第130話 嫌い嫌い嫌い
早瀬陸を殺したあと、藤崎奈緒は何事もなかったかのように森の中を歩いていた。
振り返ることはない。
自分が殺した男が何者だったのかも、1st STAGEをクリアしていたのかも、結局確認しなかった。
興味がなかった。
「んー……」
藤崎奈緒は歩きながら拳銃を持ち上げ、残弾を確認する。
「ちょっと減ったなぁ」
片桐蒼真たちを追い回し、神谷蓮とも撃ち合い、そして先ほど一人を殺した。
まだ撃てる。
しかし、この調子で撃ち続ければ長くはもたない。
「弾ないとつまんないし」
藤崎奈緒は端末を取り出した。
地図を開き、周辺を適当に眺める。
しばらく指を滑らせていると、現在地からそれほど離れていない場所に小さな施設があることに気づいた。
「ここなんだろ」
目的があるわけではない。
ただ近いから。
藤崎奈緒は進行方向を変えた。
◇
辿り着いたのは、森の中に建つ小さな倉庫だった。
扉は半分朽ち、外壁には蔦が這っている。
「なんかありそう」
藤崎奈緒は躊躇なく中へ入った。
薄暗い倉庫の中には、壊れた棚や空の木箱が積まれている。
その奥。
一つだけ、比較的新しい箱があった。
「あ」
近づき、蓋を開ける。
最初に目へ入ったのは弾薬だった。
「やった」
拳銃用の予備弾薬。
藤崎奈緒は嬉しそうにそれを取り出す。
そして、その下。
もう一つ。
「……おお」
ショットガン。
藤崎奈緒は両手で持ち上げた。
「これ強そうじゃん」
扱いを確かめるように構え、満足そうに笑う。
弾薬もある。
「当たりだ」
拳銃の予備弾薬を確保し、ショットガンも持って倉庫を出る。
早瀬陸を殺したことなど。
もう藤崎奈緒の頭から消えていた。
◇
「……なあ」
御堂隼人が立ち止まった。
一ノ瀬美羽も足を止める。
「何?」
「さっきから同じところ回ってないか?」
「……私もそう思ってた」
「言えよ」
「隼人が分かって歩いてると思ってたの」
「分かってたら聞かねえよ」
一ノ瀬美羽が小さくため息をつく。
二人は2nd STAGE開始後も行動を共にしていた。
ただ。
以前とは違う。
互いに条件を明かしていない。
その事実が、二人の間に薄い壁を作っている。
御堂隼人は時折、一ノ瀬美羽を見る。
自分の端末に表示された条件。
『PLAYER08を殺害してください』
PLAYER08。
誰なのか分からない。
見つけなければならない。
そして見つけたあと。
本当に殺すのか。
まだ答えは出ていなかった。
一ノ瀬美羽も同じだった。
『PLAYER04の死亡を確認してください』
PLAYER04。
小宮千尋。
一ノ瀬美羽は、その人物を探さなければならない。
だが、どこにいるのか分からない。
そもそも。
死んでいなければ、自分の条件は達成できない。
「……これからどうする?」
一ノ瀬美羽が尋ねる。
「人を探す」
「やっぱり?」
「お前もだろ」
「……まあね」
「条件関係?」
「それ聞く?」
「聞くだけ」
「じゃあ隼人から言ってよ」
「嫌だ」
「じゃあ私も嫌」
「だよな」
短い会話。
それでも、先ほどまでより少しだけ空気が軽くなった。
そのとき。
御堂隼人が止まった。
「美羽」
「何?」
「動くな」
声が変わっていた。
一ノ瀬美羽も表情を引き締める。
御堂隼人は木々の向こうを見る。
人影。
女。
そして。
その手にあるものを見た瞬間、御堂隼人は一ノ瀬美羽の腕を掴んだ。
「走れ!」
