第134話 監視室
蓮は床下へ続く階段を覗き込んだ。
端末の明かりを向けると、コンクリートの壁に挟まれた細い階段が見えた。
「……地下室か」
「役場の地下に?」
千尋が横から覗く。
「みたいだな」
「何があるんでしょう」
澪も興味深そうに顔を近づけた。
「行ってみれば分かる」
蓮は拳銃を取り出した。
「俺が先に降りる。二人はここで待ってろ」
「気をつけてね」
「ああ」
階段を降りると、短い通路があった。
突き当たりには金属製の扉。
耳を澄ますと、微かな機械音が聞こえる。
蓮は取っ手を回した。
鍵はかかっていなかった。
扉を押し開け、拳銃を構えたまま中を確認する。
誰もいない。
部屋には机が並び、正面の壁には十数台のモニターが設置されていた。
机の下では機械のランプが点滅している。
「……何だ、ここ」
蓮は室内を見回した。
操作盤。
キーボード。
壁際には金属製の棚。
モニターの電源を入れると、森の映像が現れた。
別の画面には湖。
さらに切り替えると、中央広場が映った。
「……なるほど」
蓮は椅子に座った。
島内に監視カメラがあることは知っていた。
だが、その映像を確認できる部屋が役場の地下にあるとは思わなかった。
「千尋! 澪!」
入口へ向かって声を上げる。
「降りてきていいぞ!」
◇
「うわっ、何これ!」
千尋が部屋に入るなり声を上げた。
澪も壁のモニターを見上げる。
「……監視室ですか?」
「たぶんな」
蓮は中央広場の映像を指差した。
「ほら。さっき俺たちがいた場所だ」
「あ、本当だ!」
千尋は画面に近づいた。
古い建物。
雑草の生えた広場。
莉奈の墓がある辺りも映っている。
「こんなところまで見えるんだ……」
澪は別の画面を見つめた。
森の中の道。
湖のほとり。
倉庫の入口。
「……気持ち悪い」
小さく呟く。
千尋が振り返る。
「え?」
「だって……私たち、ずっと見られてるんですよね」
澪は腕を抱いた。
「何をしてても、どこかで誰かが見てるなんて……」
「確かにね」
千尋も顔をしかめた。
「そう考えると、ちょっと嫌かも」
「まあ、監視されてるのは今に始まったことじゃないけどな」
蓮は操作盤を調べた。
番号の振られたボタンが並んでいる。
試しに押すと、映像が切り替わった。
「……使えるな」
「これで他の参加者を探せるの?」
「映ってればな」
「便利じゃん!」
千尋が笑う。
「危ない人が近づいてきても分かるし!」
「全部の場所が見えるわけじゃないけどな」
蓮は机の引き出しを開けた。
中には古い書類が入っていた。
その一番下に、薄いファイルがある。
「……ん?」
取り出して開く。
島の地図だった。
各所に番号が振られている。
「カメラの配置図か」
蓮はモニターの番号と照らし合わせた。
中央広場。
住宅街。
森。
倉庫。
それぞれの位置が分かる。
「これなら、どこを映してるか確認できるな」
千尋が地図を覗き込んだ。
「役場の周りにもある?」
「ああ」
蓮は近くのカメラへ切り替えた。
役場の正面玄関が映る。
誰もいない。
「とりあえず、外に人はいないみたいだ」
「よかった」
千尋が息を吐いた。
蓮は別の映像を開いた。
森の中を三人の女が歩いている。
「あ、人!」
千尋が画面を指差した。
篠原琴音、雨宮紗良、白川結衣だった。
三人は何かを話しながら、古い住宅街へ向かっていた。
「女の子三人だね」
「そうだな」
「何話してるんでしょう」
澪が尋ねた。
「音は聞こえないみたいだ」
蓮は音量のつまみを回した。
だが、何も聞こえない。
「映像だけか」
画面の中で、三人は立ち止まった。
紗良が端末を確認し、琴音が何かを話している。
結衣は周囲を見回していた。
「……中央広場に向かってるな」
蓮が地図を確認する。
「こっちに来るの?」
「たぶんな」
千尋は画面を見つめた。
「会うかもしれないね」
「そうだな」
