↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/34

第5話「各馬ゲートに出揃いました①」

 東の森は生きている。


 ゲインツバードが魔物のような悪声を聞けば、虹色のゲロを吐いて飛ぶ。

 そのゲロを被ったツタは活性化。

 うねうねと動いて魔物に絡みつけば、その栄養を奪い尽くす。

 こうして奪った栄養素の一部が土へと流れ、木々を育てる。


 そうやって東の森は生きている。と、本で読んだ。


 だが、その伝聞にどこまでの価値があるのか。

 実際に見聞きすることを、凌駕できるのだろうか。


 いや。見聞を超える伝聞はないと、言い切って良い。

 だって僕の顔面は、虹色に輝いて異臭を放っているのだから。


「んん……うぇ。ゲホッ、コホゥ」


「起きたか、ニンゲン」


「わっ」


 その低い声に、逃げ出すための筋肉が勝手に震える。

 先ほどまで殺意の矢を向けていたオーサの声。


「そう怯えるな。貴様に害意がないことは理解した……宥《とが》めもされた。それに、あれを見ろ」


 オーサの太い指が、森の陰をさす。

 その陰では、幼いケンタウロスたちが水筒を"回し飲み"ならぬ"回し見(まわしみ)"をしているようだった。


「貴様が持ってきた奇怪な酒。みな、朝まで釘付けだ。今も、起きて来た子供たちが見ているところ。一体あれは、なんという酒だ」


 なんと言うか、それは決まっていた。


「テレビ、です。カメラって道具で捉えたものを映し出せて──別にお酒だけじゃない。その湖にだって映し出せますよ」


 そのもっと大きな画面で──地面に手を付こうと身体を動かす。


「いッでェっ」


 腕に激痛。忘れていた、思いきり踏まれていたんだった。


 それにしてもこの痛み、怪我の具合は如何ほどなんだ。

 どんな惨状なのか考えるだけで恐ろしい。

 治癒魔法にだって限度はあるし、腕の感覚も有るようで無いような不思議な感じ。


 呼吸を一つ置いて、視界の端に入れる。


「な、なんだこれっ!?」


 視界の中央へ、それが映る。

 垂れた腕は赤黒く腫れ、とても自分のモノとは思いたくない様相。

 だが、それどころですらない。


 ツタがぐるぐると巻かれ、腕に食い込んでいるのだ。

 魔物から栄養を吸い取るという、あのツタ。

 そういえば、体がだるくて重いような気がする。

 指先も、鬱血《うっけつ》しているように見える。


 早く振りほどかなければ──でもそんな余力はないし、とにかく痛い。腕なんて上がるわけがない。


 もう噛み千切ってしまおうと首を伸ばしたとき、オーサが僕の肩を掴んだ。


「落ち着け。それは栄養を吸い、分け与える(・・・・・)『キャプツタ』だ。もうじき貴様の腕が治る」


 分け与える? 治す?

