第105話 運営の焦り
島の各所に設置された監視カメラから、十五人のPLAYERの映像が絶え間なく送られてくる。
森を進む者、廃屋を調べる者、すでに他のPLAYERと合流して行動している者。誰とも接触せず、自分のクリア条件だけを追っている者もいる。
ゲーム開始から、すでに数時間が経過していた。
島では太陽が傾き始め、木々の隙間から差し込む光にも夕暮れの色が混じっている。
それでも、窓のない観客フロアに時間の感覚はない。
大型モニターには複数のPLAYERが映し出され、観客たちは酒を飲みながら気になる者を追い、ときおり手元の端末でオッズを確認していた。
まだ死亡者はいない。
1st STAGEが続いている以上、派手な展開を求める観客の中には退屈そうにしている者もいたが、参加者同士の接触が起きるたびにフロアの一角から声が上がった。
その観客フロアから隔離された運営管理区画では、数十台のモニターを前にディーラーたちがゲームの進行を追っていた。
「PLAYER04、指定医療物資を回収」
「確認しました」
「現在もPLAYER13と行動しています」
「記録を継続」
報告は淡々としていた。
PLAYER04――小宮千尋。
PLAYER13――神谷蓮。
二人は現在、千尋の指定物資を回収した倉庫から移動を始めている。
別の画面では、数人のPLAYERがすでに合流していた。互いの条件を話している者もいれば、警戒したまま一定の距離を保っている者もいる。
ゲームは確実に動いている。
ディーラーの一人が担当画面を切り替えた。
PLAYER14。
さらに切り替える。
PLAYER15。
森の中を歩く少女が映し出された。
周囲を警戒しながら、ときおり端末へ目を落としている。今のところ近くに他のPLAYERの姿はない。
特別な行動ではなかった。
ディーラーもそのまま次の映像へ切り替えようとした。
だが、少女が顔を上げた瞬間、その手が止まった。
「……ん?」
数秒間、画面を見つめる。
少女はすぐに横を向き、再び歩き始めた。
「待て」
隣のスタッフが振り返った。
「どうしました?」
「PLAYER15の登録情報を出してくれ」
「15ですか?」
「早く」
声色の変化を感じ取ったスタッフが、すぐに参加者データを呼び出した。
映像の横に登録情報が表示される。
『PLAYER 15』
『九条 澪』
顔写真。
現在、島を歩いている少女と一致する。
ディーラーは画面を凝視した。
「……九条?」
聞き覚えのある名字だった。
それだけなら偶然で済ませられる。
だが、顔にも見覚えがある。
「詳細を開け」
「はい」
「全部だ」
参加者登録時の情報が展開される。
ディーラーは上から確認し、途中で完全に動きを止めた。
「…………おい」
「どうしました?」
「責任者を呼べ」
「え?」
「今すぐだ!」
突然の大声に、周囲の人間が一斉に振り返った。
「何があった?」
「PLAYER15だ」
「15?」
ディーラーがモニターを指さした。
「九条澪」
「それがどうした?」
「……会長の娘だ」
一瞬、周囲の音が消えた。
「は?」
「九条会長の娘だよ!」
椅子が勢いよく引かれる。
別のスタッフがすぐに画面へ近づいた。
「そんなわけないだろ」
「だったら確認しろ!」
「本人なのか?」
「顔も登録情報も一致してる!」
「なんで参加者に入ってる!?」
「俺が知るか!」
それまで規則正しく進行していた管理区画が、一気に騒然となった。
「選定記録!」
「今出しています!」
「搬送時の確認はどうなってる!」
「照合します!」
「ゲーム開始前に誰も気づかなかったのか!?」
複数の端末で記録が呼び出される。
選定データ。
本人確認。
搬送記録。
登録時の顔写真。
何度確認しても結果は変わらなかった。
PLAYER15。
九条澪。
間違いなく本人だった。
「会長はこのことを知ってるのか?」
「分かりません!」
「連絡を――」
「待て! 勝手に動くな!」
