第5話「各馬ゲートに出揃いました①」
東の森は生きている。
ゲインツバードが魔物のような悪声を聞けば、虹色のゲロを吐いて飛ぶ。
そのゲロを被ったツタは活性化。
うねうねと動いて魔物に絡みつけば、その栄養を奪い尽くす。
こうして奪った栄養素の一部が土へと流れ、木々を育てる。
そうやって東の森は生きている。と、本で読んだ。
だが、その伝聞にどこまでの価値があるのか。
実際に見聞きすることを、凌駕できるのだろうか。
いや。見聞を超える伝聞はないと、言い切って良い。
だって僕の顔面は、虹色に輝いて異臭を放っているのだから。
「んん……うぇ。ゲホッ、コホゥ」
「起きたか、ニンゲン」
「わっ」
その低い声に、逃げ出すための筋肉が勝手に震える。
先ほどまで殺意の矢を向けていたオーサの声。
「そう怯えるな。貴様に害意がないことは理解した……宥めもされた。それに、あれを見ろ」
オーサの太い指が、森の陰をさす。
その陰では、幼いケンタウロスたちが水筒を"回し飲み"ならぬ"回し見"をしているようだった。
「貴様が持ってきた奇怪な酒。みな、朝まで釘付けだ。今も、起きて来た子供たちが見ているところ。一体あれは、なんという酒だ」
なんと言うか、それは決まっていた。
「テレビ、です。カメラって道具で捉えたものを映し出せて──別にお酒だけじゃない。その湖にだって映し出せますよ」
そのもっと大きな画面で──地面に手を付こうと身体を動かす。
「いッでェっ」
腕に激痛。忘れていた、思いきり踏まれていたんだった。
それにしてもこの痛み、怪我の具合は如何ほどなんだ。
どんな惨状なのか考えるだけで恐ろしい。
治癒魔法にだって限度はあるし、腕の感覚も有るようで無いような不思議な感じ。
呼吸を一つ置いて、視界の端に入れる。
「な、なんだこれっ!?」
視界の中央へ、それが映る。
垂れた腕は赤黒く腫れ、とても自分のモノとは思いたくない様相。
だが、それどころですらない。
ツタがぐるぐると巻かれ、腕に食い込んでいるのだ。
魔物から栄養を吸い取るという、あのツタ。
そういえば、体がだるくて重いような気がする。
指先も、鬱血しているように見える。
早く振りほどかなければ──でもそんな余力はないし、とにかく痛い。腕なんて上がるわけがない。
もう噛み千切ってしまおうと首を伸ばしたとき、オーサが僕の肩を掴んだ。
「落ち着け。それは栄養を吸い、分け与える『キャプツタ』だ。もうじき貴様の腕が治る」
分け与える? 治す?
なんだその話、聞いたこともない。
そんな便利アイテムなら、市場にも流通するはずだ。
──────待て。
どうして、ツタが枯れているんだ。
先程まで青々としていたツタは、茶色く萎びている。
そればかりか、僕の腕に浮き上がっていた赤黒い痣も消えている。
「そんな、どうして」
オーサの顔を見上げても、静かにうなずくだけ。
……彼を信じるしかない。ゆっくりと、腕に力を入れた。
「ッ──痛くない。なんで」
「まぁ、それは秘密。だな」
驚くばかりの僕を、したり顔で返す。
こう治してくれたのは嬉しいが、彼の上がった左口角は憎たらしい。
その顔を薄目で睨んでいると、今度は左眉を上げながら言った。
「ま、『どうしても知りたい』というなら、そのカメラやらテレビやら。お前が来た目的なども話して貰おうか」
提示されたのは等価交換──ではない。
願ったり叶ったり。僕がなぜこの森に来たのか、それを話しに来たのだから。
僕はささっとツタを払い落とし、大声で彼らを集めた──。
取材の心得その2『自分のことを、さらけ出す』。
僕のこと。カメラのこと。テレビのこと。
東の森の歌のことまで、包み隠さず伝える。
人に名前を尋ねる際は自分から名乗るように、自らが映し鏡のようにならねばならない。
そうすることで互いの緊張をほぐし、話しやすくする『アイスブレイク』の効果もある。
「────僕は、皆さんの真実を伝えたいんです。このカメラで!」
首から下げたカメラを掲げ、締めの台詞で森を震わせる。
自分なりに熱を込めて伝えたつもりだった。
だが、いまいち。プレゼン前とプレゼン後で表情が変わっていない気が。
それを証明するかのように、オーサが口を挟んだ。
「それで……我々が協力して何がある。ニンゲンの誤解が解けて、何になるんだ?」
忘れていた。取材の心得その3「相手のメリットを提示する」。
投げかけられる当然の疑問。
ケンタウロスたちが撮影に協力するメリット──か。
人間との共存?