 なんだその話、聞いたこともない。

 そんな便利アイテムなら、市場にも流通するはずだ。


 ──────待て。


 どうして、ツタが枯れているんだ。

 先程まで青々としていたツタは、茶色く萎びている。

 そればかりか、僕の腕に浮き上がっていた赤黒い痣も消えている。


「そんな、どうして」


 オーサの顔を見上げても、静かにうなずくだけ。


 ……彼を信じるしかない。ゆっくりと、腕に力を入れた。


「ッ──痛くない。なんで」


「まぁ、それは秘密。だな」


 驚くばかりの僕を、したり顔で返す。

 こう治してくれたのは嬉しいが、彼の上がった左口角は憎たらしい。


 その顔を薄目で睨んでいると、今度は左眉を上げながら言った。


「ま、『どうしても知りたい』というなら、そのカメラやらテレビやら。お前が来た目的なども話して貰おうか」


 提示されたのは等価交換──ではない。

 願ったり叶ったり。僕がなぜこの森に来たのか、それを話しに来たのだから。


 僕はささっとツタを払い落とし、大声で彼らを集めた──。


 取材の心得その2『自分のことを、さらけ出す』。


 僕のこと。カメラのこと。テレビのこと。

 東の森の歌のことまで、包み隠さず伝える。


 人に名前を尋ねる際は自分から名乗るように、自らが映し鏡のようにならねばならない。

 そうすることで互いの緊張をほぐし、話しやすくする『アイスブレイク』の効果もある。


「────僕は、皆さんの真実を伝えたいんです。このカメラで!」


 首から下げたカメラを掲げ、締めの台詞で森を震わせる。

 自分なりに熱を込めて伝えたつもりだった。


 だが、いまいち。プレゼン前とプレゼン後で表情が変わっていない気が。

 それを証明するかのように、オーサが口を挟んだ。


「それで……我々が協力して何がある。ニンゲンの誤解が解けて、何になるんだ?」


 忘れていた。取材の心得その3「相手のメリットを提示する」。


 投げかけられる当然の疑問。

 ケンタウロスたちが撮影に協力するメリット──か。


 人間との共存?

