第120話 それぞれの条件
島の各所で、ほぼ同時に電子音が鳴り響いた。
海岸を歩いていた者。
森の中で休んでいた者。
偶然出会った参加者と行動をともにしていた者。
そして、ほんの数分前まで一緒に笑っていた者たち。
場所も状況も違っていたが、端末に表示された最初の文章だけは同じだった。
『1st STAGE 終了』
『2nd STAGE 開始』
第一段階では、互いに協力することができた。
条件こそ一人ひとり違っていたものの、誰かの達成が別の誰かの死を意味するようには作られていなかった。
だが、その時間は終わった。
*
波打ち際を一人で歩いていた朝倉悠斗は、突然鳴り出した端末に足を止めた。
海から吹きつける風に髪を揺らされながら端末を取り出すと、2nd STAGE開始の通知に続いて、新たなクリア条件が表示された。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『PLAYER13を殺害してください』
「……は?」
悠斗の口から、思わず声が漏れた。
読み間違いかと思い、もう一度確認する。
だが、文字は変わらない。
PLAYER13。
参加者の名前とPLAYER番号を結びつける情報は、通常の端末には表示されていない。
「誰だよ……PLAYER13って」
悠斗は端末を握ったまま、誰もいない海岸を見回した。
その人間を探し出し、殺す。
それが、自分の新しいクリア条件。
「こんなの……クリアさせる気ないだろ」
波が足元まで押し寄せる。
悠斗は動かなかった。
PLAYER13――神谷蓮。
*
島の東側に残された小さな廃屋。
そこには三人の参加者がいた。
篠原琴音。
雨宮紗良。
白川結衣。
三人が出会ったのは数時間前だった。
誰も積極的に争おうとはせず、水を分け、見つけた食料も分け合いながら、自然と一緒に行動するようになっていた。
少なくとも、警告音が鳴るまでは。
「……何、この音」
琴音が端末を取り出す。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『首輪が解除されているプレイヤーを一名殺害してください』
「……」
琴音の表情が固まった。
「……嘘でしょ」
首輪のない参加者を一人。
この島のどこかにいる、すでに第一段階を突破した人間を殺さなければならない。
琴音は無意識に端末を自分の身体へ近づけた。
その隣では、紗良も画面を見つめていた。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『死亡したプレイヤーが所持していた端末を三台回収してください』
「……これ、本気なの?」
紗良の声が震える。
三台。
条件を満たすには、少なくとも三人分の端末が必要になる。
そして、それを回収できるのは、その所有者が死亡したあと。
紗良は唇を噛んだ。
一方、白川結衣の画面には、さらに別の条件が表示されていた。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『プレイヤーを一名指定してください』
『指定したプレイヤーのゲームクリアを阻止してください』
「……できない」
結衣の手が震えた。
「こんなの……私にはできないよ……」
端末を胸元へ引き寄せる。
その動きを琴音が見た。
「結衣ちゃん?」
「……」
「どうしたの?」
「何でもない」
返事が早かった。
琴音の目が僅かに細くなる。
紗良もすでに、自分の端末を伏せていた。
「……二人とも、何て書いてあった?」
琴音が尋ねる。
誰も答えなかった。
数秒後、紗良が静かに聞き返した。
「琴音は?」
「え?」
「琴音の条件は何だったの?」
「それは……」
琴音も答えられない。
誰も、自分の画面を見せようとはしなかった。
ほんの少し前まで、同じペットボトルの水を分け合っていた三人だった。
今は、誰かが端末へ手を伸ばすだけで視線がそちらへ向く。
「……とりあえず」
紗良が沈黙を破った。
「今は条件について話さない方がいいと思う」
「どうして?」
「分からないから」
「何が?」
紗良は少しだけ間を置いた。
「……誰の条件が、誰に関係してるのか」
再び沈黙が落ちた。
誰も否定できなかった。
*
森の奥。
久我拓真は、動かなくなった榊原圭吾を見下ろしていた。
圭吾の胸には一本の矢が突き刺さっている。
拓真が握っているボウガンには、もう矢が残っていない。
最後の一本だった。
そのとき、端末が鳴った。
「あ?」
拓真は面倒そうに取り出し、画面へ目を落とした。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『他のプレイヤーが所持する端末を二台破壊してください』
拓真は数秒間、黙っていた。
やがて口元が歪む。
「……何だよ」
もう一度、文章を見る。
「殺さなくてもいいのかよ」
端末を二台破壊する。
それだけで条件は達成できる。
所有者を殺害しろとは、どこにも書かれていない。
「まあ、いいか」
拓真の頭には、一人の男が浮かんでいた。
自分を押さえつけた男。
二度も仕留め損ねた男。
神谷蓮。
「あいつの端末、ぶっ壊してやるよ」
拓真は矢のなくなったボウガンを地面へ放り捨てた。
それが圭吾の足元へ転がる。
今回のゲームを内部から進行させるために送り込まれた二人のGAME MASTER。
その一人――榊原圭吾は、すでに死んでいた。
*
島の北側。
古い休憩所では、桐生大和と片桐蒼真が行動をともにしていた。
二人が出会ったのは偶然だった。
仲間になったわけではない。
互いに一人で動くより安全だと判断し、今のところ一緒にいる。
そんな程度の関係だった。
大和の端末に、新しい条件が表示される。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『2nd STAGE開始時点で首輪が解除されていないプレイヤーを全員殺害してください』
「……」
大和の表情から、僅かに余裕が消えた。
今、首輪が残っている者。
その全員。
「……なるほどな」
