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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第23話 それぞれの条件



 森を抜けた蓮たち8人は、ようやく拠点にしている建物へ戻ってきた。


 結局、2つ目のアップグレードデータを手に入れることはできなかった。場所までは突き止めたものの、岩壁に設置されていた認証装置は藤堂の端末を拒絶し、画面には《ACCESS DENIED》と表示された。


 参加者なら誰でも開けられるというわけではないらしい。


「疲れた……」


 建物へ入った途端、白石が力尽きたように床へ座り込んだ。


「30分以上歩いて、何も持たずに帰ってきただけじゃん」


 佳子が呆れたように言う。


「それが疲れるんだよ。成果があったら疲労感って減るだろ?」


「気持ちの問題でしょ」


「その気持ちが大事なんだって」


 言い合う2人を見て、高橋が小さく息を吐いた。


「元気だな、お前ら」


「高橋も会話に入る?」


「断る」


「即答……」


 そんなやり取りを聞きながら、蓮は持っていた荷物を床へ下ろした。


 森へ行き、2つ目のアップグレードデータの場所を突き止めたこと自体は無駄ではない。それでも、今の自分たちが抱えている問題は何ひとつ解決していなかった。


 拳銃を回収した正体不明の参加者がいる。蓮を執拗に追ってくる女もいる。アップグレード端末が持つ情報の価値も、想像していた以上に大きいことが分かってきた。


 考えなければならないことはいくらでもある。


 だが、蓮が何気なく自分の首元へ触れた時、もっと根本的なことを後回しにしていたことに気づいた。


 指先に触れる冷たい金属。


 これが残っている限り、自分たちはゲームのルールに命を握られたままだ。


「なあ」


 蓮が声を上げると、室内にいた全員がこちらを見た。


「俺たち、少し順番を間違えてないか」


「順番?」


 詩織が首を傾げる。


「ああ。物資を探すのも必要だし、アップグレード端末も役に立つ。でも、一番先にやるべきなのは――」


 蓮は自分の首輪を指先で軽く叩いた。


「これを外すことじゃないか?」


 それまでの空気が少し変わった。


 言われてみれば当然の話だった。


 島に来てから、あまりにも多くのことが起きた。大量の死体を見つけ、他の参加者と出会い、アップグレードデータを発見し、拳銃が誰かに回収されたことを知った。そのうえ、正体の分からない女にまで襲われた。


