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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第107話 九条澪を探す

夕暮れの森を抜ける風が、二人の間を通り過ぎていった。


「なんで蓮は知ってるの?」


 千尋の問いに、蓮はすぐには答えなかった。


 GAME MASTER。


 その存在について話そうとすれば、前回のゲームについても触れなければならなくなる。


 莉奈と聡子がGAME MASTERだったこと。


 黒田と葵が二度目の参加者だったこと。


 観客が自分たちへ金を賭けていたこと。


 金を積めば、ゲームそのものに干渉できる人間までいること。


 SYSTEM ERROR。


 そして、最初の死者が出たあとに始まった2nd STAGE。


 話せることはいくらでもある。


 だが、話すべきではないことも多すぎた。


 千尋を疑っているわけではない。


 少なくとも、今のところ彼女に運営側の人間らしいところは見当たらない。


 それでも前回、古瀬聡子は最後まで普通の参加者として振る舞っていた。


 GAME MASTERという存在を知った今となっては、簡単に誰かを信用することはできなかった。


 まして、今回もそのGAME MASTERが十五人の中にいる。


 誰なのか分からない以上、自分が知っていることをすべて話して回るわけにはいかない。


「……全部は話せない」


 ようやく蓮が口を開いた。


 千尋の眉がわずかに動く。


「全部は?」


「ああ」


「じゃあ、話せることはあるんだ」


「少しだけな」


 蓮は周囲を確認した。


 人影はない。


 それでも声を落とす。


「俺は、このゲームについてお前より知ってる」


「それはもう分かってる」


「最後まで聞け」


「はいはい」


 軽く返事をする千尋を一度睨んでから、蓮は続けた。


「俺は前にも参加してる」


 千尋の表情が止まった。


「…………え?」


「今回が二回目だ」


 さっきまで質問を重ねていた千尋が、珍しく言葉を失った。


 蓮はそれ以上説明せず、歩き始める。


「ちょ、ちょっと待って!」


 当然、千尋が追ってきた。


「二回目って……このゲームに?」


「ああ」


「前にもこの島にいたの?」


「いた」


「じゃあ、やっぱり!」


 千尋の声が大きくなる。


「声落とせ」


「だって! それなら全部納得するじゃん!」


 千尋は慌てて声量を抑えながらも、興奮までは隠せていない。


「道知ってそうだったのも、危ない場所に妙に警戒してたのも、あの死体の――」


 そこで言葉を止めた。


 中央広場。


 千尋は、蓮がやって来るより前に一度そこへ足を踏み入れていた。


 鼻を塞いでも入り込んでくる腐敗臭と、積み重なるように放置された大量の死体。あまりの光景に長く留まることはできず、その場を離れたものの、あれが何なのかはずっと頭の片隅に引っかかっていた。


 その後、再び広場の近くへ来たときに蓮を見つけた。


 他のPLAYERなら近づくことすら躊躇する死体の山へ、蓮は迷いながらも自分から入っていった。そして何かを探すように一体ずつ確認し、ようやく一人の女性を見つけると、その遺体を外まで運び出した。


