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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第111話 首輪

建物を出ると、森の空気は休憩前よりも冷たくなっていた。


 完全に日が落ちたことで、昼間とは同じ場所とは思えないほど景色が変わっている。


 頭上を覆う木々は黒い影となり、わずかな風が吹くだけで枝葉がざわめく。足元も見えづらく、木の根や石に気づくのが一歩遅れれば、それだけで転びかねない。


 蓮が先頭を歩き、その後ろを千尋がついてくる。


 千尋の両腕には、白い医療物資の箱が抱えられていた。


 さらにその後ろを澪が歩く。


「千尋、大丈夫?」


 澪が声をかける。


「大丈夫。休んだから、さっきより全然楽」


「重そうだけど」


「重いよ」


「持とうか?」


「駄目」


 千尋が即答した。


「え?」


「これ、私の条件だから」


 澪が白い箱を見る。


「自分で持ってないと駄目なの?」


「そこまでは書いてなかったと思うけど……変なところで判定失敗したら嫌でしょ?」


「ああ……」


「だから最後まで自分で持つ」


「それがいい」


 前を歩いていた蓮も同意した。


「条件に書いてないから大丈夫、は信用しない方がいい」


「だよね」


「特にこのゲームはな」


 蓮がそう言うと、澪は何か考えるように黙った。


 三人の足音が夜の森に続く。


 しばらくして。


「そういえば」


 澪が口を開いた。


「千尋の条件って、その箱を届けることなんだよね?」


「うん」


「どこに?」


「もう近いよ」


 千尋は両手が塞がっているため、顎で蓮の方を示した。


「蓮が地図見てくれてる」


「あと少しだ」


 蓮が答える。


「指定された医療物資を回収して、指定された場所まで運ぶ。それで千尋の条件は達成するはずだ」


「へえ……」


 澪が興味深そうに白い箱を見る。


「じゃあ、本当にもう少しで首輪外せるんだ」


「……多分ね」


 千尋の返事は思ったより慎重だった。


「多分?」


「だって実際にやるまでは分からないじゃん」


「そうか」


「それに蓮から、条件を満たしてないのに端末を首輪に読み込ませたら危ないって聞いてるし」


「危ない?」


 澪の声が変わった。


 蓮が振り返る。


 ――しまった。


 澪は知らないのか。


「どうなるの?」


 澪が尋ねる。


 千尋も自分が余計なことを言ったと気づいたらしい。


「あ……」


 蓮は数秒だけ迷った。


 隠す必要があるか。


 いや。


 これは隠す方が危険だ。


「爆発する」


 澪の足が止まった。


「……え?」


「条件を達成してない状態で端末を首輪に読み込ませると、首輪が爆発する」


 暗闇の中で、澪の手がゆっくりと自分の首へ伸びた。


「これが?」


「ああ」


「……それ、どこに書いてあったの?」


「ゲームルール」


「私……ちゃんと全部読めてなかったかも」


「なら、あとで全部読め」


 蓮の声が少し強くなる。


「絶対にだ」


 澪が蓮を見る。


「うん」


「分からないところがあったら聞け。勝手に試すな」


「分かった」


 素直に頷いた。


 蓮は再び歩き始める。


 後ろから千尋の声がした。


「蓮、そういうところ先生みたいだね」


「どこが」


「絶対にやるな、分からなかったら聞け、って」


「死ぬ可能性があるんだから当たり前だろ」


「でもプー太郎」


「それもういいだろ」


 澪が小さく笑った。


「先生よりプー太郎の方が似合ってるかも」


「お前まで乗るな」


「ごめんごめん」


 さっきまで少し重くなっていた空気が和らぐ。


 そのまま何歩か進んだところで、澪がふと尋ねた。


「蓮の条件は?」


 蓮の足は止まらなかった。


 来ると思っていた質問だった。


「私のは話したけど」


 千尋が言う。


「そういえば蓮、まだ澪には言ってないよね」


「ああ」


 澪は遠慮するように続けた。


「言いたくないなら、別にいいよ」


「何で?」


「こういうゲームだし」


「……」


「条件って、大事な情報なんでしょ?」


 その言葉に、蓮は少しだけ澪を見る。


 分かっている。


 何でもかんでも他人へ話していい場所ではないと。


 さっきまで都市伝説を楽しそうに話していた高校生でも、その程度の警戒心は持っている。


 だからこそ。


「指定された物資を回収して、指定地点まで届ける」


 蓮はあっさり答えた。


 澪が目を瞬く。


「……教えていいの?」