 しかし彼らは、自立した組織形態を持っている。

 いまさら人間との交流で得られるものは少ないだろう。


 ケンタウロスの地位向上? それも違う。

 彼らはこの森のリーダー。生きとし生ける植物や動物を実効支配している。

 外の世界の地位など、微塵の興味もないだろう。


 では、なにか。彼らの心を突き動かす理由。


「それは……」


 僕がひねり出した答えは──


「"コワイ"より、"カッコイイ"って思われたくないですか!?」


 単 純 明 快。

 承 認 欲 求。


 異世界に行ったって、あのマズローは同じ結論を出すだろう。

 それほどまでに、知性というものは欲深くてねばっこい。


 愛と平和をうたう歌手も、陰鬱をえがく画家も、その裏面のどこかに羨望への期待がある。

 自分の表現を認められたいという想いがある。

 その「伝えたい」が、テレビを成立させている。


 他人に認められることが、どれほど気持ちの良いことか──。

 AD時代にやらされた、前説のスキルを活かす時だ。


「どうですか、そこのお兄さん。良い筋肉してるじゃないですか」

「そこのお姉さんだって、毛並みがツヤツヤだ!」


 わざとらしいほどの煽《おだ》て方に、「なんだそれ」と弛緩していく空気。

 まさに嘲笑の的。


 ゲラゲラと涙を流してまで笑う者や、呆れた顔で肩をすくめる者だって居る。

 だが僕は、表情一つ崩さず褒め続けた。


「なにを言いますか。素敵な笑顔しちゃって」

「僕の耳を掠めた矢、あなたのでしょう? お見事!」


 初めのうちこそ、響いた笑い声。

 しかし、ほどなくして空気が張り詰める。

 僕がその賞賛を言い終わる頃には、そのほとんどが口を紡ぎ、なんでもないものを見つめていた。


 しばらくして、一人のケンタウロスが漏らす。


「思われ…………たい、かも」


 その一言が、限界まで引き絞られていた弓を解き放つ。


「俺、けっこう筋肉美には自信あるんだけどな」

「アタシの毛並みだって、こんなに手入れされてるのに……」

「お、俺たちは、ただの獣じゃねぇ。恐れられるのは、もう御免だ!」


 弦が切れたかのように、それぞれがその想いを放ち始めた。

 その矢は、みんなの胸奥《きょうおう》へと深く突き刺さってゆく。


 ただ一人を除いて──


「お前らッ!」


 穿たれる一喝。


「人間の与太話など、信じるなッ!」


 最前、オーサの声が轟く。

 鼓膜がぶるぶると震え、痛みさえ感じた。

 思わず顔が歪み、耳を塞いでしまう。


「耳が痛むか。だが、それ以上の痛みを俺はニンゲンから受けた! ニンゲンになど、認められてたまるか!」


 やはり、ニンゲンとケンタウロス──特にオーサとの間に何かあるらしい。

 一度、熱狂した空気感も冷え込んでゆく。


 ダメだ。

 個々があれほどの想いを持っているのに、無駄にするわけにはいかない。

 事情を聴いて説得しなければ──舌で唇を濡らす。


 だが、僕が口を開くまでもなかった。


「オーサぁ……」


 木の陰。申し訳なさそうに、水筒を持ったバルクスが顔を出す。


「なんだ、バルクス。お前にも幼い頃から聞かせて来たはずだ。分かる、よな?」


 バルクスの目が逸れ、細かくブルブルと首が揺れる。


「俺も……俺も怖がられるのは悲しいよお。それにさあ──」


「それに?」


「フィルムも人間だろお。あんまり悪く言うのは、かあいそう……だと思う」


 その言葉に、オーサがこちらを振り返る。目が合って、顔が歪む。

 怒りのような、悲しみのような、迷いも見える顔。


「同じだ……ニンゲンは我々を見下し、蔑み、そして道具のように扱う」


「…………」


 一体なにがあったのか、それを聞くべきなのか。

 何を言えばいいのか分からない。何も言うべきではないのかもしれない。


 ただ言えるのは、オーサの苦痛や悲哀を包み込めるほど、僕らは暖かくない。

 そんな人間とケンタウロスを繋ごうなんて、僕のエゴだったんだ。


 的から矢を引き抜くように、痛みを伴いながら想いが離れていく。

 そして最後の一本を引き抜こうとしたとき、ある声が僕を止めた。


「それは違うぞ、オーサ」


 ひときわ大きな腕が、オーサを指す。

 僕が初めに賞賛した、筋肉の大きなケンタウロスだ。


「そこのニンゲンは少なくとも、俺の筋肉を褒めてくれた!」

「アタシの毛並みもね。それのどこが蔑んでいるって言うの?」


 オーサの目が泳ぐ。

 気付けば、ケンタウロス達は僕と同じ方向を見ていた。


「おまえら何を……まさか、あの程度のことで絆《ほだ》されたか」


「悪いが、もっと単純だ。俺達はあまりニンゲンを知らない。けど、初めて会ったニンゲンが、思いのほか悪くなかった。ただ、それだけだ」


「っ…………」


 そうだ。僕もだ。

 陽気な彼らと会って、そこで初めて偏見が消えた。

 あの時にオーサと対面していたら、あの恐怖は払拭できなかったはず。


 僕にとっての彼ら(・・)は、彼らにとっての僕(・)だ。


 みんなの想いに体が押し出される。気付けば、オーサの目前まで飛び出していた。


「…………なんだ」


「オ、オーサさん。僕に……僕らに一度だけチャンスをください。お願いします!」


 ただ深々と頭を下げる。

 もちろん、この世界に御辞儀の文化は無い。

 しばらくの沈黙が続く。


 そして────


「はぁ…………。おい、ニンゲン」


「は、はい!」


「顔が臭い。北の湖で洗ってこい、話はそれからだ」


「ッ──はい!」


 その顔は、どことなく父に似ているような気がした。


◇   ◇   ◇


 そこからの撮影作業は、彼らの協力もあって非常にスムーズだった。


 子供たちの弓稽古。

 普段の穏やかな生活。

 ケンタウロスの女子会。

 おしゃれに編み込まれた髭や尻尾も、ついでに。


 なにも、取り立てて撮影するほどの光景ではない。だからこそ意味がある。

 ケンタウロスへの偏見を覆すのは、その平凡さだ。


 そして、ラストを飾るクライマックス。

 森の中央に位置する巨大な湖、その外周をケンタウロスが弓を構えて走るシーン。


 もう待ちきれないといった様子で、一人のケンタウロスが声を上げた。


「フィルム、次は誰を……トるんだ?」


「うーん……理想なのは、いちばん速いケンタウロスかなぁ」


 僕のなにげない呟きに、群衆がざわめく。

 満場一致でアイツだ。みたいな空気感。

 そんな速いケンタウロス、居たっけ?


 たしかに、みな速い。

 だが、僕がケンタウロスに狩られ逃げていた時も、特別に速いといった者は居なかった気がする。


 そんなことを巡らせていると、口々にその名を呼び始めた。


『バルクス』


 え?

