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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第11話 生きるために



「まず、水と食料を探す」


 蓮の言葉に、反対する者はいなかった。


 制限時間の七十二時間を、この島で過ごさなければならない。首輪を外す方法を探すにしても、島を調べるにしても、歩き続けられるだけの水と食料が必要だった。目を覚ましてから次々と分からないものに出会い、そのことを後回しにしていた。


 蓮は葵へ目を向けた。彼女は黒い部品をしまい、端末を持って待っていた。今は使わないという話には、ひとまず従うつもりらしかった。


「それで、どこ行くの?」


 白石に尋ねられ、蓮は地図を開いた。中央広場の周辺には、建物らしい形がいくつか記されている。その中から、比較的近くにある大きなものを指した。


「ここを見てみよう」


 黒田が横から画面を覗いた。


「歩いて二十分くらいか」


「道はあるのか?」


「途中まではな」


「途中まで?」


 詩織が聞き返した。


「その先は森だ」


「また森……」


 詩織が肩を落とすと、白石が笑った。


「島なんだから仕方ないだろ」


「分かってるけど。私、地図も見られないし」


 詩織が壊れた端末へ目を落とした途端、白石の笑みが止まった。


「あ……悪い」


「別に謝らなくてもいいよ。蓮のを見せてもらうから」


「ずいぶん頼りにしてるね」


 佳子が口を挟むと、詩織は顔を上げた。


「だって、最初から一緒だし」


「ふうん」


「……何?」


「別に」


 佳子は笑っていた。詩織は首を傾げ、蓮は地図の向きを確かめてから端末を下ろした。


「行くぞ」


     *


 七人は中央広場を離れた。


 蓮が先頭を歩き、その少し後ろを黒田と高橋が続いた。詩織、佳子、葵が間を歩き、最後尾には白石がついていた。


 しばらく進むと、後ろから声がした。


「なあ。誰か、広場に残った方がよくなかった?」


 蓮は振り返った。


「何で?」


「ほかの参加者が来るかもしれないだろ」


「それは、あるかも」


 詩織も頷いた。


 ここまでに出会ったのは、自分たちを含めて七人だった。まだ八人いるはずで、その誰かが中央広場を目指している可能性はあった。


「でも、一人で残すのも危ないでしょ」


 佳子が言った。


「じゃあ、二人残すとか」


「今から戻るのか?」


 高橋が振り返ると、白石は木々の向こうへ目をやった。広場はすでに見えにくくなっていた。


「……先に言えばよかったな」


「考えてから喋れ」


「今思いついたんだよ。高橋、俺に厳しくない?」


「お前が考えなさすぎる」


「またそれかよ」


 蓮は二人の声を聞きながら、少し考えた。


 中央広場は合流場所には向いている。だが、死体が積まれたあの場所で、誰かを待ち続ける気にはなれなかった。壁の文字も気になっていたが、見られているのだとして、広場を離れれば安心できるという根拠もない。


「まずは建物を確認しよう。使えそうなら、休む場所にできるかもしれない」


「水があればな」


 黒田が応じた。


「食料も欲しい」


 白石が腹を押さえた。


「もう腹減った」


「さっきから言ってるね」


 佳子が呆れると、白石は顔を向けた。


「佳子は減ってないの?」


「減ってるけど」


「じゃあ同じじゃん」


「何回も言わないだけ」


 詩織が小さく笑った。


 蓮は前へ向き直った。一人で歩いていたときより、背後から聞こえる足音や声が心強く感じられた。誰のことも、まだよく知らない。それでも、周囲へ向けられる目が自分のものだけではないというのは、少しだけ気持ちを楽にした。


