第148話 利害の一致
白川結衣が倒れた場所から、赤い染みがゆっくりと広がっていた。
「結衣っ!」
一ノ瀬美羽は悲鳴に近い声を上げ、倒れた結衣のもとへ駆け寄ろうとした。しかし、隣にいた御堂隼人が咄嗟にその腕を掴み、強引に引き止めた。
「待て! 今行ったらお前まで撃たれる!」
「でも、結衣が! 結衣が死んじゃう!」
「分かってる! 俺だって助けたいんだよ!」
隼人は怒鳴り返したものの、美羽の腕を掴む手から力を抜くことはできなかった。
ほんの少し前まで、結衣は自分たちと一緒に歩いていた。怯えながらも二人についてきて、時折、美羽の言葉に小さく笑っていた少女だった。その結衣が、今は腹部を撃たれ、砂利の上に倒れている。
傷口を押さえる手は血に濡れ、身体は時折、小さく痙攣するように動いていた。まだ意識はあるのだろう。苦しそうに開いた口からは、かすかな呼吸が漏れている。
すぐに手当てをしなければ危険な状態なのは、医療の知識がない隼人にも分かった。
だが、結衣のそばには藤崎奈緒がいた。
「……邪魔しないでくれる?」
奈緒は苛立った声で言った。結衣に撃たれた頬からは血が流れ、右手には包帯が巻かれている。さらに、先ほどの撃ち合いで傷ついた身体も痛むのか、ときおり顔をしかめていた。
それでも左手に握った拳銃だけは、しっかりと結衣へ向けられている。
「その子、まだ生きてるのよね。だったら、さっさと終わらせないと」
「……お前、もう十分だろ」
隼人は奈緒を睨みつけた。
「結衣はもう動けない。これ以上、何をするつもりだ」
「何って、決まってるじゃない。トドメを刺すのよ」
あまりにも平然とした返答に、美羽は言葉を失った。
奈緒は二人の反応など気にも留めず、結衣の首元へ視線を落とした。そこには、参加者を拘束しているはずの首輪がない。
「私を撃ったうえに、首輪まで外してるんだから。放っておく理由なんてないでしょ」
奈緒のクリア条件は、第一ステージで首輪を解除した参加者を全員殺害することだった。
しかし、誰が第一ステージで首輪を外したのか、奈緒は全員を把握しているわけではない。目の前に首輪のない参加者がいたとしても、それが第一ステージで外されたものなのか、第二ステージに入ってから外されたものなのか、見た目だけでは判断できなかった。
だからといって、いちいち確認するつもりもなかった。
首輪のない者は殺す。首輪をつけている者であっても、自分に敵対するなら容赦なく殺す。
対象を見逃して条件を達成できなくなるくらいなら、余計な参加者まで殺してしまった方が確実だと、奈緒は考えていた。
「ふざけんな!」
隼人が怒鳴ると、奈緒の銃口がわずかに動いた。
「……あんたも、まだやる気?」
隼人は答えず、負傷した腕を押さえた。撃たれた箇所からは血が流れ続けており、少し動かすだけでも激しい痛みが走る。指先の感覚は残っているものの、拳銃を構えて正確に撃てる状態ではなかった。
その拳銃も、今は結衣の近くに落ちている。取りに行こうとすれば、奈緒に撃たれるだろう。
隼人はゆっくりと腰へ手を伸ばした。
そこには、以前から持っていたナイフがある。
「……美羽」
奈緒から視線を外さないまま呼びかけると、美羽が不安そうに顔を向けた。
「俺があいつの注意を引く。その隙に結衣のところへ行け。まだ息があるうちに、何とかするんだ」
「でも、隼人の腕が……」
「大丈夫だ。俺のことは気にするな」
隼人自身、その言葉に確信があったわけではない。それでも、ここで何もしなければ結衣が殺されることだけは分かっていた。
美羽は迷いながらも、小さく頷いた。
隼人がナイフを抜くと、奈緒は呆れたように眉を上げた。
