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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第127話 端末Bの持ち主

 藤崎奈緒から逃げ切ったあとも、片桐蒼真はしばらく足を止めなかった。


 湖畔から離れ、銃声も笑い声も完全に聞こえなくなったところで、ようやく太い木へ片手をつき、荒い呼吸を整える。


「……何なんだよ、あの女」


 もう一度悪態をついてから背後を見る。


 藤崎奈緒はいない。


 久我拓真の姿も、いつの間にか消えていた。


 途中までは同じ方向へ逃げていたものの、森の中で別々の道へ分かれたらしい。


「まあ……あいつはどうでもいいか」


 片桐蒼真は地面へ座り込み、端末を取り出した。


 画面を開く。


『2nd STAGE CLEAR CONDITION』


『端末B、または端末Fの所有者を殺害してください』


「……BかF」


 二つある。


 どちらでもいい。


 そう考えれば、他の参加者に比べれば簡単な条件なのかもしれない。


 問題は。


「誰が持ってんだよ」


 端末のアルファベットは、所有者本人から聞くか、実際に端末を見るまで分からない。


 片桐蒼真は参加者たちの顔を思い浮かべた。


 これまで会った人間。


 名前を知っている人間。


 すれ違っただけの人間。


 だが、誰が端末Bで誰が端末Fなのかまでは把握していない。


「十五人から二人探せってか……」


 そこで片桐蒼真は言葉を止めた。


 十五人ではない。


 もう一人死んでいる。


「……十四人か」


 2nd STAGEが始まったということは、誰かが死んだ。


 もし死んだ人間がBかFだったら。


 片方の選択肢は、すでに消えていることになる。


「最悪、両方死んだらどうなるんだよ……」


 条件達成が不可能になる。


 そんな可能性まで考えたところで、片桐蒼真は首を振った。


「考えてても仕方ねえ」


 まず探す。


 殺すかどうかは。


 見つけてから考える。


 そう自分へ言い聞かせ、立ち上がった。


 だが、一歩踏み出したところで足が止まる。


 ――殺すかどうかは見つけてから。


 そんなことを考えている時点で、自分も変わり始めている。


「……クソゲーが」


 吐き捨てると、片桐蒼真は森の中へ歩き出した。


     ◇


「まだ行くつもり?」


 篠原琴音の声に、雨宮紗良は答えなかった。


 廃屋の窓から外を見ている。


 もう銃声は止まっていた。


 だからこそ。


 気になっていた。


「紗良」


「……ちょっと見るだけ」


「さっき、勝手に動かないって決めたじゃん」


「だから三人で行けばいい」


 篠原琴音が眉を寄せる。


「銃撃があったところに?」


「もう止まってる」


「止まってるから安全とは限らないでしょ」


「分かってるよ」


 雨宮紗良の声が少し強くなる。


 また空気が張り詰めた。


 白川結衣が二人の間を見る。


「紗良……そんなに行きたいの?」


「……」


「何か理由があるんだよね?」


 雨宮紗良が唇を噛む。


 言えない。


 死亡したプレイヤーが持っていた端末を三台回収する。


 それが自分の条件。


 銃声がした。


 なら、誰かが死んだ可能性がある。


 死体があるなら、端末もあるかもしれない。


 今行かなければ、他の誰かに持っていかれる可能性だってある。


「……お願い」


 雨宮紗良が言った。


「少しだけ付き合って」


 篠原琴音は納得していなかった。


 それでも、一人で行かせる方が危険だった。


「本当に見るだけだからね」


「うん」


「人がいたら近づかない」


「分かった」


「銃持ってる人がいたら、すぐ逃げる」


「分かってるって」


 白川結衣もゆっくり立ち上がった。


「私も行く」


 三人は荷物をまとめ、廃屋を出た。


 昨日なら。


 三人で動くことに安心していた。


 今は違う。


 前を歩く雨宮紗良を、篠原琴音は警戒している。


 その篠原琴音を、白川結衣が見ている。


 そして白川結衣自身も。


 まだ誰を指定するのか決められずにいた。


     ◇


 三人は銃声が聞こえた方角へ慎重に進んだ。


 途中。


 雨宮紗良が地面へしゃがみ込む。


「……これ」


 土が抉れている。


 近くの木にも新しい傷があった。


 篠原琴音が顔を強張らせる。


「弾?」


「多分」


 さらに先へ進む。


 空薬莢。


 踏み荒らされた草。


 走ったような足跡。


 戦闘があったことは間違いない。


 雨宮紗良の歩く速度が少しだけ上がる。


「紗良」


「分かってる」


「分かってない。速くなってる」


 雨宮紗良が足を止めた。


「……ごめん」


 篠原琴音は、その横顔を見つめる。


 やはり何かある。


 ただ危険が気になるだけではない。


 雨宮紗良には、ここへ来なければならない理由がある。


「ねえ」


 篠原琴音が口を開いた。


「条件、教え合わない?」


 雨宮紗良が振り返る。


 白川結衣も驚いたように篠原琴音を見る。


「さっきは言わないって決めたじゃん」


「でも、このままの方が怖いよ」


 篠原琴音は二人を見る。


「何を考えてるか分からないまま一緒にいる方が、私は怖い」


「……琴音が先に言える?」


