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エクストラバレット  作者: ほむら
2章 RE:side

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第101話 戻ってきたよ

端末に表示された回収地点へ向かう前に、蓮には確かめておきたい場所があった。


 地図に記されたエリア番号こそ半年前とは違うものの、道そのものは記憶とほとんど変わっていない。山道を下り、木々の間から細い獣道へ入ると、蓮は端末を確認することなく進路を変えた。


 前回、この島で何度も歩いた道だった。


 ゲームが二回目だからといって、島に置かれているものまで同じとは限らない。それでも、もし建物の位置まで変わっていないのなら、自分の記憶は地図以上の武器になる。


 しばらく歩くと、木々の向こうに古びた建物が見えてきた。


「……残ってる」


 蓮は足を止めた。


 半年前にも訪れた小さな建物だった。


 外壁は汚れ、窓の一部は割れたままになっている。扉も以前と同じように軋み、押し開けると湿気と埃の混じった空気が流れてきた。


 何も変わっていないように見える。


 けれど、中へ入ってみれば違いもあった。


 前回荒らされたはずの場所が片づけられ、新しい物資が補充されている。ゲームを再び開催するため、運営が島を整え直したのだろう。


「使い回してるのかよ、この島……」


 蓮は呆れながら室内を調べた。


 一度経験しているからこそ、最初に見る場所は決まっていた。


 棚。


 机の下。


 収納箱。


 壁際。


 前回、物資や武器が隠されていた場所を順番に確認していく。


 もちろん、すべてが同じ配置というわけではない。それでも運営側の隠し方には癖があるらしく、しばらく探していると奥の収納スペースから使えそうな武器を見つけることができた。