管理区画の扉が開き、呼び出された責任者が入ってきた。
「何があった」
「PLAYER15を確認してください」
「15?」
「九条澪です」
責任者の表情が止まった。
「……何?」
「会長の娘です」
モニターへ視線を向ける。
森の中を歩いている少女。
責任者の顔から、目に見えて血の気が引いていった。
「なぜ、ここにいる」
「現在確認中です。選定過程で何らかの――」
「そんなことは後でいい」
責任者は言葉を遮った。
「今、周囲に他のPLAYERは?」
「至近距離にはいません」
「武器を持ったPLAYERは?」
「複数確認されています。ただし現在PLAYER15の近くには――」
「今の話じゃない!」
責任者の声が響く。
「もう夕方だぞ。何時間経ってると思ってる!」
誰も答えなかった。
九条澪の首には、他の参加者と同じ首輪が装着されている。
ゲームはすでに始まっている。
禁止区域へ侵入すれば爆発する。
条件を満たさず解除を試みても同じだ。
そして何より、島には武器を手にしたPLAYERがいる。
「GAME MASTERを向かわせろ」
責任者の一言で、数人が動いた。
「現在位置を確認します」
「PLAYER15までのルートも出せ」
「了解」
「不自然にならないよう接触させろ。その後は可能な限り一緒に行動させる」
「待ってください」
一人のスタッフが声を上げた。
責任者が振り返る。
「何だ」
「GAME MASTERへどこまで情報を開示しますか?」
「どういう意味だ」
「今後のクリア条件です。まだPLAYER側へ開示されていない条件については、GAME MASTERにも事前に伝えることはできません」
責任者は黙った。
「九条澪の条件も同様です。今後条件が変更された場合でも、正式な開示時刻より前に情報を渡すことは規定上――」
「分かっている」
低い声で遮った。
「条件については何も教えるな」
「しかし、それでは完全な保護は――」
「だからといってゲームそのものを壊せるか!」
苛立った声が管理区画に響く。
観客はすでに金を賭けている。
ゲームは始まっている。
特定のPLAYERだけに今後の条件を教えれば、ゲームの公平性そのものが崩れる。
「GAME MASTERには同行だけさせる」
責任者はPLAYER15の映像から目を離さなかった。
「クリア条件には触れるな。九条澪へ接触させて、可能な限りそばに置け」
「了解」
ディーラーが通信画面を開いた。
対象PLAYERの情報を添付する。
『氏名 九条 澪』
『PLAYER 15』
顔写真。
その下へ指示文を入力していく。
『特別指示』
『下記PLAYERとの合流を優先してください』
『対象PLAYERの現在位置を確認し、速やかに接触してください』
『接触後は対象PLAYERのそばを離れず、可能な限り行動を共にしてください』
「送信します」
「急げ」
確認操作。
送信。
『送信完了』
責任者が息を吐いた。
「GAME MASTERを映せ」
別のモニターが切り替わった。
島内にいる一人のPLAYERが映し出される。
表面上は、他の参加者と何も変わらない。
その人物がGAME MASTERであることを、観客も、他のPLAYERも知らない。
「……動くか?」
しばらく待つ。
だが、変化はない。
GAME MASTERはそれまでと同じ行動を続けている。
「まだメールを見ていないのか?」
「その可能性があります」
「PLAYER15は?」
「移動を継続しています」
モニターの中で九条澪が森を歩いている。
時間だけが過ぎていく。
数分。
さらに数分。
それでもGAME MASTERは澪へ向かわない。
「……何をしてる」
責任者の指が机を叩いた。
「指示は届いているんだろうな?」
「送信処理は正常に完了しています」
「なら、なぜ動かない」
「分かりません」
「もう一度送れ」
ディーラーが振り返った。
「再送ですか?」
