第136話 遭遇
朝倉悠斗は、中央広場へ続く道を歩いていた。
端末には、何度確認しても同じ文章が表示される。
『PLAYER13を殺害せよ』
「……十三番、か」
悠斗は画面を睨んだ。
名前も顔も分からない。
分かっているのは、相手のPLAYER番号だけだった。
「どうやって探せってんだよ……」
これまで何人かの参加者を見かけたが、誰が何番なのかまでは分からなかった。
会う人間全員に番号を聞いて回るしかないのか。
だが、相手が素直に答える保証はない。
まして、自分が殺される対象だと知れば、逃げるに決まっている。
悠斗は端末をポケットにしまった。
そのときだった。
パンッ!
乾いた音が住宅街の方角から響いた。
「……銃声?」
悠斗は立ち止まった。
少し間を置いて、もう一発。
間違いない。
誰かが銃を撃っている。
悠斗は音のした方向を見た。
誰かがいるなら、PLAYER13について何か分かるかもしれない。
「……行ってみるか」
悠斗は住宅街へ向かって歩き始めた。
◇
「……っ、くそ……」
宮原拓海は地面に膝をついていた。
胸元を押さえる指の間から、血が溢れている。
目の前には、藤崎奈緒が立っていた。
「まだ動けるんだ」
奈緒は拳銃を向けたまま、感心したように言った。
拓海は顔を上げた。
「……てめえ……」
「ん?」
「……邪魔、しやがって……」
奈緒は首を傾げた。
「邪魔?」
拓海は壁に手をついた。
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
「……蓮……」
「ああ、さっきから探してる人?」
奈緒は思い出したように笑った。
「そんなに会いたいんだ?」
拓海は歯を食いしばった。
「……あいつは……」
声がかすれる。
「……あいつは、俺が殺すやつ……」
奈緒が目を丸くした。
「えっ、殺したかったの?」
拓海は答えなかった。
「なーんだ。てっきり好きなのかと思った」
奈緒は笑いながら、拳銃を構え直した。
「じゃあ、残念だったね」
拓海が顔を上げる。
銃声が響いた。
拓海の身体が後ろへ倒れた。
頭が地面にぶつかり、手足が力なく広がる。
奈緒はしばらく見下ろしていた。
「……今度こそ終わりかな」
拓海は動かなかった。
奈緒は拳銃を下ろした。
「ほんと、変な人だったなぁ」
そのとき。
「おい!」
背後から声がした。
奈緒が振り返る。
道路の向こうに男が立っていた。
朝倉悠斗だった。
悠斗は倒れている拓海を見て、足を止めた。
「……何してんだ、お前」
「ん?」
奈緒は首を傾げた。
「見て分かんない?」
悠斗の視線が、奈緒の拳銃へ移る。
「……お前が撃ったのか」
「うん」
あまりにもあっさりした返事だった。
悠斗は顔をしかめた。
「……何でだよ」
「何でって……」
奈緒は少し考えた。
「もういいかなって思ったから?」
「……は?」
「この人、しつこかったんだよね」
奈緒は足元の拓海を指差した。
「ずっと誰か探しててさ」
悠斗は拓海を見た。
この男も誰かを探していたらしい。
「……そいつも参加者か?」
「そうなんじゃない?」
「……お前は?」
「私?」
奈緒は自分を指差した。
「参加者だよ」
悠斗は奈緒の首元を見た。
確かに首輪がある。
「……PLAYER番号は?」
奈緒が笑った。
「何で?」
「確認したいだけだ」
「ふうん」
奈緒は少し考える素振りを見せた。
「じゃあ、君は何番なの?」
「……先に答えろよ」
「嫌だ」
悠斗は舌打ちした。
まともに話せる相手ではなさそうだった。
「……もういい」
悠斗は踵を返した。
「俺は行く」
「えー、もう?」
「お前に用はない」
悠斗が背を向けた。
奈緒は拳銃を持ち上げた。
「ねえ」
「……何だよ」
「君も逃げちゃうの?」
悠斗が振り返った。
銃口がこちらを向いていた。
「……おい」
「せっかく会ったのに」
「銃を下ろせ」
「嫌だ」
奈緒は笑った。
悠斗は反射的に身体を横へ投げ出した。
銃声。
背後の壁に弾が当たった。
「……っ!」
悠斗は建物の陰へ飛び込んだ。
「何しやがる!」
「避けた!」
奈緒の楽しそうな声が響く。
「すごいじゃん!」
悠斗は腰の拳銃を抜いた。
