第106話 蓮の怒り
「俺はゲームマスターじゃない!」
森の中に、蓮の怒声が響いた。
端末を握りしめたまま、木の幹に紛れるように設置された監視カメラを睨みつける。
「こんなのゲームマスターにしろ!」
叫んでも返事などあるはずがない。
監視カメラの向こうにいる連中が、こちらの声を聞いていることだけは分かっている。
蓮は苛立ちを隠すことなく、再び端末へ目を落とした。
『GAME MASTERとしての通常進行任務より、現在は対象PLAYERとの同行を優先してください』
何度読んでも同じだった。
GAME MASTERとして。
はっきりそう書いてある。
ふざけるな。
胸の奥から込み上げてきたのは、それ以外の言葉では表せない怒りだった。
自分はGAME MASTERではない。
むしろ、なることを拒んだ人間だ。
半年前のゲームを生き延びたあと、運営は蓮をあの地下の部屋へ呼び出した。
そこで差し出されたのが、GAME MASTERへの招待だった。
莉奈が死んだ。
だから欠員が出た。
あの連中は、そういう扱いをした。
蓮にとって大切だった人間の死を、まるで空席が一つできた程度のものとして扱い、その穴へ今度は蓮を入れようとした。
当然、断った。
その結果がこれだ。
GAME MASTERになることを拒否した自分を、今度はPLAYERとして再び島へ放り込んだ。
首輪までつけて。
クリアできなければ死ぬ立場に戻して。
それなのに今さら、GAME MASTERへ送るはずの指示を自分へ送りつけてきている。
しかも一通ではない。
最初のメールだけなら、蓮も自分への特別指示だと思っていた。
九条澪。
PLAYER15。
顔写真まで添付し、その人物と合流して行動を共にしろという命令。
なぜ自分なのかは分からなかったが、運営が自分を再参加させた以上、何か別の思惑でもあるのかと考えた。
だが、二通目で話が変わった。
『GAME MASTERとしての通常進行任務より――』
これは自分への指示ではない。
本来なら、この島のどこかにいるGAME MASTERへ送るはずだったものだ。
前回は莉奈と聡子がそうだった。
普通のPLAYERと同じ首輪をつけ、同じように島を歩きながら、その裏では運営側の役割を持っていた。
今回もいる。
このメールが、それを証明している。
十五人の中の誰か。
今この瞬間にも、普通の参加者を装いながら島を歩いている。
それが誰なのかまでは分からない。
分かるはずもない。
だが存在だけは、運営自ら教えてくれた。
蓮は端末を握る手に力を込めた。
――だったら、そいつに送れよ。
自分たちでGAME MASTERを参加させているのなら、その人間に九条澪を探させればいい。
何のためのGAME MASTERだ。
そもそも自分は、一度その役目を突きつけられ、はっきり断っている。
断ったからPLAYERとしてここにいる。
それなのにGAME MASTERとしての任務を送ってくるなど、冗談にしても笑えなかった。
「……ふざけやがって」
低く吐き捨てる。
九条澪という少女についても分からないことだらけだ。
どうして運営がそこまで彼女との合流を急いでいるのか。
なぜGAME MASTERの通常任務より優先させるほどなのか。
ただのPLAYERに対する指示とは思えない。
九条澪には何かある。
それだけは間違いなさそうだった。
だが今は、九条澪以上に気になることがある。
今回のGAME MASTERは誰なのか。
すでに会った人間なのか。
それとも、まだ一度も顔を合わせていないPLAYERなのか。
蓮の頭に、これまで遭遇した人間たちの顔が浮かんでいく。
そして――。
「……ゲームマスター?」
すぐ近くから聞こえた声に、蓮の思考が止まった。
「…………」
ゆっくり振り返る。
