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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第15話 視線

「拳銃が消えた?」


 建物へ戻った蓮たちを迎え、高橋が聞き返した。


「ああ。葵の端末から、位置情報がなくなった」


 蓮は持ち帰った保存食を床へ下ろした。葵が【特殊物資情報】を開くと、残っていた四人も集まってきた。


「誰かが取ったってこと?」


 詩織の問いに、葵は頷いた。


「表示の説明どおりならね」


 地図には、少し前まであった拳銃の印が見当たらなかった。白石も横から覗き込んでいたが、今回は何も言わず、画面を見つめていた。


「誰が回収したかは分からないのか?」


 藤堂が尋ねた。


「そこまでは出ない。場所が消えただけ」


「いつ気づいた?」


「物資を見つけたあと。どのくらい前に消えていたのかまでは、分からない」


 高橋は画面から顔を上げ、何か考えるように口を閉じた。


「帰り道に、足跡もあった」


 黒田が付け加えると、白石が振り向いた。


「俺たち以外の?」


「ああ。比較的新しいものだった」


 詩織が首元へ手を添えた。


 拳銃の印が消えたことと、森の足跡。二つが同じ人物に関わるという証拠はない。それでも、別々の話として聞き流すことはできなかった。


「まだ会ってない七人の、誰かかな……」


 詩織が呟いた。


 今ここにいるのは八人だった。残る七人については、名前も、どこにいるのかも知らない。そのうちの誰かが銃を持っているのだとしたら、次に人と出会ったとき、何を見て安全だと判断すればいいのだろう。


