第150話 7人の同行者
七人になった一行は、廃屋の並ぶ道を慎重に進んでいた。
先頭を歩く神谷蓮は、時折後ろを振り返りながら、周囲の建物に目を配っていた。夕暮れが近づき、道の両側に並ぶ建物の影が長く伸びている。割れた窓や崩れかけた壁の向こうに人影がないか、確かめながら歩かなければならなかった。
少し後ろでは、九条澪が小宮千尋と並んで歩いていた。そのさらに後方に片桐蒼真と雨宮紗良が続き、最後尾には御堂隼人と一ノ瀬美羽がいる。
隼人は負傷した腕を押さえながら、前を歩く五人の様子を窺っていた。
協力しているとは聞いたが、まだ信用できたわけではない。特に気になっているのは、首輪を外している千尋と蒼真だった。
どんな条件を達成したのか。
それを尋ねるべきか迷ったものの、隼人は結局、何も言わなかった。
今の自分たちは、彼らに助けを求める立場に近い。余計な疑いを口にして、関係を悪くする必要はなかった。
一方、美羽はほとんど喋らなかった。
時折、涙を拭う仕草を見せるものの、顔を上げることは少ない。結衣を置いて逃げたことが、今も頭から離れないのだろう。
紗良は何度か美羽に声をかけようとしたが、結局、言葉を見つけられずにいた。
自分も結衣を知っている。
だからこそ、何を言えばいいのか分からなかった。
しばらく歩いたところで、蓮が足を止めた。
「……少し、話しておきたいことがある」
その声に、全員が顔を上げた。
蓮は周囲を確認すると、道の脇にある建物の陰へ移動した。七人が集まるのを待ってから、静かに口を開く。
「俺たちは、これから監視ルームへ向かうつもりだった」
「監視ルーム?」
隼人が聞き返した。
「ああ。参加者の動きを確認できる場所がある。詳しいことは省くけど、そこへ行けば、少なくとも今の状況を調べられる」
隼人は驚いたように眉を上げた。
「そんな場所があるのか?」
「ある。ただ、そこへ向かうのはやめようと思う」
蓮の言葉に、澪が顔を上げた。
「……どうして?」
「近くにあの女がいるからだ」
蓮は負傷した腕へ視線を落とした。
「俺たちを襲った女が、今度は隼人たちを襲ってる。それに、別の拳銃を持った男まで現れたらしい。二人が一緒に行動してるのかどうかは分からないけど、少なくとも、この辺りが安全じゃないのは確かだ」
「……監視ルームへ行けば、その人たちの居場所も分かるんじゃないの?」
千尋が尋ねた。
「分かるかもしれない。でも、そこまで無事に行ける保証はない。それに、今はほかに優先したいことがある」
蓮は澪を見た。
「……澪の鍵だ」
その言葉に、澪は無意識に自分の持ち物へ手を伸ばした。
これまで大切に持ってきた鍵。
どこで使うのかは分かっている。しかし、その先に何があるのかは、まだ誰も知らなかった。
「鍵を使える場所へ行こうと思う」
蓮は続けた。
「何があるかは分からない。何もない可能性だってある。でも、わざわざ鍵が用意されてる以上、何か意味があるはずだ」
「……確かに、そうだな」
蒼真が頷いた。
「監視ルームへ行っても、あの女たちに襲われる危険があるなら、先に別の場所へ移動した方がいいかもしれない」
「俺も賛成だ」
隼人が口を開いた。
全員の視線が集まる。
「正直、あの女にはもう会いたくない。こっちは負傷者もいるし、武器だって十分じゃない。危険な場所に戻る理由はないだろ」
蓮は頷いた。
「……そういうことだ」
ただ、問題が一つあった。
目的の建物は、今いる場所からかなり離れている。
端末で地図を確認した蓮は、画面を見つめながら小さく息を吐いた。
「……今日中に着くのは難しいな」
蒼真が横から画面を覗き込む。
「距離があるな。今から移動しても、途中で暗くなる」
「ああ。夜道を歩くのは危険だ」
島には街灯が残っている場所もあるが、すべてが使えるわけではない。暗闇の中では、相手の姿を見つける前に撃たれる可能性もある。
まして、七人の中には負傷者がいる。
無理をするべきではなかった。
「……今日はどこかで休もう」
蓮が提案すると、千尋も頷いた。
「うん。みんな疲れてるし……」
千尋は美羽へ視線を向けた。
少女は隼人の隣で俯いたまま、話を聞いているのかどうかも分からなかった。
結衣のことがあってから、まともに休むこともできていない。
少しでも落ち着ける場所が必要だった。
「……ただ、七人が入れる場所となると、簡単には見つからないかもしれないな」
蒼真が周囲を見回した。
近くには廃屋がいくつもある。しかし、壁が崩れていたり、窓が割れていたりと、安全に休めそうな建物は少なかった。
