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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第108話 見つけた

九条澪を探す。


 そう決めたところで、肝心の居場所が分かるわけではなかった。


 蓮の端末へ誤って送られてきたメールに記されていたのは、名前とPLAYER番号、それに顔写真。現在位置までは表示されておらず、地図を開いても他のPLAYERの居場所を示す印など存在しない。


 夕暮れは、すでに森の奥まで入り込んでいた。


 木々の隙間から見える空にはまだわずかな明るさが残っているものの、地面に落ちる影は濃くなり、少し先の茂みですら輪郭が曖昧になり始めている。


「これ、本当に見つかる?」


 医療物資の入った白い箱を抱えたまま、千尋が尋ねてきた。


「探すしかない」


「手掛かり、顔写真だけなんでしょ?」


「あとはPLAYER15ってことくらいだ」


「島、広いよ?」


「知ってる」


「……経験者の言葉は重いね」


 蓮は答えなかった。


 つい先ほど、自分が二回目の参加者だと明かしたばかりだというのに、千尋はもうその事実を会話の中へ馴染ませ始めている。


 切り替えが早い。


 もっと質問攻めにされるかと思っていたが、蓮が話せないと言った部分については、それ以上無理に踏み込んではこなかった。


 ただし、好奇心そのものが消えたわけではないらしい。


「九条澪……だっけ」


「ああ」


「女の子?」


「写真を見る限り、若い」


「かわいい?」


「知らん」


「写真見たんでしょ?」


「顔を確認しただけだ」


「はいはい」


 何がおかしいのか、千尋が小さく笑った。


 蓮は端末を閉じる。


 探し方については、ある程度決めていた。


 闇雲に島中を歩き回るつもりはない。


 まずは人が通った痕跡を探す。


 九条澪本人でなくても構わない。他のPLAYERと遭遇できれば、PLAYER15らしき少女を見ていないか聞くことができる。


 この時間まで一人で行動しているとも限らない。


 すでに誰かと合流している可能性もあった。


 蓮は地図を確認し、近くにある複数の建物と道を頭の中で結びつける。


 前回とは区域番号が変わっている。


 それでも地形そのものは同じだ。


「こっちだ」


「また迷わないんだ」


「地図見ただろ」


「見てから閉じるの早くない?」


「……行くぞ」


「あ、逃げた」


 千尋を無視して歩き出す。


 森を抜けるまでに、二人は何度か立ち止まった。


 柔らかい土の上に残された靴跡。


 折れた細い枝。


 草が踏み倒された跡。


 どれもそれほど古くはない。


「二人……かな」


 しゃがみ込んだ千尋が地面を覗き込む。


「たぶんな」


「追う?」


「いや」


「九条さんかもしれないよ?」


「違うかもしれない」


「それ言ったら誰も探せなくない?」


「暗くなる前に、正体の分からない二人組を追いかける方が危険だ」


「あー……なるほど」


 千尋は素直に立ち上がった。


 蓮は少し意外に思う。


「何?」


「いや」


「今、意外そうな顔した」


「気のせいだ」


「私だって何でも反対するわけじゃないからね」


 そう言いながら、千尋は医療物資を抱え直した。


 それを見て、蓮は一瞬だけ彼女の首元へ視線を向ける。


 本来なら今頃、あの箱を納品地点へ運んでいるはずだった。


 自分の判断で予定を変えた。


 千尋自身がついてくることを選んだとはいえ、その事実が消えるわけではない。


「……重くないか」


「ちょっと」


「貸せ」


「いいよ」


「持つ」


「蓮、自分の荷物あるでしょ」


「それくらい持てる」


「大丈夫だって」


 千尋は箱を渡さなかった。


「自分のクリア条件なんだから、これは自分で持つ」


「……そうか」


「それに」


「なんだ」


「途中で蓮が、やっぱり一人で行くって言い出しても、これ持って逃げられたら困るし」


「誰が逃げるんだ」


「蓮」


「しない」


「怪しい」


 そんなやり取りをしながら森を抜けると、視界が開けた。


 前方に細い舗装路がある。


 その向こうには、小さな建物がいくつか並んでいた。


 倉庫。


 管理施設。


 休憩所のような小屋。


 用途の分からない建物もある。


 蓮にとっては見覚えのある一帯だった。


 そのとき、蓮の足が止まる。


「どうしたの?」


「……静かに」


 千尋の表情が変わった。


 蓮は右手をわずかに上げ、そのまま耳を澄ませる。


 風が木々を揺らす音。


 葉が擦れる音。


 遠くで鳴く鳥。


 その中に――別の音が混じった。


 硬い何かが床へ落ちたような、小さな物音。


 建物の方からだ。


 千尋にも聞こえたらしい。


 口を閉じたまま、蓮を見る。


 蓮は腰の辺りへ手を近づけかけ、やめた。


 服の下には拳銃がある。


 だが、まだ出す必要はない。


 二人は舗装路を渡り、音のした建物へ近づいた。


 入口の扉は半分開いている。


 蓮は壁際へ寄ると、千尋へ少し離れているよう手で示した。


 それから、静かに中を覗く。


 人影があった。


 一人。


 床にしゃがみ込み、散らばった何かを拾っている。


 長い黒髪。


 小柄な体格。


 少女。


 その顔が上がった。


 蓮は目を細める。


 ――見つけた。


 メールに添付されていた写真と同じ顔だった。


 九条澪。


 PLAYER15。


 運営が、GAME MASTERとしての通常進行任務より優先してでも合流させようとしていた人物。


 その本人が、目の前にいる。


「……誰?」


 澪もこちらに気づいた。


 驚いて立ち上がろうとし、床に置いてあったものを足で蹴ってしまう。


「あっ」


 小さな缶が乾いた音を立てて転がった。


 澪はそれを目で追い、それからもう一度蓮を見る。


 警戒している。


 当然だった。


 蓮は両手が見える位置へ出した。


「俺たちもPLAYERだ」


「……PLAYER?」


「同じゲームの参加者」


 澪の視線が蓮の首輪へ向かい、続いて後ろから顔を出した千尋へ移る。


「こんばんは」


 千尋が言った。


「いや、この状況でその挨拶いるか?」


「最初の挨拶は大事でしょ」


「そういう問題じゃない」


 澪が目を瞬いた。


 少し迷ったあと、


「……こんばんは」


 小さく返した。


 千尋が満足そうに頷く。


「ほら」


「何がほらだ」


 張り詰めていた澪の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 蓮はその様子を見ながら建物の中へ入る。


