第138話 追跡
朝倉悠斗の身体は、砂利道の脇に倒れたままだった。
桐生大和は拳銃を下ろし、足元の死体を見つめた。
「……一人目」
端末を取り出す。
画面には、第二ステージのクリア条件が表示されていた。
『第二ステージ開始時に首輪を装着していた生存PLAYERを、自分以外全員殺害せよ』
面倒な条件だった。
一人や二人を殺せば済む話ではない。
対象者が何人いるのかも、正確には分からない。
しかも、ほかの参加者が先に殺されれば、自分の手で条件を満たせるのかという問題もある。
「……ま、考えても仕方ねえか」
大和は端末をしまった。
悠斗の身体には、肩を撃たれた傷があった。
自分が撃ったのは頭だ。
つまり、この男は自分と遭遇する前に、誰かと銃撃戦をしている。
大和は悠斗が歩いてきた方向を見た。
砂利の上には、点々と血が落ちていた。
「……こっちか」
大和は歩き出した。
血痕を追えば、もう一人の参加者に会えるかもしれない。
それが自分の殺すべき相手なら、手間が省ける。
◇
藤崎奈緒は、古い民家の縁側に腰掛けていた。
「……あーあ。逃げられちゃった」
右腕には、御堂隼人につけられた傷が残っている。
動かすたびに痛むが、銃を扱えないほどではなかった。
奈緒は拳銃を取り出し、弾倉を確認した。
「……少ないなあ」
予備の弾も、もうほとんど残っていない。
先ほどの男にも何発か使ってしまった。
肩を撃ったところまではよかったが、結局逃げられた。
「せっかく面白くなってきたのに」
奈緒は立ち上がった。
そのとき、砂利を踏む足音が聞こえた。
誰かが近づいてくる。
奈緒は民家の角から顔を出した。
道の向こうに、一人の男がいた。
桐生大和だった。
「あれ?」
奈緒は首を傾げた。
「また新しい人?」
大和も奈緒に気づいた。
足を止める。
「……お前か」
「何が?」
「さっき、誰か撃っただろ」
奈緒は目を丸くした。
「どうして分かったの?」
「血が落ちてた」
「あはは。そっか」
奈緒は笑った。
「じゃあ、あの人に会った?」
「ああ」
「逃げられたんだよね。肩を撃ったのに」
「もう逃げねえよ」
奈緒の笑顔が止まった。
「……え?」
「死んだからな」
大和は淡々と言った。
奈緒は数秒黙り、それから楽しそうに笑った。
「あははっ! そうなんだ!」
大和は拳銃を抜いた。
奈緒も笑ったまま、自分の銃を構える。
「……お前も参加者だろ」
「そうだよ」
「首輪、まだついてるな」
大和の視線が奈緒の首元へ向いた。
奈緒は自分の首輪に指を添えた。
「これ?」
「ああ」
「外したいけど、まだ条件が終わってないんだよね」
「なら、ちょうどいい」
「……何が?」
大和は銃口を向けた。
「俺の条件に必要なんだよ」
奈緒は笑みを深めた。
「へえ」
次の瞬間、二人はほぼ同時に引き金を引いた。
乾いた銃声が、無人の集落に響いた。
◇
奈緒は廃屋の壁へ飛び込んだ。
背後の柱に弾丸が当たり、木片が散る。
「わっ、危なっ!」
奈緒は壁から身を乗り出し、二発撃ち返した。
大和は道脇の石垣に身を隠す。
銃弾が石に当たり、白い粉が舞った。
「……結構やるじゃん!」
奈緒が笑う。
「お前もな」
大和は低く返した。
互いに相手の位置を探る。
奈緒は廃屋の裏へ回った。
崩れた板塀の隙間から、大和の姿が見える。
引き金を引いた。
銃声。
大和の肩先を弾丸がかすめる。
「……ちっ」
大和はすぐに振り向き、撃ち返した。
奈緒は身体を引いたが、弾丸が左腕を捉えた。
「っ……!」
腕に鋭い痛みが走る。
奈緒は歯を食いしばった。
「……痛いなあ、もう!」
拳銃を持ち直し、再び引き金を引く。
カチッ。
銃声は鳴らなかった。
「……あれ?」
もう一度。
カチッ。
奈緒は拳銃を見た。
「……最悪」
弾が切れていた。
予備の弾も、すでに使い果たしている。
奈緒は顔を上げた。
大和が石垣から出てくる。
「……どうした?」
奈緒は答えなかった。
「もう撃たねえのか?」
「……ちょっと休憩しない?」
「断る」
大和が銃を構えた。
奈緒は反射的に走り出した。
銃声。
右脇腹に衝撃が走った。
「……っ!」
身体が傾く。
それでも奈緒は足を止めなかった。
廃屋の裏を抜け、草の生い茂った斜面へ飛び込む。
枝が顔や腕を引っかいた。
脇腹が熱い。
息を吸うだけで痛みが走る。
「……ほんっと、しつこい……!」
奈緒は片手で傷口を押さえながら、木々の間を走った。
◇
大和は廃屋の裏手まで来た。
草むらには、血が落ちていた。
「……当たったか」
斜面の先は森になっている。
追えば仕留められるかもしれない。
だが、木々の中では相手の姿を見失いやすい。
大和は少し考えた。
そのときだった。
「きゃあああっ!」
森の奥から、女の悲鳴が響いた。
大和は顔を上げた。
先ほど逃げた女の声とは違うように聞こえた。
「……何だ?」
しばらく待ったが、次の声は聞こえない。
大和は拳銃を握り直した。
「……まだ誰かいるのか」
森の中へ足を踏み入れた。
◇
御堂隼人は、古い家屋の床に腰を下ろしていた。
向かいには、一ノ瀬美羽が座っている。
二人の間には、持ち出してきた保存食とペットボトルが並んでいた。
「……これ、意外とおいしいね」
美羽がクラッカーをかじりながら言った。
「そうか?」
