「どうした?」


「足元を見ろ」


 黒田が見ていたのは、柔らかい土の上に残された靴跡だった。


 蓮がしゃがみ込む。


「新しいな」


 泥の縁はまだ崩れておらず、乾いてもいない。


 佳子も周囲を警戒しながら近づいてきた。


「私たちより先に、誰か通ったってこと?」


「ああ」


 黒田は足跡と地図を交互に確認する。


 嫌なことに、その足跡はE-03とほぼ同じ方向へ続いていた。


「目的地が同じなのかな……」


 佳子が呟く。


「分からない」


 蓮は立ち上がった。


 他の参加者がどんな条件を与えられているのか、自分たちは知らない。たまたま通っただけなのか、それともE-03に用があるのか。それすら判断できなかった。


「行こう。ただし、ここからはもっと慎重に」


 3人は先ほどまで以上に周囲を警戒しながら、足跡の先へ進んだ。


     *


 数分後、木々の向こうに開けた場所が見えてきた。


 黒田が片手を上げる。


 蓮と佳子もすぐに足を止めた。


 森の中に作られた小さな休憩所のような場所だった。古びた屋根とベンチがあり、中央には金属製のポールが立っている。


 その根元に表示されている文字は、


《E-03》


 間違いない。


「ここだ」


 黒田が足を踏み出そうとした瞬間、蓮はその肩を掴んだ。


「待て」


「何だ?」


「あそこ」


 休憩所の中に、人がいた。


 1人の男が、ベンチの近くでこちらに背を向けている。


 手には端末。


 参加者だ。


 だが、蓮たちの視線を奪ったのはそこではなかった。


 男の首には――何もない。


「……え?」


 佳子が小さく息を呑んだ。


 3人が立ち尽くしていると、気配に気づいた男がゆっくり振り返った。


 三浦和也。


 蓮たちにとっては初めて見る参加者だった。


 三浦もまた3人を見つめ、その首元にある金属製の首輪へ視線を移す。


「……参加者か」


 最初に口を開いたのは三浦だった。


「ああ」


 黒田が答える。


 佳子は三浦の首元から目を離せずにいた。


「あなた……首輪は?」


 三浦は少し離れた地面を指差した。


 そこには、金属製の輪が落ちていた。


 紛れもない。


 参加者たちの首についているものと同じ首輪だ。


「外したのか?」


 蓮が聞く。


「ああ」


「どうやって?」


「条件を達成した」


 三浦はまるで当然のことを説明するように答えた。


「端末に解除権限が出た。それを首輪にかざしたら外れた。それだけだ」


 黒田の表情がわずかに変わる。


「爆発は?」


 三浦は無言で自分の首を指差した。


「見れば分かるだろ」


 確かにその通りだった。


 目の前にいる男は生きている。


 そして首輪は外れている。


 条件を満たせば、本当に解除できる。


 これまでルールの文章でしか知らなかった事実が、初めて現実のものとして蓮たちの前に現れた。


「名前は?」


「三浦和也」


「俺は神谷蓮」


 蓮が名乗ると、佳子と黒田も続いた。


 三浦は3人を一度見回した後、中央のE-03へ視線を移す。


「ここが目的地か?」


 黒田は一瞬だけ迷った。


「ああ」


「条件か?」


 そこまでは答えなかった。


 三浦も無理に聞こうとはしない。


「俺は休んでいただけだ。使うなら好きに使え」


 そう言って場所を譲る。


 黒田はE-03の範囲へ足を踏み入れた。


 直後、手にした端末から電子音が鳴る。


《指定地点 E-03に到達しました》


《待機時間を計測します》


《00:00:01》


 数字が動き始めた。


「始まった」


 黒田が画面を確認する。


 佳子の顔に、わずかに笑みが浮かんだ。


「じゃあ20分後には……」


「ああ」


 黒田は自分の首輪へ触れた。


「外れる」


 今度はその言葉に、さっきまでとは違う確信があった。


 すでに目の前に、成功した人間がいるのだから。


     *


 三浦はすぐには立ち去らず、ベンチの端に座っていた。


 蓮は少し離れた場所から、その様子を観察する。


 今のところ敵意は感じない。少なくとも、いきなり襲ってくるような気配はなかった。


「三浦」


「何だ?」


「他の参加者には会ったか?」


 三浦は少し考えてから答えた。


「2人」


「誰だ?」


「相馬って男と、桐谷って女」


 知らない名前だった。


 佳子と視線が合う。


「その2人は一緒にいたの?」


「俺が会った時はな」


「他には?」


「見てない」


 答えた三浦は、今度は蓮たちへ問い返した。


「お前たちは何人いる?」


 蓮はすぐには答えなかった。


 拠点に集まっている人数もまた、場合によっては情報になる。


 三浦は蓮の沈黙から察したのか、小さく息を吐いた。


「別にいい。言いたくないなら聞かない」


「8人」


 答えたのは佳子だった。


 蓮が横を見る。


「隠す意味ないでしょ」


 佳子は気にした様子もない。


「どうせ私たちが一緒にいるところを見られたら、人数なんてすぐ分かるんだから」


「……8人か」


 三浦は少し驚いたようだった。


 参加者は全部で15人。その半数以上が、同じ拠点に集まっていることになる。


