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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第121話 地獄の始まり

 古びた建物を出た直後だった。


 蓮、千尋、澪の三人が森へ向かって歩き出そうとした瞬間、端末からけたたましい警告音が鳴り響いた。


 静かだった森に、不釣り合いな電子音が重なる。


「な、何……?」


 澪が肩を震わせ、慌てて端末を取り出した。


 千尋も腰の端末へ手を伸ばす。


 蓮だけは、その音を聞いた瞬間に足を止めていた。


 表情が変わった。


 驚いたのではない。


 むしろ、知っている音を聞いた人間の顔だった。


「……まさか」


 蓮は端末を取り出した。


 画面が赤く染まっていく。


『SYSTEM MESSAGE』


『1st STAGE 終了』


『2nd STAGE 開始』


「セカンド……ステージ?」


 澪が呟いた。


 千尋も画面を見ていたが、彼女の端末にはステージ移行の通知しか表示されていない。すでに1st STAGEの条件を達成し、首輪を解除している千尋には、新たなクリア条件は与えられていなかった。


 一方で。


 蓮の画面には、その下に新たな文字が現れた。


『2nd STAGE CLEAR CONDITION』


『ゲームで使用されている首輪を五個回収してください』


「……」


 蓮は黙った。


 驚きはしなかった。


 前回を知っているからこそ、この程度では驚けなかった。


 それよりも。


 頭の中で、一つの記憶が蘇っていた。


 前回のゲーム。


 佐伯美咲が死んだ。


 その直後に、ゲームは変わった。


 それまで参加者同士が協力して達成できていた条件が、他人の命を奪うことさえ要求するものへと変貌した。


 ならば。


 今回も同じなのか。


 誰かが死んだ。


 だから2nd STAGEへ移行した。


 そして蓮の脳裏に、先ほど自分たちを襲撃した男の顔が浮かぶ。


 ボウガンを構え、躊躇なく矢を放った男。


 ――あいつか?


 ――あいつが誰か殺したのか?