蓮は次のカメラへ切り替えた。
今度は男が一人。
端末を確認しながら、森の中を歩いている。
朝倉悠斗だった。
2nd STAGEのクリア条件は、PLAYER13の殺害。
悠斗は中央広場へ向かっていた。
「また一人いる」
千尋が言った。
「ああ」
蓮は画面を見つめた。
「結構、人が動いてるな」
「みんな、クリア条件があるからね」
「そういうことだ」
澪は自分の首輪にそっと触れた。
「……あと何人なんでしょう」
蓮が振り返る。
「何が?」
「生き残っている人です」
澪は首輪から手を離した。
「私の条件、生存者が五人以下になるまで首輪を外さないことなので……」
「今の人数が気になるか」
「……はい」
蓮はモニターへ目を戻した。
「少なくとも、ここで見えた連中は生きてるな」
「そうですよね」
澪は小さく頷いた。
千尋が澪の肩へ手を置いた。
「でも、無理に考えなくていいよ」
「……はい」
蓮は別の画面へ切り替えた。
古い建物のそばを、一人の男が歩いている。
「……ん?」
蓮の手が止まった。
千尋も画面を覗き込む。
「あっ!」
すぐに顔をしかめた。
「あいつじゃん!」
「ああ」
「私たちを襲ってきた奴!」
宮原拓海だった。
拓海は建物の周囲を見回しながら歩いている。
「まだ生きてたんだ……」
千尋が呟いた。
「そりゃ、そう簡単には死なないだろ」
「また会ったら嫌なんだけど」
「俺もだよ」
澪も画面を見て、表情を強張らせた。
「……あの人」
蓮が振り返る。
「覚えてるか?」
「はい。前に襲ってきた人ですよね」
「ああ」
「……怖かったです」
澪は包帯の巻かれた腕を押さえた。
蓮はモニターへ視線を戻した。
拓海は周囲を見回し、何かを探している。
「……何探してんだ、あいつ」
「蓮じゃないの?」
千尋が言った。
「勘弁してくれ」
「好かれてるね」
「嬉しくねえよ」
拓海は建物の角を曲がり、画面から消えた。
蓮は別のカメラを探したが、姿は見つからなかった。
「……まあ、今はいいか」
次の映像へ切り替える。
そこで、千尋が声を上げた。
「……あっ!」
蓮も画面を見た。
「……あの女」
中央広場へ続く道を、拳銃を持った女が歩いていた。
藤崎奈緒だった。
「湖で撃ってきた奴だよね?」
「ああ」
澪の顔が強張った。
「……また銃を持ってます」
「そうだな」
蓮は画面へ顔を近づけた。
奈緒は周囲を見回しながら歩いている。
足取りは軽い。
「……何考えてんだ、あいつ」
千尋が呟いた。
蓮は配置図を確認した。
「中央広場のすぐ近くだ」
「えっ、じゃあ……」
「ここからも遠くない」
千尋は入口を振り返った。
「来ないよね?」
「今のところ、こっちには向かってない」
蓮は奈緒の映像を映したまま、他の画面も確認した。
「しばらく動きを見よう」
奈緒は中央広場へ入った。
広場の中央で立ち止まり、周囲を見回す。
そして、建物の上に設置されたカメラへ顔を向けた。
「……ん?」
蓮が目を細めた。
奈緒はカメラを見上げていた。
やがて、にっこり笑う。
片手を上げ、小さく振った。
「……手、振ってる?」
千尋が呟いた。
「ああ」
「何なの、あいつ……」
奈緒はしばらくカメラを見つめていたが、やがて踵を返した。
建物の間へ歩いていく。
蓮は別のカメラへ切り替えた。
奈緒の姿が、別の道に現れた。
「……いた」
千尋が指差す。
奈緒は建物の角を曲がり、細い道へ入っていく。
その先。
三人の女が歩いていた。
「……えっ」
千尋が声を漏らした。
「さっきの三人じゃない?」
蓮は画面を見つめた。
琴音、紗良、結衣だった。
三人は奈緒に気づいていない。
奈緒は足を止めた。
そして、三人へ顔を向ける。
「……まずい」
蓮が呟いた。
奈緒が歩き始めた。
距離が縮まる。
琴音が何かに気づいたように振り返った。
奈緒は笑顔で手を振った。
紗良と結衣も振り返る。
三人が足を止めた。