「……今度はナイフ? その腕で何ができるっていうの?」
「やってみなきゃ分からないだろ」
「やめておいた方がいいわよ。また怪我が増えるだけなんだから」
「お前に心配される筋合いはねえよ」
隼人は言い返しながら、奈緒との距離を測った。
数メートル。
正面から飛び込めば、まず撃たれる。しかし、奈緒も右手を負傷しており、拳銃を扱っているのは左手だった。先ほどから銃口を向け直す動作にも、わずかな遅れがある。
そこに賭けるしかなかった。
奈緒が拳銃を構え直した瞬間、隼人は身体を横へずらしながら一気に踏み込んだ。
銃声が響き、背後の地面で砂利が跳ねる。
隼人は足を止めず、ナイフを握った腕を振り上げた。だが、刃を突き出そうとした瞬間、負傷した腕に鋭い痛みが走り、思わず身体が傾いた。
「ぐっ……!」
狙いが逸れ、ナイフの刃先は奈緒の脇腹を浅く掠めるにとどまった。
「っ……この!」
奈緒は後ろへ飛び退き、裂けた服の脇へ視線を落とした。薄く血が滲んでいるのを見た途端、表情が怒りに歪んだ。
「いい加減にしなさいよ! どいつもこいつも、私に傷ばっかりつけて!」
奈緒は拳銃を隼人へ向けた。
距離が近すぎた。
隼人は咄嗟に身を引こうとしたものの、踏み込んだ勢いを止めきれず、身体のバランスを崩していた。
奈緒の指が引き金にかかる。
「隼人っ!」
美羽は叫ぶと同時に走り出していた。
本当なら結衣のところへ向かわなければならなかった。隼人からも、そう言われていた。けれど、目の前で隼人が撃たれようとしているのを見て、考えるより先に身体が動いた。
美羽は奈緒の横から飛びつき、全身の力を込めて体当たりした。
「うあああっ!」
「なっ……!?」
予想していなかった衝撃に奈緒の身体が傾き、ほとんど同時に放たれた弾丸は隼人の横を通り抜け、背後の壁に突き刺さった。
二人はもつれるように地面へ倒れ込んだ。
「このっ……離しなさい!」
奈緒は美羽を振りほどこうとしたが、負傷した右手では十分に力が入らなかった。美羽は必死にしがみつき、拳銃を持つ左腕を押さえ込む。
相手がどれほど危険な女なのか、美羽にも分かっていた。ほんの少しでも力を緩めれば、今度こそ撃たれるかもしれない。
それでも離すわけにはいかなかった。
「隼人! 今!」
その声を聞き、隼人は顔を上げた。
奈緒は地面に押さえ込まれ、銃口もこちらを向いていない。今なら、ナイフが届く距離まで近づける。
隼人は負傷した腕の痛みを堪え、再びナイフを握り直した。美羽を巻き込まないよう奈緒の身体の位置を確かめながら駆け寄り、刃を突き出そうとした。
奈緒がこちらを見た。
その目に、一瞬だけ焦りが浮かぶ。
隼人がさらに踏み込もうとした、そのときだった。
突然、別の方向から銃声が響いた。
足元の砂利が弾け、隼人は反射的に動きを止めた。続けて放たれた弾丸が近くの壁を砕き、細かな破片が飛び散る。
「何だ!?」
隼人が振り向くと、廃屋の並ぶ道の向こうに一人の男が立っていた。
桐生大和だった。
大和は拳銃を構えたまま、目の前の光景を眺めていた。
「……何やってんだ、お前ら」
大和は少し前から、この付近で続いていた銃声を聞いていた。
参加者同士が撃ち合っているのなら、どちらかが倒れたところを狙えばいい。そんなことを考えて近づいてきたのだが、実際には男がナイフを持ち、女二人が地面でもみ合っているという、妙な状況になっていた。
さらに少し離れた場所には、腹部を撃たれたらしい少女まで倒れている。
事情は分からないが、少なくとも友好的な集まりではなさそうだった。
大和は隼人の首元を見た。
首輪がついている。
隣で奈緒を押さえ込んでいる少女にも、首輪があった。
