第14話 消えた拳銃
葵がもう一度【特殊物資情報】を開くと、島の地図に印が現れた。その一つに触れると、先ほどと同じ文字が表示された。
《拳銃》
八人は画面を囲んだまま、しばらく黙っていた。
「……どうする?」
詩織が小さく尋ねた。
「何を?」
「銃。取りに行くの?」
白石も画面へ目を戻した。水や食料の場所を見つけたときとは違い、誰もすぐには動こうとしなかった。
「俺は、回収した方がいいと思う」
高橋が言った。
「俺たちが取らなくても、ほかの誰かが取るかもしれない。場所が分かっているのに、そのままにしておく方が危険だ」
「先に確保しておくってこと?」
佳子の問いに、高橋が頷いた。
詩織は不安そうに周囲を見た。
「でも、取ったら誰が持つの?」
高橋が黙った。
蓮も、そこが気になっていた。場所へ向かい、拳銃を回収できたとして、その後はどう扱うのか。誰かが持ち歩くなら、ほかの者はその人間を意識せずにはいられなくなる。
「俺は嫌だぞ」
白石が両手を上げた。
「持ちたくない」
「意外。欲しがるかと思った」
佳子が言うと、白石は顔をしかめた。
「俺を何だと思ってんの?」
「うるさい人」
「それ、関係ないだろ」
詩織の口元がわずかに緩んだ。だが、葵は笑わず、画面を見つめたままだった。
「ほかにも特殊物資はあるんだよな?」
蓮が尋ねると、葵は地図を動かした。
「ある。ここと、こっちにも」
印の数は、水や食料を示した地図よりずっと少なかった。それでも、拳銃以外にも何かが置かれている場所がある。
「全部を取りに行く必要はないと思う」
蓮が言うと、高橋が顔を上げた。
「拳銃もか?」
「ああ。今ここに持ち込んだら、誰に持たせるかで、また揉めるだろ」
互いのクリア条件さえ知らない集団だった。誰か一人が拳銃を持てば、今までと同じようには話せなくなるかもしれない。
「誰が持っても、ほかの七人は警戒する」
「そうだな」
黒田が静かに応じた。
「じゃあ、置いておくの?」
佳子が尋ねた。
「今は場所を覚えておこう。取られたかどうかは、地図で確かめられる」
回収されれば、位置情報が消える。誰が手に入れたのかは分からなくても、そこに置かれたままかどうかは確認できた。
「……それも怖いよ」
詩織が呟いた。
「印が消えたら、誰かが銃を持ってるってことでしょ」
蓮は答えられなかった。先に取る危険も、残しておく危険もある。どちらなら安心できると、言い切れるものではなかった。
*
「まずは、食料の方を見よう」
藤堂が口を開いた。
室内には水と保存食が積まれている。今の八人で過ごすだけなら足りそうだったが、残りの参加者が来たとき、同じように使えるかどうかは、中身を数えてみなければ分からなかった。
「ここ、拠点にしてもいいんじゃない?」
白石が言った。
「私も、それがいいと思う。中央広場よりは休めそうだし」
佳子の言葉に、反対する者はいなかった。
葵が【物資情報】を開いた。現在地の近くにも、いくつかの印がある。
「近いところを、一か所だけ確かめてこない?」
佳子が画面を覗き込んだ。
「本当に表示どおりのものがあるのか、見ておきたい」
「調べる価値はあるな」
黒田が言った。
相談の末、蓮と佳子、黒田、それに端末を持つ葵の四人で向かうことになった。詩織と白石、高橋、藤堂は建物に残り、食料や部屋の様子を確かめる。
出発しようとすると、詩織が声をかけてきた。
「気をつけてね」
「ああ」
「あと……ちゃんと戻ってきて」
「物資を確認するだけだぞ」
「それでも」
詩織は眉を寄せたままだった。蓮はその顔を見て、頷いた。
「分かった。無理はしない」
隣にいた佳子の視線に気づき、蓮は顔を向けた。
「何だよ」
「別に」
「その顔、やめろ」
「何も言ってないけど?」
佳子は口元を緩め、そのまま先に廊下へ出た。蓮は息を吐き、後を追った。
*
建物を離れると、葵が先頭に立った。端末の地図と周囲を見比べ、木々の間を進んでいく。
「右。こっち」
通常の地図には載っていない場所へ向かっていた。蓮も自分の端末を確かめたが、同じ辺りには森が表示されているだけだった。
「便利だね、それ」
佳子が葵の手元を見た。
「欲しくなる」
葵が振り返った。
「……あげないよ」
「言ってみただけ」
佳子は笑ったが、葵は端末を持ち直して前へ向いた。
蓮は二人の後ろを歩きながら、追加された機能を思い返した。物資の場所が分かるだけでも、動き方は大きく変わる。さらに武器の位置まで知ることができ、一人だけとはいえ、他人の条件も確認できるのだ。
黒い部品を使う前と後では、同じ島にいても、見えているものが違っていた。
「この辺」
やがて葵が足を止めた。