 目の前の出来事に対応するうちに、自分たちの個別クリア条件を進めることが後回しになっていた。


「……確かにな」


 藤堂が首輪に触れながら頷いた。


「72時間生き残るにしても、これをつけたままじゃルール違反や誤操作の危険が残る」


 高橋も蓮の考えには同意したらしい。


「外せるなら早い方がいい」


 黒田が静かに付け加える。


 白石も自分の首輪へ手をやった後、何気ない調子で言った。


「じゃあ、みんなで条件教え合う?」


 その一言で、今度は別の意味で空気が止まった。


 誰もすぐには返事をしない。


「……え?」


 白石が周囲を見回す。


「簡単に言うな」


 高橋が低い声で言った。


「でも、協力した方が早いだろ?」


「条件の内容による」


「今の条件に、誰かを傷つけろなんて書いてないだろ」


「お前は自分の条件しか知らない。それで、どうして他の参加者も同じだと言い切れる?」


「それは……」


 白石が言葉に詰まった。


 蓮も、その点については高橋を否定できなかった。


 自分に与えられた条件は、誰かを傷つけるようなものではない。だが、他の参加者もそうだという保証はどこにもない。


 実際にそうなのかではなく、今の彼らには確認する方法がないこと自体が問題だった。


「だったらさ」


 佳子が沈黙を破った。


「言える人だけ言えばいいんじゃない?」


 高橋が佳子を見る。


「強制しないってことか」


「うん。隠したいなら隠せばいいと思う。でも、誰かの協力が必要な条件だったら、ずっと黙ってても進まないでしょ?」


 その考えなら、無理に全員へ情報を公開させる必要もない。


 誰かを信用できる者は話す。まだ信用できない者は隠す。それでも、共有された条件については協力できる可能性が生まれる。


 今の8人には、それくらいの距離感がちょうどよかった。


     *


「じゃあ俺から」


 最初に手を挙げたのは白石だった。


「軽いな」


 高橋が呆れる。


「こういう時は誰かが最初に言わないと進まないって」


 白石は気にした様子もなく端末を開き、その画面を全員に見えるように向けた。


《PLAYER 07 個別クリア条件》


《指定地点 B-02、D-04の2地点で端末認証を完了してください》


《2地点の認証完了後、首輪解除権限を獲得します》


《認証数 0/2》


「これだけ。2か所行って認証すれば終わり」


「そんな条件なの?」


 詩織が意外そうに画面を見る。


「そう」


「だったら行けばいいじゃん」


「だから行こうぜって話」


 白石が笑った。


 少なくとも、彼の条件には他の参加者を犠牲にするような内容は含まれていない。それが分かっただけでも、先ほどまでより少し空気が軽くなった。


「じゃあ次、私」


 佳子が自分の端末を取り出した。


 蓮は少し意外に思った。


「見せるのか?」


「白石だけ見せて終わりじゃ可哀想でしょ」


 佳子が表示した画面には、白石とはまったく違う内容が記されていた。


《PLAYER 05 個別クリア条件》


《指定物資「WHITE CASE」を回収してください》


《回収後、指定地点 E-02へ運搬してください》


《E-02の認証装置で端末認証を完了することで条件達成となります》


「私は物を探して運ぶ。それだけ」


 佳子はそう言って画面を閉じた。


「WHITE CASEの場所は分かってる?」


 白石が聞く。


「それが分からないの。普通の地図には表示されてないから」


「じゃあ結構大変じゃん」


「だから困ってる」


 その言葉を聞いた瞬間、何人かの視線が同じ方向へ動いた。


 葵。


 正確には、彼女が持っているアップグレード端末へ。


「……何」


 葵が警戒するように端末を抱える。


「物資情報で探せない?」


 白石に聞かれ、葵は少し考えてから端末を開いた。


【物資情報】


 地図上には食料、水、医療物資など複数の表示がある。しかし、どこを探してもWHITE CASEという名称は見つからない。


「普通の物資にはない」


「特殊物資の方は?」


 佳子に言われ、葵は【特殊物資情報】へ切り替えた。


 いくつか残っているマークを確認していた指が、途中で止まる。


「……ある」


「え?」


 葵が画面を拡大する。


 島の南東側に表示された特殊物資。その詳細欄には、


《特殊物資:WHITE CASE》


 とはっきり記されていた。


 佳子の表情が変わる。


「これ……」


「たぶん、佳子の条件に必要なやつ」


「すご……」


 白石が素直に声を漏らした。


「アップグレード、めちゃくちゃ重要じゃん」


 だが、高橋の表情は逆に険しくなっていた。


「だから危険なんだ」


 葵の端末を持っていれば、本来なら手探りで探さなければならない指定物資の位置まで把握できる。


 情報を持つ者と、持たない者。


 その差は、彼らが考えていた以上に大きかった。


     *


「俺も言う」


 次に端末を取り出したのは藤堂だった。


《PLAYER 06 個別クリア条件》


《指定地点 F-02に設置された認証装置を起動してください》


《起動後、その地点で20分間待機してください》


《指定範囲外へ出た場合、待機時間はリセットされます》


「F-02?」


 白石が地図を確認する。


「結構遠いな」


 島の西側。現在の拠点から歩けば、それなりに時間がかかる場所だった。


 ただ、藤堂たちは知らない。


 今まさに同じF-02を目指している参加者が、別の場所にいることを。


 古瀬聡子。


 彼女はFIRST AID CASEを抱え、同じ地点へ向かっている。


 条件の内容は違っていても、2人が目指す場所は同じだった。


     *


「俺も出す」


 黒田が端末を開いた。


《PLAYER 09 個別クリア条件》


《指定地点 E-03へ到達してください》


《E-03内で20分間待機することで条件達成となります》


 これまで黒田だけが知っていた個別クリア条件が、初めて全員へ明かされた。


「黒田も待機系か」


 白石が言う。


「ああ」


「簡単そうだな」


「場所まで無事に行ければな」


 黒田は地図上のE-03を確認する。


 森の奥にあるが、現在地から極端に遠いわけではない。


「1人で行く必要があるとは書いてないんだな?」


 蓮が確認する。


「ああ。人数の指定はない」


「なら、誰かが同行できる」


 黒田が蓮を見る。


「そうなるな」