何か話している。
音声は聞こえない。
奈緒は笑いながら、拳銃を持ち上げた。
「……っ!」
千尋が息を呑んだ。
次の瞬間。
奈緒の腕が跳ねた。
琴音が身を屈める。
紗良が結衣の腕を掴んだ。
三人が走り出す。
「撃った!」
千尋が叫んだ。
奈緒は逃げる三人へ銃口を向けた。
再び発砲。
結衣が転びかけ、紗良が引っ張り起こす。
琴音は建物の陰へ飛び込んだ。
奈緒が追いかける。
「……逃げろ!」
蓮は思わず声を上げた。
画面の中で、三人は路地へ駆け込んだ。
奈緒もその後を追う。
蓮は急いでカメラを切り替えた。
別の路地。
三人が走っている。
その後ろから奈緒が現れた。
奈緒は立ち止まり、拳銃を構える。
琴音が結衣を引っ張り、角を曲がった。
紗良も続く。
奈緒が発砲した。
壁に何かが当たり、粉塵が舞った。
「……危ない!」
澪が声を上げた。
蓮は次のカメラを探した。
だが、三人の姿は見つからない。
奈緒だけが路地の入口に立っていた。
しばらく周囲を見回し、何かを呟いている。
そして、拳銃を下ろした。
「……逃げ切ったの?」
千尋が尋ねた。
「分からん」
蓮は別の画面を確認した。
住宅街。
細い道。
建物の裏手。
どこにも三人は映っていない。
「……死角に入ったな」
奈緒はしばらく路地の入口に立っていたが、やがて別の方向へ歩き始めた。
「……何なの、あの女」
千尋が呟いた。
「いきなり撃って……」
澪は画面を見つめたまま、黙っていた。
蓮は奈緒の位置を確認した。
今のところ、役場へ向かっている様子はない。
「……千尋、澪」
二人が振り返る。
「しばらく、ここにいるぞ」
「え?」
千尋が目を丸くした。
「ここに?」
「ああ。この部屋、調べる価値がありそうだ」
蓮は机の上に置かれた書類を手に取った。
「さっき上で見つけた住民の移転記録、覚えてるか?」
「島の人たちが、急にいなくなったってやつ?」
「そう。それなのに、ここの監視設備は動いてる」
蓮は壁のモニターを見上げた。
「役場の地下にこんなものまで作ってるんだ。運営について何か残ってるかもしれない」
「……なるほど」
千尋が頷いた。
「じゃあ、私たちは何をすればいい?」
「二人は映像を見ててくれ。誰がどこにいるか、特にあの拳銃女の動きは確認しておきたい」
「分かった!」
千尋は椅子を引き寄せ、モニターの前に座った。
「澪ちゃん、一緒に見よう」
「はい」
澪も隣に椅子を運んだ。
千尋は配置図を広げ、画面の番号を確認し始めた。
「これが中央広場で……こっちが役場の裏?」
「はい。たぶん、そうです」
「じゃあ、この辺りを重点的に見ようか」
蓮は二人に任せ、机の引き出しを調べ始めた。
古い設備の点検記録。
配線図。
管理番号の一覧。
書類を一枚ずつ確認していく。
その中に、比較的新しい日付の記録が混じっていた。
「……やっぱりな」
蓮は紙を持ち上げた。
島の住民が移転した後も、設備の点検が続けられている。
ただ、管理者の名前は記載されていなかった。
「……誰が管理してたんだ?」
蓮は次の書類をめくった。
その横では、千尋と澪がモニターを見つめている。
「あっ、澪ちゃん。さっきの三人、映ってない?」
「どこですか?」
「ほら、右から二番目」
澪が画面へ顔を近づけた。
「……あ、本当です」
蓮は一度だけ顔を上げた。
「例の女は?」
「今のところ映ってないよ」
「分かった。引き続き頼む」
「任せて!」
千尋は再び画面へ向き直った。
蓮は書類を机に広げ、棚の中にも目を向けた。
まだ調べていない引き出しがいくつもある。
古い役場。
消えた住民。
そして、現在も動き続ける監視設備。
蓮は新たなファイルを取り出した。
「……さて、何が出てくるか」
ページを開く。
地下の監視室では、機械の低い駆動音だけが響いていた。
千尋と澪はモニターを見つめ、蓮は運営につながる手がかりを探し続けた。