建物の角から腕を伸ばし、発砲する。
奈緒は身を引いた。
弾が道路を叩く。
「わっ!」
奈緒は笑いながら、近くの壁へ身を寄せた。
「君も持ってたんだ!」
「当たり前だろ!」
悠斗はもう一発撃った。
奈緒の背後の壁が欠けた。
「危なっ!」
奈緒が撃ち返す。
悠斗は慌てて身を隠した。
銃弾が壁の角を削った。
「……くそっ!」
相手は銃を撃つことにためらいがない。
しかも、こちらが反撃しても笑っている。
悠斗は反対側の路地を見た。
建物の裏へ抜ける細い道がある。
逃げるなら、そこだ。
悠斗は身を低くして走り出した。
その瞬間。
銃声が響いた。
「ぐっ!」
左肩に衝撃が走った。
身体が横へ傾く。
悠斗は壁にぶつかり、片膝をついた。
「……ああっ!」
左肩から血が流れている。
撃たれた。
奈緒の声が聞こえた。
「あ、当たった!」
悠斗は歯を食いしばった。
右手で拳銃を握り直す。
振り返りざまに発砲した。
奈緒が建物の陰へ引っ込む。
その隙に、悠斗は走った。
「……はっ、はっ……!」
肩が痛む。
腕を動かすたびに、傷口が熱くなる。
それでも足を止めなかった。
角を曲がり、別の路地へ飛び込む。
後ろから奈緒の声がした。
「えー! 逃げるの?」
悠斗は振り返らなかった。
もう一度撃たれたら、今度こそ死ぬ。
そう思った。
◇
「……行っちゃった」
奈緒は路地の入口で立ち止まった。
悠斗の姿はもう見えない。
追いかけようとしたが、腕の傷が痛んだ。
「……いたた」
御堂隼人に切られた場所だった。
奈緒は顔をしかめた。
「今日はみんな逃げるなぁ」
撃った相手は確かに負傷したが、逃げられてしまった。
「……ま、いっか」
奈緒は拳銃を確認した。
残弾が減っている。
予備の弾薬も、無限にあるわけではない。
「ちょっと使いすぎたかな」
奈緒は弾を補充し、住宅街を歩き始めた。
◇
悠斗は、森へ続く道を歩いていた。
「……くそ……」
左肩を押さえる。
指の間から血が滲んだ。
服も赤く染まっている。
痛みで呼吸が乱れた。
「……何なんだよ、あの女……」
人を殺した直後に笑っていた。
何のためらいもなく銃を向けてきた。
そして、撃たれた相手が逃げても、楽しそうにしていた。
悠斗は唇を噛んだ。
「……頭おかしいだろ……」
足を止め、近くの木に手をついた。
このままでは出血が止まらない。
どこかで傷の手当てをしなければ。
悠斗は端末を取り出した。
地図を確認する。
近くに建物がある。
そこまで行けば、何か使えるものが見つかるかもしれない。
「……あと少し……」
端末をしまい、再び歩き始めた。
しばらく進むと、道の向こうに男が立っていた。
「……?」
悠斗は足を止めた。
男は悠斗を見ていた。
桐生大和だった。
「……大丈夫か?」
大和が声をかけた。
悠斗は少し安心した。
「……助けてくれ」
大和は近づいてきた。
「どうした?」
「撃たれた……」
悠斗は左肩を押さえた。
「女に……銃で……」
「女?」
「ああ……拳銃持った、変な女だ……」
大和は悠斗の傷を見た。
「……ひどいな」
「医療品、持ってないか……?」
「……ああ」
大和は静かに頷いた。
「ちょっと待ってくれ」
悠斗は息を吐いた。
「……助かる……」
大和は腰へ手を伸ばした。
悠斗はそれを見ていなかった。
傷口を押さえながら、俯いている。
「……なあ」
大和が声をかけた。
「ん……?」
「一つ聞いていいか?」
「……何だよ」
「お前、首輪はまだ着けてるんだな」
悠斗は顔を上げた。
「……は?」
大和は悠斗の首元を見ていた。
そこには、まだ首輪がある。
「ああ……それがどうした……?」
「いや」
大和は小さく笑った。
「確認したかっただけだ」
悠斗は眉をひそめた。
「……何を……」
大和の口元が、ゆっくり吊り上がった。
ニヤリと笑う。
そして、拳銃を抜いた。
「……え?」
悠斗が目を見開く。
銃口が額に向けられていた。
「……おい、待っ――」
乾いた銃声が響いた。
悠斗の頭が後ろへ跳ねた。
身体が崩れ、道路に倒れる。
大和は拳銃を下ろした。
悠斗は動かない。
額から血が流れ、地面に広がっていく。
大和はしばらく見下ろしていた。
「……悪いな」
小さく呟く。
