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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第112話 ディーラーの処遇

壁一面に並んだモニターの中で、三つの人影が夜の森を進んでいた。


 PLAYER04、小宮千尋。


 PLAYER13、神谷蓮。


 そして――PLAYER15、九条澪。


 映像は暗い。


 木々に遮られ、三人の姿が一時的に見えなくなることもある。それでも複数の監視映像を切り替えれば、現在位置を追うことはできた。


 少し前まで休憩していた建物を離れ、現在はPLAYER04のクリア条件に指定された納品地点へ向かっている。


 その映像を、男は黙って見ていた。


「……まさか、本当に見つけるとはな」


 独り言に近かった。


 だが、隣に立つディーラーは聞き逃さなかった。


「偶然……では、ありません」


「分かっている」


「PLAYER13は、こちらから送信した情報をもとにPLAYER15を捜索したものと思われます」


「それも分かっている」


「……はい」


 ディーラーは口を閉じた。


 モニターの中では、神谷蓮が先頭を歩いている。


 その少し後ろに小宮千尋。


 最後尾に九条澪。


 蓮は時折足を止め、前方を確認していた。二人を待たせて一人で先を見に行くこともある。


 警戒している。


 周囲を。


 他のPLAYERを。


 おそらくは運営をも。


 それでも、九条澪を置いていく気配はない。


「PLAYER15の現在の状態は」


「生命反応に異常ありません。首輪、端末ともに正常稼働。クリア条件にも変更はありません」


「PLAYER13は?」


「同様です」


「PLAYER04」


「問題ありません。指定医療物資を所持したまま、納品地点へ接近中です」


「そうか」


 男は短く答えた。


 それだけだった。


 だが、室内にいた者たちには分かっていた。


 少なくとも今だけは、最悪の状況を脱している。


 九条澪が一人ではない。


 しかも、そばにいるのが神谷蓮だ。


 それは運営にとって皮肉なほど都合がよかった。


 神谷蓮は、決して扱いやすいPLAYERではない。


 むしろ逆だ。


 前回のゲームを生き残り、その後、運営からGAME MASTERへの参加を打診されながら拒絶した。


 そして再びPLAYERとしてゲームへ戻された。


 運営の存在を知っている。


 観客の存在も知っている。


 この島で何が起こるかも、初参加者より遥かに理解している。


 そのうえ今回の誤送信によって、現在のゲームにもGAME MASTERが潜伏していることまで知られてしまった。


 本来なら、警戒すべきPLAYERだった。


 それなのに今は。


 その男が、九条澪のそばにいる。


「……GAME MASTERへの再通知は?」


 ディーラーが恐る恐る尋ねた。


 男は視線をモニターから外さなかった。


「必要ない」


「しかし、PLAYER15への同行指示は、本来――」


「必要ないと言った」


 声を荒らげたわけではない。


 それでもディーラーはすぐに黙った。


「GAME MASTERには本来の義務を続けさせろ。ゲームの進行。停滞時の介入。必要に応じた誘導。それでいい」


「PLAYER15については?」


「何も知らせるな」


「……よろしいのですか?」


 男が初めてディーラーを見る。


「今さらGAME MASTERをPLAYER15へ向かわせてどうする」


「それは……」


「神谷蓮がいる」


 ディーラーはモニターを見る。


 PLAYER13。


 神谷蓮。


「ですが、彼はPLAYERです」


「知っている」


「こちらの指示に従う保証もありません」


「それも知っている」


「なら――」


「それでも、今はあいつの方がいい」


 ディーラーは言葉を失った。


 男は再び画面へ視線を戻す。


「GAME MASTERを突然近づければ、神谷蓮は疑う。すでにあいつは、今回のPLAYERの中にGAME MASTERがいることを知っているんだ」


「……はい」


「しかもPLAYER15への同行指示が誤送信されたことも、おそらく理解している」


「そこまで……」


「分からないと思うか?」


 返事はなかった。


「前回生き残った男だ。甘く見るな」


 モニターの中で、蓮が振り返った。


 後ろを歩く澪に何かを言っている。


 音声を拾う。


『足元気をつけろ。暗いから』


『うん』


『千尋も』


『分かってるよ』


 それだけの会話だった。


 男はしばらく黙っていた。


「今のところ、PLAYER15は神谷蓮を警戒していない」


「はい」


「先ほどは互いのクリア条件についても話しています」


「確認しています」


「神谷蓮から話したのか?」