「聞いたのはお前だろ」


「そうだけど」


「別に隠すほどの条件でもない」


「千尋と似てるね」


「ああ」


 千尋も頷く。


「私が医療物資で、蓮は別の指定物資」


「もう見つけたの?」


「回収はした」


 蓮が答える。


「じゃあ蓮も届けるだけ?」


「ああ」


「なら二人とも、もう少しなんだ」


「そうなるな」


 澪の顔に少し安心したような色が浮かんだ。


「よかった」


「何が?」


「二人とも難しい条件じゃなさそうだから」


 蓮は返事をしなかった。


 条件そのものは難しくない。


 少なくとも1st STAGEの条件だけを見れば。


 問題は、そのあとだ。


 前回と同じなら。


 最初の死者が出れば、ゲームは変わる。


 条件も変わる。


 今の協力関係など、一瞬で壊れる可能性がある。


 それを澪へ教えるべきか。


 蓮はまだ決めていなかった。


「じゃあ澪は?」


 千尋が尋ねた。


「私?」


「うん。私たち二人とも言ったんだから」


「千尋、それは違うだろ」


 蓮が口を挟む。


「え?」


「俺たちが言ったからって、澪も言わなきゃいけないわけじゃない」


 千尋は一瞬きょとんとして、それから頷いた。


「あ……そっか。ごめん」


「ううん」


 澪は首を横に振る。


「別にいいよ」


「言いたくなかったらいいからね」


「大丈夫」


 澪は端末を取り出した。


「私のは――」


 画面を確認する。


「指定された鍵を回収して、その鍵で指定された保管庫を開ける」


「鍵?」


 千尋が聞き返す。


「うん」


「もう見つけたの?」


「まだ」


 蓮は歩きながら澪を見る。


「場所は表示されてるのか?」


「鍵の場所は出てる」


「保管庫は?」


「そっちも」


「離れてる?」


「ちょっと」


「見せてみろ」


 言ってから、蓮はすぐに付け加えた。


「嫌ならいい」


「いいよ」


 澪は迷わず端末を差し出した。


 蓮は足を止めた。


 千尋も止まる。


 澪から端末を受け取り、表示された地図を見る。


 鍵の回収地点。


 そこから指定保管庫。


 蓮は島の地形と頭の中で重ねる。


 知らない場所ではない。


「ここか……」


「知ってる?」


 澪が尋ねる。


 蓮は一瞬だけ間を置いた。


「地図で見た」


 嘘だった。


 前回、近くを通ったことがある。


 ただし、それを言う必要はない。


 澪にはまだ、自分が二度目の参加者だと話していない。


 千尋は知っている。


 だから横から何も言わなかった。


「危ない場所?」


「今の時点じゃ分からない」


「そっか」


 蓮は端末を返す。


「千尋の条件を終わらせたら、次はそこへ行くか」


 澪が端末を受け取る手を止めた。


「……え?」


「鍵」


「でも」


「何だ」


「蓮たち、自分の条件あるんでしょ?」


「ああ」


「だったら、そっち先にやった方がいいんじゃない?」


「俺のは急がなくていい」


「どうして?」


 蓮は少しだけ考えた。


「物資はもう持ってる。あとは届けるだけだからだ」


「でも――」


「それに」


 蓮は千尋を見る。


「まず千尋のを終わらせるって決めてる」


「うん」


 千尋が答える。


「そのあと、お前の鍵を取りに行く」


「……いいの?」


「三人で動くなら、その方がいいだろ」


「蓮のは?」


「途中で寄れそうなら寄る」


「そんな感じでいいの?」


「いい」


 澪はしばらく蓮を見ていた。


 どこか不思議そうな顔をしている。


「何だよ」


「いや……」


「言えよ」


「蓮って、もっと怖い人かと思ってた」


「どこを見てそう思った」


「最初」


「会ったばっかりじゃねえか」


「だから最初って言ったの」


 千尋が笑った。


「分かるかも」


「お前まで何だよ」


「最初、めちゃくちゃ警戒されたし」


「当たり前だろ」


「でも今は自分の条件まで普通に教えてる」


「……」


 蓮は黙った。


 確かに、そう見えるだろう。


 自分のクリア条件を明かす。


 澪の条件を聞く。


 端末を預かり、地図を見る。


 そして、その条件達成まで手伝うと提案する。


 外から見れば。


 少なくとも澪から見れば。


 自分たちはもう、ある程度互いを信用し始めている。


 それでいい。


 むしろ、その方が都合がいい。


 蓮は九条澪をまだ信用していない。


 敵だと決めつけているわけでもない。


 ただ、分からないことが多すぎる。


 なぜ運営は彼女を特別扱いする?


