第104話 メール
倉庫の中に、乾いた電子音が響いた。
千尋が医療物資の箱を抱えたまま顔を上げる。その視線が自分の端末へ向いたのを見て、蓮もポケットから端末を取り出した。
『メールボックス 未読1件』
通知が来ているのは蓮の端末だった。
「何か来た?」
「……ああ」
それだけ答えると、蓮は千尋から少し離れた。
別に彼女へ見せる必要はない。
千尋は一瞬こちらを気にしたものの、蓮が画面を見せるつもりがないと察したのか、それ以上近づいてはこなかった。
蓮はメールボックスを開いた。
未読は一件。
差出人の欄には、島へ連れ戻された直後にも見た文字が表示されている。
『運営管理局』
それを見た瞬間、蓮の目つきが変わった。
最初に届いていたのは、『ご活躍、期待しております。』という挑発じみた一文だった。
だが、今回はゲームの途中だ。
何のために連絡してきた。
蓮は無意識に周囲を確認してから、メールを開いた。
『特別指示』
その四文字に眉を寄せる。
クリア条件とは違う。
端末のクリア条件には、指定物資を回収して納品地点まで運べとしか書かれていなかった。それとは別に、運営がわざわざ直接送ってきた指示ということになる。
蓮は続きを表示した。
『下記PLAYERとの合流を優先してください』
『氏名 九条 澪』
『PLAYER 15』
その下には一枚の顔写真が添付されていた。
まだ若い少女だった。
蓮は画面を見つめながら記憶を探ったが、覚えはない。今回のゲームが始まってからすれ違った人間の中にも、この顔はいなかったはずだ。
さらに文章が続いている。
『対象PLAYERの現在位置を確認し、速やかに接触してください』
『接触後は対象PLAYERのそばを離れず、可能な限り行動を共にしてください』
最後まで読んだところで、蓮はしばらく画面を動かさなかった。
九条澪。
PLAYER15。
知らない人間だ。
それなのに運営は、わざわざ名前だけでなく顔写真まで送ってきて、その人物を探し出して一緒に行動しろと命令している。
――なんだ、これ。
最初に考えたのは、自分のクリア条件が変更された可能性だった。
しかし、それならメールで伝える必要がない。
蓮は一度メールを閉じ、『クリア条件』を開いた。
『指定された回収地点へ移動し、指定物資を回収してください』
『回収した指定物資を納品地点まで運搬してください』
『指定物資の納品完了後、クリア条件達成となります』
何も変わっていない。
やはり別件だ。
蓮は再びメールへ戻った。
九条澪の顔写真が表示される。
理由についての説明は一切ない。
なぜ九条澪なのか。
なぜ自分が探さなければならないのか。
この少女を守れとも書かれていない。ただ合流し、そばを離れず、行動を共にしろという指示だけがある。
それなら、九条澪自身に何かあるのか。
あるいは。
自分と接触させることそのものが目的なのか。
蓮には判断できなかった。
ただ、運営がわざわざゲーム中のPLAYERへ直接連絡してきたという事実だけは無視できない。
前回のゲームを経験した今なら分かる。
運営は、ルールを用意して遠くから眺めているだけの存在ではない。
観客の金次第ではシステムへ介入し、認証に異常を起こすことすらある。
だからこそ、こんな指示を簡単に無視することもできなかった。
従わなかった場合に何が起こるのか書かれていない以上、なおさら厄介だった。
「…………」
蓮は画面を指で送り、もう一度九条澪の顔を確認した。
覚えておく。
少なくとも、それだけはしておいた方がいい。
問題は探し方だった。
現在位置を確認しろと書かれているくせに、九条澪の位置情報は添付されていない。地図を開いても、これまでと同じように他のPLAYERの位置など表示されていなかった。
――この島を歩き回って探せっていうのか?
ふざけている。
自分には自分のクリア条件があり、千尋の医療物資も納品しなければならない。
それだけではない。
すでに一日目は夕方に差しかかっていた。
目覚めてから前回歩いた場所をいくつも辿り、中央広場では莉奈の遺体を探した。あの死体の山からようやく見つけ出し、運び出したあとも、まともな道具がない状態で埋葬できる深さまで穴を掘るのには長い時間がかかった。
その間にも、他の参加者たちは動いている。
条件達成のため単独で島を調べている者もいれば、すでに誰かと合流した者もいるだろう。実際、蓮自身もここへ来るまでに他のPLAYERと遭遇している。
九条澪も同じだ。
今頃どこにいるのか分からない。
十五人しかいないとはいえ、この島のどこかにいる一人を顔写真だけで探せというのは簡単な話ではなかった。
「蓮?」
千尋に呼ばれ、蓮は顔を上げた。
医療物資を抱えた彼女が、少し離れたところからこちらを見ている。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「なんでもない顔には見えないけど」
「お前には関係ない」
「はいはい。またそれね」
千尋はそれ以上聞いてこなかった。
蓮も端末を見せることなく、画面を消そうとする。
その直前。
もう一度だけ、九条澪の顔写真へ目を落とした。
知らないPLAYER。
運営からの特別指示。
自分のクリア条件とは無関係。
それでも運営は、わざわざ自分へ直接命令してきた。
何か理由がある。
そうでなければ、こんな指示を送ってくる意味がない。
蓮は九条澪の顔を記憶へ刻み込むと、端末の画面を閉じた。
そして何も知らない千尋には説明しないまま、医療物資の納品地点へ向かうため倉庫の出口へ歩き出した。




