第21話 もう一つの7人
同じ頃、島の各地でも、参加者たちはそれぞれの条件を果たそうとしていた。
*
島の北側、海に面した崖の上に、古びた建物が残されていた。
剥き出しの鉄骨は赤茶色に錆び、窓ガラスの大半が割れている。崩れた壁から吹き込む潮風が、床に散った砂や埃を動かしていた。
二階の窓際で、相馬直人は端末を開いた。海を眺めていても、考えることは同じだった。何度も確かめた条件を、もう一度読み直す。
【クリア条件】
《PLAYER 02 個別クリア条件》
《島内に設置された3か所のCHECK POINTを通過してください》
《3か所すべての認証完了後、首輪解除権限を獲得します》
《認証数 1/3》
「……あと二つか」
指定された場所へ行き、端末を認証する。今のところ、誰かと争ったり、物を奪ったりする必要はなかった。
だが、残る二か所は離れていた。歩く時間だけでなく、途中で水を手に入れられるかどうかも考えなければならなかった。
「また見てたの?」
背後から声がした。
相馬は画面を消し、振り返った。桐谷真由が、階段に近い壁際へ立っていた。
「自分の条件を見るくらい、いいだろ」
「あと、どれくらい?」
「教えねえよ」
「ケチ」
「お前は教えるのか?」
「教えない」
「じゃあ聞くな」
真由は肩をすくめた。
彼女も少し前、相馬から見えないところで自分の条件を確かめていた。
《PLAYER 04 個別クリア条件》
《島内に隠された端末アップグレードデータを1つ入手してください》
《指定ポイントでアップグレードデータを認証することで条件達成となります》
探しているのは、USB型のアップグレードデータだった。だが、それをどう探せばいいのか、相馬へ相談するつもりはなかった。見つかったとして、そのまま自分に渡してくれるとは限らない。
「水、あとどれくらい?」
真由が尋ねた。
「一本」
「二人で?」
「ああ」
真由は床に置かれた荷物を見た。
「……それじゃ、長くはもたないね」
「だから動く」
相馬は窓際を離れた。
「どこへ?」
「条件を満たしに行く」
「手伝ってほしいなら、少しくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「頼んでねえ」
「ほんと、可愛くない」
「お前に言われたくねえよ」
そのとき、一階で何かがぶつかる音がした。
二人は口を閉じた。続いて足音が聞こえた。風に動かされた物の音ではなかった。
相馬は床に落ちていた鉄パイプを拾った。
「誰だ!」
足音が止まった。
しばらくして、下から男の声が返ってきた。
「参加者だ」
「手に何も持たずに上がってこい」
相馬は階段から目を離さなかった。
やがて、男がゆっくり姿を現した。両手を上げ、途中で足を止める。首には金属の輪があり、腰の辺りに端末を携えていた。
「三浦和也だ」
男は名乗り、鉄パイプを持つ相馬と、その後ろにいる真由を見た。
三浦も、この建物をただ休むために見つけたわけではなかった。彼の端末には、別の条件が表示されていた。
《PLAYER 11 個別クリア条件》
《島内の3つの異なるエリアに設置された認証装置で端末を認証してください》
《現在 2/3》
残る装置を探す途中で、崖の上に建物を見つけたのだった。
「ここに、食料はあるか?」
「ない」
相馬は答えた。
「水は?」
「ない」
三浦の視線が床へ落ちた。空のペットボトルが転がっていた。
「少なくとも、あったみたいだな」
「だから?」
相馬は鉄パイプを握り直した。
「残っているなら、少し分けてほしい」
「断る」
「ちょっと」
真由が声をかけたが、相馬は振り返らなかった。
「残り一本だぞ。三人で分けて、そのあとどうする」
真由は言葉を止めた。
三浦は二人を見ていたが、責めることも、さらに頼むこともしなかった。
「なら、いい」
そう言って階段へ向かった。
「……それだけか?」
相馬が思わず尋ねると、三浦は振り返った。
「奪ってほしいのか?」
相馬は答えなかった。
「まだ、そこまでする必要はない」
三浦は階段を下りていった。
足音が遠ざかっても、相馬は鉄パイプを下ろせなかった。
まだ、という言葉だけが耳に残っていた。
*
島の東側では、橘美月が一人で森を歩いていた。
地図で現在地を確かめては、条件を読み直す。行くべき場所は分かっていたが、そこへ着いて何が待っているのかまでは分からなかった。