「一人か?」


「……今は」


「今は?」


「今日、何人かには会ったから。でも、ずっと一緒にいる人はいない」


「そうか」


 蓮は自然を装いながら澪を見る。


 写真と一致する。


 間違いない。


 だが、それだけだった。


 武器を持っているようにも見えない。


 立ち方にも戦闘に慣れた様子はない。


 こちらを観察する視線にも、莉奈や聡子が時折見せていたような、何かを隠している気配は――少なくとも今のところ――感じられなかった。


「名前、聞いてもいい?」


 先に尋ねたのは千尋だった。


「あ……九条。九条澪」


 蓮は表情を変えなかった。


 初めて聞いた名前のように振る舞う。


「小宮千尋。こっちは神谷蓮」


「よろしく」


「……よろしくお願いします」


「そんな固くならなくていいよ。私もさっきまで一人だったし」


「そうなの?」


「うん。途中から蓮についてきた」


「ついてきたって言い方やめろ」


「間違ってないでしょ」


 澪が二人を交互に見る。


「二人は……知り合いじゃなかったんですか?」


「今日会った」


「今日?」


「この島でね」


「そうなんだ……」


 澪は少し安心したようだった。


 もともとの知り合い同士に自分だけが混ざるより、全員がこの島で出会ったばかりだと分かった方が入りやすいのだろう。


 蓮は室内を見回した。


 散らばっているのは缶詰やペットボトルだった。


「物資か?」


「うん。少しだけあったから」


「条件の物じゃない?」


 千尋が聞く。


「違うよ。私の条件は別だから」


 そこで澪が口を閉じた。


 言いすぎたと思ったのだろう。


「大丈夫」


 千尋がすぐに言った。


「私たちも条件までは聞かないから」


「……そうなの?」


「うん。蓮がそういう方針」


「俺のせいみたいに言うな」


「だって蓮が言ったんじゃん」


 澪がまた少し笑った。


 小さな笑い方だった。


 派手ではない。


 それでも、最初に見せていた怯えた表情からはかなり柔らかくなっている。


 蓮は黙って観察していた。


 ――分からない。


 この少女の何が重要なんだ。


 GAME MASTERに通常任務より優先させるほどの存在。


 運営がわざわざ写真まで添えて探させるPLAYER。


 そう聞かされていたから、もっと何かあると思っていた。


 運営側の人間。


 特別な情報を持っている者。


 あるいは、自分と同じ過去の参加者。


 だが、目の前にいる澪からは、そのどれも感じられない。


「九条」


「はい」


「……いや」


 蓮は質問を飲み込んだ。


 いきなり探りを入れすぎれば不自然だ。


 こちらが彼女を知っていたことまで悟られるかもしれない。


 今は偶然出会ったPLAYERでいい。


「暗くなる。この辺りに一人でいるのは危ない」


 澪が外を見る。


 夕方だった空は、いつの間にか夜へ近づいていた。


「二人は、これからどこに?」


「まだ決めてない」


 蓮が答える。


 千尋が一瞬こちらを見た。


 だが、何も言わない。


 蓮の意図を察したらしい。


「九条は?」


「私も……少し迷ってて」


「だったらさ」


 千尋が口を挟んだ。


「一緒に行かない?」


「え?」


「三人の方が安全でしょ?」


 澪は驚いたように千尋を見る。


 次に蓮へ視線を向けた。


 許可を求めているようにも見える。


 蓮は少し間を置いてから頷いた。


「俺は構わない」


「……いいんですか?」


「一人でいるよりはマシだ」


「蓮、言い方」


「事実だろ」


 千尋は呆れたように息を吐いた。


「気にしなくていいよ。この人ずっとこんな感じだから」


「お前は俺を何だと思ってるんだ」


「経験豊富な無愛想」


「余計なもの付け足すな」


「経験豊富……?」


 澪が反応する。


 蓮は千尋を見る。


「あ」


 千尋が口元を押さえた。


「……何の?」


 澪の目に、先ほどまでとは違う光が宿る。


 警戒ではない。


 ただ純粋に、気になった。


 そんな目だった。