「……やっぱりあるか」


 蓮は銃を手に取り、状態を確認した。


 ズシリとした重みが手に伝わってくる


 武器を持つことへの抵抗がなくなったわけではない。


 むしろ逆だった。


 武器を持った人間がどうなるのか。


 追い詰められた人間が、それをどう使うのか。


 半年前に嫌というほど見てきた。


 だからこそ、必要だった。


 使わないで済むなら、それが一番いい。


 けれど、この島で「使いたくない」と「持たない」はまったく違う。


 蓮は武器を服の下へ隠し、外から簡単には見えないようにした。


 他の参加者に出会った時、最初から武器を見せるつもりはない。


 相手がどんな人間なのか分からない以上、自分の手札をすべて見せる必要もなかった。


 建物を出たあとも、蓮はすぐにはクリア条件の回収地点へ向かわなかった。


 記憶に残っている別の建物。


 古い小屋。


 物資が置かれていた場所。


 水を確保できた場所。


 一つずつ、自分の足で確認していく。


 半年前と同じものもあれば、なくなっているものもあった。新しい箱が置かれている場所もあり、明らかに運営が次のゲームへ向けて手を加えた痕跡も残っている。


 それでも、道を歩くたびに思い出すのは物資の位置ではなかった。


 誰とここを通ったか。


 どこで言い争ったか。


 どこで銃声を聞いたか。


 あの時、自分が何を考えていたのか。


 半年しか経っていない。


 なのに。


 ひどく昔のことのようにも思えた。


 蓮は古びた小屋の壁へ手を触れ、静かに息を吐いた。


「……また来るとは思わなかったな」


 当然だった。


 生きて帰れたのだから、二度と戻るつもりなどなかった。


 それでも今、自分は同じ場所を歩いている。


 しかも今度は、この島の正体を知った状態で。


 蓮は再び端末を取り出した。


 自分の1stステージの回収地点は、まだ先にある。


 時間的な余裕はある。


 ならば。


 もう一か所だけ。


 どうしても確かめたい場所があった。


 *


 森を抜けるにつれ、蓮の足取りは自然と重くなった。


 まだ中央広場が見えていない段階から、嫌な臭いが漂ってきていたからだ。


「……やっぱりか」


 蓮は鼻と口を手で覆った。


 忘れられるはずがない。


 前回、初めてこの場所へ近づいた時も同じだった。


 あの時は何の臭いなのか分からなかった。


 中央広場へ辿り着いて。


 初めて知った。


 今回。


 蓮は最初から知っている。


 木々が途切れ、視界が開ける。


 その先に。


 死体の山があった。


「…………」


 蓮は立ち止まった。


 覚悟していた。


 それでも、実際に目にすると胸の奥が重くなる。


 前回より。


 明らかに増えている。


 いくつもの遺体が無造作に積み重ねられ、腐敗の進み方もそれぞれ違っていた。かなり古いものもあれば、それより新しいものもある。


 ハエが飛び交い、近づけば耳障りな羽音がまとわりつく。


「また……やったのか」


 自分たちが帰ったあとも。


 エクストラバレットは終わっていなかった。


 当然といえば当然だった。


 黒田と調べていた時から分かっていたことでもある。


 それでも。


 自分が死に物狂いで脱出したこの島へ、新しい参加者が連れてこられ、同じように命を賭けさせられていた事実を目の前に突きつけられると、感じ方はまるで違った。


 蓮はゆっくりと死体の山へ近づいた。


 知らない顔ばかりだった。


 男。


 女。


 若い者もいる。


 前回、自分たちが最初に見つけた死体と同じように、この島でゲームをさせられた人間たちなのだろう。


「前の……参加者か」


 そこで蓮は眉を寄せた。


 違う。


 腐敗の進み方が一様ではない。


 明らかに時期の違う遺体が混ざっている。


 蓮は死体の山全体を見渡し、記憶にある前回の状態と比較した。


 自分たちのゲームが終わってから半年。


 その間に。


「……二回?」


 断定できるほど綺麗に分かれているわけではない。


 それでも遺体の状態と数を見れば、一度だけ新しいゲームが行われたとは考えにくかった。


 少なくとも。


 自分たちが帰ったあと。


 この島ではさらに二度、エクストラバレットが開催された可能性が高い。


「半年で……二回も」


 蓮の声に怒りが滲んだ。


 自分たちが病院で目を覚ました頃。


 莉奈の墓を作っていた頃。


 詩織が車椅子で生きるための練習をしていた頃。


 佳子や黒田たちと食事をしていた頃。


 その間にも。


 ここでは別の誰かが首輪をつけられていた。


 そして死んだ。


 蓮は拳を握った。


 ふと。


 あることに気づく。


 前回より死体が増えている。


 なら。


 自分たちのゲームで死んだ人間も。


 ここへ運ばれたのではないか。


「…………」


 嫌な考えだった。


 確かめたくなかった。


 それでも蓮の足は動いていた。


 死体の山へ近づき、一人ずつ確認していく。


 知らない。


 知らない。


 この人も違う。


 顔が判別しにくくなっている遺体もある。それでも服装や体格、残された特徴を頼りに探した。