《PLAYER 10 個別クリア条件》
《指定地点 C-04に到達してください》
《到達後、その地点から30分間離れないことで条件達成となります》
着いたら、三十分待つ。それだけだった。
「……あと少し」
美月は自分へ言い聞かせた。
条件を満たし、首輪を外す。そのあとで七十二時間を生き残る方法を考えればいい。先のことまで一度に考えると、足が止まりそうだった。
前方に人影が見えた。
女が一人、同じ森の中を歩いている。美月は足を止め、少し迷ってから声をかけた。
「……あの」
女が振り返った。首元に同じ輪があるのを見て、美月は小さく息を吐いた。
「よかった……」
「何が?」
「私以外にも、人がいたから」
女は近づいてこなかった。美月の手元や、その背後へ目を向けている。
「名前は?」
「橘美月」
女は少しためらってから答えた。
「佐伯美咲」
美咲にも、この方向へ歩く理由があった。
《PLAYER 14 個別クリア条件》
《指定地点 C-04に設置された認証装置を起動してください》
《起動後、端末認証を完了することで条件達成となります》
目的地は同じだった。だが、美月はその場に留まる必要があり、美咲は装置を起動しなければならない。
二人とも、相手の条件は知らなかった。
「どこかへ向かってるの?」
美咲に尋ねられ、美月は返事をためらった。
その間に、美咲の目が端末へ向いた。
「クリア条件?」
「……そっちは?」
「私も」
短い沈黙が落ちた。
「どっちへ?」
美月は森の先を指した。
「向こう」
美咲が、その方角を見た。
「私も、そっち」
「……一緒に行く?」
今度は美咲が迷った。美月の顔を見てから、周囲へ目を向ける。
「途中までなら」
二人は少し距離を保ち、歩き始めた。隣に人がいることを心強く感じながらも、美月はときどき美咲の動きを確かめていた。
*
島の西側、波打ち際から離れた砂浜に、古瀬聡子は座っていた。
膝に載せた端末を傾け、光の反射を避けながら条件を読んでいた。
《PLAYER 15 個別クリア条件》
《指定物資「FIRST AID CASE」を回収してください》
《指定地点 F-02まで運搬し、認証装置に端末をかざすことで条件達成となります》
隣には、赤い十字のついた白いケースがあった。指定された物は、すでに見つけていた。
問題は運ぶ先だった。地図で確かめると、F-02は島の反対側に近かった。
「……冗談じゃないわよ」
取っ手を握って持ち上げると、重みが腕にかかった。思わず顔をしかめ、いったん砂へ下ろした。
中身は見ていない。勝手に開けていいのか、条件に影響するのかも分からなかった。運ぶ物だと指定されている以上、そのまま持っていくしかないように思えた。
「行くしかないか……」
立ち上がったところで、砂浜の足跡に気づいた。
自分のものではなかった。波に消されておらず、森へ向かって続いている。
聡子は顔を上げた。
「……誰かいる?」
返事はなかった。
足跡を追えば、誰かに会えるかもしれない。だが、ケースを持った状態で、知らない相手へ近づく気にはなれなかった。
聡子は取っ手を握り直した。端末で方角を確かめ、足跡から離れる方へ歩き始めた。
*
島の中央部では、一人の女が端末を見ながら歩いていた。
画面には、持ち主の情報が表示されていた。
《PLAYER 13》
《神崎莉奈》
蓮を追い、建物を襲った女だった。
莉奈は【クリア条件】を開いた。
《PLAYER 13 個別クリア条件》
《島内に設置された3つの観測ポイントで端末を認証してください》
《現在 2/3》
《残り観測ポイント 1》
あと一か所だった。そこへ行き、認証すれば、条件を満たせる。
莉奈は画面を閉じた。
「蓮……今、何してるのかな」
口元が緩んだ。
その隣にいた佳子を思い出すと、笑みは消えた。だが、それも長くは続かなかった。
「まあ、いいか」
先に自分の用事を終わらせればいい。首輪を外してしまえば、蓮のそばにいる時間も増やせるはずだった。
莉奈は端末を持ち直し、森を進んだ。
*
しばらくして、岩壁が見えた。
埋め込まれた認証装置へ目を向けた莉奈は、足を止めた。
《PLAYER TERMINAL》
「……ここじゃない」
探している観測ポイントとは違っていた。通り過ぎようとして、地面に残る足跡へ目が留まった。
いくつもの靴跡が、岩壁の前へ集まっている。
莉奈はしゃがみ、しばらく眺めた。
「蓮たちかな」