     *


 十五分ほど歩いたところで、黒田が言った。


「止まれ」


 蓮は足を止め、振り返った。黒田は地面を見ていた。


「足跡だ」


 近づくと、湿った土に靴底の跡が残っていた。いくつも重なり、草の間へ続いている。


「何人くらい?」


 佳子の問いに、黒田はしゃがみ込んで跡を確かめた。


「……分からない」


「そこまでは分からないんだ」


「俺を何だと思ってる」


 佳子が少し笑った。黒田は構わず、土の上に残る模様を指した。


「ただ、一人じゃない」


 跡は、自分たちが向かっている建物とほぼ同じ方角へ続いていた。


「先に誰かが行ったのかな」


 詩織が呟いた。


「その可能性はある」


 高橋が森の奥へ目を向けた。白石もそちらを見たが、人の姿はなかった。


「ほかの参加者?」


「まだ分からない」


 蓮は答えた。


 首輪をつけた十五人以外に、この島に誰もいないとは確かめられていない。足跡を見ただけで、同じように水や食料を探している相手だと考えるのは早かった。


 父親の声が、また頭をよぎった。蓮は端末へ目を落とし、現在地を確かめた。


「進もう。周りに気をつけてくれ」


 黒田が立ち上がり、七人は再び歩き始めた。


     *


 やがて、木々の向こうにコンクリートの壁が見えてきた。


「……あれ?」


 詩織が声を漏らした。


 二階建ての建物だった。中央広場で見たものより状態がよく、窓ガラスも残っている。壁に目立った損傷はなく、少なくとも、長く放置された廃墟には見えなかった。


「倉庫かな」


 白石が言った。


「倉庫にしては、窓が多くない?」


 佳子が建物を見上げた。


 七人は周囲を確かめながら、正面へ回った。入口の扉は閉まっており、看板もない。何のための建物なのか、外からは判断できなかった。


「開くかな」


 白石が取っ手へ手を伸ばした。


「待て」


 高橋の声に、手が止まった。


「また?」


「先に周囲を確認する」


「何があるか分からないって?」


「ああ」


「お前といると、何するにも時間かかるな」


「生きて帰るためだ」


 白石は口を閉じた。取っ手から手を離し、一歩下がった。


 蓮は建物の両側へ目を向けた。


「二組に分かれよう。外を回って、ほかの入口や窓を確認する。中には入らないでくれ」


 蓮と詩織、佳子の三人が一方へ、黒田、高橋、白石、葵の四人が反対側へ回ることになった。


     *


「なんか……普通だね」


 建物の側面を歩きながら、詩織が言った。


「何が?」


「この建物。さっきの広場と、全然違う」


 蓮も壁へ目を向けた。汚れはあるが、窓は割れておらず、外壁もしっかりしている。あの広場の建物と同じ島にあるとは思えないほどだった。


「誰か使ってるのかな」


 詩織の声が小さくなった。


 佳子が窓へ近づき、中を覗こうとした。外の景色がガラスに映り込み、室内はよく見えないらしかった。


「暗いね」


「あまり近づくな」


 蓮が言うと、佳子が振り返った。


「心配してくれてる?」


「中に誰かいるかもしれないだろ」


「はいはい」


 佳子は窓から離れた。


 そのとき、詩織が足を止めた。


「ねえ、これ」


 地面に透明な薄いものが落ちていた。蓮が拾い上げると、ペットボトルから剥がれた包装らしかった。印字が残っていた。


『ミネラルウォーター 500ml』


「水だ」


 佳子も覗き込んだ。


「ここにあるのかな」


 詩織が建物へ目を向けた。


「少なくとも、誰かが持ってたんだろうな」


 蓮は包装を裏返した。土や汚れはあまりついていない。いつ捨てられたのかは分からないが、長い間ここにあったようには見えなかった。


 途中で見つけた足跡が頭に浮かんだ。先に来た誰かが、ここで水を手に入れたのだろうか。


 建物の反対側から、白石の声がした。


「おい、ちょっと来てくれ!」


 三人は顔を上げ、声の方へ急いだ。


 角を曲がると、四人が壁際に集まっていた。そこには正面とは別の、小さな金属製の扉があった。搬入口のようにも見えたが、その横に取り付けられた黒い装置が目を引いた。


「これ」


 白石が指した。


 小さな画面の下に、細長い読み取り部分らしいものがあった。画面には文字が表示されている。


《PLAYER TERMINAL》


「プレイヤーターミナル……」


 蓮は自分の端末へ目を落とした。


「これを使うんじゃない?」


 葵が言った。


 高橋は装置の周囲を確かめていた。操作方法を説明するものは見当たらない。


「誰がやる?」


 白石が尋ねた。


 蓮は答えず、端末でゲームルールを開いた。首輪の解除についての説明を、もう一度読み直す。


 条件を満たした状態で端末を首輪に読み込ませれば、解除される。満たしていなければ、爆発する。


 目の前の装置は首輪ではない。だが、同じ端末を使うからといって、安全だと決めつけることもできなかった。


「説明はないのか?」


 蓮が尋ねると、高橋が首を振った。


「見えるところにはない」


「これが首輪の認証と関係あるのかも、分からないな」


「勝手に試すのはやめた方がいい」


 黒田も装置を見たまま言った。


 白石が息を吐いた。


「また話し合いか……」


「嫌なら、お前がやれ」


 高橋に返され、白石はすぐに首を振った。


「話し合おう」


 詩織の口元が、わずかに緩んだ。


 その直後、カチッと小さな音がした。


 蓮は顔を上げた。


「……今の、何?」


 佳子が声を潜めた。


 誰も装置には触れていない。端末を近づけた者もいなかった。蓮は扉を見つめ、片足を引いた。


 向こう側で、何かが動いた。


 今度は、はっきりと音がした。


 詩織が蓮の服を掴んだ。蓮は彼女を背にかばうように立ち、取っ手から目を離さなかった。白石も黙り、高橋が扉の正面から身体をずらした。


 足音が聞こえた。


 誰かが、内側からこちらへ歩いてくる。


 蓮は息を浅くし、音の近づく間隔を聞いていた。声をかけるべきか迷っているうちに、足音は扉のすぐ向こうで止まった。

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