 自分でも、何をしているのだろうと思った。


 見つからない方がいい。


 ここにいない方がいい。


 病院で遺体を引き取れなかった時から、莉奈の身体がどこへ運ばれたのかは分からなかった。


 墓の下に莉奈はいない。


 だからこそ、せめて帰る場所だけでも作りたくて墓を建てた。


 もし。


 ここにいるのなら。


 そんなことを考えながら、蓮は死体を確認していった。


 そして。


 手が止まった。


「…………莉奈?」


 最初は確信できなかった。


 半年という時間は、あまりにも長い。


 腐敗した身体には虫が群がり、あの日の面影などほとんど残っていなかった。


 それでも。


 服を覚えていた。


 体格も。


 そして何より。


 あの日。


 自分の腕の中で動かなくなった少女を、蓮が見間違えるはずがなかった。


「……莉奈」


 もう一度名前を呼んだ。


 返事はない。


 当たり前だった。


 半年前にも。


 最後には返事をしなくなった。


 蓮は膝をついた。


 鼻を刺す腐臭も、周囲を飛び回るハエも、遺体に群がる虫も、その時だけはどうでもよかった。


「こんなところに……いたのかよ」


 墓を作った。


 花も供えた。


 何度も手を合わせた。


 それなのに本人は。


 ずっと。


 この島に置き去りにされていた。


 他の参加者と同じように、死体の山へ放り込まれて。


 蓮は奥歯を噛み締めた。


「最後まで……物扱いかよ」


 運営にとっては。


 死んだPLAYERも。


 死んだゲームマスターも。


 同じなのだろう。


 次のゲームのために片づけるもの。


 あるいは。


 新しく連れてこられた参加者へ恐怖を与えるための舞台装置。


 だから中央広場へ積んでおく。


 それだけ。


 蓮は莉奈の身体へ手を伸ばした。


 積み重なった遺体の間から、ゆっくり引き出していく。


 簡単ではなかった。


 それでもやめなかった。


 服が汚れることも。


 手に何がつくことも。


 虫が這うことも。


 今の蓮には関係なかった。


「……ごめんな」


 ようやく引き出すと、蓮は莉奈を抱えるようにして死体の山から離した。


「半年も……こんなところに置いて」


 自分が置いたわけではない。


 そんなことは分かっている。


 それでも謝らずにはいられなかった。


 蓮は中央広場の端まで莉奈を運んだ。


 そこから少し離れた、木々の近く。


 土が比較的柔らかい場所を選ぶ。


 道具らしい道具は持っていなかった。


 それでも近くで使えそうなものを探し、地面を掘り始めた。


 時間がかかった。


 手も汚れた。


 指も痛くなった。


 途中で何度も息を整えながら、それでも掘ることをやめなかった。


 ゲームは始まっている。


 自分にはクリア条件もある。


 他の参加者が近くにいる可能性もある。


 こんなことをしている場合ではないと、冷静な自分が何度も告げていた。


 それでも。


 これだけは。


 置いていけなかった。


「前は……ちゃんと連れて帰れなかったからな」


 蓮は掘った穴を見つめながら呟いた。


「墓だけ作って……終わったつもりになってた」


 莉奈の身体を静かに横たえる。


 あの日のように。


 顔を見る。


 もう、あの笑顔は残っていない。


 それでも蓮の中には、最後に笑った莉奈の顔がはっきり残っていた。


『ずっと……一緒だよ』


 忘れていない。


『約束……』


「ああ」


 蓮は小さく答えた。


「忘れてないよ」


 ゆっくりと土を戻していく。


 一度に大量にはかけなかった。


 少しずつ。


 時間をかけて。


 やがて莉奈の姿が完全に見えなくなり、そこには盛り上がった土だけが残った。


 蓮は近くから大きめの石をいくつか拾い、目印になるように並べた。


 墓と呼べるほど立派なものではない。


 それでも。


 死体の山に置かれたままよりはいい。


「帰ったら」


 蓮はその場へしゃがみ込んだ。


「ちゃんと、また墓参り行くから」


 島に一つ。


 街に一つ。


 二つも墓があるなんて変だな、と一瞬だけ思った。


 もし莉奈が生きていたら、笑ったかもしれない。


 そんなことを考えていると。


 背後から。


「……その人、知り合い?」


 突然、女の声がした。


 蓮は反射的に振り返った。


 同時に身体が動く。


 隠していた武器へ手を伸ばしかけ、寸前で止めた。


 少し離れたところに、一人の女が立っている。


 蓮より若く見えた。


 明るい雰囲気の女だったが、首には間違いなく同じ首輪が装着されている。片手には黒い端末を持っていた。


「……いつからいた」


「え?」


「いつから見てた」


「えーっと……」


 女は少し考えたあと、申し訳なさそうに笑った。


「結構前から?」


「…………」


「いや、声かけようとは思ったんだけどさ。なんか、すっごい真剣だったから」


 蓮は黙って女を見る。


 こんな場所で。


 死体の山を目の前にして。


 どうしてそんな調子で喋れるのか分からなかった。


 女は蓮の警戒など気にしていないように、土を盛った場所へ視線を向けた。