「はい。PLAYER13は自身の1st STAGEのクリア条件をPLAYER15へ開示しました」


 男の目が少し細くなる。


「……あいつが?」


「ただし、首輪をすぐに解除するつもりがないことについては話していません」


「当然だろう」


「PLAYER15も自身の条件を開示しています」


「指定鍵の回収と保管庫の解錠か」


「はい」


 男は腕を組んだ。


 神谷蓮が何を考えているのかまでは分からない。


 本当に九条澪を信用し始めたのか。


 それとも、運営が彼女を気にしている理由を探るために距離を縮めているだけなのか。


 どちらでもよかった。


 結果として九条澪のそばにいるのなら。


「今後、PLAYER15に関する指示が必要になった場合は」


 ディーラーが慎重に尋ねる。


 男は数秒考えた。


「PLAYER13へ送れ」


 ディーラーが目を上げた。


「……神谷蓮へ、ですか?」


「そうだ」


「しかし彼はGAME MASTERではありません」


「だから何だ」


「通常の運用規定には――」


「通常の運用で会長の娘がPLAYERになるのか?」


 室内が静まり返った。


 ディーラーの顔から表情が消える。


「……失礼しました」


「二度と送信先を間違えるな」


「はい」


「次からは、意図して神谷蓮へ送れ」


「承知しました」


「ただし必要最低限だ。PLAYER15の素性に繋がる情報は一切出すな」


「はい」


「神谷蓮に余計な材料を与えるな。あいつは与えた情報以上のものを拾う」


「承知しました」


 男はそこで会話を切った。


 視線が別のモニターへ移る。


 少し前の録画映像が表示されていた。


 廃屋の中。


 九条澪が、小宮千尋と神谷蓮へ話している。


 学校で聞いた都市伝説。


 鏡。


 三階の廊下を歩く足音。


 意味の分からない落書き。


 そして。


 エクストラバレットについて、自分が調べたこと。


 古い掲示板。


 行方不明者。


 新聞。


 消えた書き込み。


『見つけたと思った時には、もう見つけられてる』


 その音声が再生されたところで、男は映像を止めた。


「……選定責任者を呼べ」


 空気が変わった。


「今から、でしょうか」


「今すぐだ」


「承知しました」


 ディーラーが端末を操作する。


 数分後。


 別の扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきた人物は、室内の雰囲気を察したのか、足を止めた。


「お呼びでしょうか」


「ああ」


「選定に関する件と伺いましたが」


「座れ」


「……はい」


 用意された椅子へ腰を下ろす。


 男はすぐには何も言わなかった。


 モニターを操作する。


 表示されたのはPLAYER15の登録情報だった。


 九条澪。


 顔写真。


 年齢。


 学校。


 住所。


 調査記録。


 選定までの経緯。


「このPLAYERを覚えているか」


 責任者が画面を見る。


「……はい」


「説明しろ」


「説明、ですか?」


「なぜ選んだ」


 責任者は一瞬戸惑った。


「対象は、エクストラバレットについて継続的な調査行動を取っていました」


「それだけか?」


「いいえ」


 責任者は慎重に言葉を選ぶ。


「ネット上の都市伝説から始まり、複数の古い掲示板、過去の書き込み、行方不明事案について調査。図書館で過去の新聞記録まで確認しています。検索履歴だけを見ても、一時的な興味の範囲を越えつつあると判断しました」


「それで?」


「通常の選定基準に照らし、候補対象へ移行しました」


「通常の?」


「はい」


「身元調査は?」


「行っています」


「どこまで」


 責任者の表情に、わずかな緊張が走った。


「氏名、年齢、住所、在籍校、家族構成、交友関係、生活状況。本人および周辺人物の問題行動、警察への相談歴、その他、選定に影響する項目について確認しています」


「家族構成も?」


「……はい」


「なら聞こう」


 男が椅子から少しだけ身体を起こした。


「会長の娘すら分からないのか?」


 責任者の顔から血の気が引いた。


「……」


「答えろ」


「その件については――」


「言い訳なら聞く。話せ」


 責任者は唇を湿らせた。


「通常の調査情報には、会長との関係を示す記録が出ていませんでした」


「だから気づかなかった?」


「会長は、彼女をこちら側の世界から意図的に遠ざけていたものと思われます」


「思われます?」


「少なくとも、我々が確認できる範囲ではそうです。対象本人の生活にも、組織上層との関係を疑わせる要素はありませんでした」


 責任者の言葉が少しずつ速くなる。


「通学状況も普通です。交友関係にも不自然な点はなく、特別な警備も確認されていません。金銭面でも、会長の家族だと判断できるような生活はしていませんでした。学校でも、ごく普通の生徒として認識されています」