 いや、まさか。


 群衆に押し出されるように出てきたのは、そのまさかだった。


「えーと、バルクスさんが……この中でいちばん速いんですか?」


 静かに頷くバルクス。他のケンタウロスたちも自慢げといった感じ。


 だが僕の見立てからすれば、馬の部分は身体がガッチリしすぎている。

 人型の身体も、ケンタウロスの中では中肉中背気味。


 でも。いや、まぁ……。

 前世、競馬で負けまくっていた僕の見立て。何の役に立つ。

 うん。即決。


「よし、じゃあバルクスさん。対岸から僕と同じ方向へ、全力で外周を走ってください!」


「お、おう!」


 バルクスが対岸まで駆け出す。

 見たところ、そんなに速いようには見えないが……。


「準備できたよおー」


 しばらくして、彼は対岸から大きく腕を振って合図した。

 よし、撮影開始だ。


 僕はカメラを片手に走り出した。


「じゃあ行きます、レコー!」


 そして、すぐに後悔した。


「うぁ。うわあああああああ!!」


 はyい、はやい早い速い!

 明らかに他のケンタウロス達とは走り方が違う。

 力ではなく飛び跳ねるような、ふわりとした速さ。もう目前。


「ちょま、待って」


 たまらず止めようとするが、聞こえていない。

 ヤバイ。このままだと轢かれる。


 右手には湖、左手は地面。

 魔導カメラも羊皮紙も、水には強い。

 地面に激突して壊れるぐらいなら、沈んだ方がマシ。


 僕は、ためらいなく湖に飛びこむ。

 ごぼごぼと音が籠る水の中、外から笑い声が聞こえた。


『ハハハ! さすがにバルクスは速すぎたか』


 いや、速すぎだ。

 湖も中々に広いので、五秒ほど撮れたら良しなんて思っていた。

 しかし、一秒にも満たない速さで迫られ、このザマ。


 水面へ浮上すると、バルクスが心配そうに顔を覗かせていた。


「大丈夫かあ?」


 僕はその手を取り這い出る。

 そして、肺が痛むほど空気を吸い込んだ。


 はぁ、死ぬかと思ったぞ。


「もう少し、遅くした方がいいかあ? フィルム」


 バルクスから持ち出された提案。せっかくだが──


「いや、そのままで……そのままで、いい」


 いや、そのままじゃないと"ダメ"。

 ケンタウロスのカッコよさを伝えるためには、全力で最高速度を叩き出して貰わなければならない。


 僕はそれから、何度も撮り続けた。

 轢かれかけては水没。轢かれては埋没。

 そのたびにキャプツタを巻いて治してもらう。


 それを何度くりかえしたっけ。

 少なくとも、枯れたツタは焚き火が出来るほど積み重なっていた。


「あふ……うふぅ……」


 開《ひら》けた空はもう赤く。森の緑は黄金に輝いていた。

 あれ、こんなに綺麗だったっけ。


「フィルム……もう辞めた方がいいんじゃ」


 え、辞める?

 変なことを言うんだな。

 絶好の背景。完璧な時間帯。最高のシチュエーション。


 こんな最高の取れ高、辞めるわけにはいかない。


「も、もう一回だけ、おねがいします……ゲホッ」


 もう時間も、羊皮紙の残りも少ない。この夕焼けの間に撮り切らないと。


 で、も────。


 ふらりと意識が遠のく。

 目の前に存在するはずもない糸を掴もうと、何度も手をばたつかせる。


 あぁ、太陽が。夕焼けが消えてゆく。

 ダメだ。これぐらい、なんてことないはず。


 僕は、取れ高を掴みに行くんだ──


 刹那。ぐっとした感触が手に渡る。

 何か、握り込んだ。手ではない。

 ましてや、取れ高なんてものでもない。


 これは────弓?


 目を開くと、弓を持ったオーサが見下ろしていた。


 そして僕は、耳を疑うことになる。


「………………俺に、乗れ。ニンゲン」

リアクションや☆での応援、フォロー。

特に、コメントしていただけると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。