大和は小さく呟き、画面を閉じた。
数メートル離れた場所では、蒼真も端末を確認している。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『端末B、または端末Fの所有者を殺害してください』
「……BかF」
蒼真が呟いた。
端末B――篠原琴音。
端末F――榊原圭吾。
そのうち一人は、すでに久我拓真の足元で息絶えている。
蒼真は端末を閉じた。
「何だった?」
大和が尋ねる。
蒼真が顔を上げた。
「そっちは?」
「俺が先に聞いたんだけどな」
「だったら先に言えばいい」
「……」
大和が薄く笑った。
「なるほど」
「何がだ」
「ステージが変わった途端、随分警戒するんだな」
「お互い様だろ」
「まあな」
大和が荷物へ手を伸ばした。
その瞬間、蒼真の右手が腰のナイフへ近づく。
大和の動きが止まった。
「……何してる」
「そっちこそ」
「荷物を取ろうとしただけだ」
「そうか」
「ナイフから手を離せよ」
「そっちが荷物から離れたらな」
二人の視線がぶつかる。
先に動いた方が疑われる。
何もしなくても疑われる。
休憩所の中から、それまであったはずの僅かな安心感が消えていた。
*
別の建物。
一ノ瀬美羽は床へ座り、集めた物資を整理していた。
少し離れた窓際には、御堂隼人がいる。
警告音が鳴る。
二人がほぼ同時に端末を取り出した。
美羽の画面には。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『PLAYER04の死亡を確認してください』
「……何これ」
PLAYER04――小宮千尋。
美羽は画面を見つめたまま動かなかった。
その数メートル先。
隼人の端末にも、新たな条件が表示されている。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『PLAYER08を殺害してください』
PLAYER08――一ノ瀬美羽。
隼人がゆっくりと端末を閉じた。
美羽がその動きを見ていた。
「ねえ」
「何だ」
「そっちは……何て書いてあった?」
「お前は?」
「私は……」
美羽が言葉に詰まった。
「言えないのか」
「そっちだって言ってないでしょ」
隼人が壁から背中を離した。
美羽の身体が僅かに強張る。
「……何で立つの?」
「お前が立ったからだ」
「私は別に……!」
「俺だって何もしてない」
美羽が一歩下がる。
隼人は追わない。
ただ、互いに相手から目を離さなくなった。
*
山道を一人で歩いていた早瀬陸も、警告音を聞いて端末を取り出していた。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『PLAYER13が所持する端末を破壊してください』
「……PLAYER13?」
陸が眉を寄せる。
「誰だよ、それ」
PLAYER13――神谷蓮。
陸は頭を掻きながら周囲を見回した。
「探すところからかよ……」
これまで他の参加者を探しながら歩いていたが、ステージが変わった今となっては、その行動さえ正しいのか分からない。
もし次に出会った相手の条件が、自分の殺害だったら。
「……マジかよ」
陸は小さく吐き捨てると、それまで歩いていた山道から外れ、木々の間へ入っていった。
*
薄暗い建物。
机の上には、一丁の拳銃が分解された状態で置かれていた。
銃身。
弾倉。
細かな部品。
それらを布で丁寧に拭っていたのは、藤崎奈緒だった。
端末の警告音が鳴る。
奈緒はすぐには手を止めなかった。
手元の部品を一つ拭き終えてから、ようやく端末を取る。
『2nd STAGE CLEAR CONDITION』
『2nd STAGE開始時点で1st STAGEをクリアしているプレイヤーを全員殺害してください』
「……」
奈緒は数秒間、画面を見つめた。
「あー……」
頭を掻く。
「めんどくさ」
誰が第一段階をクリアしているのか。
誰がまだ首輪をつけているのか。
どの参加者をどこへ誘導すれば、ゲームが効率よく進むのか。
本来なら考えることはいくらでもある。
藤崎奈緒は、今回のゲームに送り込まれた二人のGAME MASTERの一人なのだから。
しかし奈緒は、そういうことを考えるのが苦手だった。
「いちいち調べるの面倒なんだよね」
拳銃の部品を組み上げる。
カチリ、と乾いた金属音が響いた。
「誰がクリアしてるとか、してないとか……」
弾倉を確認する。
「間違えたら、また探し直さなきゃいけないし」
奈緒は少しだけ考えた。
眉を寄せていた時間は、ほんの数秒だった。
すぐに表情が明るくなる。
「あ、だったら全員殺せばよくない?」
拳銃を腰へ差し込んだ。
「対象じゃない人を殺しちゃ駄目なんて書いてないし」
奈緒にとって、それで話は終わった。
「ゲーム進行する上でも問題ないでしょ」
もう一人のGAME MASTER、榊原圭吾なら止めただろう。
参加者を無差別に殺せばいいわけではない。
GAME MASTERの役割は、あくまでゲームを内部から動かすことなのだから。
「圭吾って細かいんだよなぁ」
奈緒は荷物を肩へ掛けた。
「誰と誰を会わせるとか、誰を煽るとか……そんな面倒なことしなくてもさ」
扉を開ける。
昼の光が薄暗い室内へ差し込んだ。
奈緒は拳銃の位置を確かめ、そのまま外へ出た。
「会った順で殺してけば、そのうち当たるでしょ」
榊原圭吾は死んだ。
残されたGAME MASTERは、一人。
藤崎奈緒。
彼女が選んだゲームの進め方は、誰よりも単純だった。
*
十四人。
一人が死亡し、残された参加者は十四人。
第一段階で協力することができた時間は、もう終わった。
誰かを殺さなければならない者。
誰かが死ななければ条件を満たせない者。
特定の相手を探す者。
互いの条件を知らないまま、同じ場所で行動を続ける者。
警告音が鳴る前と、島の景色は何一つ変わっていない。
同じ森。
同じ海。
同じ建物。
変わったのは、参加者たちが互いを見る目だった。
2nd STAGE。
その開始を告げる電子音は、十四人の間にあった僅かな信頼を、静かに壊し始めていた。




