第8話「You're a Star, Mr. Bulks 前編」
カラン。カラン。カラン。ハンドベルの音が、噴水広場に響く。
「現在、カラバジュースの試飲会をしていま~す。どうぞ、お立ちよりください!」
バルクスと僕は、その広場の中心で試飲会を開いていた。
机。に見せかけた、バルクスの背中の上にグラスを並べて。
いや、テレビはどうしたと思われるかもしれない。
だがこれも全て、集客するための戦略である。
どれだけ素晴らしい番組を作り上げたとしても、視聴者が居なければ成立しない。
幸い、この街では新商品や試作品の催し物が頻繁に行われており、広場にはたくさんの机と椅子が常備されている。
新しいもの好きの住民と、各地から集まる商人たち。その活気こそが、「商人の街」と呼ばれる理由の一つ。
これを利用しない手はない。これは、試飲会のフリをした試写会だ。
世界初の映画『工場の出口』を作ったリュミエール兄弟。
彼らも集客するため、社交場であるカフェを上映場所に選んだ。
僕にとってそれが、この広場だ。
「お、お立ちよりくださあい!」
バルクスも一緒になって声を張る。森林仕込みの声は、とてもよく響いた。
「あら、おっきなお兄さんねぇ」
そして、今のところバレていない。奇跡だ。
正直、変装の質としては下の下の下。
しかし、ケンタウロスに馴染みのないピーカントの住民。街中にケンタウロスが居るとは思わないのだろう。
「ちょっと、良い匂いするじゃない。どこの香水?」
「え、え~っとお。リングパルファム。です」
「あら。あたし、香水屋なのだけれど……聞いたこともないわ。」
バルクスも正体がバレないよう、質問をかわす。
身体の大きさ、匂いの正体、机の傾き具合──あらかじめ想定される質問の答えは、すべて彼の手の平に書き連ねておいた。
これは『想定問答集』と言って、記者会見などで回答者側が事前準備するもの。
まさか、メディア側である僕が作ることになるとは。
とにかく、僕らは集客のためカラバジュースと用紙を渡してゆく。
「このジュースは、貴方の気分によって味が変わります! いまの気分や思い出と、その時の味を記載しながら、飲み比べてみてください!」
「ペンは、机の上にありまあ~す」
カラバの樹液。その性質が、とても良い。
集まった人々は、会話をしたり思い出を振り返る。
楽しい会話なら、甘く深みのある味。悲しい思い出には、渋く濁った味。
その飲み比べている時間が、広場にどんどんと人を集めることになった。
「そろそろかな。バルクス、覚悟はできてる?」
「う、うん。大丈夫」
すでにバルクスには、作戦の全容を伝えておいた。
その作戦はバルクスにとって、辛い経過と結果が伴うかもしれないということも。
それでも、僕の作戦と活動に協力してくれるというのだ。
こみ上げてくるものをジュースで流し込む────ピリリと覚悟の味がした。
「ん゛ん、えー。みなさん! ここで、見てもらいたいモノがあります。テ・レヴィジョン!」
僕の声に合わせ、広場の噴水がスクリーンのように薄く横へ広がる。
管理人さんにタイミングよく水魔法をかけてもらうよう、清掃バイトのよしみで事前にお願いしておいた。
水幕に映し出されたのは、僕が自分の部屋で撮った窓から見える景色。
街路と、街のメインゲートを映した写真だ。
「皆様! 僕は、実際の景色を保存、実現する魔法技術を開発いたしました! これを”テレビ”と言います!」
二百の目が、巨大スクリーンに向く。
中には仕組みがあるのかと噴水の周囲を周ったり、感嘆の声を出すものも居て、まずまずの反応を見せた。
さあ、肝心要は次。
「そして今回、僕はこの技術を使って東の森の実態調査を実施いたしました!」
「東の森?」
ざわめき立つ広場。大丈夫なのかと心配する声、そんなという驚嘆や憤怒。
悲しいけれど、これは台本通り。僕はそれを裂くように魔法を唱えた。
「テ・レヴィジョン!」
その噴水に映し出されたのは、鋭い剣幕で迫るケンタウロスの姿だった。
「うわぁああああ」
「ケ、ケンタウロスだぁあああ!!」
群衆が動くそれを本物だと思い込み、逃げ惑う。机や椅子はバタバタと倒れ、カラバジュースが散る。
「お、落ち着いてください皆さん!」