「山歩き」


 蓮は即答した。


「山歩き?」


「ああ」


「そうなんだ」


 あっさり信じた。


 隣で千尋が笑いを堪えている。


 蓮は睨んだ。


「行くぞ」


「はいはい」


 澪も慌てて散らばっていた物資をまとめ始めた。


「あ、それ持つよ」


「大丈夫。そんなに重くないから」


「私も荷物あるし、お互い大変だね」


 千尋が自分の医療物資を見せる。


「それ、何?」


「秘密」


「えっ」


「条件に関係あるから」


「あ、そっか。ごめん」


「いいよいいよ」


 会話が始まるのが早い。


 蓮は二人を見ながら思った。


 千尋がいるのは都合がいい。


 自分一人なら、澪を警戒させずにここまで自然に同行へ持ち込めたか分からない。


 それに、澪も思っていたより話しやすそうだった。


 おとなしい。


 だが、人を避けるタイプではない。


 知らないことがあると、つい聞きたくなるらしい。


 建物を出て間もなく、


「二人はどこで会ったの?」


 と澪が尋ねてきた。


「中央広場」


 千尋が答える。


「……あそこ?」


 澪の足が一瞬止まった。


 どうやら澪も見たらしい。


 千尋もそれを察した。


「見た?」


「……うん」


「私も」


 二人の声から明るさが消える。


「あれ……何なんだろうね」


 澪が呟く。


 千尋は一瞬だけ蓮を見た。


 蓮はわずかに首を横へ振る。


 今は言うな。


 それだけで伝わった。


「分かんない」


 千尋は答えた。


 嘘ではない。


 千尋自身、あれが過去の参加者たちだと蓮から聞いただけで、それ以上の事情までは知らない。


「私、最初に見たとき……すぐ逃げちゃった」


 澪が言う。


「普通そうなるよ」


「でも、夢に出そう」


「それは私も」


 二人の会話を聞きながら、蓮は周囲を警戒して歩いた。


 澪が中央広場へ行っていた。


 それ自体は特別な情報ではない。


 島を動いていれば辿り着くこともある。


 やはり分からない。


 運営がこの少女を特別扱いする理由が。


「九条」


「ん?」


「学生か?」


 蓮が尋ねると、澪は少し驚いた。


「分かる?」


「なんとなく」


「高校生。二年」


「やっぱり」


 千尋が横から入ってくる。


「私も学生だと思ってた」


「そんなに分かりやすい?」


「なんか雰囲気が」


「それどういう意味?」


 澪が笑う。


 最初よりずっと自然な表情だった。


「学校、楽しい?」


 千尋が聞いた。


「うん。普通に楽しいよ」


「友達多そう」


「え、なんで?」


「なんとなく」


「それ蓮と同じじゃん」


 三人の間に小さな笑いが生まれた。


 澪は少し考えてから、


「でも……友達は多い方かも」


 と答えた。


「クラスでも?」


「うん。休み時間とか、だいたい誰かと喋ってる」


「意外」


「えっ、ひどくない?」


「だって大人しそうだから」


「よく言われる。でも、喋るの嫌いじゃないよ」


「分かる。結構質問するもんね」


「気になると聞きたくなるから」


「好奇心旺盛?」


「……たぶん」


 少し恥ずかしそうに澪が笑った。


 その姿を見ても、蓮にはやはり普通の女子高生にしか見えなかった。


 普通に学校へ通って。


 友達と話して。


 知らないことに興味を持って。


 笑う。


 なぜ、そんな少女を運営が気にする。


「将来やりたいこととかあるの?」


 千尋が尋ねた。


「将来?」


「夢とか」


「うーん……」


 澪は歩きながら空を見上げた。


 木々の向こうに残る夕暮れは、もう細い帯のようになっている。


「まだ、ちゃんとは決めてないかな」


「そっか」


「でも、知らないことを調べるのは好き」


「調べる?」


「うん。気になったら、ずっと調べちゃう。ネットだけじゃ分からなかったら図書館に行ったり」


「へえ」


「だから、そういうことができる仕事はちょっといいなって思ってる。何になるのかは、まだ分かんないけど」


「いいじゃん」


 千尋が笑う。