「続けろ」


「本人も、エクストラバレットについて何も知りませんでした」


「調べていたじゃないか」


「だからこそです」


 責任者はすぐに返した。


「我々から見れば、そこがむしろ自然だったんです」


 男の眉がわずかに動く。


「どういう意味だ」


「もし運営上層と関係のある人物なら、自分で都市伝説を追い、ネット検索や図書館の新聞から情報を探す必要がありません」


 室内は静かだった。


「九条澪は、何も知らなかった。だから一般人にしか見えなかったんです」


「……」


「友人から噂を聞き、興味を持ち、自分で調べ始めた。調べるうちに深く入り込みすぎた。それだけの一般人だと判断しました」


 責任者は息を整える。


「少なくとも、当時の資料からはそう判断するしかありませんでした」


「だから選んだ」


「はい」


「会長の娘を」


「……結果としては」


「結果の話をしている」


 責任者が黙る。


 男は声を荒らげなかった。


 机を叩くこともない。


 ただ静かに続けた。


「対象者の選定から移送まで、誰も気づかなかった」


「……はい」


「登録されたあとも」


「はい」


「ゲームが開始され、PLAYER15として島へ投入されるまで」


「……はい」


「誰一人として?」


 責任者は少し俯いた。


「選定は、私一人の判断ではありません」


 男の目が細くなる。


「調査班が身元を確認しています。監視担当も対象の生活を確認しました。移送班も本人確認を行い、登録担当も情報を処理しています」


「それで?」


「私は確かに選定責任者です。しかし、複数部署を通過した案件です。私一人だけの見落としでは――」


「知っている」


 責任者の言葉が止まった。


「……え?」


「複数部署が見落としたことくらい知っている」


「でしたら――」


「だが、お前は選定責任者だ」


「……」


「違うか?」


「……違いません」


「最終的に参加候補として承認したのは?」


「私です」


「PLAYERとして登録へ回したのは?」


「……私です」


「なら責任を取れ」


 責任者は顔を上げた。


「処分は受けます」


「そうか」


「降格でも、権限停止でも構いません。選定業務から外していただいても――」


「次のゲームに参加しろ」


 言葉が止まった。


 責任者は、何を言われたのか理解できなかったようだった。


「……はい?」


「聞こえなかったか」


「いえ……」


「次のゲームに参加しろ」


「……私が、ですか?」


「そうだ」


「PLAYERとして?」


「ああ」


 責任者の顔色が変わる。


「お待ちください」


「何だ」


「私は運営内部の情報を知っています」


「だから?」


「参加者として投入すれば、ゲームの公平性に影響します。運営施設、監視体制、選定方法……知識があります」


「全てを知っているわけではない」


「ですが一般のPLAYERとは違います」


「条件はこちらで調整する」


「そういう問題では――」


「では、どういう問題だ」


 責任者は言葉に詰まった。


「降格を受けます」


「却下だ」


「権限も返上します」


「必要ない」


「選定部門からも外れます」


「お前がいなくてもゲームは続く」


 冷たい言葉だった。


 責任者の喉が動く。


「……これは、処分ですか」


「そう言っている」


「生き残れば……戻れるのでしょうか」


 男は少しだけ考えるような間を置いた。


「生き残ったら、処遇を考えてやる」


「……」


「勘違いするな」


 責任者を見る。


「生き残れば許すとは言っていない」


 室内の誰も口を開かなかった。


 これまで、この男は数え切れないほどの人間をPLAYERとして選んできた。


 候補者を調べ。


 生活を監視し。


 条件に合う者を選び。


 ある日突然、日常から消す。


 そして島へ送る。


 今度は。


 自分が送られる。


「……承知、しました」


 声は小さかった。


「下がれ」


 責任者が立ち上がる。


 一度だけPLAYER15の登録画面を見た。


 そこに何を思ったのかは誰にも分からない。


 やがて扉が閉まった。


 しばらくして、ディーラーが尋ねる。


「次回ゲームへの登録を?」


「ああ」


「詳細条件は」


「今はいい。後で決める」


「承知しました」


「今回のゲームには影響させるな」


「はい」


 男は再びモニターを見る。


 そこには現在の島が映っている。


 PLAYER04。


 PLAYER13。


 PLAYER15。


 三人はまだ一緒にいた。


 本来、運営にとって最も近いPLAYERはGAME MASTERである。


 ゲームを進行させるために送り込んだ人間。


 停滞すれば動かし。


 必要なら参加者同士を衝突させ。


 ゲームを前へ進める。


 だが。


 GAME MASTERが死んでも、ゲームは続けられる。


 代わりはいる。


 これまでもそうだった。


 九条澪は違う。


 彼女だけは。


 今回のゲームに限って言えば、GAME MASTER以上に――死なせたくない。


 いや。


 死なせてはならない。


 だからといって、露骨にゲームを止めるわけにもいかなかった。


 PLAYER15だけを突然退場させれば、観客は理由を求める。


 特別な介入を繰り返せば、誰でも気づく。


 彼女が何者なのか。


 なぜ運営が守ろうとしているのか。


 何より、会長自身が娘をこちら側から遠ざけてきた。


 九条澪本人にも知られてはならない。


 その結果。


 運営側でもない男に頼るしかなくなった。


 GAME MASTERへの誘いを拒絶した男。


 運営を嫌い。


 もう二度とこのゲームへ関わるつもりなどなかった男。


 それでも再び島へ送り込まれた――神谷蓮。


 映像の中で、蓮が足を止める。


 千尋と澪をその場へ残し、一人で前方の建物へ近づいていく。


 危険がないか確認するためだ。


 その背中を見ながら。


 男は誰にも聞かせるつもりのない声で呟いた。


「……頼むぞ、神谷蓮」


 返事などあるはずがない。


 モニターの向こうにいる蓮には聞こえない。


 それでも男は、もう一度だけ画面の中の少女を見た。


 九条澪。


 そして静かに続ける。


「九条澪を――」


 ほんのわずかな間があった。


「……連れて帰ってくれ」


 それは指示ではなかった。


 命令ですらなかった。


 ゲームを支配しているはずの側の人間が。


 一人のPLAYERへ向けた――


 願いだった。

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