第6話「各馬ゲートに出揃いました②」
人は搾取を嫌う。
人は拘束を嫌う。
人は支配を嫌う。
であるならば、同じく知性を持ったケンタウロスも同じ。
だからどれだけ苦しくても、乗せてほしいなんて言えなかった。
でもいま僕は、ケンタウロスの背中を、熱を感じられている。
「一度だけだ。このサツエイの結果如何に関わらず、だ」
「もちろんだす!」
緊張のあまり噛んでしまう。
騎乗を補助していたケンタウロスが、くすりと肩を揺らした。恥ずかしい。
「もちろん。全力をだそう」
オーサの方はなんか勘違いしている……。
けどまぁ、うまくいくならなんでもいいや。
補助係はクスクス笑いながら、僕とオーサを繋ぐようにグルグルとツタを巻く。
僕はカメラを構えるので、僕はオーサの身体にしがみつけない。
だからこうして、ツタを巻いて固定。落下を防いでいるのだ。
補助係がツタを引っ張り、最後の確認を終わらせる。
そして、真剣な顔で言った。
「よし。ツタ、完璧だす!」
こいつ……。なんで、お笑い文化もない異世界でイジられないといけないんだ。
ちょっと仲良くなりすぎたか。親しき中にも礼儀ありだぞ。
だが、こんなお調子者には構っていられない。
この夕焼けが仕舞われる前に、この撮影を完璧にこなさなければ。
「お二人共。僕の合図と共に、走り出してください!」
湖の対岸でバルクスが手を振る。
オーサの背筋の動きから、頷いていることが分かる。
チャンスは一度きり。これが本当の、本当の本番だ。
「レコー……アクションッ!」
見様見真似の合図が、湖の水面を揺らす。
それはすぐ、地面の揺れと共振し始めた。
走り出す二人。バルクスを捉えるためカメラを構える。
すごい。やっぱり段違いに速い。
オーサだって比較的には速いはず。
なのに、みるみると距離が縮まってゆく。
湖の曲線を傾きながら走るバルクスを、ファインダー越しに見る。
"撮る"ということは、"よく見る"ということ。
いま何が輝いているのか、誰が動こうとしているのか。
撮影者は、その兆候を見抜かなければならない。
そして僕は気付く。
その足取り。他とは違う視線。これが速さの秘訣だと。
ケンタウロス達は、その強靭な脚で力強く地面を蹴る。
そのぶん石や枝、仲間の作った轍を踏んで減速してしまう。
しかし、バルクスは違った。走りながら、先の地面を幾度も見ている。
地形や障害物など見据え、瞬時に走りやすい箇所を見極めている。
だからガッチリとした体付きながらも、この速さを維持し続けていられるのだ。
僕は揺れるオーサの背の上で、ソレを逃さないよう握り込む。
どん、どん、どんと、迫りくるバルクス。
その圧にだって負けないほど、強く、握り込む。
距離はもう一馬身差。
すぐ、横を通り過ぎる。
バルクスは、爽やかに微笑んでいた。夕焼けよりも輝いていた。
君は──もう、立派な演者だ。
オーサが止まるのを待っていられなかった。
揺れる背中の上で、カメラから羊皮紙を引っ張り出して唱える。
「テ・レヴィジョン!」
湖にバルクスの走り姿が映し出される。まるで映画館の巨大スクリーン。
沈んでゆく夕日は、開演を告げる消灯のようだ。
録音さえ出来ないカメラが映し出した映像は、森の静寂を攫った。
「「「うぉぉぉおおおおお」」」
画角に映らないよう森の奥へ隠れていたケンタウロスたちが、湖の際へ一斉に走り出す。
オーサだって例に漏れず、僕が降りるのも待たずに湖に駆け寄る。
僕も繋がれたツタを引きちぎり、オーサの背から見下ろし眺めた。
気付けば。土曜八時のお茶の間が、この湖畔で形を成していた。
「かっけぇ……」
ため息に似た声が漏れる。
なんて迫力だ。
夕焼け。それを反射する湖。跳び駆けるバルクス。手ブレ。
画面内に映る全ての要素が噛み合い、肉眼で見るよりも迫力が増していた。
「これが……テレビ……」
そう呟いたオーサの顔を覗き込む。
後ろから、徐々に上がってゆく左口角が見えた。
僕は、その顔が見たかったんだ。
◇ ◇ ◇
鑑賞会は真夜中まで続いた。
いや、鑑賞会よりも宴の方が正しい表現かもしれない。
「♪リングの森は、明るい森~でも虹色のゲロには気を付けろ~」
ケンタウロスの陽気な歌声と、楽しい演奏が鳴り響く。
東の森の歌とはちがう、純粋な音楽。
これは僕も驚いたことなのだが、ゲインツバードは歌声に合わせて音楽を奏でる習性があるらしい。
今もこうして、弦楽器や打楽器のような音を奏でて歌を盛り上げている。
東の森、もとい『リングの森』。
その湖畔で、枯れたキャプツタを燃やし囲むキャンプファイヤー。
樹液で作られたドリンクを飲み、肉を喰らう。
僕はこの世界で、初めての青春をしていた。
「ドリンク、うまいか?」
オーサが問う。
「はい!」
僕が元気よく返事をすると、満足そうに頷いた。
「これはな、『カラバの樹液』だ。飲んだ者の気分によって味が変わる。旨いってことは、それだけ最高な気分ってことだ!」
ガハハと笑いながら、肉にかぶりつくオーサ。
こんなに笑うんだ。初対面の時と、印象がだいぶ違うな。
思えば、この森の真実を伝えるなんて偉そうに意気込んでいた。
けれど、真実を伝えられていたのは僕自身だった。
ゲインツバードのことだって。キャプツタのことだって。この森の樹液のことだって。何も知らなかった。
そういえば、これは何の肉なんだろう。鶏肉では無さそうだけど。
「これって、何の肉ですか?」
「あぁ、それは──パップロップのロースだ」
「パ……グフォッ」
思わず噴き出す。
え、あの可愛くて、もっふもふの、パップロップのロース?