医療物資の箱を抱えた千尋が立っていた。
いつもの軽い笑顔はない。
不思議そうな顔で、まっすぐ蓮を見ている。
「今、ゲームマスターって言ったよね?」
「…………」
蓮は答えなかった。
「何、それ?」
千尋が首を傾げる。
「このゲームに、そんな人いるの?」
しまった。
怒りに任せて叫んだせいで、完全に聞かれた。
前回のゲーム。
GAME MASTER。
観客。
運営の介入。
そして、自分がこの島へ来るのが二度目だということ。
千尋には、そのどれも話していない。
話すつもりもなかった。
蓮は端末の画面を消した。
当然、メールも千尋には見せない。
「蓮?」
「……行くぞ」
「いやいやいや」
千尋はすぐについてきた。
「それで誤魔化すの無理じゃない?」
「医療物資を運ぶんだろ」
「運ぶけど! 今の話と全然関係ないじゃん」
「お前の条件を先に終わらせる」
「ちょっと待ってって」
歩き始めた蓮の横へ千尋が並ぶ。
「ゲームマスターって何?」
「知らなくていい」
「知らなくていいってことは、蓮は知ってるんでしょ?」
「…………」
「ほら」
千尋が蓮の顔を覗き込む。
蓮は視線を逸らした。
「前から変だと思ってたんだよね」
「何が」
「蓮」
即答だった。
「島のこと知ってそうだし、危ない場所に入る前には妙に警戒するし、さっきの人と戦ったときも慣れてたし。それに今度はゲームマスターとか言い出すし」
「考えすぎだ」
「絶対違う」
千尋は言い切った。
「私、このゲーム初めてだから何も分かんないけど、それでも蓮が普通の初参加じゃないくらい分かるよ」
その言葉に、蓮の足がわずかに鈍った。
千尋はやはり、ただ何となく自分についてきていたわけではない。
中央広場でもそうだった。
悪臭を放つ死体の山へ入り、一体の遺体を探し出し、それを運び、穴を掘って埋葬する。
事情を知らない人間から見れば、異様な行動だったはずだ。
実際、あの周囲を通ったPLAYERの中には、こちらを遠巻きに見ただけで立ち去った者もいた。
千尋も最初から近づいてきたわけではない。
しばらく離れた場所から蓮を見ていた。
そのうえで声をかけてきたのだ。
「……だから俺についてきたのか?」
蓮が訊くと、千尋は少しだけ目を丸くした。
「それもあるよ」
あっさり認めた。
「一人で自分の条件調べながら動いてたし、途中で他の人にも何人か会った。でも、みんな自分のことで精一杯って感じだったから」
「俺も同じだ」
「そうかな」
「そうだよ」
「でも蓮は違って見えた」
千尋は抱えている医療物資へ一度視線を落としてから、再び蓮を見る。
「あんな死体の山に自分から入っていって、一人だけ探して、わざわざ運んで、ずっと穴掘ってたでしょ。最初は正直、ちょっと怖かった」
「……だったら近づくなよ」
「だから最初は近づかなかったって」
千尋は悪びれずに言った。
「でも見てたら、なんか違うなって思った。この人、ただ変なことしてるんじゃなくて、何か知ってて動いてるんじゃないかなって」
そして少し笑った。
「だったら、ついていけば間違いないかなって」
「…………」
「結果、当たりだったでしょ? 医療物資も見つかったし」
「勝手についてきただけだろ」
「でも手伝ってくれてる」
言い返せなかった。
千尋は一歩前へ出ると、後ろ向きに歩きながら蓮を見る。
「だから教えてよ」
「何を」
「ゲームマスター」
やはりそこへ戻る。
「誰なの?」
「知らない」
「じゃあ、何なの?」
「…………」
「なんで蓮は知ってるの?」
蓮は答えなかった。
夕暮れの森を風が抜けていく。
今回のゲームにもGAME MASTERがいる。
その事実を知ったばかりなのは、自分も同じだ。
だが、それを千尋へどこまで話すべきなのか。
蓮にはまだ判断できなかった。




