第123話 乱射
湖を挟んだ反対側の森で、けたたましい銃声が鳴り響いていた。
単発ではない。短い間隔で繰り返される銃声が森の静けさを引き裂き、放たれた弾丸が木の幹を抉っては枝や葉を散らしていく。
「ははっ! 逃げる逃げる!」
その中心で、藤崎奈緒は笑っていた。
両手に構えているのは、小型の短機関銃だった。
2nd STAGEが始まる前まで手入れをしていたハンドガンは腰に差したままで、今は新たに手に入れた短機関銃を躊躇なく撃ち続けている。
その銃口の先を走っているのは、片桐蒼真だった。
「ふざけんな! 何なんだよ!」
片桐蒼真が太い木の陰へ飛び込んだ直後、それまで身体のあった場所を銃弾が通過し、背後の木へ立て続けに食い込んだ。
「待てって! 話くらいしろ!」
「やだ!」
「なんでだよ!」
「面倒だから!」
藤崎奈緒は笑いながら答え、そのまま短機関銃を構え直した。
片桐蒼真は一瞬だけ木の陰から顔を出し、すぐに引っ込める。
直後、木の表面が弾けた。
「危ねえ!」
「惜しい!」
「何が惜しいんだよ!」
片桐蒼真には、なぜ自分が撃たれているのか分からなかった。
2nd STAGEが始まり、自分に与えられた新たな条件を確認したあと、森を移動していただけだった。
そこへ突然、藤崎奈緒が現れた。
条件を聞かれたわけでもなければ、何かを要求されたわけでもない。
目が合った。
それだけだった。
次の瞬間には撃たれていた。
「お前、俺に何か恨みでもあんのか!」
「別にないよ!」
「じゃあ撃つな!」
「でも殺さなきゃいけないかもしれないし!」
「かもしれないで撃つ奴があるか!」
「ここにいるじゃん!」
「会話にならねえ!」
片桐蒼真は射撃が止まった一瞬を狙い、木の陰から飛び出した。
そのまま斜面を駆け下りる。
藤崎奈緒も追いかけた。
「待ってよー!」
「誰が待つか!」
「逃げられると追いかけたくなるじゃん!」
「知らねえよ!」
藤崎奈緒の端末に表示された条件は、2nd STAGE開始時点で1st STAGEをクリアしていた参加者を全員殺害すること。
だが、誰が対象なのかを端末が教えてくれるわけではない。
本来なら首輪がない人物を狙えば良かった。
しかしら藤崎奈緒は、それを面倒だと思った。
「だってさぁ!」
走りながら藤崎奈緒が叫ぶ。
「誰がクリアしてて、誰がクリアしてないかなんて、いちいち考えるの面倒なんだよね!」
「だからって撃つな!」
「だったら全員殺した方が早いじゃん!」
「イカれてんのか、お前!」
「よく言われる!」
短機関銃が再び火を噴いた。
片桐蒼真は咄嗟に岩陰へ飛び込み、身体を小さくする。
岩肌に弾丸が当たり、甲高い音が続いた。
「クソ……!」
このままでは、自分のクリア条件どころではない。
端末Bか端末Fの所有者を探さなければならないというのに、その前に自分が殺される。
射撃が途切れた。
片桐蒼真はすぐに岩陰から飛び出した。
今は逃げるしかない。
森の中を走り抜けていると、前方の木々の間に人影が現れた。
「――片桐蒼真?」
久我拓真だった。
すでに矢を使い切ったボウガンは手元にない。
突然こちらへ走ってくる片桐蒼真を見て、久我拓真が怪訝そうに眉を寄せる。
「何だよ。何から逃げてんだ?」
「逃げろ!」
「は?」
「いいから走れ! やべえ女がいる!」
「やべえ女?」
久我拓真が片桐蒼真の背後を見る。
その瞬間。
――パンッ!
銃弾がすぐそばの木を抉った。
「うおっ!」
久我拓真が反射的に身体を引く。
木々の向こうから、小型の短機関銃を構えた藤崎奈緒が姿を現した。
「あっ」
藤崎奈緒が笑う。
「増えた」
久我拓真は数秒、その姿を見つめた。
「……何だ、あの女」
「だから言っただろ! 逃げるぞ!」
片桐蒼真はすでに走り出していた。
「おい、待て!」
久我拓真もすぐに後を追う。
「俺も行く!」
「勝手についてこい!」
片桐蒼真と久我拓真が並ぶように森を駆け抜ける。
背後からは藤崎奈緒の楽しそうな声が迫ってきた。
「二人になった!」
「何で嬉しそうなんだよ!」
久我拓真が振り返りながら叫ぶ。
「まとめて撃てるから!」
「まじでやべえ女じゃねえか!」
「だから最初から言ってんだろ!」
銃声が続く。
片桐蒼真と久我拓真は木々を盾にしながら走った。
少しでも直線上に身体を晒せば撃たれる。
「おい、片桐蒼真!」
「何だよ!」
「あいつ誰だ!」
「藤崎奈緒だ!」
「知り合いかよ!」
「名前を知ってるだけだ! こんなのと仲良くした覚えはねえ!」
久我拓真がもう一度後ろを見る。
藤崎奈緒はまだ追ってくる。
「おい! 全然諦めねえぞ!」
「俺に言うな!」
「何とかしろよ!」
「お前が何とかしろ!」
「俺、今武器ねえんだよ!」
「俺だって撃ち合える武器なんかねえよ!」
そのとき、藤崎奈緒の短機関銃から銃声が消えた。
片桐蒼真が振り返る。
藤崎奈緒が短機関銃を確認している。
「弾切れだ!」
片桐蒼真が叫ぶ。
久我拓真も振り返り、口元を歪めた。
「ざまあみろ! 今のうちに距離取るぞ!」
だが。
藤崎奈緒は足を止めるどころか、笑った。
「あーあ。終わっちゃった」
短機関銃を下ろす。
