第141話 知りたい情報
「……この島にはね、昔、普通に人が住んでたの」
藤崎奈緒は壁にもたれたまま、口を開いた。
右脇腹を押さえる手は血で濡れている。
もう片方の手も、蓮に撃たれたばかりだった。
「漁業をしてる人もいたし、農業をしてる人もいた。学校だってあった。どこにでもある、田舎の島だったらしいよ」
「……だったら、何で今は誰もいない?」
蓮が尋ねた。
「政府が買い取ったから」
「……政府?」
「そう。島の土地も建物も、まとめてね」
蓮は机に広げた資料へ目を向けた。
土地の売買記録。
住民の転出記録。
短期間に集中していた日付。
「……住民は納得して出ていったのか?」
「さあ? そこまでは知らない。でも、反対した人もいたんじゃない?」
奈緒は肩をすくめようとして、脇腹の痛みに顔をしかめた。
「……いったぁ」
「政府が買い取って、ゲーム会場にしたってことか?」
「まあ、そういうこと」
蓮は黙った。
目の前の女が嘘をついている可能性はある。
だが、これまで調べた資料と話の内容は一致していた。
「……次だ。参加者はどうやって選ばれる?」
奈緒は少し考えた。
「いろいろよ」
「いろいろ?」
「ゲームの存在を詳しく知っちゃった人。自分から参加したいって言った人。それから、多重債務者とか、生活保護を受けてる人とか、犯罪者とか。あと、ごく稀に一般人」
千尋が顔を上げた。
「……そんな理由で?」
「理由なんて、運営が決めることだもん」
「生活保護を受けてるだけで、殺し合いに参加させるの?」
千尋の声が強くなった。
奈緒は千尋を見た。
「国の税金を減らしたいんじゃない?」
「……え?」
「生活保護って、国がお金を出してるんでしょ? そういう人が減れば、支払うお金も減るし」
奈緒は少し笑った。
「それに、どうせならゲームで稼いで、国に貢献してほしいんじゃない?」
「……そんなの、ひどすぎるよ!」
「私に怒られても困るんだけど」
奈緒はため息をついた。
「まあ、上の人たちが何を考えてるかなんて、私も知らないけどね。そういう人たちが候補になるってだけで、全員が連れてこられるわけじゃないよ」
蓮が口を挟んだ。
「……選定の基準は?」
「知らない。そこは上の人間が決めるから」
「参加者の情報も、運営が集めてるのか?」
「そうなんじゃない?」
「……ずいぶん曖昧だな」
「ゲームマスターだからって、何でも知ってるわけじゃないの」
奈緒は不機嫌そうに答えた。
「私だって、教えられたことしか知らないし」
蓮はしばらく奈緒を見つめた。
そして、次の質問をした。
「……運営の居場所は?」
「分かんない」
「本当に?」
「本当。全国をあちこち移動してるって聞いてる。決まった場所にいるわけじゃないみたい」
「連絡はどう取る?」
「向こうから来るの。必要なときにね」
「……直接会ったことは?」
「あるけど、私が会った人が偉い人なのか、ただの使い走りなのかなんて分からないよ」
蓮は拳銃を握り直した。
運営の拠点を突き止められれば、このゲームを終わらせる手がかりになるかもしれない。
だが、奈緒から得られる情報は限られているようだった。
「……最後の質問だ」
蓮は奈緒を見据えた。
「このゲームを動かしてるのは、誰だ?」
奈緒は少しだけ笑った。
「……それ、聞いちゃう?」
「答えろ」
「政治家とか、大企業の社長とか。そういうお金と権力を持ってる人たち」
澪が息を呑んだ。
「……政治家?」
「うん。何人かで組んで、ゲームを再開させたんだって」
「……そんな」
澪は小さく呟いた。
蓮が振り返る。
「澪?」
澪は俯いたまま、震える声で言った。
「……私のパパ、国会議員……」
「……え?」
蓮は思わず聞き返した。
千尋も驚いたように澪を見る。
「澪のお父さん、政治家なの?」
澪は小さく頷いた。
「……うん。九条って名前、聞いたことない?」
蓮は首を横に振った。
「……いや、知らなかった」
「……そっか」
澪は膝の上で手を握りしめた。
「……もしかして、パパも関わってるのかな……」