「催促しろ。今度は最優先だとはっきり書け」
「了解」
先ほどの通信履歴を開く。
管理区画にいる誰もがPLAYER15の映像に気を取られていた。
ディーラーは直前の通信を選択し、そのまま追加の文章を入力した。
『緊急指示』
『先ほど通達したPLAYER15・九条澪との合流を最優先してください』
『GAME MASTERとしての通常進行任務より、現在は対象PLAYERとの同行を優先してください』
『対象PLAYERとの合流後、可能な限りそのそばを離れないでください』
「送ります」
「送れ」
送信。
『送信完了』
「GAME MASTERを確認」
「はい」
再びモニターへ視線が集まる。
一分。
二分。
やはり動かない。
「……おかしい」
責任者の表情が険しくなる。
そのときだった。
「PLAYER13、動きが止まりました」
別のディーラーの声がした。
「13?」
責任者は苛立ったまま振り返る。
中央付近のモニターに、森の中で足を止めた神谷蓮が映っていた。
少し先には医療物資を抱えた小宮千尋がいる。
蓮は端末を見ていた。
「PLAYER13がどうした」
「いえ……先ほどから端末を確認しています」
「そんなことよりGAME MASTERを――」
言いかけた責任者が止まる。
モニターの中で、蓮の様子が変わった。
端末を凝視している。
何度か画面を操作し、同じ箇所を読み返しているように見えた。
「…………」
やがて蓮が顔を上げた。
周囲を見回す。
木々。
倉庫。
そして――監視カメラ。
蓮の視線が、まっすぐレンズを捉えた。
「……こっち見てるぞ」
スタッフの一人が呟いた。
その声とほぼ同時だった。
モニターのスピーカーから、蓮の怒声が響いた。
『俺はゲームマスターじゃない!』
管理区画が静まり返った。
誰も反応できない。
画面の中で蓮は端末を握ったまま、カメラを睨みつけている。
『こんなのゲームマスターにしろ!』
「…………」
責任者の表情が固まった。
その声は、運営管理区画だけに届いたわけではなかった。
PLAYER13を映していた映像は、観客フロアのモニターにも流れている。
それまで酒を飲みながら画面を眺めていた男が、グラスを止めた。
「……今、なんて言った?」
近くにいた別の観客が画面を見る。
「ゲームマスターって言ったよな?」
「PLAYER13が?」
「なんであいつがゲームマスターのこと知ってる?」
ざわめきは周囲へ広がっていった。
前回のゲームを見ていた常連客の中には、神谷蓮の顔を覚えている者もいる。
「こいつ、前の生還者だろ」
「知っててもおかしくはないんじゃないか?」
「いや、それより今の言い方だ。誰かからGAME MASTER向けの指示でも受けたみたいじゃないか?」
「何が起きてる?」
声が重なっていく。
静かだった観客フロアが、少しずつ騒がしくなり始めた。
一方。
運営管理区画では、誰も笑っていなかった。
「……待て」
責任者がゆっくりとディーラーへ顔を向けた。
「今の指示」
「はい?」
「誰に送った」
「GAME MASTERです」
「確認しろ」
「ですが――」
「今すぐ確認しろ!」
ディーラーが通信履歴を開く。
一通目。
『特別指示』
送信完了。
二通目。
『緊急指示』
送信完了。
そして。
宛先。
ディーラーの指が止まった。
「…………」
「誰だ」
返事がない。
「送信先は誰になってる!」
責任者の怒声が飛ぶ。
ディーラーの顔から血の気が引いていった。
「……PLAYER13」
「何?」
「神谷……蓮です」
誰も声を出さなかった。
モニターの向こうでは、神谷蓮がまだカメラを睨んでいる。
そして別の画面では、本来指示を受けるはずだったGAME MASTERが、何も知らないまま島を移動していた。
責任者が額を押さえる。
「……二通ともか」
ディーラーは青ざめたまま、わずかに頷いた。
「……はい」
観客フロアから聞こえてくるざわめきは、まだ収まっていなかった。