 なぜGAME MASTERの通常任務より優先して同行させようとした?


 澪本人は、本当に何も知らないのか。


 そして。


 運営は次に何を送ってくる?


 それを知るためにも、今は澪が自分から離れない方がいい。


 警戒されるより、信頼された方がいい。


 だから条件を明かした。


 嘘ではない。


 蓮の1st STAGEの条件は、本当に指定物資の回収と納品だ。


 すでに回収も済んでいる。


 ただし。


 蓮は一つだけ言わなかった。


 条件を達成したとしても。


 自分はすぐに首輪を外すつもりがない。


「蓮?」


 澪の声で意識を戻す。


「何でもない」


「また考え事?」


「ちょっとな」


「難しいこと?」


「今日どこで寝るか」


「それは難しい」


「でしょ?」


 千尋が割って入る。


「この島、ホテルないもんね」


「ホテルあっても嫌だろ」


「なんで?」


「こんな島のホテル泊まりたいか?」


「……嫌かも」


「受付に誰もいなさそう」


 澪が言った。


「そこ?」


「三階から足音するかもしれないし」


「さっきの話持ってくるなよ」


「鏡もありそう」


「もうやめて」


 千尋が本気で嫌そうな顔をする。


 澪が笑う。


 蓮も、わずかに笑った。


 三人で夜の森を歩いている。


 首には爆発する首輪。


 誰が敵になるかも分からない。


 それなのに一瞬だけ、くだらない会話ができた。


 少なくとも澪には。


 蓮が最初より気を許したように見えただろう。


 それでいい。


 今は。


「でも」


 少し歩いてから、澪が言った。


「二人とも条件教えてくれたし、私も言えてよかった」


「そう?」


 千尋が尋ねる。


「うん」


 澪は自分の端末を握りながら頷いた。


「なんか……ちょっと安心した」


「条件が分かったから?」


「それもあるけど」


 澪は少し考える。


「ちゃんと三人で動いてる感じがするから」


 千尋が微笑んだ。


「じゃあ、まず私の条件ね」


「うん」


「それが終わったら澪の鍵」


「蓮のも忘れちゃ駄目だよ」


「分かってる」


 千尋が蓮を見る。


「だって」


「聞こえてるよ」


 蓮は前方へ視線を戻した。


 端末の地図では、目的地までもうわずかだった。


 千尋。


 澪。


 そして自分。


 三人とも、今は互いの1st STAGEの条件を知っている。


 少なくとも表面上は、隠し事が一つ減った。


 けれど。


 蓮だけは知っている。


 このゲームでは。


 条件を教え合えたからといって、明日も味方でいられる保証などない。


 前回の島で、それを嫌というほど思い知らされた。


 だから信用しすぎない。


 それでも――。


 蓮は後ろから聞こえる澪と千尋の話し声を聞いた。


 疑うことと。


 今、この瞬間に協力することは別だ。


「見えてきた」


 蓮が言った。


 二人の会話が止まる。


 木々の向こう。


 暗闇の中に、小さな建物の輪郭が見え始めていた。


 千尋が抱えている白い箱へ力を込める。


「あそこ?」


「ああ」


 蓮は足を止めた。


「俺が先に見る。二人はここで待ってろ」


「また?」


 千尋が言う。


「まただ」


「分かった」


 澪も素直に頷く。


「気をつけてね」


「ああ」


 蓮は一人、暗闇の中へ踏み出した。


 背中に二人の視線を感じる。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 三人の間に、信頼らしきものが生まれ始めている。


 少なくとも――そう見える程度には。


 そして蓮はまだ知らなかった。


 その様子を遠くから見ている者たちが。


 九条澪のそばに神谷蓮がいるという、その事実に――


 誰よりも安堵していることを。

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