 確証はない。


 だが、十分に考えられる。


「蓮……?」


 千尋の声にも反応せず、蓮はゆっくり顔を上げた。


 建物の屋根。


 軒下に取り付けられている、小さな黒い監視カメラ。


 そのレンズを見つけた瞬間。


 蓮の目つきが変わった。


「……始まったな」


「え?」


 千尋が聞き返す。


 蓮はカメラへ向かって歩いた。


 そして、その真正面で立ち止まる。


 レンズの向こう側にいる運営を睨みつけ、右手を上げると、人差し指をまっすぐ突きつけた。


「始まったぞ」


 低い声だった。


 けれど、力強かった。


「セカンドステージだ」


 千尋と澪が黙って蓮を見る。


「人間の尊厳を踏みにじって、仲間同士を疑わせて、最後には殺し合わせる」


 蓮の目には、先ほどまで二人に向けていた穏やかさがなかった。


「お前らが一番見たかった地獄の始まりだ」


 カメラのレンズを射抜くように睨む。


「よく見とけよ、運営」


 蓮は指を下ろさなかった。


「今回は、お前らの思い通りにはさせねえ」


 千尋が僅かに息を呑んだ。


 こんな蓮を、ほとんど見たことがなかった。


 ぶっきらぼうではあった。


 口が悪いこともある。


 危険が迫れば強引に二人を動かすこともあった。


 だが今の蓮から感じるものは、それまでとは違う。


 怒り。


 憎しみ。


 そして、この先に何が待っているのかを知っている人間だけが持つ、冷たい覚悟。


 澪は何も言えなかった。


 怖い。


 ほんの少しだけ、そう思った。


 そのときだった。


「……え……」


 澪の小さな声が聞こえた。


 蓮が振り返る。


 澪は端末を見ていた。


 先ほど手に入れた鍵を握っていた手から、力が抜けている。


「どうした?」


「……」


「澪」


 返事がない。


 千尋が心配そうに近づいた。


「澪ちゃん?」


 澪の肩越しから、画面を覗き込む。


 その瞬間。


 千尋の表情も固まった。


「……これ……」


 蓮の目が細くなる。


「見せろ」


 澪は反射的に端末を胸元へ引き寄せた。


「え……」


「見せろ」


「でも……」


「いいから貸せ」


 蓮は澪の前まで来ると、隠すように持っていた端末を半ば強引に取り上げた。


「ちょ、蓮!」


 千尋が驚く。


 澪も呆然としていた。


 だが蓮は構わず画面を見る。


 そこに表示された条件を、最初から最後まで黙って読んだ。


「……なるほど」


 端末を澪へ返す。


 澪は両手で受け取った。


「勝手に取らないでよ……」


「悪かった」


 謝ってはいる。


 だが声は淡々としていた。


 千尋が少し困った顔で蓮を見る。


「蓮、ちょっと怖いんだけど」


「怖がってろ」


「え?」


「今はそのくらいでちょうどいい」


 千尋の表情から笑みが消えた。


 蓮は自分の端末を取り出す。


「俺のも見せる」


「……いいの?」


「ああ」


 二人の前へ画面を向けた。


『ゲームで使用されている首輪を五個回収してください』


 千尋が目を見開く。


「首輪……五個?」


「そうだ」


 澪も画面を見る。


「それって……」


「今持ってる千尋の首輪も、一個として使える可能性はある」


 蓮は自分が保管している千尋の首輪へ視線を落とした。


「残り四個だ」


「でも、首輪って……」


 澪が自分の首元へ触れる。


 黒い首輪。


 簡単に外せるものではない。


「誰かが条件を達成して外せば手に入る。もしくは――」


 蓮はそこで一度言葉を止めた。


「……死ねば残る」


 澪の顔が強張った。


 千尋も何も言わなかった。


「だから俺は、自分の条件を達成するために誰かを殺すつもりはない」


 蓮は二人を見る。


「ただし、これから死人は増える」


 言い切った。


「蓮……」


「前回がそうだった。第二段階に入ったら、今までとは全く違う。誰が何を条件にされてるか分からない。仲良く話してた相手に、次の瞬間殺される可能性だってある」


 そして蓮は、二人を交互に見た。


「だから覚えとけ」


 声が低くなる。


「クリア条件は、絶対に俺たち以外の人間へ教えるな」


「……」


「何があってもだ」


 澪が息を呑む。


「でも……協力できそうな人だったら?」


「駄目だ」


 即答だった。


「信用できる人でも?」


「駄目だ」


「助けてもらった人でも?」


「教えるな」


 蓮の答えは変わらなかった。


「条件を知られた瞬間、それを利用される可能性がある。俺たちの誰かを殺せばクリアなんて条件を持ってる奴がいるかもしれない。端末を奪うことが条件の奴だっているかもしれない」