「うん。もっとまずいと思ってた」
「食えるだけましだろ」
隼人は缶詰を開けた。
美羽は笑った。
「隼人って、ほんと現実的だよね」
「こんな場所で贅沢言っても仕方ないだろ」
「それはそうだけど」
美羽は水を飲んだ。
窓の外には、荒れた庭が広がっている。
風が吹くたび、伸び放題の草が揺れた。
「……ねえ、隼人」
「何だ?」
「もしゲームが終わったら、何したい?」
隼人は缶詰を食べる手を止めた。
「……急に何だよ」
「別に。ちょっと聞いてみたくなっただけ」
「そうだな……」
隼人は少し考えた。
「まず、まともな飯を食う」
「あはは。それだけ?」
「それから風呂だな」
「普通すぎる」
「普通が一番だろ」
美羽は楽しそうに笑った。
「私はね、海に行きたい」
「今も島にいるだろ」
「そういう意味じゃないって」
美羽は窓の外を見た。
「何も考えずに、普通に遊びに行きたいの」
「……そうか」
「うん」
隼人は美羽を見た。
彼女は自分のクリア条件を知らない。
PLAYER08。
一ノ瀬美羽。
目の前にいる女を殺すこと。
それが、隼人に与えられた条件だった。
一方、美羽にも別の条件がある。
PLAYER04、小宮千尋の死亡を確認すること。
二人が協力しているからといって、同じ結末を望んでいるわけではない。
「……どうしたの?」
美羽が尋ねた。
「いや」
隼人は視線を外した。
「何でもない」
美羽は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
「じゃあさ、ここから出られたら、おいしいもの食べに行こうよ」
「……ああ」
隼人は短く答えた。
その約束を守れるかどうか、自分でも分からなかった。
◇
地下監視室。
神谷蓮は、古い書類を机に広げていた。
島の土地が一斉に買い取られた時期。
住民が退去させられた経緯。
そして、施設の使用記録に残された不自然な日付。
調べれば調べるほど、この島が単なる無人島ではないことが分かってくる。
だが、肝心な部分は見えてこない。
土地を買い集めた人物の名前も、過去にここで何が行われていたのかも、まだはっきりしない。
「……くそ。肝心なところが抜けてるな」
蓮は書類をめくった。
そのとき、千尋が声を上げた。
「蓮!」
「何だ?」
「また人が倒れてる!」
蓮は顔を上げた。
千尋は監視モニターの一つを指さしていた。
砂利道に、一人の少女が倒れている。
その近くには、男女が二人。
やがて二人は歩き去り、少女だけが残された。
「……あの子」
澪が画面を覗き込んだ。
「前に見た三人組の一人じゃない?」
蓮も画面を見た。
「……そうだな」
別のモニターには、男の死体が映っていた。
少し前にも確認した、頭を撃たれた男だ。
さらに別の場所にも、動かなくなった男がいる。
蓮は眉をひそめた。
「……おかしい」
「何が?」
千尋が尋ねた。
「死にすぎじゃないか?」
蓮は椅子から立ち上がった。
「俺が参加したときより、明らかに激しいぞ」
蓮が経験した最初のゲームでも、参加者は死んだ。
殺し合いなのだから、犠牲者が出ること自体は珍しくない。
だが、今回は違う。
第二ステージが始まってから、短い時間で何人も倒れている。
しかも、銃を持った参加者が複数いる。
「……条件のせいか?」
蓮は呟いた。
自分に課された条件も、ほかの参加者から首輪を集めるというものだった。
ほかの者にも、誰かを殺さなければ達成できない条件が与えられているのかもしれない。
「蓮、どうするの?」
千尋が聞いた。
「……ちょっと待て」
蓮は調べ物を中断し、モニターの前に移動した。
各画面を順番に確認する。
映像に音声はない。
誰が何を話しているのかは分からない。
ただ、倒れた人間と、そこから立ち去る人間の姿だけが映っていた。
「……この調子じゃ、あっという間に人数が減る」
澪は自分の首輪に触れた。
彼女の条件は、生存者が五人以下になるまで首輪を外さないこと。
人数が減ることは、条件の達成に近づくことでもある。
だが、だからといって喜べるものではなかった。
「……怖いね」
澪が小さく言った。
蓮は頷いた。
「ああ」
しばらく画面を確認したあと、蓮は机へ戻った。
散らばった書類を整理しようとして、一枚の古い紙に目が止まった。
「……ん?」
ほかの書類とは違い、その紙には島の地図が印刷されていた。
役場の位置。
港。
住宅地。
そして、現在は森になっている一帯にも、かつての道路が描かれている。
蓮は紙を持ち上げた。
「……これ、古い行政地図か?」
地図の上部には、薄くなった文字が残っていた。
蓮は指で埃を払った。
そこには、この島の正式な名称が記されていた。
「……島の名前?」
千尋が近づいてきた。
「分かったの?」
「ああ。どうやらな」
蓮は地図を机に広げた。
これまでゲームの舞台としてしか認識していなかった島。
だが、かつてここには名前があり、人が暮らし、役場が機能していた。
そして、何者かが土地を買い集め、住民を立ち退かせた。
蓮は地図の文字を見つめた。
「……まずは、この名前を手がかりに調べてみるか」
古い地図の隅には、島名とともに、かつての自治体名も記されていた。
蓮は再び資料の山へ手を伸ばした。
島の過去を知るための、ようやく見つけた手がかりだった。