「ここに来る可能性もあるよな」


 白石が言った。


「ある。俺たちがここにいることを、もう知っているかもしれない」


 高橋の返事に、白石が眉を寄せた。


「何で?」


「足跡を見つけたのは、帰り道なんだろ」


 蓮が頷くと、高橋は続けた。


「近くにいて、お前らの動きを見ていた可能性もある」


 蓮は黙った。


 物資を運ぶことに気を取られ、周囲への注意が薄れた瞬間はあったかもしれない。足跡に気づくまで、誰かが近くを通ったことさえ分からなかった。


 中央広場の壁にあった言葉を思い出した。


『見られている』


 あれが運営による監視を指していたのか、それとも、もっと近くにいる誰かを恐れた言葉だったのか。今も分からなかった。


「蓮?」


 詩織の声に顔を上げた。


「どうしたの?」


「……いや。何でもない」


 蓮は荷物へ視線を戻した。父親の警告まで思い出しかけていたが、今それを話したところで、この状況を説明できるわけではなかった。


     *


「入口は、誰かが見ていた方がいい」


 藤堂が言った。


 端末で認証する扉があっても、それだけで建物を守れるわけではなかった。正面の入口も窓もある。入ろうと思えば、別の方法を使えるかもしれない。


「交代で見張る?」


 佳子が尋ねると、高橋が頷いた。


「夜も、全員では寝ない方がいい」


 白石が窓へ目を向けた。


「もう夜の話?」


「暗くなってから決めるのか?」


「いや、そうじゃないけど」


 白石は頭を掻いた。いつもならもう一言返しそうなところだったが、そのまま窓の外を見ていた。


 蓮も森へ目を向けた。昼間でも木々の奥は見えにくい。夜になれば、建物のすぐ近くに誰かがいても、気づけないかもしれなかった。


     *


 持ち帰った物資を整理することになった。


 詩織と佳子が水や保存食、救急用品を分け、藤堂と白石が箱を運ぶ。黒田と高橋は建物の出入口をもう一度確かめに行った。


 蓮は少し離れた机にバッグを置いた。中から自分の端末を出し、続いて、中央広場で拾ったもう一台を取り出した。


 画面を起動させると、短い電子音が鳴った。


《EXTRA BULLET》


 動作に異常は見られなかった。だが、持ち主を確かめる手掛かりは、まだ見つけられていなかった。


「それ、広場にあったやつ?」


 振り返ると、佳子が立っていた。


「ああ」


「持ってきてたんだ」


「誰かが取りに戻ったら、返せるようにしておこうと思って」


 佳子は机の横まで来て、端末へ目を落とした。


「持ち主を探す?」


「見つかれば返す」


「相手が銃を持ってても?」


 蓮は佳子を見た。


 彼女は声を落としたが、冗談を言っている顔ではなかった。


「この端末の持ち主かもしれないんでしょ」


「可能性だけならな。でも、そうだと決まったわけじゃない」


「……そうね」


 佳子はそれ以上言わず、画面を見つめた。


「これがないと、その人も地図や条件を確認できないんだよね」


「そうなるな」


 詩織と同じように、ほかの誰かに見せてもらわなければ、ルールすら読み直せない。だが、その人間が誰かと一緒にいるのかも分からなかった。


「探してるかもしれないね。自分の端末を」


 佳子の言葉に、蓮は手元へ視線を戻した。


 その可能性は十分にあった。落としたことに気づいて、中央広場へ戻ったのかもしれない。自分たちが持ってきたために、見つけられずにいることも考えられた。


「一人で返しに行ったりしないでよ」


「しない」


 即答すると、佳子が少し笑った。


「ならいい」


 彼女は机から離れ、物資の整理へ戻った。


 蓮は端末を置いた。持ち主が現れたとして、本人だとどう確かめればいいのか。そのことも、考えておく必要がありそうだった。


     *


 しばらくして、黒田が部屋へ顔を出した。


「蓮、来てくれ」


「どうした?」


 黒田は廊下へ目を向けた。蓮は机の二台をそのままにして立ち上がり、あとを追った。


 外には高橋もいた。二人が見ていたのは、建物の壁に近い地面だった。


「これだ」


 黒田が指した先に、靴底の跡があった。


「俺たちのじゃないのか?」


「それぞれの靴は確かめた。少なくとも、俺たちの模様とは違う」


 高橋が答え、少し先を示した。


 壁際の雑草が踏まれ、その向こうにも薄い靴跡が残っていた。ただ、途中から地面が硬くなり、跡は見えなくなっている。


「いつついたものなんだ?」


「そこまでは分からない。藤堂が来たときのものかもしれない」


 黒田はそう言い、窓へ目を向けた。


「ただ、入口へ向かうには、妙な位置だ」


 蓮は跡と建物を見比べた。壁沿いに進んだようにも見える。すぐ近くには窓があった。


 高橋が、そのガラス越しに中を見た。


「部屋を確かめるなら、ここから見える」


「……誰かが覗いていたってことか?」


「決まったわけじゃない」


 黒田が答えた。


「だが、見張りは早めに始めた方がいい」


「みんなには?」


「まだ話してない。藤堂にも確かめてからでいいだろう」


 蓮は周囲を見回した。


 森にも、建物の角にも、人影はなかった。風に草が揺れているだけだった。それでも、窓のそばに立っている自分たちの姿が、どこから見えるのかを考えずにはいられなかった。


     *


 三人が建物へ戻ったあと、森の木陰で人影が動いた。


 そこからは、窓の向こうを行き来する姿が見えた。箱を運ぶ白石と藤堂、物資を分ける詩織と佳子。葵も近くにいた。


 やがて黒田と高橋が戻り、そのあとから蓮が部屋へ入った。


 人影の視線が、蓮を追った。


 蓮が腰を下ろした机には、端末が二台置かれていた。一台は蓮自身のもの。もう一台は、中央広場から持ち帰られたものだった。


 木の陰で、指がわずかに曲がった。


 それでも、建物へ向かうことはなかった。蓮の手元をしばらく見つめたあと、人影は再び幹の向こうへ身を隠した。


     *


 夕方、蓮は入口で見張りに立っていた。


 交代までは、あと少しだった。建物の周囲にはまだ明るさが残っていたが、森の中は暗くなり始めている。昼間なら見えた幹の隙間も、今は影が重なり、奥行きが分かりにくかった。


 蓮は何度目かの見回しをした。


 誰かに見られているような気がしていた。だが、目を向けても何もない。足跡の話を聞いたせいで、気にしすぎているのかもしれなかった。


「……気のせいか」


 呟いた直後、茂みが擦れる音がした。


 蓮は顔を上げた。


「誰だ!」


 声を飛ばしても、返事はなかった。入口から数歩だけ前へ出て、音のした辺りを見つめた。


「蓮?」


 中から佳子が来た。


「どうしたの?」


「何か聞こえた」


 佳子も隣に立ち、森へ目を向けた。


「動物じゃない?」


「かもしれない」


 蓮は答えながら、茂みの下へ視線を移した。


 草が揺れていた。手前の揺れが収まると、その奥で葉が動き、少し離れた場所でも細い枝が震えた。何かが離れていったようにも見えたが、風の通り道だったのかもしれない。


 二人は黙って待った。


 やがて草も動かなくなり、森は静かになった。蓮が目を凝らしても、そこには暗い葉の重なりしか見えなかった。


「……戻ろう。ここに立ってても、見えないよ」


 佳子が言った。


 蓮は頷いたが、すぐには背を向けられなかった。


 中央広場の壁にあった『見られている』という文字が、また浮かんでいた。誰が、何のために見ているのかは分からない。そもそも、今の音が人の立てたものだったのかさえ確かめられていなかった。


 それでも入口へ戻るとき、蓮は一度、肩越しに振り返った。


 暗くなった森の中で、何かがこちらを見ているような気がした。

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