ロースってことは、背中? マジ?
でも────うん。旨い。
パリパリと弾ける皮は北京ダックのよう。
もっちりとした肉厚とジューシーな油分は、食べ応え抜群。
中に詰められたハーブは鼻の奥をくぐり、後味を調えてくれる。
その美味に舌鼓を打っていると、バルクスが寄って言った。
「なあ、フィルム。ニンゲンの世界にも、うまいもんってあるのかあ?」
「ありますよ、いっぱい。例えば、よく母が作ってくれるスープは──」
バルクスは、人間の生活に興味を持ってくれていた。
人間の文化や生活、いまの流行りなんかも聞かれた。
ケンタウロス側にだって、人間に対する誤解があるはず。
それでもなお、こうして相手を知ろうという姿勢を見せてくれた。
その雪解けに、目頭が熱くなる。
だが僕の話が進むにつれ、オーサの顔に影が差す。
先ほどまで見せていた快活な笑顔は、徐々に消えていった。
やはり、オーサと人間の間には何かあったのだろう。
テレビマンならここで、インタビューをすべきなのかもしれない。
でも、まだ、踏み込んではいけない気がした。
オーサは、僕を信用している訳ではないと思う。
仲間が信用しているから、自分も信用するというだけ。
そんな状態で、彼の口から理由を聞くのは気が引けた。
しかし、彼の「仲間の想いに答えたい」というのは本物。
ならば。と、話を変えることにした。
「その、バルクスさん。どうして人間の暮らしに興味があるんですか?」
彼の想いを聞いてもらうこと。
それでなにか、オーサが納得感を得られたらいいなと考えた。
「興味っていうか……どうしても話したいニンゲンがいるんだ」
「バルクスお前、ニンゲンに知り合いがいるのか?!」
オーサが驚き、顔を上げる。
人間と接触しないよう言い聞かせていたのだろうから、無理もない。
今にも身を乗り出しそうな彼に、バルクスは慌てて否定した。
「あぁ、いやあ。知り合いって言うほどじゃないんだ。1年前に森の端で出会ったニンゲン。たぶん、メスの子供だと思うんだけど……」
いや、メスって……。
「俺と目が合った瞬間、そのニンゲンが泣いちゃってさあ。そのまま逃げちゃったんだ。何度も転びながら」
「バルクスさん……それは、辛かったですね」
そう慰めようと脚の根本をさする。
だが、バルクスは首を振った。
「そうじゃないんだあ。たしかに悲しかったけど。そんなことより、悪い事したなあって……驚かせちゃってゴメンって謝りたいんだ」
バルクス──。
自分が怖がられた悲しさよりも先に、申し訳なさが勝ってしまうのか。
思えばこの森に来てから、バルクスには何度も助けられていた。
僕が撮った映像を見つけてくれたのも、荒ぶるオーサを説得し始めたのも。全てバルクスだった。
そうだよ。彼は空気が読めないわけじゃない。
ただ、他人と見ている世界が違うだけなんだ。
その気づきは何故か、中学時代の自分まで肯定されたような気がした。
漫画もゲームも買い与えてもらえなかった僕。
それらの話題について行けず、浮いていた教室。
空気が読めない奴と、陰で言われる日々。
唯一、共通の話題は『テレビ』だけだった。
バルクス越しに、前世十三歳の自分を勝手に重ねてしまう。
あれ。頬が冷たい──。
涙がこぼれている。え、なんで?
これじゃまるで、「この歌詞、私のことだ」なんて言ってるのと変わりないじゃないか。
「あっ、ごめんなあ。こんな湿っぽい話。今日は宴だもんなあ──楽しんでね、フィルム」
バルクスの爪音が遠のいていく。
意味もなく引き留めたくなるほど、感情がせり上がった。
けれど、口を開けば嗚咽が出てしまいそう。
本来は、オーサに仲間の想いを聞かせるためだったのに。
もはや僕ですら、泣いている意味が分からない。
だが何かを察したのか。オーサは優しく静かに問いかけてきた。
「バルクス。変な奴だが……良い奴だろう?」
「────はい!」
「んん………………ニンゲンの世界にも居るのか、あんな奴は」
どうなんだろう。そりゃ、嫌な奴は沢山いる。
というか、自分が良い奴なのかも分からない。
けれど────
「居ます……絶対に、そういう人が。少なくとも、僕の記憶の中には居ます。どんな世界にも、ここは素晴らしい世界なんだと思わせてくれるような人が!」
どんな世界にも、どんな種族にも奇跡がある。
色んな人の顔が、頭をよぎる。
この異世界に産まれ、沢山の人に支えられて生きてきた。
僕の両親はもちろん、街の住民や獣人の商人さんまで。
さらに前世では、神代先輩に散々お世話になった。
そして僕が見つめる先には、彼が居る。じっと見つめ、伝えた。
オーサは「そうか」と呟き、目線を逸らした。
陰りのある目に炎が揺れる。
そして、小指で鼻を掻き、ひとつ呟いた。
「俺も一人、知っている」
「……え。それって──」
僕は少しだけ、森の匂いが好きになれた気がした。
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