第二ステージ開始時点で首輪をつけていた参加者を全員殺害する。それが大和に与えられたクリア条件だった。
「……お前、首輪ついてるよな?」
「……は?」
隼人が聞き返したときには、大和はすでに引き金を引いていた。
隼人は咄嗟に身体を投げ出し、弾丸を避けた。肩のすぐ横を通り抜けた弾丸が背後の壁に当たり、乾いた音を立てる。
「美羽! そいつから離れろ!」
隼人の叫びを聞き、美羽は奈緒から身体を離そうとした。しかし、奈緒は逃がすまいと美羽の肩を掴んだ。
「……勝手に逃げようとしてんじゃないわよ!」
「離して!」
美羽は必死に身体を捻った。その拍子に、美羽の腕が奈緒の負傷した右手へ強くぶつかる。
「っあ……!」
奈緒が痛みに顔を歪め、思わず手を離した。
美羽はその隙に立ち上がり、隼人のもとへ駆け寄った。
大和は再び拳銃を構えていた。
「走れ!」
隼人は美羽の手を掴み、近くの建物の陰へ飛び込んだ。背後で銃声が響き、壁に新たな穴が開く。
しかし、美羽は逃げながらも、何度も後ろを振り返っていた。
「待って! 結衣がまだ……!」
建物の間から、倒れた結衣の姿が見えた。
腹部を押さえたまま、かすかに身体を震わせている。まだ生きているのだ。
「結衣を置いていけないよ!」
美羽は隼人の手を振りほどこうとした。
隼人も足を止めかけた。結衣を助けたい気持ちは同じだった。だが、向こうには拳銃を持った人間が二人いる。自分の腕も負傷しており、まともに戦える状態ではない。
結衣を抱えて逃げようとすれば、三人とも撃たれる可能性が高かった。
「……今は無理だ」
隼人は絞り出すように言った。
「そんなの嫌だよ! 結衣、まだ生きてるんだよ!?」
「分かってる! でも、ここで戻ったら俺たちまで殺される!」
美羽の目に涙が浮かんだ。
隼人はその顔を見て、胸が締めつけられるような思いがした。それでも、美羽の手を離すことはできなかった。
「……すまない」
結衣に向けた謝罪だった。
隼人は美羽を引き寄せ、路地の奥へ走り出した。
「結衣……結衣ぃっ!」
美羽の泣き叫ぶ声が、廃屋の間に響いた。
最後にもう一度だけ振り返ったが、建物の角を曲がった瞬間、結衣の姿は完全に見えなくなった。
◇
「……逃げたか」
大和は拳銃を下ろし、二人が消えた路地を眺めた。
追いかけようと思えば、まだ追いつけるかもしれない。しかし、建物が密集した場所へ無闇に踏み込むのは危険だった。負傷しているとはいえ、あの男はナイフを持っている。角を曲がった先で待ち伏せされれば、こちらが不利になる可能性もあった。
それに、大和にはもう一つ気になることがあった。
地面から立ち上がった奈緒である。
奈緒は服についた土を払い落としながら、忌々しそうに逃げた二人の方を睨んでいた。頬には新しい傷があり、右手には血の滲んだ包帯が巻かれている。さらに、先ほど隼人に斬られた脇腹からも、わずかに血が流れていた。
「……お前、随分やられてんな」
大和が声をかけると、奈緒は不機嫌そうに振り向いた。
「……またあんたなの?」
その顔を見た瞬間、奈緒の表情がさらに険しくなった。
桐生大和。
以前、奈緒が弾切れになったところを撃たれ、敗北した相手だった。あのときの屈辱は、今でも忘れていない。
「久しぶりだな、まだ生きてたのか」
「……あんたに言われたくないわよ」
「それにしても、また派手にやられてんな」
「うるさいわね。何の用よ?」
「いや、あんだけ派手に殺し合ってたからさ。何してんのかと思って」
「見て分からなかった? あいつらを殺そうとしてたのよ」
奈緒は当然のように答えた。
大和はその言葉を聞きながら、彼女の首元へ視線を向けた。
首輪がある。