そして、端末を取り出した。
画面には、自分の2nd STAGEのクリア条件が表示されている。
『2nd STAGE開始時点で首輪を装着していた、他の生存PLAYER全員を殺害せよ』
大和は画面を見つめた。
まだ終わらない。
この男一人では、到底足りない。
「……次は」
大和は顔を上げた。
悠斗が来た方向を見る。
拳銃を持った女がいると言っていた。
ならば、そこにも参加者がいる可能性がある。
「……行ってみるか」
大和は拳銃をしまい、歩き始めた。
背後には、朝倉悠斗の身体が残された。
◇
役場の地下。
蓮は古いファイルを机に広げていた。
千尋と澪は、引き続き監視モニターを確認している。
「……蓮」
澪が声をかけた。
「何だ?」
「また、誰か倒れてます」
蓮は顔を上げた。
「どこだ?」
「森へ続く道です」
画面には、道路に倒れた男が映っていた。
朝倉悠斗だった。
その近くを、別の男が歩いていく。
「……またか」
蓮は眉をひそめた。
千尋が呟く。
「さっきから、こんなのばっかり……」
澪は黙っていた。
蓮は画面を見つめた。
倒れている男は動かない。
そして、立ち去る男の手には拳銃があった。
「……あいつが撃ったのか」
蓮は小さく呟いた。
千尋が頷く。
「たぶん……」
蓮はモニターの番号を確認した。
位置を地図に書き込む。
その後、机へ戻った。
「……二人とも、危ない奴の動きは引き続き見ててくれ」
「うん」
「はい」
蓮は別のファイルを開いた。
今度は、監視設備の点検記録ではなかった。
表紙には、短い文字が印刷されている。
『施設使用履歴』
「……ん?」
蓮はページをめくった。
日付。
使用区域。
施設番号。
その横には、短い記号が並んでいる。
最初は何の記録か分からなかった。
だが、ページを進めるうちに、同じ形式の記載が繰り返されていることに気づいた。
「……これ」
蓮は一つの日付に指を置いた。
次の記録。
さらに、その次。
それぞれの間には、一定の期間が空いていた。
「……まさか」
蓮は机の引き出しから別の書類を取り出した。
島の住民が移転した記録だ。
移転が始まった時期と、施設の使用履歴を照らし合わせる。
住民が島を離れた後から、施設の使用記録が増えていた。
しかも、一度だけではない。
何度も繰り返されている。
「……開催記録か?」
蓮は小さく呟いた。
確証はない。
だが、もしこれがゲームの開催記録なら。
この島では、今回より前にも何度もゲームが行われていたことになる。
蓮は次のページを開いた。
使用場所の欄には、島内の施設番号とは異なる記号もあった。
「……ここ以外にもあるのか?」
蓮は椅子に深く座り直した。
さらに書類を調べる。
住民の移転記録には、別の資料番号が記されていた。
その番号を頼りに棚を探す。
古い封筒が見つかった。
中には、土地の売買に関する書類が入っていた。
「……売買契約?」
蓮は目を通した。
島内の土地が、まとめて買い取られている。
購入者の詳細は伏せられていたが、記載された金額は個人が簡単に用意できるようなものではなかった。
さらに、住民への移転通知の写しがあった。
そこには、期限までに島を離れるよう求める内容が記されていた。
「……自主的に出ていったんじゃない」
蓮は書類を握った。
島の住民たちは、土地を買い取った者の意向によって移転を迫られていた。
そして、その後に監視設備が整備されている。
ゲームを開催するために、島を空にした。
そう考えれば、辻褄が合う。
「……とんでもないことしやがる」
蓮は書類を机に置いた。
購入者の名前は分からない。
運営の中心人物も不明。
だが、少なくとも、この島が偶然ゲームの会場になったわけではないことは分かった。
蓮は再び施設使用履歴を開いた。
開催日時。
開催場所。
開催間隔。
そこに規則性があるなら、運営の仕組みを知る手がかりになる。
「……全部、調べてやる」
蓮はペンを手に取り、記録を整理し始めた。
モニターの前では、千尋と澪が参加者たちの動きを追い続けている。
その間にも、島のどこかで誰かが命を落としていた。
蓮はページをめくった。
過去の開催記録と思われる日付が、次々と現れた。