蓮はすぐには答えられなかった。
澪の父親が国会議員だということ自体、今初めて知った。
政治家が運営に関わっているという話を聞いた直後だけに、偶然だと決めつけることもできない。
だが、今の段階では何の証拠もなかった。
「……澪」
蓮は静かに言った。
「まだ、お前の父親が関係してると決まったわけじゃない」
「……でも」
「政治家が関わってるってだけで、全員がそうだとは限らないだろ」
澪は唇を噛んだ。
「……うん」
奈緒はそのやり取りを眺めていた。
「……へえ。国会議員の娘なんだ」
澪は顔を上げた。
「……何?」
「別に。ちょっと驚いただけ」
奈緒は小さく笑った。
蓮は再び奈緒へ向き直った。
「……ゲームを再開したって、どういう意味だ?」
「昔もやってたらしいけど、一度終わったんだって。それを、また始めたの」
「誰が?」
「だから、政治家とか社長とか」
「名前は?」
「知らない」
「一人もか?」
「知らないってば」
奈緒は苛立ったように言った。
「私たちにまで、そんな情報を教えるわけないでしょ」
蓮は黙り込んだ。
政府による島の買収。
ゲームの再開。
政治家と大企業の経営者たち。
奈緒の話が本当なら、運営は想像以上に大きな組織だった。
「……何のために、こんなことを?」
澪が尋ねた。
奈緒は澪を見た。
「……何のためって?」
「人を集めて、殺し合わせて……そんなことして、何になるの?」
「さあね。楽しんでるんじゃない?」
「……楽しむ?」
「お金持ちの考えることなんて、私には分からないよ」
奈緒は笑った。
「でも、見てる人がいるから続いてるんでしょ」
千尋は唇を噛んだ。
「……最低」
奈緒はその言葉を聞いて、くすりと笑った。
「まあ、でも」
三人を順番に見た。
「ここまで知っちゃったら、あんたたちも大変だね」
蓮が眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
「だって、知りすぎちゃったじゃない」
奈緒は壁にもたれ直した。
「運営のことも、島のことも、黒幕のことも」
口元に笑みが浮かぶ。
「このゲームを生き残っても、また次のゲームに参加させられるかもね」
「……何?」
「それか、どこかに監禁されるか」
奈緒は小さく笑った。
「もう普通の生活には戻れないかもしれないよ?」
千尋の顔から血の気が引いた。
澪も言葉を失っている。
蓮だけは、奈緒から視線を外さなかった。
「……脅しのつもりか?」
「別に。そうなるかもって話」
奈緒は肩をすくめた。
「私が決めるわけじゃないし」
◇
しばらく沈黙が続いた。
監視モニターには、島の各地が映っている。
砂利道。
廃屋。
木々に覆われた山道。
そのどこかで、今も参加者たちが殺し合っている。
蓮は奈緒を見下ろした。
「……もう一つ聞く」
「まだあるの?」
「お前は、どうしてあんなに人を殺して回ってた?」
奈緒は顔を上げた。
「……え?」
「ゲームを動かすためか?」
蓮は続けた。
「参加者が動かなくなったから、ゲームマスターが殺しに出た。そういうことなのか?」
奈緒は首を横に振った。
「……違うよ」
「違う?」
「私のクリア条件を満たすため」
蓮は目を細めた。
ゲームマスターにもクリア条件がある。
それは、以前のゲームで莉奈と関わったときに知っていた。
「……やっぱり、そうか」
蓮が呟く。
奈緒は少し不思議そうに顔を上げた。
「……驚かないんだ?」
「前にもゲームマスターと会ってるからな」
「……ああ、二回目だもんね」
奈緒は納得したように笑った。
「私だって参加者なんだから、条件くらいあるよ」
「だったら、どうして無差別に撃つ?」
「だって、いちいち考えるの面倒なんだもん」
奈緒は当然のように答えた。
「誰が対象で、誰が対象じゃないとか。そんなの調べてる間に逃げられちゃうでしょ?」
千尋が信じられないという顔をした。
「……そんな理由で?」
「そんな理由って言われても」
奈緒は千尋を見た。
「私だって生きてたいし」