「え――」
銃声。
二人の横の木が弾けた。
「きゃっ!」
一ノ瀬美羽が身を縮める。
「走れ!」
御堂隼人が引っ張る。
背後から声が聞こえた。
「あー!」
明るい声。
「またいた!」
藤崎奈緒だった。
「何なんだよあいつ!」
「知らない!」
「撃ってきたぞ!」
「見れば分かる!」
二人は森を走る。
藤崎奈緒は追ってくる。
「待ってよー!」
「誰が待つか!」
銃声。
御堂隼人は一ノ瀬美羽を木の陰へ押し込んだ。
「ここにいろ」
「隼人?」
「動くなよ」
「ちょっと、何するの!?」
御堂隼人は腰元へ手を伸ばした。
ナイフ。
そして。
もう一つ。
小型の閃光手榴弾。
一ノ瀬美羽が目を見開く。
「そんなの持ってたの?」
「拾った」
「いつ!?」
「あとで話す!」
銃声。
木の幹に弾丸が当たる。
「うわっ!」
一ノ瀬美羽が頭を抱える。
御堂隼人は木の陰から藤崎奈緒の位置を確認した。
「おーい!」
藤崎奈緒が楽しそうに呼ぶ。
「隠れてないで出てきなよ!」
「撃つのやめたらな!」
「嫌!」
「だと思ったよ!」
御堂隼人が閃光手榴弾を握る。
「美羽!」
「何!?」
「目閉じろ!」
「え?」
「いいから!」
一ノ瀬美羽が両目を閉じる。
御堂隼人が投げた。
藤崎奈緒の近くへ、小さな物体が転がる。
「ん?」
藤崎奈緒がそれを見る。
直後。
強烈な閃光。
破裂音。
「――っ!」
藤崎奈緒が顔を背けた。
「なにこれっ!?」
御堂隼人はすでに走っていた。
ナイフを抜く。
銃を持った相手へ真正面から向かう。
藤崎奈緒は目を押さえながら拳銃を振った。
「どこ!?」
銃声。
当たらない。
御堂隼人が距離を詰める。
「そこか!」
藤崎奈緒が拳銃を向ける。
視界が戻り切っていない。
御堂隼人が身体を低くした。
銃口の下へ潜り込む。
ナイフが走る。
「っ!」
藤崎奈緒の腕から血が飛んだ。
深くはない。
だが。
確実に切れた。
御堂隼人はすぐ距離を取る。
「隼人!」
一ノ瀬美羽が叫ぶ。
「逃げるぞ!」
御堂隼人が振り返る。
その背後で。
藤崎奈緒は動かなかった。
自分の腕を見ている。
血が流れている。
「……」
指で触れる。
赤い。
「……切った?」
御堂隼人が一ノ瀬美羽のもとへ戻る。
「行くぞ!」
「う、うん!」
「……私を」
藤崎奈緒の声がした。
二人が振り返る。
「切った?」
笑っていなかった。
先ほどまで楽しそうだった顔から、笑みが消えている。
「……ムカつく」
藤崎奈緒が拳銃をしまった。
代わりに。
背負っていたショットガンを掴む。
御堂隼人の表情が変わった。
「美羽、伏せろ!」
藤崎奈緒が構える。
「ムカつく!」
発砲。
凄まじい銃声が森に響いた。
御堂隼人と一ノ瀬美羽が地面へ飛び込む。
周囲の木々へ散弾が叩き込まれた。
「うわっ!」
「隼人!」
「大丈夫だ!」
御堂隼人がすぐ起き上がる。
藤崎奈緒はショットガンを構えたまま。
止まっていた。
「……」
木を見る。
あちこちに散らばった弾痕。
自分が狙った場所へ一発の弾丸が飛んでいく拳銃とは違う。
「……なにこれ」
藤崎奈緒がショットガンを見る。
「弾、散るじゃん」
御堂隼人が唖然とする。
「……は?」
藤崎奈緒の顔が露骨に不機嫌になった。
「私これ嫌い!」
ショットガンを投げ捨てた。
「え?」
一ノ瀬美羽まで声を漏らした。
藤崎奈緒は迷うことなく拳銃へ持ち替える。
「やっぱこっち!」
「……今だ!」
