↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/176

第110話 掲示板

建物の外では、夜の森を抜けてきた風が、割れた窓の隙間から細く入り込んでいた。


 時折、枝葉の擦れる音がする。


 遠くで何かが落ちたような音もしたが、蓮が耳を澄ませても、それ以上の気配は続かなかった。


 ひとまず、人が近づいてきている様子はない。


 千尋のクリア条件である医療物資の納品地点は、ここからそう遠くなかった。


 日が落ち、視界も悪くなっている。無理に歩き続けるより、一度身体を休めてから向かった方がいい。


 そう判断して入った建物だったが、休憩は思ったより長くなっていた。


 理由は、澪だった。


「その子ね、学校の噂もいっぱい持ってくるんだよ」


 澪は壁に背を預けて座りながら、先ほどから話している友人について楽しそうに語っていた。


 足元には自分の荷物。


 少し離れたところには千尋が運んできた白い医療物資の箱が置かれている。


「学校の噂?」


 千尋が聞き返した。


「うん。怖いやつ」


「七不思議みたいな?」


「そこまでちゃんとしてないよ。誰が言い始めたのかも分からないようなのばっかり」


「例えば?」


「鏡とか」


「鏡?」


「階段の途中に古い鏡があるの。別に普段は何ともないんだけどね」


 澪は両手で鏡の形を作るような仕草をした。


「放課後、誰もいなくなってから一人でその前に立つと、自分が動いたあとに、少し遅れて鏡の中の自分が動くんだって」


 千尋の眉がわずかに寄る。


「……それ嫌だ」


「でしょ?」


「ものすごいことが起きるわけじゃないのが逆に嫌」


「分かる」


「鏡が古いだけじゃないのか?」


 窓際にいた蓮が口を挟んだ。


 二人が揃ってこちらを見る。


「古いと遅れて映るの?」


 澪が尋ねた。


「知らん」


「じゃあ何で言ったの」


「何か理由があるとしたら、そっちの方が先だろ」


「蓮って絶対、怪談を楽しめない人だよね」


「ちゃんと聞いてるだろ」


「聞いてるけど、すぐ現実に戻そうとする」


 千尋が笑った。


「そういう人、一人いると安心するけどね」


「でしょ?」


「でも本当に鏡の中だけ遅れて動いたら?」


 千尋が蓮を見る。


「逃げる」


 即答だった。


 澪が吹き出す。


「逃げるんだ」


「原因を考えるのはそのあとだ」


「そこはちゃんと怖いんだね」


「意味分からんものを怖がらない方がおかしいだろ」


「ちょっと安心した」


「何にだよ」


 三人の間に小さな笑いが広がる。


 澪はそのまま次の話を思い出したらしい。


「あと、三階の廊下」


「何が出るの?」


 千尋がすぐに尋ねた。


「出ない」


「出ないの?」


「足音だけ」


 澪は声を少し落とした。


「放課後、三階に誰もいなくなってから聞こえるんだって。廊下の一番端から」


 澪の指が、床を歩くように小さく動く。


「コツ……コツ……コツ……って」


「やめてよ。今こういう建物にいるんだから」


「千尋、こういうの苦手?」


「苦手じゃないけど、場所を考えて」


「じゃあ続きやめる?」


「……そこまで聞いたら聞く」


「好きなんじゃねえか」


 蓮が言うと、


「気になるでしょ!」


 千尋が反論した。


 澪が楽しそうに続きを話す。


「ずっとこっちに近づいてくるの。でも、廊下の真ん中まで来たら止まるんだって」


「止まる?」


「うん」


「そのあとは?」


「何もない」


「……何も?」


「何も」


 千尋がしばらく黙った。


「それが一番嫌かも」


「俺はむしろ安心したけどな」


「なんで?」


「止まったんだろ」


「でも姿が見えないんだよ?」


「だったら誰かが別の場所歩いてて、音だけ響いてるんじゃないか」


「ほら、また始まった」


 澪が笑う。


「じゃあ蓮が三階に一人でいるとき、誰もいない廊下から足音が近づいてきても平気?」


「確認する」


「見に行くの?」