 条件を共有したことで、少しずつできることが増えていく。


 先ほどまでなら黒田が1人で向かっていたかもしれない場所にも、誰かが同行できる。危険がなくなるわけではないが、少なくとも1人で行動する必要はない。


     *


「俺はまだ言わない」


 高橋は、自分の番が来る前にそう告げた。


「ここまで来て?」


 白石が不満そうな顔をする。


「だからこそだ」


「何で?」


「全員が公開する必要はないって話だっただろ」


 高橋は端末を裏返し、画面を伏せた。


 そこに表示されている条件を、彼はまだ仲間へ明かすつもりがない。


《PLAYER 03 個別クリア条件》


《島内に設置された4つのRULE MARKERのうち3つを端末で読み取ってください》


《現在 1/3》


 すでに1つは見つけている。


 残りは2つ。


 高橋の条件にも、誰かを傷つける必要はなかった。


 それでも彼は、自分の情報を渡すほどにはまだ他の参加者を信用していなかった。


     *


 残るのは、葵、詩織、そして蓮だった。


「私は……まだ秘密」


 葵は自分の端末へ視線を落とし、少し迷った末にそう答えた。


「葵もかぁ」


 白石が肩を落とす。


「悪い?」


「悪くないです」


 白石はすぐに引き下がった。


 葵の端末に表示されている条件は、


《PLAYER 08 個別クリア条件》


《島内のSUPPLY BOXを3つ開封してください》


《現在 1/3》


 というものだった。


 すでに蓮たちと発見した黒いSUPPLY BOXが1つ目として認証されている。


 残り2つ。


 そして今の葵には、アップグレードされた端末がある。物資情報を利用すれば、他の参加者よりもSUPPLY BOXへ辿り着ける可能性は高い。


 その事実もまた、彼女が条件を伏せておきたい理由の1つだった。


「……私は」


 詩織の小さな声が聞こえた。


 全員の視線が彼女へ集まる。


 詩織の手にあるのは、壊れてしまった端末だった。


 何度操作しても画面は点かず、自分の個別クリア条件さえ確認できない。


「分からないんだよね。自分の条件」


 詩織は少しだけ笑った。


 無理に明るくしようとしているのが、蓮には分かった。


「みんなはいいな。何をすればいいのか分かってて」


「詩織」


 蓮が呼ぶと、詩織が顔を上げる。


「何とかする」


「でも、どうやって?」


「それはまだ分からない」


 変に安心させるようなことは言えなかった。


「修理できるかもしれないし、別の方法で条件を確認できるかもしれない。まだ時間はある。今の段階で諦める必要はないだろ」


「……うん」


 詩織は壊れた端末を見つめてから、小さく頷いた。


     *


 そして最後に、全員の視線が蓮へ集まった。


「最後」


 白石が言う。


「蓮は?」


「俺?」


「そう。リーダーっぽい人が最後まで秘密ってどうなの」


「いつから俺がリーダーになったんだ」


「なんとなく」


「適当だな……」


 そう返しながら、蓮は自分の端末を取り出した。


【クリア条件】


 そこには、これまで誰にも見せていない条件が表示されている。


《PLAYER 01 個別クリア条件》


《指定地点 A-01、C-03、F-04の3地点で端末認証を完了してください》


 さらに、その下には続きがあった。


《3地点すべての認証完了後、最終認証地点が開示されます》


 蓮は画面を見つめた。


 A-01、C-03、F-04。


 この3地点へ行くだけでは終わらない。その先に、まだ最終認証地点が存在している。


 他の参加者よりも手順が1つ多い。


 なぜ自分だけそうなっているのか、その理由も分からない。


「……まだ言わない」


 蓮は端末の画面を消した。


「えー」


 白石が何か言いかけるより先に、佳子が口を開いた。


「いいんじゃない」


 蓮が佳子を見る。


「言いたくなったら言えば。そういう話だったでしょ?」


「……ああ」


 蓮は短く頷いた。


 公開した者もいれば、隠した者もいる。


 そして詩織のように、自分自身ですら条件を確認できない者もいる。


 8人が同じ場所にいるからといって、持っている情報まで同じになるわけではなかった。


     *


 それでも、この話し合いによって1つだけ方針が決まった。


 まずは首輪を外す。


 物資も必要だ。武器を持つ参加者への警戒も、アップグレード端末の情報も無視できない。


 だが、首輪をつけたままではゲームそのものから逃れられない。


「明日まで待つ必要はない」


 蓮は地図を広げた。


「今から進められる条件は進めよう」


「誰から?」


 白石が隣から覗き込む。


 白石はB-02とD-04。


 佳子はWHITE CASEを回収し、E-02へ運ぶ。


 藤堂はF-02。


 黒田はE-03。


 公開されただけでも目的地は複数に分かれている。


 そこへ葵のアップグレード端末を組み合わせれば、より効率よく動ける可能性があった。


「一番近いところからだ」


 蓮が言うと、葵がすぐに端末の地図を確認した。


「それなら……」


 何度か地図を拡大した後、葵の指が1か所で止まる。


「E-03。ここが一番近い」


 黒田の目的地だった。


 黒田は確認すると、すぐに立ち上がった。


「なら行くか」


「全員で?」


 詩織が尋ねる。


 蓮は少し考えてから首を振った。


「いや。全員で1人ずつ条件を進めてたら時間がかかりすぎる。いくつかに分かれた方がいい」


 高橋の表情が険しくなる。


「昨夜のことを忘れたのか。また襲われるぞ」


「忘れてない。だから1人では動かない」


 蓮は全員を見回した。


「少人数に分かれて、それぞれの条件を進める。何かあったら無理に続けず戻る。それでどうだ?」


 危険がない方法など、この島にはもう存在しない。


 ならば、できる限り危険を減らしながら前へ進むしかなかった。


 ゲームが始まって以来、彼らは初めて、ただ目の前の危険から生き延びるためではなく、自分たちの意思で首輪を外すために動き始めようとしていた。


 ただ、蓮たちはまだ知らない。


 すでに島の別の場所では、佐伯美咲、橘美月、三浦和也の3人が首輪を外している。


 そして彼らがこれから向かおうとしている場所では、別々に与えられた参加者たちの条件が、少しずつ重なり始めていた。

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