そして空いた手を腰へ伸ばした。
「でも――」
ハンドガンを抜く。
「まだこっちがあるんだよね」
片桐蒼真と久我拓真の表情が同時に引きつった。
「ふざけんな!」
二人の声が重なる。
藤崎奈緒が楽しそうに引き金を引いた。
再び銃声が森へ響き渡り、片桐蒼真と久我拓真は悪態をつきながら木々の間を駆け抜けていく。
その音は森を越え、湖を越え。
遠く離れた蓮たちのいる場所にまで届いていた。
◇
「何をしておるんだ、あの男は!」
運営本部に怒声が響いた。
作業を続けていたスタッフたちの肩が一斉に跳ねる。
大型モニターの前に立つ会長は、藤崎奈緒が参加者を追い回している映像ではなく、別の画面を睨みつけていた。
そこに映っているのは蓮と千尋。
そして澪。
「わしの娘になんてことをする!」
会長がモニターを指差した。
画面では少し前の映像が再生されている。
2nd STAGEが始まり、澪が自分の端末を隠そうとした直後。
蓮がそれを強引に取り上げた場面だった。
「完全に怖がっておるではないか!」
誰も答えない。
「おい!」
「は、はい!」
近くにいたスタッフが反射的に返事をする。
「なぜ誰も止めん!」
「止めると申しましても……ゲーム中ですので、こちらから参加者の行動へ直接介入するのは……」
「そんなことは分かっておる!」
会長の怒声がさらに大きくなる。
「もっと優しくできんのか、あの男は!」
少し離れた場所でそのやり取りを聞いていた上司は、額を押さえた。
そして逃げるように別のモニターへ視線を移す。
そちらでは、藤崎奈緒が片桐蒼真と久我拓真を笑いながら追い回していた。
短機関銃を撃ち尽くしたと思えば、今度はハンドガンを取り出して発砲している。
「……こっちはこっちで何やってんだよ」
上司は深いため息を吐いた。
「藤崎奈緒……少しはGAME MASTERらしく動けよ」
GAME MASTERに求められているのは、参加者同士の接触を促し、ゲームが停滞しそうになれば裏から流れを作ることだった。
参加者を見つけるたびに笑いながら銃を乱射し、片っ端から殺そうとすることではない。
「誰が藤崎奈緒を選んだんだ……」
近くにいた部下が気まずそうに視線を逸らした。
上司はさらに別のモニターを見る。
そこには榊原圭吾が倒れていた。
胸にボウガンの矢が突き刺さり、もう動かない。
「それに、もう一人は開始早々死んでるし……」
額を押さえる指に力が入る。
「何なんだよ、今回のGAME MASTERは。榊原圭吾は勝手に死ぬ。藤崎奈緒は勝手に暴れる。まともに進行する気がある奴が一人もいないじゃないか」
片方は死亡。
もう片方は暴走。
運営が想定していた進行など、とっくに崩れ始めている。
「神谷蓮をGAME MASTERにしておけば、こんなことには……」
思わず漏れた言葉に、会長が振り返った。
「蓮を?」
上司の表情が固まる。
「……いえ」
「今、蓮をGAME MASTERと言ったか?」
「候補だったという話です」
会長の眉が寄った。
「候補?」
「前回のゲーム終了後、こちらから打診しています。本人には拒否されましたが」
会長は再びモニターを見る。
画面の中では、蓮が木の陰へ身を隠しながら銃声の方向を確認していた。
少し離れた場所では、千尋と澪が蓮の指示に従って身を低くしている。
「……あんな乱暴な男の何を評価した」
「生存能力と判断力です」
上司は即答した。
「わしの娘から端末を奪い取るのが判断力か!」
「会長」
上司は再びため息を吐きそうになるのを堪えた。
「少なくとも現在、九条澪さんがいる場所としては、神谷蓮のそばが最も安全です」
「どこが安全なんだ!」
「藤崎奈緒のそばよりは」
会長が黙った。
モニターでは、ちょうど藤崎奈緒が笑いながらハンドガンを発砲している。
「……」
会長の顔が引きつった。
上司は構わず続ける。
「神谷蓮なら、銃声を聞いて考えなしに飛び込んだりはしません。前回の経験があるから地雷の可能性にも気づいている。2nd STAGEで何が起きるのかも理解している」
そして何より。
「神谷蓮は、自分だけ助かろうとはしない」
会長は黙ったままモニターを見つめた。
「やり方は気に入らん」
「でしょうね」
「澪を泣かせたら許さんぞ」
「それは神谷蓮本人に言ってください」
「言えるなら今すぐ言っとる!」
再び怒声が響き、スタッフたちが一斉に俯いた。
上司はとうとう小さくため息を吐く。
藤崎奈緒は暴走。
榊原圭吾は死亡。
会長は娘のことで激怒。
そのうえ、想定していたより遥かに早く2nd STAGEの混乱が広がり始めている。
上司は並んだモニターを見渡し、最後に蓮が映っている画面へ視線を止めた。
「……頼むぞ、神谷蓮」
その呟きは、会長には届かなかった。
画面の向こうでは、蓮が銃声の響いてくる方向を睨み続けている。
上司は椅子へ深く腰を下ろした。
「少なくとも、お前まで余計なことはしてくれるなよ……」
その直後。
別のモニターから、藤崎奈緒の楽しそうな笑い声と銃声が響いた。
上司は目を閉じ、深く息を吐いた。
「……本当に、GAME MASTERの人選を間違えただろ」