「ああ」


「何で?」


「人間だったら、その方が危ないだろ」


 その返答に、澪は一瞬言葉を止めた。


 千尋も蓮を見る。


 今いる場所では、冗談として片づけられない言葉だった。


「……それは確かに」


 澪が小さく呟く。


 蓮は何も付け加えなかった。


 幽霊なら、少なくとも自分を殺すためのクリア条件を持ってはいない。


 今の蓮にとっては、それだけでも人間より安全に思えた。


 だが、そんな空気を引きずりたくなかったのか、澪がすぐに話題を変えた。


「私が一番気になったのは、落書きだったけどね」


「落書き?」


 千尋が聞く。


「うん。学校の裏側に、あんまり使われてない古い倉庫があるんだけど」


「そこに書いてあるの?」


「最初はね」


「最初?」


 蓮も澪を見る。


「友達が見つけたときは、倉庫の壁だったんだって。数字とアルファベットと、何だか分からない記号がいっぱい並んでたらしいの」


「ただの落書きじゃない?」


「先生もそう思ったみたい。それで消したの」


「終わりじゃん」


「それが終わらなかったんだって」


 澪が少し楽しそうに笑う。


「次は別の場所に出たの」


「誰かがまた書いたんでしょ」


 千尋が言う。


「多分ね。今度は体育館の裏」


「同じ落書き?」


「似てるけど、少し違う」


「どう違う?」


 蓮が尋ねる。


「数字が変わってたり、アルファベットが増えてたり」


「同じ奴が書いてるのか?」


「分かんない。筆跡っていうのかな。そういうのは似てたらしいよ」


「写真は?」


「友達が撮ってた」


「見たのか?」


「うん」


 澪が頷いた。


「何が書いてあった?」


「全部は覚えてないよ。数字が何個かあって、アルファベットが並んでて、途中に丸とか線みたいなのがあって……」


「暗号みたいな?」


 千尋が聞く。


「友達はそう言ってた」


「解読しようとした?」


「したよ」


「したんだ……」


 千尋が笑った。


「でも全然分かんなかった」


「そりゃそうだろ」


「だから写真をもっと集めようと思ったんだけど、そのあと全部消されちゃった」


「先生に?」


「多分。でもね、友達は『誰かが解読しちゃったから消されたんだ』って」


「根拠は?」


「ない」


「やっぱり」


「でも面白いでしょ?」


「まあ……ちょっと気にはなる」


 千尋が認める。


「でしょ?」


「蓮は?」


「写真があるなら見る」


「やっぱり気になるんじゃん」


「怪談としてじゃない。意味があるなら何なのか気になるだけだ」


「それを気になるって言うんだよ」


 澪が得意そうに言った。


 蓮は反論しようとして、やめた。


 確かに同じかもしれない。


 意味の分からないものがある。


 理由を知りたい。


 答えが見つからなければ、もう少し調べる。


 澪がやっていたことも、それだけなのだろう。


 だから、エクストラバレットについても調べた。


 最初は友人から聞いた、数ある都市伝説の一つ。


 けれど澪だけは、そこで終わらなかった。


 蓮は少しだけ間を置いてから口を開いた。


「……澪」


「ん?」


「エクストラバレットの方は、何を調べたんだ?」


 澪の表情が少し変わった。


「何をって?」


「さっき、ネットだけじゃなくて図書館まで行ったって言ってただろ」


「ああ」


「何か見つけたのか?」


 澪はすぐには答えなかった。


 少し考えている。


 蓮は急かさない。


 千尋も黙って澪を見る。


「最初はね」


 やがて澪が口を開いた。


「名前をそのまま検索しただけだよ」


「エクストラバレット?」


「うん。でも、それだと大したものは出てこなかった」


「何が出た?」


「都市伝説をまとめてるサイトとか、昔の掲示板とか。あとは、誰かが聞いた話をそのまま書いてるようなもの」


「その中に本物っぽいものは?」


「そのときは分からなかったよ」


「今なら?」


 澪が首元の黒い首輪へ触れる。