 雨宮紗良に返され、篠原琴音が黙った。


「ほら」


「それは……」


「私だって同じ」


 雨宮紗良は再び歩き始めた。


「言ったら、利用されるかもしれない」


 その言葉に、篠原琴音の足が止まる。


「私たちが?」


「違う。そういう意味じゃなくて――」


「でも今、そう思ってるってことでしょ」


「琴音だって私を疑ってるじゃん」


「それは紗良が何か隠してるから!」


「琴音も隠してるでしょ!」


「二人とも!」


 白川結衣の声で、二人が止まった。


「今ここで喧嘩してどうするの」


 白川結衣はそう言いながらも、自分自身の声が震えていることに気づいていた。


「帰ろう」


「でも――」


「帰ろうよ。もう十分見たでしょ」


 そのとき。


 雨宮紗良が突然、口元へ指を当てた。


「静かに」


 篠原琴音と白川結衣が黙る。


 足音。


 誰かが近づいている。


 三人は咄嗟に木々の陰へ身を隠した。


 ゆっくり。


 こちらへ近づいてくる。


 一人。


 やがて木々の向こうから、一人の男が姿を現した。


 片桐蒼真。


 三人とも顔は知らない。


 片桐蒼真も、三人の存在にはまだ気づいていなかった。


 篠原琴音は息を殺す。


 雨宮紗良も動かない。


 白川結衣は胸元で端末を握りしめた。


 片桐蒼真が少しずつ近づいてくる。


 そのときだった。


 篠原琴音の足元で、小さな枝が折れた。


 パキッ。


 片桐蒼真が止まった。


「……誰かいるのか?」


 三人とも答えない。


 片桐蒼真の表情が険しくなる。


「いるんだろ」


 逃げるべきか。


 出ていくべきか。


 三人が互いの顔を見る。


 雨宮紗良が小さく首を横に振った。


 動くな。


 そう伝えている。


 だが。


「別に襲うつもりはねえよ」


 片桐蒼真の声が近づいてくる。


「ちょっと聞きたいだけだ」


 篠原琴音が息を呑んだ。


「……何を?」


 思わず答えてしまった。


 雨宮紗良が篠原琴音を見る。


 片桐蒼真も声の方向へ顔を向けた。


「いるじゃねえか」


 もう隠し続ける意味はなかった。


 三人は警戒しながら木の陰から姿を現した。


 片桐蒼真が三人を見る。


「女三人か」


「何の用?」


 篠原琴音が尋ねる。


「簡単なことだ」


 片桐蒼真はそう言って。


 少しだけ間を置いた。


「お前らの端末、何のアルファベットだ?」


 空気が凍った。


 篠原琴音。


 雨宮紗良。


 白川結衣。


 三人とも答えない。


「……なんでそんなこと聞くの?」


 白川結衣が尋ねた。


「探してる端末がある」


「何のために?」


「それは言えねえ」


 片桐蒼真の答えを聞いた瞬間。


 三人の警戒が一段階上がった。


 片桐蒼真も、それに気づいた。


「だから襲わねえって。確認するだけだ」


「信用できると思う?」


 篠原琴音が言った。


「じゃあどうしろってんだよ」


「帰って」


「そういうわけにもいかねえ」


 片桐蒼真が一歩近づく。


 三人が同時に後退した。


「来ないで」


 雨宮紗良が低い声で言う。


「だから――」


「来ないで!」


 片桐蒼真が止まる。


「……分かったよ」


 両手を軽く上げる。


「じゃあ質問だけだ」


 三人を見る。


「端末BかF」


 篠原琴音の心臓が大きく跳ねた。


 だが。


 表情には出さなかった。


「持ってる奴、知らないか?」


 雨宮紗良は首を横に振る。


「知らない」


 白川結衣も答えた。


「私も」


 そして。


 片桐蒼真の視線が篠原琴音へ移る。


「お前は?」


 一瞬。


 篠原琴音は答えられなかった。


 自分の端末。


 B。


 なぜ探している。


 何のために。


 2nd STAGEが始まった直後に。


 知らない男が。


 端末Bを。


「……知らない」


 篠原琴音は答えた。


 片桐蒼真がじっと顔を見る。


「本当に?」


「知らない」


 篠原琴音は端末を服の奥へ押し込むように隠した。


 その動きを。


 片桐蒼真は見ていた。


「……そうか」


 短く答える。


 それ以上は何も言わなかった。


「邪魔したな」


 片桐蒼真が背を向ける。


 三人は黙ったまま、その背中を見送った。


 木々の向こうへ姿が消える。


 足音も遠ざかる。


 それでも篠原琴音は動かなかった。


「……琴音」


 白川結衣が呼ぶ。


「何?」


「今……」


 言いかけて止まる。


 雨宮紗良も篠原琴音を見ていた。


「端末、隠したよね」


「……」


「もしかして」


 篠原琴音の顔が強張った。


 その頃。


 三人から十分に離れた場所で。


 片桐蒼真が足を止めていた。


「……あの女」


 思い出す。


 端末B。


 そう口にした瞬間。


 一人だけ反応が遅れた。


 そして。


 端末を隠した。


「まさかな」


 片桐蒼真は振り返った。


 三人の姿は、もう見えない。


 端末B――篠原琴音。


 片桐蒼真はまだ確信していない。


 だが。


 候補は見つけた。


 2nd STAGEの糸が。


 また一つ、参加者同士を結びつけた。

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