「やっぱり知り合いなんだ?」


「……関係ないだろ」


「まあ、そうなんだけど」


 あっさり引き下がったかと思えば、数秒後にはまた口を開いた。


「でも気になるじゃん」


「…………」


「だってさ」


 女は中央広場の死体の山を指した。


「普通、あれ見たら近づきたくないでしょ?」


 その言葉だけは。


 明るい口調から少し外れていた。


 蓮は女の顔を見る。


「私なんて、ここ来てあれ見た瞬間、本気で逃げようかと思ったし。吐きそうにもなったし」


「だったら逃げればいい」


「でも人がいたから」


「俺か?」


「うん」


 即答だった。


「しかも死体の中から一人だけ引っ張り出して、埋め始めるし。そりゃ気になるよ」


 蓮は答えなかった。


 女は少し首を傾げる。


「彼女?」


「違う」


 今度は蓮が即答した。


「じゃあ妹?」


「違う」


「友達?」


 蓮はしばらく黙った。


「……大事な人だった」


 それだけ答える。


 女は初めて、何も言わなかった。


 ほんの少しだけ表情を変え、土の盛られた場所へ視線を向ける。


「そっか」


 今度は興味本位の軽さを抑えた声だった。


「ごめん」


「……別にいい」


 短い沈黙が流れた。


 先に破ったのは、やはり女だった。


「じゃあ自己紹介しよっか」


「なんでそうなる」


「だって私たち、同じゲームの参加者でしょ?」


 女は自分の首輪を指差す。


「一人で動くより、一緒の方が安全じゃん」


「俺と一緒なら安全だって、なんで分かる」


「分かんないよ?」


「…………」


「でも今のところ、死体をちゃんと埋めてる人が、いきなり私を殺すようには見えないし」


 妙な理屈だった。


 蓮はため息をつく。


 女はそんな反応にも構わず、端末を片手に一歩近づいた。


「私、小宮千尋」


 明るく笑う。


「よろしく」


「……神谷蓮」


「蓮ね」


「神谷でいい」


「じゃあ蓮で」


「聞いてたか?」


「聞いてた聞いてた」


 まったく聞く気がない。


 蓮は頭が痛くなってきた。


 千尋は周囲を見回したあと、当然のように蓮の横へ移動する。


「で、これからどこ行く?」


「なんで一緒に来る前提なんだよ」


「だって一人怖いし」


「俺だってお前が何者か分からない」


「私も蓮が何者か分かんないよ」


 千尋は笑って答えた。


「お互い様じゃん」


 蓮は彼女の首輪を見る。


 端末。


 服装。


 少なくともPLAYERであることは間違いない。


 だからといって信用できるとは限らなかった。


 前回。


 古瀬聡子も。


 最初は普通の参加者に見えた。


 怯え。


 警戒し。


 自分たちと同じように、このゲームへ突然放り込まれた人間にしか見えなかった。


 だが実際には。


 ゲームマスターだった。


 千尋がそうではない保証など、どこにもない。


「一つだけ言っておく」


「なに?」


「俺はお前に、自分のクリア条件は教えない」


「いいよ」


 あまりにもあっさりした返答だった。


「お前も言わなくていい」


「え、でも一緒に行動するなら――」


「言わなくていい」


 蓮は千尋を見た。


「条件を教え合ったからって、信用できるとは限らない」


 千尋の笑顔が僅かに薄れる。


 蓮はそれ以上説明しなかった。


 前回のゲームのことも。


 ここが二度目だということも。


 この島の地形を知っていることも。


 観客の存在も。


 ゲームマスターのことも。


 何一つ話すつもりはない。


 少なくとも。


 今は。


「……蓮って、結構疑り深い?」


「ここで疑わない奴の方がおかしいだろ」


「それは確かに」


 千尋はすぐに笑顔へ戻った。


「じゃあさ、信用できるまで一緒にいればいいじゃん」


「どうしてそうなる」


「その方が早いでしょ?」


 蓮は言葉を失った。


 追い払っても。


 おそらくついてくる。


 そんな予感がした。


 中央広場の死体の山から離れる前に、蓮は一度だけ振り返った。


 その端。


 木々のそばに作った、小さな土の盛り上がりを見る。


「……行ってくる」


 莉奈へ向けて呟いた声は、千尋には聞こえなかったらしい。


「蓮ー?」


 少し先から呼ばれる。


「置いてくよ?」


「なんでお前が先に行くんだよ」


「だって行くんでしょ?」


「場所も知らないだろ」


「あ、そうだった」


 千尋が笑う。


 蓮は小さく息を吐き、彼女の横を通り過ぎた。


 その瞬間。


 ほんの少しだけ。


 半年前の島とは違う時間が動き始めたような気がした。


 死んだ莉奈を、この島の土へ返した。


 そしてその直後。


 蓮は二度目のエクストラバレットで、最初の同行者と出会った。


 PLAYER 04。


 小宮千尋。


 明るく、よく喋り、警戒心というものがあるのか疑いたくなる女。


 もちろん蓮は。


 まだ知らない。


 このゲームで彼女と出会ったことが、これから先の自分の選択に大きく関わってくることを。

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