「……今なら、いくつかは本当だったのかなって思う」


 千尋も自分の首輪を意識したのか、わずかに視線を落とした。


「例えば?」


 蓮が尋ねる。


「突然いなくなった人が、しばらくして帰ってきたって書き込み」


 蓮は黙る。


「その人、何も話さなかったらしいんだけど、帰ってきてから性格が変わったって」


「名前は?」


「書いてなかった」


「住んでる場所は?」


「それも」


「いつ頃?」


「書き込み自体は結構古かったと思う。でも、それが起きた時期までは分からなかった」


 蓮は頭の中で切り分けていく。


 まだ弱い。


 生還者らしき人間についての匿名の書き込み。


 それだけなら、黒田が辿ってきた情報より遥かに浅い。


「他には?」


「失踪した人について書いてる人もいた」


「どんな?」


「家族が突然いなくなったとか、知り合いが何日か消えたとか。でも……」


 澪は困ったように眉を寄せる。


「それがエクストラバレットと関係あるかなんて分からないんだよね」


「だから図書館に行った?」


「うん」


「何を調べたの?」


「昔の新聞」


 千尋が驚いた。


「そこまでやったの?」


「ネットだけだと、同じ話をみんながコピーしてるみたいになってて。どれが最初なのか分からなくなったから」


 蓮は澪を見る。


 その発想は、ただ怖い話を面白がっているだけの人間とは少し違う。


「新聞では?」


「行方不明の記事を探した」


「エクストラバレットって書いてある記事を?」


「そんなのあるわけないじゃん」


「じゃあどうやって?」


「ネットの書き込みに書いてあった時期とか地域と、昔の新聞の記事を比べてみたの」


 蓮の目がわずかに細くなった。


 千尋も少し驚いた顔をしている。


「……澪、結構ちゃんと調べてるね」


「でも全然分からなかったよ」


「一致したものは?」


 蓮が聞く。


「それっぽいのはいくつかあった」


「それっぽい?」


「同じくらいの時期に人がいなくなってたり。でも、行方不明なんて思ってたよりずっと多いんだよ」


「そうだろうな」


「だから、たまたまなのかもしれない」


「記事の人間が戻ってきた例は?」


「そこまでは追えなかった」


 蓮は頷く。


 まだ大丈夫だ。


 黒田が半年近く外側から追い続けて得た情報には、遠く及ばない。


 具体的な参加者。


 運営。


 観客。


 裏で動く金。


 父親の過去。


 澪は何も知らない。


 少なくとも、今の話だけなら。


「あとね」


 澪が言った。


 蓮の思考が止まる。


「まだあるのか?」


「一個だけ、変なのがあった」


「何?」


「掲示板の書き込み」


「さっきのとは別?」


「うん」


 澪は記憶を辿るように視線を上げた。


「その人、エクストラバレットのことを知ってるみたいな書き方してたの」


 蓮は何も言わない。


「他の人が『参加するにはどうしたらいい?』とか『賞金はいくら?』とか聞いてたんだけど、その人はほとんど答えてなくて」


「何を書いてた?」


「……確か」


 澪が目を細める。


「『探すな』って」


 蓮の表情が止まった。


「探すな?」


「うん」


「それだけ?」


「最初は」


「最初は?」


「誰かがふざけて、『じゃあ向こうから迎えに来るの?』って書いたの」


 建物の外で、風が鳴った。


 澪は続ける。


「そしたら、その人が――」


 一瞬、言葉を探す。


「『見つけたと思った時には、もう見つけられてる』って」


 蓮は黙った。


 千尋も笑わない。


「……何それ」


 千尋が小さく言う。


「怖いでしょ?」


「それ、いつの書き込み?」


 蓮が聞いた。


「かなり前。正確には覚えてない」


「投稿者は?」


「分からない」


「他に何か書いてなかったか?」


「もう一回見ようと思ったんだけど」


 澪は首を振った。


「消えてた」


「……」


「ページごとなくなってた」


 蓮は考える。


 匿名掲示板の書き込みなど、いくらでも作れる。