少しだけ笑う。
「せっかくなら、楽しみたいじゃない?」
千尋は何も言えなかった。
奈緒は人を殺したことを、少しも後悔していない。
蓮は拳銃を向けたまま尋ねた。
「……その条件は何だ?」
奈緒の笑みが止まった。
「……条件?」
「ああ。お前が誰を殺そうとしているのか、知っておきたい」
「……教えなきゃ駄目?」
「答えろ」
奈緒は蓮の拳銃を見た。
それから、千尋と澪に目を向けた。
千尋の首には、首輪がなかった。
この部屋に入ってきたときから、奈緒はそれに気づいていた。
第一ステージをクリアした参加者かもしれない。
そう考えてはいたが、首輪をいつ外したのかまでは分からない。
「……第二ステージの開始時点で、第一ステージをクリアしていた人間を全員殺すこと」
蓮は眉をひそめた。
「……全員?」
「そう。首輪を外してた人たちね」
蓮はすぐに千尋を見た。
千尋の首には、もう首輪がない。
第一ステージをクリアし、第二ステージが始まる前に外していた。
奈緒の条件。
その対象に、千尋が含まれている。
「……千尋」
蓮は低く呼んだ。
「下がれ」
「……え?」
「早く!」
千尋は驚いて身を引いた。
奈緒はその様子を見て、目を細めた。
やっぱり。
あの子は、最初から首輪を外していた参加者なのだ。
「……ああ、そういうこと」
奈緒の口元に笑みが浮かんだ。
「そこの子、私の対象だったんだ」
蓮は銃口を奈緒へ向け直した。
「動くな」
奈緒は千尋を見つめた。
「……惜しいことしたなあ」
蓮の背筋に冷たいものが走った。
この女を生かしておけば、千尋が狙われる。
しかも、相手はゲームマスターだ。
運営の情報を知っているとはいえ、これ以上近くに置くのは危険すぎる。
蓮は引き金に指をかけた。
「……悪いが」
奈緒の笑みが消えた。
「……何?」
「ここで終わりにさせてもらう」
その瞬間だった。
奈緒の無事な方の手が動いた。
「……っ!」
袖口から、小さなナイフが飛んだ。
「蓮!」
千尋が叫ぶ。
蓮は身体をひねった。
だが、避けきれなかった。
ナイフが蓮の腕を切り裂いた。
「ぐっ……!」
痛みで銃口が逸れる。
奈緒はその隙を逃さなかった。
床に転がっていた拳銃へ飛びつく。
「……もらった!」
「やめろ!」
蓮が叫んだ。
奈緒は銃を拾い上げた。
撃たれた手では握れない。
それでも、無事な方の手で銃口を向けた。
狙いは蓮ではなかった。
千尋だった。
「……千尋!」
蓮が叫ぶ。
奈緒は引き金を引いた。
銃声。
千尋は動けなかった。
目の前に、澪の背中が飛び込んできた。
「……っ!」
澪が千尋を突き飛ばした。
次の瞬間、弾丸が澪の身体を貫いた。
「……澪!?」
千尋の悲鳴が響いた。
澪はその場に崩れ落ちた。
「……あ……」
千尋は倒れた澪を見つめた。
何が起きたのか、理解できなかった。
蓮は床に落ちたナイフを拾い上げた。
「……てめえ!」
奈緒へ向かって投げつける。
奈緒は身を引いた。
ナイフは壁に当たり、床へ落ちた。
「……危なっ!」
奈緒は痛む脇腹を押さえながら立ち上がった。
これ以上、ここにいたら殺される。
それだけは分かっていた。
「……じゃあね!」
奈緒は階段へ向かって走った。
「待て!」
蓮が叫んだ。
だが、追いかけることはできなかった。
背後で、千尋が泣き叫んでいた。
「澪! 澪っ!」
蓮は振り返った。
床に倒れた澪。
そのそばで、千尋が必死に身体を支えている。
「……澪、お願い……!」
蓮は拳銃を握りしめた。
階段の向こうから、奈緒の足音が遠ざかっていく。
追うべきか。
それとも、二人のもとへ戻るべきか。
答えは決まっていた。
蓮は奈緒を追うのをやめ、澪のもとへ駆け寄った。
「……澪!」
澪は床に横たわったまま、動かなかった。
千尋の手が震えている。
「蓮……!」
千尋が顔を上げた。
「……澪が……!」
蓮は膝をついた。
澪の身体に手を伸ばす。
「……しっかりしろ、澪!」
返事はなかった。
地下監視室には、千尋のすすり泣く声だけが響いていた。




