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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第128話 標的

 片桐蒼真の足音が完全に聞こえなくなっても、三人はしばらくその場から動かなかった。


 篠原琴音は服の上から端末を押さえたまま、片桐蒼真が消えていった森の奥を見つめている。


「……琴音」


 最初に口を開いたのは雨宮紗良だった。


「何?」


「端末」


 篠原琴音の指先がわずかに動く。


「さっき隠したよね」


「……だから何?」


「端末Bって言われた瞬間だった」


 篠原琴音が雨宮紗良を見る。


 白川結衣は何も言わなかった。


 だが、その視線も篠原琴音へ向いている。


「違う」


「何が?」


「別に……あの人が怖かっただけ」


「じゃあ見せられる?」


 篠原琴音の表情が固まった。


「……なんで?」


「確認するだけ」


「嫌だ」


「琴音」


「嫌だって言ってるでしょ!」


 篠原琴音の声が森に響いた。


 三人とも黙る。


 言ってから、篠原琴音自身が一番驚いていた。


「……ごめん」


 俯く。


「でも、見せたくない」


 雨宮紗良は篠原琴音を見つめたままだった。


「じゃあ、Bなの?」


「……」


「琴音」


「だったら何?」


 雨宮紗良が言葉を失う。


 篠原琴音は二人を見た。


「もし私がBだったら何なの?」


「別に私は――」


「あの男が探してたんだよ。理由も言わずに。そんな状況で端末を見せろって言われて、はいって見せられる?」


「それは……」


「二人が逆の立場だったら見せるの?」


 答えは返ってこなかった。


 篠原琴音の言っていることも正しい。


 だからこそ、厄介だった。


 篠原琴音が本当に端末Bなのか。


 違うのか。


 雨宮紗良にも白川結衣にも確かめる方法がない。


「もう戻ろう」


 篠原琴音が言った。


「ここにいるの危ない」


「……うん」


 白川結衣が頷いた。


 三人は来た道を戻り始めた。


 しかし。


 今度は篠原琴音が先頭を歩いた。


 その背中を雨宮紗良が見ている。


 さらに後ろから、白川結衣が二人を見ていた。


 誰も何も話さない。


 数十分前までなら耐えられなかった沈黙が、今は会話をするより楽だった。


 白川結衣は歩きながら、服の上から端末へ触れた。


『プレイヤーを一名指定してください』


『指定したプレイヤーのゲームクリアを阻止してください』


 まだ誰も指定していない。


 そして、一度指定すれば変更できない。


 それこそが白川結衣を迷わせていた。


 指定した人間がゲームをクリアできなければいい。


 その方法は一つではない。


 条件達成を邪魔する。


 必要な物を奪う。


 端末を使えなくする。


 そして。


 指定した人間が死んだ場合も、その人間がゲームをクリアすることはない。


 それでも、白川結衣は簡単に決められなかった。


 誰でもいいから指定して、その人間が死ぬのを待つ。


 文字だけを見れば、それでもいい。


 だが、一度選べば二度と変更できない。


 もし指定した相手が、自分の知らない場所ですでに条件達成寸前だったら。


 自分が何も知らないうちに首輪を解除し、ゲームをクリアしてしまったら。


 その瞬間。


 白川結衣には、もうやり直す相手がいない。


「……」


 白川結衣は前を歩く二人を見る。


 篠原琴音。


 雨宮紗良。


 この二人なら現在地が分かる。


 何をしているかも、ある程度は監視できる。


 だからといって。


 どちらかを指定する?