 都市伝説にそれらしい一文を付け足しただけかもしれない。


 偶然。


 創作。


 悪ふざけ。


 その可能性の方が遥かに高い。


 それでも。


 ――見つけたと思った時には、もう見つけられてる。


 蓮はその言葉を頭の中でもう一度繰り返した。


 黒田から、その書き込みについて聞いた記憶はない。


 だからといって、重要な情報だとは限らない。


 ただ――澪は実際にここへいる。


 エクストラバレットを調べて。


 その存在へ近づこうとして。


 そして、PLAYER15として島へ連れてこられた。


「そのあとも調べたのか?」


「うん」


「怖くならなかった?」


「ちょっとは」


「じゃあ、なんでやめなかった」


 澪は少し考えた。


「……分からないままの方が、気持ち悪かったからかな」


「それだけ?」


「あと」


 澪が小さく笑う。


「やっぱり、気になったから」


 千尋も笑った。


「澪らしい」


「まだ会ったばっかりなのに?」


「もう分かってきた」


「ひどいなあ」


「褒めてるよ」


「本当に?」


「多分」


「多分なんだ」


 二人が話している。


 蓮もその会話を聞いていた。


 聞きながら、頭の中では別のことを考えている。


 澪が知っていること自体は、それほど多くない。


 黒田より深く運営へ近づいているわけでもない。


 具体的なPLAYERへ辿り着いているわけでもない。


 おそらく――まだ。


 だが。


 黒田とは違う場所から、違う断片を拾っている。


 それは覚えておくべきだ。


 生きて帰れたら。


 黒田に確認する。


 あの書き込みを知っているか。


『見つけたと思った時には、もう見つけられてる』


 もし知らないのなら。


 澪が辿った道にも、調べる価値がある。


 そして、それとは別に。


 蓮にはもう一つ、消えない疑問があった。


 これだけなのか?


 澪が運営に特別扱いされる理由は。


 エクストラバレットを調べていたから?


 それだけでGAME MASTERの通常任務より優先して、そばにいろと命じるのか?


 違う。


 どう考えても釣り合わない。


 危険なほど調べた人間だからゲームへ入れたのなら、わざわざ守らせる理由がない。


 守らなければならない人間なら、そもそもゲームへ入れなければいい。


 そこだけが、どうしても噛み合わない。


「蓮?」


 千尋に呼ばれた。


「ん?」


「また難しい顔してる」


「元からだ」


「そうかな」


「そうだよ」


 澪が蓮の顔を覗き込む。


「私、何か変なこと言った?」


「いや」


 蓮は短く答えた。


 今はそれでいい。


 澪自身も、自分がなぜここにいるのか知らない。


 少なくとも、そう見える。


 なら、問い詰めても答えは出ない。


 蓮は端末を取り出した。


 地図を確認する。


 千尋の医療物資の納品地点は、もう近い。


「そろそろ行くぞ」


「あ、もう?」


「休みすぎた」


「蓮もいっぱい質問してたじゃん」


「それはそれ」


「ずるい」


 澪が立ち上がる。


 千尋も白い医療物資の箱を抱え直した。


「今度こそ、これ届けないとね」


「ああ」


 蓮は先に出口へ向かった。


 扉の前で一度だけ足を止め、外の気配を探る。


 何も聞こえない。


 それでも警戒は解かない。


 背後では、澪と千尋が小声でまだ何か話している。


 少し前までなら、ただの雑談として聞き流したかもしれない。


 だが今は違う。


 九条澪。


 PLAYER15。


 運営がGAME MASTERへ特別に同行を命じようとした少女。


 そして――エクストラバレットを自分から探していた少女。


 蓮は暗い森へ足を踏み出した。


 頭の片隅には、あの一文が残り続けていた。


 見つけたと思った時には。


 もう――見つけられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。