第二ステージが始まった時点で首輪をつけていた参加者なら、自分の殺害対象に含まれる。
もっとも、今ここで撃つべきかどうかは別の話だった。
奈緒は明らかに、参加者を殺すことに躊躇がない。現に一人を撃ち倒し、逃げた二人も本気で殺そうとしていた。
自分の条件を達成するうえで、こういう人間は利用できるかもしれない。
大和はすぐに銃を向けることをやめ、何気ない調子で尋ねた。
「……お前、何でそこまで殺そうとしてんだ?」
「私の勝手でしょ」
「まあ、そうだけどよ。あいつらに何かされたのか?」
「されたわよ。おかげで、このざま」
奈緒は包帯の巻かれた右手を持ち上げた。
「それに、私には私のクリア条件があるの。あいつらを放っておく理由なんてないわ」
「……へえ。殺すことが条件なのか」
大和が興味を示すと、奈緒は少し警戒するように目を細めた。
「そういうあんたは? さっき、いきなり撃ってきたじゃない」
「俺も似たようなもんだよ。殺さなきゃいけない奴がいる」
大和はそう答えながら、少し離れた場所に倒れている結衣へ視線を向けた。
その顔には見覚えがあった。
以前、島の別の場所で遭遇した少女だ。あのときは首輪が外れているのを見て、自分の条件とは関係ないと判断し、見逃していた。
だが、今になって考えると、あの判断は早計だったかもしれない。
第二ステージが始まってから首輪を外した参加者であれば、現在首輪がなくても自分の殺害対象に含まれる。首輪がないというだけでは、第一ステージで解除したのかどうか分からないのだ。
「……あいつ、お前が撃ったのか?」
「そうよ。私の顔を撃ったんだから、当然でしょ」
奈緒は頬の傷を指で示した。
「それに、首輪も外してるしね」
「……首輪がない奴を狙ってんのか?」
「そういうわけじゃないわよ。首輪をつけてる奴だって殺すわ」
大和は眉を上げた。
「……どういうことだ?」
奈緒は少し考えたあと、隠しておく必要もないと判断したのか、壁に背中を預けて答えた。
「私のクリア条件は、第一ステージで首輪を外した参加者を全員殺すことよ」
「……第一ステージで?」
「ええ。でも、誰がいつ首輪を外したかなんて、全員分を知ってるわけじゃないの。だから、首輪のない奴を見つけたら、とりあえず殺す。首輪をつけてる奴でも、邪魔なら殺す。それだけよ」
奈緒の口調は淡々としていた。
大和はしばらく黙り込み、その言葉の意味を考えた。
自分の条件は、第二ステージが始まった時点で首輪をつけていた参加者を全員殺すこと。
奈緒の条件は、第一ステージで首輪を外した参加者を全員殺すこと。
対象となる参加者は異なるが、互いに殺し合いを進めるという点では一致している。
しかも、奈緒は自分の条件に関係のない参加者であっても、躊躇なく殺すつもりでいるらしい。
大和にとっては都合のいい相手だった。
「……なるほどな。じゃあ、俺とは結構相性がいいかもしれねえ」
「……何が?」
「俺のクリア条件は、第二ステージが始まった時点で首輪をつけてた参加者を全員殺すことだ」
奈緒は少し驚いたように目を見開いた。
「……へえ。そんな条件もあるのね」
「ああ。だから俺は、首輪をつけてる奴を探してる。ただ、今は首輪を外してる奴でも、第二ステージ開始時につけてたなら対象になる。そこが面倒なんだよ」
大和は結衣へ視線を向けた。
「そいつも前に会ったことがあるんだけどな。首輪がなかったから見逃したんだ。今思えば、殺しときゃよかったかもしれねえ」
「……あんたも、随分と物騒ね」
「お前に言われたくねえよ」
大和が笑うと、奈緒もわずかに口元を緩めた。
もちろん、二人とも相手を信用したわけではない。