御堂隼人が一ノ瀬美羽の手を掴んだ。
「走れ!」
二人が一気に駆け出す。
「あっ!」
藤崎奈緒が拳銃を向ける。
銃声。
二人は木々の間へ飛び込む。
さらに一発。
御堂隼人は一ノ瀬美羽を引っ張りながら走り続けた。
「右!」
「分かってる!」
「そっち行き止まりじゃない!?」
「知らねえよ!」
「知らないの!?」
「とにかく走れ!」
藤崎奈緒が追ってくる。
だが。
閃光手榴弾の影響が完全には抜けていない。
御堂隼人たちは木々の間を何度も曲がり、斜面を下り、藪の中を突っ切った。
しばらくして。
銃声が聞こえなくなる。
それでも二人は止まらない。
◇
どれほど走ったのか。
「……もう……無理……」
一ノ瀬美羽が膝へ手をついた。
「待って……ほんと無理……」
御堂隼人も荒い息を吐きながら背後を見る。
誰もいない。
「……撒いたか」
一ノ瀬美羽がその場へ座り込む。
「何なの……あの人」
「俺が知るかよ」
「普通、いきなり撃つ?」
「普通じゃないんだろ」
「それは見れば分かる……」
二人とも息が整わない。
しばらく。
会話もなかった。
やがて一ノ瀬美羽が御堂隼人を見る。
「……隼人」
「ん?」
「なんで戻ってきたの?」
「何が」
「私のところ」
一ノ瀬美羽は真っ直ぐ見ていた。
「一人なら逃げられたでしょ」
「……」
「なのに、わざわざあの人に向かっていって」
御堂隼人は黙る。
一ノ瀬美羽が続ける。
「私を置いていけばよかったのに」
「置いていけるかよ」
「でも今、2nd STAGEだよ」
「だから何だ」
「私の条件が、隼人に関係してるかもしれない」
「……」
「隼人の条件だって、私に関係してるかもしれないでしょ」
御堂隼人は一ノ瀬美羽を見る。
その言葉は。
偶然。
真実のすぐ近くまで来ていた。
『PLAYER08を殺害してください』
PLAYER08――一ノ瀬美羽。
御堂隼人はまだ、その事実を知らない。
「だったら」
御堂隼人が言った。
「分かったとき考えればいい」
「……え?」
「今は何も分かってねえんだろ」
「そうだけど」
「だったら、目の前で撃たれそうになってる奴を置いて逃げる理由にはならねえよ」
一ノ瀬美羽は何も言わなかった。
少しして。
「……変な人」
「助けてもらった奴が言うか?」
「ありがとうって言おうと思ってたのに」
「じゃあ言えよ」
「今ので言いたくなくなった」
「勝手にしろ」
一ノ瀬美羽が小さく笑った。
ほんの一瞬だけ。
2nd STAGEが始まる前の空気が戻った。
しかし。
二人の端末には。
互いの運命を変える条件が残されたままだった。
◇
「……痛い」
藤崎奈緒は切られた腕を見ていた。
血は出ている。
だが、深くはない。
「ムカつくなぁ」
その足元には。
先ほど投げ捨てたショットガン。
藤崎奈緒は一度だけそれを見る。
「いらない」
拾わなかった。
代わりに拳銃の弾倉を確認する。
先ほど手に入れた予備弾薬がある。
まだ撃てる。
「次会ったら絶対殺そ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そして。
すぐに笑った。
「まあ、いっか」
怒りすら長く続かない。
藤崎奈緒は拳銃を手に、また森を歩き始めた。
「次、誰かなー」
木々の間に。
その声だけが残った。
ストックがあと10話くらいしかないので、
修正や続きを書きながらちょっとずつアップしていきます。