「澪っぽい」


「会ってまだ全然経ってないのに?」


「なんとなく分かる」


「またなんとなく?」


 二人が笑った。


 蓮だけが、その言葉を頭の中に残していた。


 気になったら調べる。


 ネットだけで分からなければ、図書館まで行く。


 ただの性格の話だ。


 今のところは。


 それでも、なぜか引っかかった。


「ねえ、蓮」


 澪がこちらを見る。


「なんだ」


「蓮も学生?」


「……違う」


「じゃあ何してる人?」


 蓮は少しだけ考えた。


 隠すほどのことでもない。


「プー太郎」


「…………え?」


 澪が目を瞬いた。


 千尋も足を止めかける。


「毎日寝て起きて、ゴロゴロして、たまに散歩」


「…………」


「…………」


 二人とも黙った。


 先ほどまで普通に続いていた会話が、綺麗に途切れた。


「なんだよ」


「いや……」


 千尋がわずかに蓮から距離を取る。


「ちょっと引いた」


「なんでだよ」


「だって今まで、妙に頼りになる人だと思ってたから」


「島の外で頼りになる必要ないだろ」


「いや、あるでしょ」


「ない」


「あるよ」


「……プー太郎って、自分で言う人初めて見た」


 澪が堪えきれなくなったように笑う。


「事実だからな」


「働こうとは思わないの?」


「お前、会ったばっかりの人間に結構踏み込むな」


「あっ……ごめん」


「好奇心旺盛にもほどがあるだろ」


「だって気になったから……」


 謝ってはいるが、澪の口元にはまだ笑みが残っている。


 千尋が呆れたように蓮を見た。


「毎日ゴロゴロしてる人が、なんでこんな島ではテキパキ動けるの」


「散歩してるから」


「散歩で説明できる範囲じゃないでしょ」


「山歩きもする」


「あ、さっきの設定まだ続いてたんだ」


「設定って言うな」


 澪が吹き出した。


 さっきまで一人でいた緊張は、もうかなり薄れているようだった。


「じゃあ千尋は?」


「私?」


「何してるの?」


「大学生」


「やっぱり!」


「何、そのやっぱりって」


「なんとなく大学生っぽい」


「どの辺が?」


「うーん……」


 澪は千尋を上から下まで眺め、真剣に考え込んだ。


「大学生っぽいところ?」


「何も分かってないじゃん」


「分かんないけど、そんな感じする」


「じゃあ私も使おうかな。なんとなく」


「便利だよ」


「お前ら気が合うな」


 蓮が呟くと、千尋が笑った。


「蓮だけプー太郎だけどね」


「関係ないだろ」


「高校生、大学生、プー太郎」


 澪が指を折りながら数える。


「すごい組み合わせ」


「最後だけ悪意ないか?」


「ないよ?」


 本当に悪意はなさそうだった。


 だからこそ余計に腹が立つ。


 蓮は小さく息を吐き、前へ視線を戻した。


 だが、そんなくだらない会話をしながらも、意識の一部ではずっと澪を観察していた。


 九条澪。


 PLAYER15。


 普通の女子高生。


 少なくとも、今の蓮にはそうとしか見えない。


 GAME MASTERに通常任務より優先して接触させようとするほど、運営が重要視する理由がどこにも見当たらなかった。


 だからこそ離れるつもりはない。


 この少女自身が何かを隠しているのか。


 それとも、本人すら知らない何かがあるのか。


 確かめる必要がある。


「そういえば――」


 澪がまた口を開いた。


「私、このゲームのこと……ここに来る前から、少しだけ知ってたんだ」


 蓮の意識が一瞬で切り替わった。


 表情には出さない。


 歩く速度も変えない。


 だが、さっきまでのどうでもいい会話とは意味が違う。


 千尋も澪を見る。


「……知ってた?」


「うん」


 澪は二人の反応の意味には気づいていない。


 ただ、学校であった出来事を思い出すような調子で続けた。


「最初は、友達から聞いただけなんだけどね」


 夜の気配が、三人の周囲へ静かに降り始めていた。

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