しかし彼らは、自立した組織形態を持っている。
いまさら人間との交流で得られるものは少ないだろう。
ケンタウロスの地位向上? それも違う。
彼らはこの森のリーダー。生きとし生ける植物や動物を実効支配している。
外の世界の地位など、微塵の興味もないだろう。
では、なにか。彼らの心を突き動かす理由。
「それは……」
僕がひねり出した答えは──
「"コワイ"より、"カッコイイ"って思われたくないですか!?」
単 純 明 快。
承 認 欲 求。
異世界に行ったって、あのマズローは同じ結論を出すだろう。
それほどまでに、知性というものは欲深くてねばっこい。
愛と平和をうたう歌手も、陰鬱をえがく画家も、その裏面のどこかに羨望への期待がある。
自分の表現を認められたいという想いがある。
その「伝えたい」が、テレビを成立させている。
他人に認められることが、どれほど気持ちの良いことか──。
AD時代にやらされた、前説のスキルを活かす時だ。
「どうですか、そこのお兄さん。良い筋肉してるじゃないですか」
「そこのお姉さんだって、毛並みがツヤツヤだ!」
わざとらしいほどの煽て方に、「なんだそれ」と弛緩していく空気。
まさに嘲笑の的。
ゲラゲラと涙を流してまで笑う者や、呆れた顔で肩をすくめる者だって居る。
だが僕は、表情一つ崩さず褒め続けた。
「なにを言いますか。素敵な笑顔しちゃって」
「僕の耳を掠めた矢、あなたのでしょう? お見事!」
初めのうちこそ、響いた笑い声。
しかし、ほどなくして空気が張り詰める。
僕がその賞賛を言い終わる頃には、そのほとんどが口を紡ぎ、なんでもないものを見つめていた。
しばらくして、一人のケンタウロスが漏らす。
「思われ…………たい、かも」
その一言が、限界まで引き絞られていた弓を解き放つ。
「俺、けっこう筋肉美には自信あるんだけどな」
「アタシの毛並みだって、こんなに手入れされてるのに……」
「お、俺たちは、ただの獣じゃねぇ。恐れられるのは、もう御免だ!」
弦が切れたかのように、それぞれがその想いを放ち始めた。
その矢は、みんなの胸奥へと深く突き刺さってゆく。
ただ一人を除いて──
「お前らッ!」
穿たれる一喝。
「人間の与太話など、信じるなッ!」
最前、オーサの声が轟く。
鼓膜がぶるぶると震え、痛みさえ感じた。
思わず顔が歪み、耳を塞いでしまう。
「耳が痛むか。だが、それ以上の痛みを俺はニンゲンから受けた! ニンゲンになど、認められてたまるか!」
やはり、ニンゲンとケンタウロス──特にオーサとの間に何かあるらしい。
一度、熱狂した空気感も冷え込んでゆく。
ダメだ。
個々があれほどの想いを持っているのに、無駄にするわけにはいかない。
事情を聴いて説得しなければ──舌で唇を濡らす。
だが、僕が口を開くまでもなかった。
「オーサぁ……」
木の陰。申し訳なさそうに、水筒を持ったバルクスが顔を出す。
「なんだ、バルクス。お前にも幼い頃から聞かせて来たはずだ。分かる、よな?」
バルクスの目が逸れ、細かくブルブルと首が揺れる。
「俺も……俺も怖がられるのは悲しいよお。それにさあ──」
「それに?」
「フィルムも人間だろお。あんまり悪く言うのは、かあいそう……だと思う」
その言葉に、オーサがこちらを振り返る。目が合って、顔が歪む。
怒りのような、悲しみのような、迷いも見える顔。
「同じだ……ニンゲンは我々を見下し、蔑み、そして道具のように扱う」
「…………」
一体なにがあったのか、それを聞くべきなのか。
何を言えばいいのか分からない。何も言うべきではないのかもしれない。
ただ言えるのは、オーサの苦痛や悲哀を包み込めるほど、僕らは暖かくない。
そんな人間とケンタウロスを繋ごうなんて、僕のエゴだったんだ。
的から矢を引き抜くように、痛みを伴いながら想いが離れていく。
そして最後の一本を引き抜こうとしたとき、ある声が僕を止めた。
「それは違うぞ、オーサ」
ひときわ大きな腕が、オーサを指す。
僕が初めに賞賛した、筋肉の大きなケンタウロスだ。
「そこのニンゲンは少なくとも、俺の筋肉を褒めてくれた!」
「アタシの毛並みもね。それのどこが蔑んでいるって言うの?」
オーサの目が泳ぐ。
気付けば、ケンタウロス達は僕と同じ方向を見ていた。
「おまえら何を……まさか、あの程度のことで絆されたか」
「悪いが、もっと単純だ。俺達はあまりニンゲンを知らない。けど、初めて会ったニンゲンが、思いのほか悪くなかった。ただ、それだけだ」
「っ…………」
そうだ。僕もだ。
陽気な彼らと会って、そこで初めて偏見が消えた。
あの時にオーサと対面していたら、あの恐怖は払拭できなかったはず。
僕にとっての彼らは、彼らにとっての僕だ。
みんなの想いに体が押し出される。気付けば、オーサの目前まで飛び出していた。
「…………なんだ」
「オ、オーサさん。僕に……僕らに一度だけチャンスをください。お願いします!」
ただ深々と頭を下げる。
もちろん、この世界に御辞儀の文化は無い。
しばらくの沈黙が続く。
そして────
「はぁ…………。おい、ニンゲン」
「は、はい!」
「顔が臭い。北の湖で洗ってこい、話はそれからだ」
「ッ──はい!」
その顔は、どことなく父に似ているような気がした。
◇ ◇ ◇
そこからの撮影作業は、彼らの協力もあって非常にスムーズだった。
子供たちの弓稽古。
普段の穏やかな生活。
ケンタウロスの女子会。
おしゃれに編み込まれた髭や尻尾も、ついでに。
なにも、取り立てて撮影するほどの光景ではない。だからこそ意味がある。
ケンタウロスへの偏見を覆すのは、その平凡さだ。
そして、ラストを飾るクライマックス。
森の中央に位置する巨大な湖、その外周をケンタウロスが弓を構えて走るシーン。
もう待ちきれないといった様子で、一人のケンタウロスが声を上げた。
「フィルム、次は誰を……トるんだ?」
「うーん……理想なのは、いちばん速いケンタウロスかなぁ」
僕のなにげない呟きに、群衆がざわめく。
満場一致でアイツだ。みたいな空気感。
そんな速いケンタウロス、居たっけ?