いやまぁ、そうなるか。映像文化のない彼らにとってセンセーションすぎた。
面倒だが、仕方ない。
上着を放り出し、噴水の中へ飛び込んだ。
じゃばじゃばと重くなる靴をもたげ、水幕に駆ける。
すると映像は、僕の身体を避けるように歪んでゆく。
「ほら、テレビ! テレビですから!」
僕の声に、はっと動きを止める。
しばらくして観客たちは「なんだ」と深いため息を吐く。
それが虚像と分かれば、なんてことは無かった。
「なんだよ、脅かすなよ!」
口々に文句や不満を垂らす人々。その反面、机や椅子を戻して座り直す人々。
そう。人は知的好奇心には勝てないし、負ける理由もない。
文句を言いながらも、つい見てしまうのが映像の魅力だ。
まぁ……先程と比べ、空席が目立つような気もするが。
「えーと、お騒がせ致しました!」
濡れて重くなったズボンを持ち上げ、噴水の縁を跨ぐ。
インナーもビタビタして気持ち悪いけど、着替えている暇はない。
「で、では。これを見た上で一度、お手元のカラバジュースをお飲みください!」
僕の掛け声で飲みだす観客。そして皆、渋い顔をする。
当然だ。ケンタウロスを見て気分が良い人なんて、この街に存在しない。
その味わいに、また一人二人とその席を離れてゆく。
大丈夫。
一人でも残れば、それで良い。
台本通り、台本通りだ。
気付けば、呪いのように自分へ言い聞かせていた。
「それでは、引き続きテレビをご覧ください! テ・レヴィジョン!」
僕は強行するよう、映像を流した。
幼いケンタウロスの背後、弓を三度だけ穿つ姿。
三発目、ピントは的へ移り、その矢は的の中央へ。
射手は後ろを振り返り、嬉しそうに的を指した。
音は流れない。
だが、その少年の喜色は十分に伝わったはず。
実際その映像に、微かな拍手が起きたのを聞き逃さなかった。
「わぁ、嬉しそうですね。続いて、彼らの日常です!」
画面は森の中。
弓稽古に疲れた子供たちが木陰で眠る中、森の中心では女子会が開かれている。
ハーブティー片手に啜り、話し、笑う。
たまに木陰へ目をやって、子供の安否を確認しては話に戻る。
ただその繰り返し、繰り返し。
バルクスが不安そうに囁いた。
「フィルム、こんなのつまらないんじゃ?」
たしかに、本当にただの日常。欠伸が出そうなほど、退屈な日常でしかない。
だが広場に集う数十人は、その退屈を食い入るように見ていた。
それは、ある者にとっては意外だろう。
ある者にとっては衝撃だろう。
ある者にとっては懐疑だろう。
とにかく、ピーカントの住民にとっては想像の外。
狂暴なケンタウロスの日常では無い。そこに映っているのは、ヒトの日常だった。
この街でも一堂に行われている日常が、東に見える森の奥で行われている。
そう突き付けられた事実に、なにか審判でも下ったかのように時が止まった。
ここまでも、僕の書いた台本通り。そして、ここからがラストシーン。
僕は震える唇を舌で濡らし、開いた。
「さぁ。この"テレビ"を見た上で、もう一度、お手元のカラバジュースをお飲みください!」
僕は、街の人々の考えを変えるために来たのではない。
ただ、心に少しの変化をもたらしたいのだ。
この樹液の入った重たい樽は、幸運にも僕の想いを後押ししてくれた。
カラバの樹液は、その人の隠された感情を押し出す力を持っている。
たとえ理性が否定したとしても、本当の感情とカラバの樹液は騙す事が出来ない。
けれど────
「あれ?」
誰一人として飲みだそうとする者が現れない。
かといって、立ち去る者もいない。
ただ続く沈黙。大きく息を呑む。
どうして。トラウマになるほど、初めの味わいが悪かった?
それとも気が乗らないというだけ?
どちらにせよ、これって──
「失敗、した……?」
『大体、分かっとらんだろう。前世の記憶を持つことが、どういうことか──』
神様が言ったその言葉が、十八年越しに染みてくる。
僕のダメなところはダメなまま。
ノリと勢いだけで突っ走る。だから、いつも良い所で特大のミスをする。
転生してそれがガラリと変わるなんて、そんな都合の良い事があるわけがない。
テレビの見過ぎだ。
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