 さらに穴を掘り始めた。


 何時間もかけて。


 だから千尋は、すぐには声をかけなかった。


 気味が悪いという気持ちも、最初は確かにあった。


 それでも離れずに見ていたのは、蓮の行動が単なる奇行には見えなかったからだ。


「……あの人も?」


 千尋の声が少しだけ変わった。


 蓮は前を向いたまま答えた。


「前のゲームで一緒だった」


「……そっか」


 千尋はそれ以上聞かなかった。


 数歩進んでから、誰かに聞かせるというより、自分の中で答え合わせをするように小さく呟いた。


「……あの死体、やっぱりゲームの参加者だったんだ」


 蓮がわずかに顔を向ける。


「お前、俺が来る前に見たのか?」


「うん。中央広場には先に行ってた」


「……そうか」


 それだけだった。


 蓮も、あの死体の山について詳しく説明しようとはしない。


 千尋も聞かなかった。


 あの中に前回の参加者がいる。


 そして蓮が長い時間をかけて埋めた女性も、その一人だった。


 今は、それだけ分かれば十分だった。


 しばらく二人の足音だけが続いた。


「前も……生き残ったんだよね?」


「ああ」


「だから二回目なんだ」


「そういうことだ」


「じゃあ、二回参加してる人って他にもいるの?」


 蓮は一瞬だけ千尋を見る。


「いた」


「前のゲームに?」


「ああ」


「今回も?」


「知らない」


 嘘ではない。


 GAME MASTERがいることは分かった。


 だが、二回目のPLAYERが自分以外にもいるかどうかは分からない。


 千尋は少し考えるように黙り込んだあと、蓮を横目で見た。


「……じゃあ、さっき言ってたゲームマスターっていうのは?」


「それはまだ話せない」


「なんで?」


「話せないからだ」


「そこまで教えたならいいじゃん」


「駄目だ」


「ケチ」


「好きに言え」


 千尋は不満そうに口を尖らせたが、数歩進んだところで小さく息を吐いた。


「まあ……ゲームマスターって単語から、蓮が二回目の参加者ってことまで分かったなら、大体想像つくけど」


 今度は蓮が千尋を見る番だった。


「……何が分かる」


「そのままでしょ?」


 千尋は自分の端末を持ち上げる。


「このゲームを進める側の人。運営と何かしら繋がってて、私たち参加者の中に混ざってる……とか?」


「…………」


 蓮は答えなかった。


 その沈黙だけで、千尋には十分だったらしい。


「あ、やっぱり近いんだ」


「勝手に決めるな」


「今の間で分かるって」


「……余計なところだけ鋭いな」


「褒め言葉として受け取っとく」


 千尋は少し笑った。


 だが、すぐにその表情から軽さが消える。


「でも、それ以上は聞かない」


「……いいのか?」


「蓮がまだ話せないって言うならね。二回目って教えてくれただけでも、今まで変だと思ってたことはだいぶ分かったし」


 意外な答えだった。


 もっとしつこく聞いてくると思っていた。


 千尋なりに、ここから先は踏み込まない方がいいと判断したのかもしれない。


 蓮も訂正はしなかった。


 彼女の推測は、大きく外れていない。


 それ以上の情報を与える必要もなかった。


 問題はここからだった。


 蓮は端末を取り出す。


 九条澪。


 PLAYER15。


 顔写真。


 運営が二度にわたって送ってきた指示。


 一通目だけなら無視する選択肢も考えられた。


 だが、二通目で事情が変わった。


 GAME MASTERの通常任務よりも優先して、九条澪と合流しろ。


 そこまで運営が急ぐ理由がある。


 しかも、本来ならPLAYERへ知られるはずのないGAME MASTER向けの指示を送ってまで。


 九条澪が何者なのかは分からない。


 だが、普通の参加者ではない可能性が高い。


 ――調べる価値はある。


 蓮はこの島から生きて帰るだけでは足りないと思っていた。


 前回は、何も知らないまま巻き込まれた。


 ゲームを生き延びてから、黒田と一緒に運営を追い始めた。それでも分からないことの方が圧倒的に多い。


 運営は誰なのか。


 どれほどの規模なのか。


 父はどこまで関わっていたのか。


 どうやってPLAYERを選び、どうやってこれほど大掛かりなゲームを隠し続けているのか。


 そしてGAME MASTERとは、実際にはどこまで運営と繋がっているのか。


 今回、自分が再び島へ送り込まれたこと自体、最悪の事態だった。


 だが、ここにいるからこそ拾える情報もある。


 生きて帰る。


 そして、できるだけ多く持ち帰る。


 黒田へ。


 外からこのゲームを追っている、あの男へ。


 九条澪は、そのための大きな手掛かりになるかもしれない。


「……予定を変える」


 蓮が言った。


「え?」


「九条澪を探す」


 千尋は意味が分からないという顔をした。


 当然だ。


 メールを見せていない以上、千尋は九条澪という名前すら知らない。


「誰、それ」


「PLAYER15」


「なんで急に?」


「運営が探せって言ってきた」


「運営?」


 千尋の表情が変わる。


「そんなことあるの?」


「俺も初めてだ」


「二回目の蓮でも?」


「ああ」


 それが重要だった。


 前回のゲームでも、運営が個人的にこんな指示を送りつけてきたことはない。