蓮は少し考えたあと、道の先を指さした。
「もう少し進んでみよう。人目につきにくくて、入口を確認できる建物がいい」
七人は再び歩き始めた。
途中、何度か建物の中を覗いたが、どこも休むには不安が残った。
床が抜けている家もあれば、窓が大きく割れ、外から内部が丸見えになっている場所もあった。
やがて、空が赤みを失い始めた頃、一行は少し大きな建物を見つけた。
二階建ての古い事務所のような建物だった。
外壁にはひびが入り、看板も外れかけていたが、建物自体は比較的しっかりしているように見えた。正面の扉は閉まっており、窓にも一部ガラスが残っている。
「……ここはどうだ?」
蒼真が尋ねた。
蓮は建物を見上げた。
「中を確認してからだな」
七人は慎重に入口へ近づいた。
蓮が扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。ゆっくり押すと、軋んだ音を立てながら開いた。
内部は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
受付のようなカウンターがあり、その奥には机や椅子がいくつか倒れている。長い間、人が使っていなかったようだった。
「……誰かいるか?」
蓮が小声で呼びかけた。
返事はない。
蒼真と隼人も周囲を確認しながら中へ入った。
一階には小さな部屋がいくつかあり、奥には階段があった。二階も確認したが、人が隠れている様子は見当たらなかった。
窓から外の道を確認できる場所もある。
完全に安全とは言えないが、少なくとも今まで見てきた建物の中では、休むのに適しているようだった。
「……ここにしよう」
蓮が言った。
その言葉に、千尋がほっとしたように息を吐いた。
七人は二階の広い部屋へ移動した。
古い机や棚が並んでいたが、床には十分な広さがあった。窓からは外の道が見え、階段を上がってくる人間にも気づきやすい。
「……入口は一つか?」
隼人が尋ねた。
「裏にも扉があったけど、外からは開きそうになかった」
蒼真が答えた。
「念のため、交代で見張った方がいいな」
「そうだな」
蓮も頷いた。
全員が同時に眠るのは危険だった。
いつ奈緒たちが現れるか分からない以上、最低でも一人は起きている必要がある。
「……俺と蒼真で最初に見張る。あとは交代で頼む」
蓮が言うと、隼人が首を振った。
「俺もやる。腕は痛むけど、見張りくらいならできる」
「……無理するなよ」
「分かってる」
短いやり取りのあと、三人は見張りの順番を相談し始めた。
その間、千尋は美羽の隣に腰を下ろした。
「……大丈夫?」
美羽はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……うん」
しかし、その声には力がなかった。
千尋は無理に話しかけず、ただ隣に座っていた。
少し離れた場所では、澪が紗良と並んで座っている。
紗良は膝を抱えたまま、窓の外を見つめていた。
「……紗良ちゃん?」
澪が声をかける。
「……なに?」
「疲れてる?」
「……うん。ちょっとね」
紗良は小さく笑った。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
結衣のことを考えていた。
以前会った少女が、今は生きているかどうかも分からない。
自分のクリア条件を達成するためには、死亡した参加者の端末をもう一台集めなければならない。しかし、今はそのことを考える気になれなかった。
「……早く終わればいいのにね、このゲーム」
紗良が呟くと、澪は静かに頷いた。
「……うん」
二人はそれ以上、何も話さなかった。
窓の外では、最後の夕日が建物の屋根の向こうへ沈もうとしていた。
島のどこかには、まだ自分たちを殺そうとしている参加者がいる。
そして、七人が目指す建物には、何が待っているのか分からない。
蓮は窓際に立ち、薄暗くなっていく道を見つめていた。
監視ルームへ向かう計画を変更したことが、正しい判断だったのかは分からない。
それでも、澪の鍵が気になっていた。
あの鍵は、ただの道具ではない。
そう思わせる何かがあった。
蓮は背後を振り返った。
千尋、美羽、澪、紗良。
そして、蒼真と隼人。
今は七人で行動している。
だが、この関係がいつまで続くのかは、誰にも分からなかった。
蓮は再び窓の外へ視線を戻した。
夜が来る。
そして明日になれば、澪の鍵に対応する建物へ向かう。
その先に何があるのか。
今はまだ、誰も知らなかった。