 千尋が自分の端末を握りしめた。


「……徹底してるね」


「そうしないと死ぬ」


 冗談の入る余地さえない言い方だった。


 千尋は自分の首元へ手を触れた。


 もうそこには何もない。


 黒い首輪がなくなった首筋を指でなぞり、思わず息を吐く。


「私……先に外せててよかった……」


 その瞬間。


「馬鹿」


 蓮が言った。


「え?」


「油断するな」


 千尋の手が止まる。


「前回、首輪のない奴を殺して回る条件を与えられたプレイヤーがいた」


「……え」


「首輪がないから安全なんじゃない。逆に首輪がないことが、殺される理由になる場合もある」


 千尋の顔から血の気が引いた。


 無意識に首元を隠す。


「そんなの……あり?」


「ある。ここじゃな」


 蓮は冷たく言い切った。


「だから首輪が外れてることを喜ぶのは勝手だ。でも、安全になったと思うな」


「……分かった」


 千尋は小さく頷いた。


 さっきまで、首輪がない自分は二人より少し安全なのかもしれないと思っていた。


 完全な勘違いだった。


 むしろ今の自分が、誰かにとって分かりやすい標的になる可能性すらある。


「それから澪」


「……うん」


 呼ばれた澪の身体が僅かに強張る。


 蓮は澪が持っている端末へ目を向けた。


「お前は何もするな」


「え?」


「今は自分から条件を達成しようと動かなくていい」


「でも……」


「周りが勝手に死んでいく」


 澪の顔が曇った。


「そんな言い方……」


「嫌か?」


「……嫌だよ」


「俺だって嫌だ」


 蓮の声が僅かに低くなった。


「でも、そうなる」


 澪は黙った。


「お前が何もしなくても、条件に近づく可能性がある。だったら余計な危険を冒す必要はない」


 蓮は澪の端末を指差す。


「今のお前が考えることは一つだけだ」


「……何?」


「生き残れ」


 短い言葉だった。


「制限時間いっぱいまで、とにかく生きろ。誰かを助けようとか、自分も何かしなきゃとか、今は考えるな」


「でも、蓮たちが危なくなったら――」


「逃げろ」


「そんなの無理だよ」


「無理でも逃げろ」


「蓮!」


「死ぬよりましだ!」


 突然強くなった声に、澪の肩が跳ねた。


 千尋も驚いて蓮を見る。


 蓮は二人の視線を受けながら、少しだけ黙った。


 やがて、声を落とす。


「……前回、そうやって死んだ奴を何人も見た」


 その一言で。


 二人は何も言えなくなった。


「助けようとして死んだ奴もいる。信じて死んだ奴もいる。自分だけは大丈夫だと思って死んだ奴もいた」


 蓮は拳を握った。


「だから今回は、同じことを繰り返さない」


 澪が蓮を見る。


 怖かった。


 今までの蓮とは違う。


 自分たちの意見を聞きながら進むというより、これからは必要なら無理やりにでも従わせるつもりなのだろう。


 千尋も同じものを感じていた。


 けれど。


 蓮が怒っている理由も分かる。


 自分が生き残りたいからではない。


 二人を生かしたいからだ。


「……横暴」


 千尋が小さく言った。


「あ?」


「蓮、さっきからめちゃくちゃ横暴」


「だったら離れてもいいぞ」


「それは嫌」


 即答だった。


 蓮が一瞬だけ黙る。


 千尋は苦笑した。


「怖いし、言い方きついし、勝手に澪ちゃんの端末取るし。かなり最低」


「お前な……」


「でも」


 千尋の表情が少しだけ真剣になる。


「それでも一人で動くより、蓮といた方がいい」


 澪も頷いた。


「私も」


「……」


「端末取られたのはムカついたけど」


「悪かったって言っただろ」


「全然反省してる顔じゃなかった」


 ほんの一瞬。


 三人の間に、これまでの空気が戻った。


 だが、それも長くは続かなかった。


 蓮が周囲へ視線を向ける。


 森。


 建物。


 道。


 どこに誰がいるのか分からない。


 そして、誰がどんな条件を持っているのかも分からない。


「行くぞ」


「どこへ?」


 千尋が尋ねる。


 蓮は答えながら歩き始めた。


「まず、人の多そうな場所を避ける」


「保管庫は?」


 澪が尋ねる。


 蓮は一瞬だけ、彼女が持っている鍵へ目を向けた。


「後回しだ」


「……うん」


「それと、これからは俺が止まれと言ったら止まれ。逃げろと言ったら逃げろ。理由を聞くのはそのあとだ」


「ほら、やっぱり横暴」


 千尋が言う。


「嫌なら置いてくぞ」


「それは嫌だって言ったでしょ」


 千尋は蓮の後ろを歩き出した。


 澪も少し遅れて、その隣へ並ぶ。


 蓮は振り返らなかった。


 それでも二人がついてきている足音だけは、しっかり聞いていた。


 2nd STAGE。


 前回と同じ地獄が始まった。


 だからこそ。


 今度は甘い判断をしない。


 恨まれてもいい。


 怖がられてもいい。


 必要なら、無理やりにでも二人を動かす。


 生きて帰す。


 そのためなら。


 神谷蓮は、優しい人間でいるつもりなどなかった。

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