「その人を見つけたらどうするの?」


「合流して、一緒に行動する」


「それも運営が?」


「そうだ」


 千尋はしばらく考え込んでいた。


「……怪しくない?」


「怪しいから行く」


「逆じゃない?」


「普通ならな」


 蓮は端末をしまった。


「でも、GAME MASTERにまでそいつとの合流を優先させようとしてる。そこまで運営が気にしてるPLAYERなら、何かある」


「だから調べるの?」


「ああ」


「運営に言われたから助けに行くんじゃなくて?」


「それだけなら行かない」


 千尋が呆れたように蓮を見る。


「蓮って、思ったより面倒くさい人だね」


「お前に言われたくない」


「私は分かりやすいでしょ」


「そうでもない」


 言い返したあと、蓮は千尋が抱えている白い箱へ視線を落とした。


 医療物資。


 それを指定地点まで運べば、千尋の1st STAGEのクリア条件は達成される。


 本来なら、まずこれを終わらせる予定だった。


 千尋の首輪を先に外す。


 自分は条件だけ達成し、首輪を残す。


 その二人で何が起きるのかを見る。


 そう決めていた。


 だが、九条澪を優先するなら話が変わる。


 納品地点とは別方向へ進む可能性が高い。


 その間、千尋は首輪をつけたままだ。


「……千尋」


「ん?」


「悪い」


 突然謝られたからか、千尋が目を瞬いた。


「何が?」


「お前の首輪だ」


 蓮は彼女の首元を見る。


「先に外すって言ったのに、後回しになる」


 千尋も自分の首輪へ触れた。


 軽く触れただけで、表情が少しだけ曇る。


 これは飾りではない。


 条件を達成できなければ、最後には命を奪うものだ。


「九条って人を先に探すんだよね」


「ああ」


「どこにいるか分かるの?」


「分からない」


「……島中探すの?」


「最悪そうなる」


「それ、結構時間かかりそうだけど」


「だから謝ってる」


 蓮自身、気にならないわけではない。


 むしろ逆だ。


 SYSTEM ERRORが起きる前に、千尋の条件を終わらせて首輪を外したかった。


 前回と同じことが起こる保証はない。


 だが、同じことが起きない保証もない。


 夕方になった今、時間を無駄にする危険性は増している。


 それでも。


 GAME MASTERより優先しろとまで言わせたPLAYERを、このまま無視することもできなかった。


「嫌なら、お前は納品地点へ向かっていい」


 蓮は言った。


「場所はもう端末に出てるんだろ」


「出てる」


「なら一人でも条件は終わらせられる。俺についてくる必要はない」


 千尋はしばらく蓮を見つめた。


「……蓮は?」


「九条澪を探す」


「一人で?」


「ああ」


「じゃあ私も行く」


「話聞いてたか?」


「聞いてたよ」


 即答だった。


「首輪外すの遅くなるんだぞ」


「分かってる」


「危険かもしれない」


「それも分かってる」


「だったら――」


「でも、蓮についていくって決めたの私だから」


 千尋はそう言うと、抱えていた医療物資の箱を持ち直した。


「それに、その九条さんって人、運営がそんなに必死で探してるんでしょ?」


「ああ」


「だったら私もちょっと気になる」


「……お前な」


「大丈夫。ちゃんと自分で決めてるから」


 明るい口調だった。


 だが、何も考えていないわけではないことは、もう蓮にも分かっていた。


 千尋は一人で島を動き、他のPLAYERとも遭遇したうえで蓮を選んだ。


 今回も同じなのだろう。


 危険を知らないからついてくるのではない。


 分からないなりに考えて、それでも蓮と行動する方を選んでいる。


「……分かった」


「じゃ、決まり」


「ただし」


「なに?」


「危ないと思ったら、俺の判断に従え」


「はいはい」


「返事が軽い」


「ちゃんと従うって」


 信用できるのか分からない返事だった。


 蓮は小さく息を吐き、端末の地図を開く。


 九条澪の位置は表示されていない。


 名前とPLAYER番号と顔写真だけ。


 これだけで島中から一人を探す。


 簡単ではない。


 だが、何の手掛かりもないわけではなかった。


 すでに島では参加者同士の接触が始まっている。


 自分たちも複数のPLAYERと遭遇した。


 なら、誰かがPLAYER15を見ている可能性がある。


 他の参加者から情報を集めながら探す。


 危険は増える。


 それでもやる価値はある。


 九条澪。


 運営がGAME MASTERの任務より優先してまで接触させようとしたPLAYER。


 そこには必ず理由がある。


 蓮は地図から顔を上げた。


 空はすでに夕暮れの色を濃くしている。


 夜になるまで、そう長くはない。


「行くぞ」


「うん」


 千尋が医療物資を抱えたまま、その隣へ並ぶ。


 首輪を外すための道から、二人は一度外れることになる。


 その選択が何を招くのかは、まだ分からない。


 それでも蓮は、九条澪を探す方角へと足を踏み出した。


 生きて帰るためだけではない。


 次に黒田と会うとき。


 今度こそ、このゲームの正体へ近づくための何かを持ち帰るために。

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