小さく笑い、顔を上げた。
少し離れた木の陰へ、視線が向いた。
「いるんでしょ」
返事はない。
「出てきたら?」
数秒して、女が姿を現した。
桐谷真由だった。その手には、細長い黒い部品が握られていた。
真由は少し前、自分の端末で認証装置を作動させ、岩壁の保管場所を開いていた。手に入れたのは、探していたUSB型のアップグレードデータだった。
端末には、取得を示す表示が出ていた。
《指定物資を確認》
《アップグレードデータ 1/1》
ただし、条件はまだ終わっていなかった。
《指定ポイントで認証してください》
これを持って、次の場所へ向かわなければならなかった。
「それ、何?」
莉奈が尋ねると、真由は手を身体の陰へ寄せた。
「あなたには関係ない」
「ふうん」
莉奈は笑っていた。真由はその顔を見ながら尋ねた。
「名前は?」
「神崎莉奈」
「……桐谷真由」
真由も名乗った。
「一人?」
莉奈に聞かれ、真由は少し間を置いた。
「今は」
「近くに、男の人がいたよね」
真由の目が険しくなった。
「見てたの?」
「たまたま」
「信用できない」
「別に、いいよ」
莉奈は気にした様子もなかった。
真由は手の中の部品をしまい、端末を持ち直した。
「あなたも、どこかへ向かってるの?」
「うん」
「条件?」
「そう」
それ以上は話さないらしかった。真由も、自分の行き先を告げるつもりはなかった。
「近くに、ほかの参加者がいる」
真由が言うと、莉奈は頷いた。
「知ってる。八人」
声が明るくなった。
「蓮もいるよ」
「蓮?」
「神谷蓮」
真由には、聞き覚えのない名前だった。
「仲間なの?」
莉奈の笑みが、わずかに変わった。
「違うよ」
「じゃあ、何?」
少し考えるように目を動かし、莉奈は答えた。
「私の人」
真由は黙った。
相手の顔を見たまま、一歩だけ距離を取った。
「……そう」
それ以上は尋ねなかった。莉奈は笑っているのに、冗談を言っているようには感じられなかった。
「じゃあ、私は行くから」
真由は背を向けた。すぐには歩調を速めず、背後の音に気を配りながら木々の間へ入った。
莉奈は追ってこなかった。
真由の姿が見えなくなると、自分の端末へ目を戻した。彼女にも、まだ終えていない認証があった。
*
C-04には、森の切れた小さな広場があった。
美月と美咲は、ほぼ同時にそこへ踏み入れた。
中央に、金属製の認証装置が立っていた。
「……ここ」
二人の声が重なった。
互いに顔を見たあと、美咲の視線が装置へ向いた。美月は端末で時刻を確かめた。
ここから三十分、離れずにいればいい。
そう考えて顔を上げると、美咲がこちらを見ていた。
「あなたの条件も、ここなの?」
美月は答えをためらった。
「……そっちこそ」
美咲は口を閉じた。装置へ向かいかけた足も止まった。
美月はその動きを見て、身構えた。何をするつもりなのだろう。装置を動かされたら、自分の条件に影響するのだろうか。
美咲も、黙ってその場に留まる美月を気にしていた。自分が認証しようとしたとき、止められるかもしれない。先に何かを使われれば、装置が動かなくなる可能性もあるのではないか。
どちらの端末にも、相手を妨げろとは書かれていなかった。
美月は待ち、美咲は装置を起動して認証すればよかった。同じ場所で、それぞれの条件を満たせるはずだった。
だが、二人はそのことを知らなかった。
美咲が装置へ目を向けると、美月もそちらを見た。どちらからも、次の言葉は出なかった。
*
島には、十五人の参加者と、それぞれに与えられた条件があった。
相馬は残る二つのチェックポイントへ向かい、三浦は最後の認証装置を探していた。真由は手に入れたデータを指定地点へ運び、聡子は重い医療ケースを抱えて歩いていた。莉奈にも、あと一か所の認証が残っている。
誰もが、自分のすべきことを確かめながら動いていた。その条件を果たすために、誰かを殺す必要はなかった。
それでも、出会った相手へ端末を見せることはためらわれた。
必要な物を奪われるかもしれない。行く先で妨害されるかもしれない。そう考えて言葉を伏せると、相手もまた、その沈黙を不審に思った。
C-04では、美咲が装置の前で足を止め、美月が時刻を気にしていた。
北の建物では、相馬が去った男の言葉を思い返していた。
島の各地で、参加者たちは少しずつ互いの行動に関わり始めていた。相手の目的を知らないまま、その一歩に意味を探そうとしていた。