大和は奈緒の首輪を見ていたし、奈緒も大和が拳銃を持っていることを忘れていなかった。
それでも、一人で参加者を探し回るより、協力した方が効率がいいのは確かだった。
「……なあ、手を組まねえか?」
大和の提案に、奈緒は顔を上げた。
「……本気で言ってるの?」
「ああ。お前も俺も、結局は参加者を殺さなきゃクリアできねえんだろ? だったら、協力した方が早い」
「でも、私が殺した相手が、あんたの条件の対象だったら?」
「それならそれで構わねえよ。俺の条件に必要な奴が死ぬなら、俺にとっても都合がいい」
大和はそう言ったが、胸の内では別の計算もしていた。
奈緒自身も、自分の殺害対象である。
しかし、今ここで奈緒を撃つより、彼女に他の参加者を殺させた方が、結果的に自分の負担は減る。
利用できるうちは利用する。
その先のことは、必要になったときに考えればいい。
一方の奈緒も、大和の提案を頭の中で吟味していた。
右手は負傷し、頬にも傷が増えた。脇腹の痛みも無視できない。痛み止めを飲んだところで、万全の状態には程遠かった。
そんなときに、銃を扱えて殺人にも抵抗のない協力者が現れたのだ。
以前、自分を撃ち負かした男であることは気に入らなかったが、その実力を知っているからこそ、今は利用する価値があった。
「……いいわよ。ただし、私の邪魔はしないで」
「そっちこそな」
二人は握手を交わさなかった。互いに拳銃を持ったまま、短く視線を交わしただけだった。
そこに信頼などない。
あるのは、自分のクリア条件を達成するために、相手を利用できるという打算だけだった。
◇
「……う……」
かすかな声が聞こえた。
奈緒と大和が視線を向けると、地面に倒れていた結衣が、わずかに身じろぎしていた。
腹部を押さえる手は血に濡れ、呼吸は浅くなっている。それでも、まだ意識は完全には失われていないようだった。
結衣は、ひどく寒いと感じていた。
夕方の風が服の隙間から入り込むたびに身体が震え、腹部の奥からは重く鈍い痛みが広がってくる。最初に撃たれたときの鋭い衝撃とは違い、今は身体の内側から何かが失われていくような、奇妙な感覚があった。
目の前の景色も、少しずつぼやけていた。
「……み……う……」
掠れた声が唇から漏れた。
美羽はどこにいるのだろう。隼人も、さっきまで近くにいたはずだった。
二人が自分の名前を呼んでいたことは覚えている。けれど、いつの間にか声が聞こえなくなっていた。
結衣は顔を上げようとしたが、首に力が入らなかった。
代わりに、ぼやけた視界の中へ誰かの足が近づいてくる。
「……まだ生きてたのね」
奈緒の声だった。
結衣はその声を聞いた瞬間、恐怖で身体を強張らせた。
逃げなければならない。
そう思って手を伸ばしたが、地面を掻くように指が動くだけで、身体はほとんど前へ進まなかった。
「……や……やめ……」
奈緒は結衣の前で足を止め、首元に何もないことを改めて確かめた。
首輪のない参加者。
第一ステージで解除したのか、第二ステージに入ってから解除したのかは分からない。だが、奈緒にとっては、そんなことを確かめるために時間を使う方が無駄だった。
「……あんた、運が悪かったわね」
結衣の目から涙がこぼれた。
自分が何をしたのか、もう考える余裕もなかった。ただ、生きたかった。美羽たちのところへ戻りたかった。
「……たす……け……」
声になりきらない言葉が漏れた。
少し離れた場所で、大和がその様子を見ていた。
「……そいつ、殺すのか?」
「ええ。私のクリア条件だし、トドメを刺すのよ」
奈緒は迷いなく答え、左手の拳銃を持ち上げた。
結衣はその動きを見て、必死に首を横へ振ろうとした。しかし、身体は思うように動かず、唇からかすかな息が漏れただけだった。