「よくまとまってるな」


「まとまってるかは微妙だけどね」


 佳子が答えると、三浦は初めてわずかに笑った。


 少なくともこの瞬間だけは、参加者同士というより、同じ異常な状況に放り込まれた人間同士の会話に思えた。


     *


 黒田の端末に表示された時間は、


《00:14:32》


 残りは5分半ほど。


 あと少しで条件を達成できる。


 その時、ベンチに座っていた三浦が突然立ち上がった。


 蓮もすぐに反応する。


「どうした?」


「音がした」


 その一言で全員が黙った。


 風が木々を揺らす音に混じって、


 ――ガサッ。


 確かに、茂みの奥から何かが動く音が聞こえた。


 佳子が自然に蓮の近くへ寄る。


 黒田はその場から動かない。


 動けない、と言った方が正しかった。


 E-03の指定範囲から出れば、20分の待機時間がリセットされる。


「誰かいるな」


 三浦が森へ視線を向ける。


 蓮も同じ方向を見た。


「いるなら出てこい」


 返事はなかった。


 だが、もう1度草が揺れた。


 黒田の端末では、


《00:15:07》


 残り5分を切っている。


「黒田」


「俺は動かない」


 黒田は即答した。


 当然だ。ここまで待って、今離れれば最初からやり直しになる。


「佳子、黒田のそばにいてくれ」


「蓮は?」


「少し確認するだけだ」


「1人で行かないで」


 佳子が止めるより先に、三浦が立ち上がった。


「俺も行く」


 蓮が三浦を見る。


「いいのか?」


「俺はもう条件が終わってる」


 三浦は何もない自分の首元を指差した。


 蓮と三浦が並び、森の方へ数歩進む。


 すると、それまで茂みの奥に隠れていた人影が、ゆっくりと木の陰から姿を現した。


 女だった。


 両腕で大きな白いケースを抱えている。


 その表面には赤い十字。


 そして首には、蓮たちと同じ金属製の首輪があった。


 古瀬聡子。


 蓮たちにとって、初めて見る参加者だった。


 聡子もまた、突然現れた4人を見て足を止める。


 最初に三浦。


 次に蓮、佳子、黒田。


 そしてもう1度、三浦へ視線を戻した。


 正確には、その首元へ。


「あなた……」


 聡子の表情が変わる。


「首輪……」


「外れた」


 三浦が答えた。


 聡子は抱えていたFIRST AID CASEを強く握り締める。


 その目に浮かんだのは、警戒よりも驚きだった。


 自分も、このケースをF-02まで運ぶことができれば。


 同じように首輪を外せる。


「本当に……」


 聡子が何かを言いかけた、その時だった。


 ――ピッ。


 電子音が鳴った。


 全員が黒田を見る。


 端末には、


《待機時間 00:20:00》


《個別クリア条件を達成しました》


 と表示されていた。


 黒田は無言で画面を見つめる。


 さらに表示が切り替わった。


《首輪解除権限を取得しました》


 佳子が息を呑む。


 三浦は何も言わず、その様子を見守っていた。


 黒田は端末を持ち上げると、自分の首輪へ近づけていく。


「黒田」


 蓮が思わず名前を呼んだ。


 黒田は一度だけ蓮を見た。


 怖くないはずがない。


 それでも、その手は止まらなかった。


 端末を首輪の認証部へ触れさせる。


 ――ピッ。


 短い電子音。


 1秒。


 2秒。


 誰も息をしない。


 次の瞬間。


 ――カチャン。


 小さな金属音とともに、黒田の首輪が開いた。


 そのまま地面へ落ちる。


 佳子が目を見開いた。


 蓮も、すぐには言葉が出なかった。


 黒田はゆっくりと自分の首元へ手をやる。


 そこにはもう、冷たい金属の感触はない。


「……外れた」


 それは短い言葉だった。


 だが、その場にいる者にとっては何よりも大きな意味を持っていた。


 三浦だけではない。


 自分たちと行動を共にしてきた黒田も、条件を達成して首輪を外した。


 このゲームのルールは、少なくともここまでは嘘ではない。


 条件を達成すれば、本当に首輪は外れる。


 蓮たちの知らないところでは、すでに佐伯美咲と橘美月も解除に成功している。


 三浦和也。


 そして今、黒田修司。


 島では少しずつ、個別クリア条件を達成する参加者が現れ始めていた。


 聡子は白い医療ケースを抱えたまま、黒田の足元に落ちた首輪を見つめていた。


 その表情には、先ほどまでとは違う感情が浮かんでいる。


 希望だけではない。


 自分も早く条件を達成しなければならないという焦りが、その瞳にはっきりと現れていた。


「……F-02」


 聡子が小さく呟いた。


「何?」


 蓮が聞き返す。


 聡子は顔を上げた。


「そこに行かなきゃいけないの。これを……F-02まで持っていかないと」


 抱えているFIRST AID CASEへ視線を落とす。


 蓮たちはまだ知らない。


 同じF-02を、仲間である藤堂蓮司も目指していることを。


 別々の場所で与えられた2つの個別クリア条件が、同じ地点へ向かって静かに重なり始めていた。

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