目の前には大きな岩があった。周囲には草が茂り、木の根が地面を這っている。
「何もないね」
佳子が見回すと、葵はもう一度地図を拡大した。
「印は、ここにある」
蓮と黒田は反対側へ分かれ、岩の周囲を調べた。草を退けながら裏へ回ったところで、蓮は黒いものを見つけた。
「あった」
低い箱が、草に隠れるように置かれていた。表面には《SUPPLY》と記されている。
三人が集まるのを待ち、蓮は箱の周囲を確かめた。それから慎重に蓋を開けた。
中には保存食と水、栄養補助食品が並び、その脇に簡単な救急用品も入っていた。
「本当にあった……」
佳子が身をかがめた。葵も端末と箱を見比べている。
「表示は合ってたね」
「ああ」
蓮は中身を確かめながら頷いた。地図上の印が、実際の物資と結びついた。これなら、必要なものが足りなくなったときにも探しに来られる。
「持てる分だけ持って戻ろう。無理に全部運ばなくていい」
四人は手分けして荷物をまとめた。
その途中で、葵の端末が鳴った。
「何?」
佳子が振り返ると、葵は画面を見ていた。
「印が消えた」
先ほどまで現在地にあった物資の表示が、なくなっていた。
「回収すると、こっちも消えるのか」
黒田が言った。
「そうみたい」
葵はメニューへ戻り、続けて画面を操作した。その指が、急に止まった。
「……え?」
蓮は荷物をまとめる手を止めた。
「どうした?」
葵は返事をせず、画面を見つめていた。佳子が隣へ寄る。
「葵?」
少しして、葵が顔を上げた。
「拳銃の印がない」
蓮はすぐに端末を覗き込んだ。
開かれていたのは【特殊物資情報】だった。葵が地図を動かし、先ほど見た場所を拡大した。
そこには、何も表示されていなかった。
「場所、間違えてない?」
佳子が尋ねた。
「ここだった。間違いない」
葵は縮尺を変え、もう一度周囲を確かめた。それでも印は見つからなかった。
「回収されたんだろうな」
黒田が言った。
蓮は画面から森へ目を向けた。鳥が鳴き、風に揺れた草が擦れていた。さっきと同じ景色なのに、茂みの向こうが急に気になった。
「……誰が?」
佳子が呟いた。
葵は首を振った。端末には、それを確かめる項目がなかった。
四人がここへ来ている間に、誰かが拳銃を手に入れた。少なくとも、表示の説明が正しいなら、そういうことになる。
「戻ろう」
蓮は荷物を持ち上げた。
「残ってる四人にも知らせないと」
三人も頷き、それぞれ荷物を手に取った。蓮は一度だけ岩の周囲を見回してから、来た道へ向かった。
*
しばらく歩いたところで、蓮は足を止めた。
「……待ってくれ」
三人が振り返った。
「どうした?」
黒田の問いに、蓮は地面を示した。
柔らかい土の上に、靴跡が残っていた。一つだけでなく、その先にも続いている。来るときには気づかなかった跡だった。
黒田がしゃがみ込んだ。荷物を脇へ置き、近くの跡も確かめる。
「新しいな」
「私たちのじゃない?」
葵が尋ねると、黒田は首を振った。
「違う」
佳子も足元を見たあと、周囲へ視線を走らせた。
「じゃあ、誰かが近くにいるの?」
「いつ通ったかまでは分からない」
黒田は立ち上がり、荷物を持ち直した。
蓮は足跡の続く先を見た。木々に遮られ、人の姿は見えない。葉の擦れる音に耳を澄ませても、誰かが歩いているかどうかまでは分からなかった。
拳銃を回収した人間が通ったのだろうか。そう考えかけたが、二つを結びつける根拠はなかった。まだ出会っていない参加者が、別の場所へ向かっただけかもしれない。
「行こう」
蓮は声を落として言った。
四人は互いの距離を詰め、再び歩き始めた。黒田も佳子も口を開かず、葵はときどき端末へ目を落としていた。
蓮は背負ったバッグの紐を握り直した。
中には自分の端末と、もう一台、中央広場で拾った端末が入っていた。持ち主が戻ってきたときに返せるよう、あのまま草むらへ残さず、ひとまず自分が預かることにしたものだった。
なぜ置き去りにされていたのかも、どうして更新データを求める画面が出ていたのかも、分からないままだった。
蓮はバッグから手を離した。今は立ち止まらず、建物へ戻ることだけを考えた。
*
四人の足音が遠ざかってから、しばらくして、数十メートル離れた太い木の陰で人影が動いた。
蓮たちが足跡を調べていた間も、その人物はそこにいた。声を出さず、身を隠したまま、四人の様子を見ていたのだった。
木の陰から半歩だけ出て、彼らが去った方角を確かめる。
すぐには追わなかった。距離を保ったまま、木々の間に見え隠れする蓮の背を目で追っていた。
その視線が、一度だけ下がった。
蓮が背負うバッグへ。
まるで、その中に何が入っているのかを知っているかのように。