 昨日から一緒に食料を分け、水を分け、ここまで行動してきた相手を。


 指定した瞬間から、自分はその人間がゲームをクリアできないようにしなければならなくなる。


 もし相手がクリアしそうになったら。


 自分はどうする。


 邪魔するのか。


 それでも止められなかったら。


 ――死んでくれた方がいいと考えるのか。


 そこまで思考が進んだ瞬間、白川結衣は端末から手を離した。


「……嫌だ」


 小さな声だった。


 前を歩いていた雨宮紗良が振り返る。


「どうしたの?」


「何でもない」


「……そう」


 雨宮紗良は再び前を向いた。


 白川結衣は胸元を押さえた。


 指定しなければ始まらない。


 しかし。


 一度指定すれば戻れない。


 だから決められない。


 選んだ瞬間、その相手は仲間ではなく、自分がゲームクリアを阻止しなければならない人間へ変わってしまう。


 白川結衣は、まだそれを選べなかった。


     ◇


 海岸沿いを一人で歩いていた朝倉悠斗は、何度目か分からないほど端末を開いた。


『PLAYER13を殺害してください』


「……だから誰なんだよ」


 苛立った声とともに端末を閉じる。


 PLAYER13。


 名前ではない。


 顔も分からない。


 端末のアルファベットでもない。


 参加者十五人の中から、たった一人を探さなければならない。


「せめて写真くらい出せよ……」


 もちろん、表示されるはずがない。


 朝倉悠斗は砂浜へ腰を下ろした。


 殺す。


 端末には簡単にそう書いてある。


 だが、その前に対象を探さなければならない。


「他の奴に聞くしかねえのか」


 PLAYER番号を知っているか。


 PLAYER13を知らないか。


 そんな質問を繰り返せば、自分の条件を察知される可能性がある。


 それでも探さなければ、ゲームをクリアできない。


「……クソ」


 朝倉悠斗は砂を握った。


 この島に来るまで、人を殺す方法など考えたこともなかった。


 それが今では、会ったことすらないPLAYER13をどうやって見つけるか考えている。


 まだ殺すと決めたわけではない。


 そう思おうとする。


 だが、頭の片隅では。


 もし見つけたら。


 という考えが消えなかった。


 PLAYER13――神谷蓮。


 朝倉悠斗が探している人間は、同じ島のどこかにいる。


 ただ、その顔を知らない。


 朝倉悠斗は立ち上がった。


「……人を探すか」


 一人で考えていても何も始まらない。


 まず誰かと接触する。


 PLAYER番号について何か知っている人間がいないか探す。


 朝倉悠斗は砂浜を離れ、森へ向かった。


     ◇


 同じ頃。


 山側の細い道を、早瀬陸が歩いていた。


 その手には端末。


『PLAYER13が所持する端末を破壊してください』


「PLAYER13……」


 早瀬陸は歩きながら何度もその文字を見る。


「殺せじゃないだけマシなのか?」


 端末を壊すだけ。


 文章だけを見れば、殺害を要求されている参加者よりは軽い。


 だが、問題は朝倉悠斗と同じだった。


「誰だよ」


 PLAYER13が分からない。


 見つけたところで、その人物が本当にPLAYER13なのか確認する方法もない。


「片っ端から端末壊せってことじゃねえよな……」


 そんなことをすれば、今度は自分が他の参加者から狙われる。


 早瀬陸は立ち止まった。


 考える。


 PLAYER13を探す。


 そのためには情報が必要。


 なら。


「人が集まりそうなところ……」


 地図を開く。


 いくつかの施設。


 山道。


 湖。


 そして。


 中央広場。


 早瀬陸の指が止まった。


「……ここか」


 ゲーム開始直後、参加者が一度は意識する場所。


 誰かがいる可能性は高い。


 危険も高い。


 それでも、一人で山を歩き続けていてもPLAYER13は見つからない。


「行ってみるしかないか」


 早瀬陸は端末を閉じた。


 中央広場へ向かって歩き始める。


     ◇


 森の中。


 片桐蒼真はまだ迷っていた。


 先ほど会った三人。


 その中の一人。


 篠原琴音。


 端末BかFと口にした瞬間、明らかに反応が変わった。


「……B」


 もし。


 本当に篠原琴音が端末Bだったら。


 自分の条件は。


 篠原琴音を殺すこと。


「……」


 片桐蒼真の足が止まる。


 今なら追える。


 三人が向かった方向は分かっている。


 まだそれほど離れていない。


 追いつける可能性は高い。


 そして篠原琴音が端末Bかどうか確認する。


 もしBだったら。


「殺す……のか」


 声にすると、途端に現実味を帯びた。


 知らない女。


 さっき初めて会った。


 自分に何かしたわけでもない。


 ただ、端末がBかもしれない。


 それだけで殺す。


「……できるかよ」


 片桐蒼真は呟いた。


 だが、すぐに別の考えが浮かぶ。


 殺さなければ、自分の首輪は外れない。


 ゲームをクリアできない。


 残り時間がなくなれば、自分が死ぬ。


「……クソッ!」


 片桐蒼真が木を殴った。


 痛みが拳に走る。


 それでも答えは出なかった。


 その頃。


 篠原琴音は、自分を追うかもしれない片桐蒼真の存在を警戒し始めている。


 雨宮紗良は、死者の端末を探している。


 白川結衣は、一度しか選べない相手をまだ指定できずにいる。


 桐生大和は、2nd STAGE開始時点で首輪をつけていた参加者全員を殺さなければならない。


 朝倉悠斗はPLAYER13を探し始めた。


 早瀬陸もまた、PLAYER13を探して中央広場へ向かっている。


 久我拓真は二台の端末を破壊しなければならない。


 藤崎奈緒は、対象を調べることすら面倒だと考えている。


 そして。


 一ノ瀬美羽。


 御堂隼人。


 この二人にもまた、まだ解決していない条件が残っている。


 島の至るところで、それぞれの目的が動き始めていた。


 まだ互いに離れている。


 まだ殺すことを迷っている者もいる。


 だが。


 全員が動けば。


 いずれ必ず交わる。


 そしてそのとき。


 誰かの生存条件は。


 別の誰かの死へと変わる。

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