「……いや……」
奈緒は銃口を向けた。
結衣の瞳から涙が溢れ、頬を伝って地面へ落ちた。
最後に思い浮かんだのは、美羽の顔だった。
自分が銃を撃たなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。
それとも、あのとき何もしなければ、隼人が殺されていたのだろうか。
答えは分からなかった。
ただ、もう一度だけ二人に会いたかった。
銃声が一発、廃屋の間に響いた。
結衣の身体が小さく揺れ、腹部を押さえていた手がゆっくりと地面へ落ちた。
それきり、彼女が再び動くことはなかった。
奈緒はしばらく結衣を見下ろしていたが、やがて拳銃を下ろした。
「……終わったわ」
大和は無言で結衣の遺体を眺めていた。
自分が以前見逃した少女だった。あのとき殺していれば、今こうして奈緒と再会することもなかったかもしれない。
だが、そんなことを考えても仕方がない。
この島では、誰がいつ死ぬかなど分からないのだから。
「……それで、次はどうする?」
大和が尋ねると、奈緒は頬の傷に触れながら答えた。
「探してる奴らがいるのよ」
「……誰だ?」
「男一人に、女二人。三人組よ」
大和は少し眉を上げた。
「また三人組か。さっき逃げた連中とは別なのか?」
「別よ。男の方に、この手を撃たれたの」
奈緒は包帯の巻かれた右手を持ち上げた。思い出しただけでも腹が立つのか、表情が険しくなる。
「……へえ。随分やる奴みたいだな」
「本当にムカつく男よ。しかも、女の一人は首輪を外してる。絶対に殺してやるんだから」
「そいつら、どんな奴なんだ?」
「男は妙に落ち着いてて、銃を持ってる。女の一人は首輪を外してるけど、もう一人はまだつけてるはずよ」
大和はその説明を聞きながら、少し前に遭遇した三人組を思い出していた。
男が一人に、女が二人。
確か、男の腕には包帯が巻かれていた。女の一人も怪我をしていたように見えた。
ただ、それだけで同じ人物だと決めつけることはできない。
「……そいつら、まだ生きてるんだな?」
「ええ。私が逃げたから」
奈緒は忌々しそうに答え、包帯の巻かれた右手を見下ろした。
「危うく殺されるところだったのよ。あの男、絶対に許さないんだから」
「……へえ。お前をそこまで追い詰めたのか」
「次に会ったら、今度こそ殺してやるわ」
奈緒はそう言って、拳銃を握り直した。
大和は彼女の横顔を眺めながら、再び首元へ視線を向けた。
そこには、まだ首輪がある。
第二ステージが始まった時点で首輪をつけていた参加者を全員殺害する。それが大和のクリア条件であり、奈緒も例外ではなかった。
いずれ、この女も殺さなければならない。
しかし、今すぐ殺す必要はない。奈緒は自分から参加者を探し、躊躇なく殺そうとしている。彼女を利用すれば、自分が直接手を下す相手を減らせるかもしれなかった。
利用できるだけ利用して、最後に殺せばいい。
大和はそう考えながら、何事もなかったように奈緒へ声をかけた。
「……まあ、俺も付き合ってやるよ」
大和が言うと、奈緒は横目で彼を見た。
「頼んでないけど?」
「協力するって決めただろ。そいつらが俺の条件に関係あるかもしれねえしな」
「……好きにすれば」
奈緒は短く答え、廃屋の並ぶ道を歩き始めた。
大和も少し距離を空けて、その後を追った。
二人の足音が遠ざかっていく。
背後には、結衣の遺体だけが残されていた。
夕暮れの風が廃屋の間を吹き抜け、地面に落ちた砂埃を巻き上げる。
つい先ほどまで、美羽や隼人と一緒に歩いていた少女は、もう二度と目を覚ますことはなかった。