たしかに、みな速い。
だが、僕がケンタウロスに狩られ逃げていた時も、特別に速いといった者は居なかった気がする。
そんなことを巡らせていると、口々にその名を呼び始めた。
『バルクス』
え?
いや、まさか。
群衆に押し出されるように出てきたのは、そのまさかだった。
「えーと、バルクスさんが……この中でいちばん速いんですか?」
静かに頷くバルクス。他のケンタウロスたちも自慢げといった感じ。
だが僕の見立てからすれば、馬の部分は身体がガッチリしすぎている。
人型の身体も、ケンタウロスの中では中肉中背気味。
でも。いや、まぁ……。
前世、競馬で負けまくっていた僕の見立て。何の役に立つ。
うん。即決。
「よし、じゃあバルクスさん。対岸から僕と同じ方向へ、全力で外周を走ってください!」
「お、おう!」
バルクスが対岸まで駆け出す。
見たところ、そんなに速いようには見えないが……。
「準備できたよおー」
しばらくして、彼は対岸から大きく腕を振って合図した。
よし、撮影開始だ。
僕はカメラを片手に走り出した。
「じゃあ行きます、レコー!」
そして、すぐに後悔した。
「うぁ。うわあああああああ!!」
はyい、はやい早い速い!
明らかに他のケンタウロス達とは走り方が違う。
力ではなく飛び跳ねるような、ふわりとした速さ。もう目前。
「ちょま、待って」
たまらず止めようとするが、聞こえていない。
ヤバイ。このままだと轢かれる。
右手には湖、左手は地面。
魔導カメラも羊皮紙も、水には強い。
地面に激突して壊れるぐらいなら、沈んだ方がマシ。
僕は、ためらいなく湖に飛びこむ。
ごぼごぼと音が籠る水の中、外から笑い声が聞こえた。
『ハハハ! さすがにバルクスは速すぎたか』
いや、速すぎだ。
湖も中々に広いので、五秒ほど撮れたら良しなんて思っていた。
しかし、一秒にも満たない速さで迫られ、このザマ。
水面へ浮上すると、バルクスが心配そうに顔を覗かせていた。
「大丈夫かあ?」
僕はその手を取り這い出る。
そして、肺が痛むほど空気を吸い込んだ。
はぁ、死ぬかと思ったぞ。
「もう少し、遅くした方がいいかあ? フィルム」
バルクスから持ち出された提案。せっかくだが──
「いや、そのままで……そのままで、いい」
いや、そのままじゃないと"ダメ"。
ケンタウロスのカッコよさを伝えるためには、全力で最高速度を叩き出して貰わなければならない。
僕はそれから、何度も撮り続けた。
轢かれかけては水没。轢かれては埋没。
そのたびにキャプツタを巻いて治してもらう。
それを何度くりかえしたっけ。
少なくとも、枯れたツタは焚き火が出来るほど積み重なっていた。
「あふ……うふぅ……」
開けた空はもう赤く。森の緑は黄金に輝いていた。
あれ、こんなに綺麗だったっけ。
「フィルム……もう辞めた方がいいんじゃ」
え、辞める?
変なことを言うんだな。
絶好の背景。完璧な時間帯。最高のシチュエーション。
こんな最高の取れ高、辞めるわけにはいかない。
「も、もう一回だけ、おねがいします……ゲホッ」
もう時間も、羊皮紙の残りも少ない。この夕焼けの間に撮り切らないと。
で、も────。
ふらりと意識が遠のく。
目の前に存在するはずもない糸を掴もうと、何度も手をばたつかせる。
あぁ、太陽が。夕焼けが消えてゆく。
ダメだ。これぐらい、なんてことないはず。
僕は、取れ高を掴みに行くんだ──
刹那。ぐっとした感触が手に渡る。
何か、握り込んだ。手ではない。
ましてや、取れ高なんてものでもない。
これは────弓?
目を開くと、弓を持ったオーサが見下ろしていた。
そして僕は、耳を疑うことになる。
「………………俺に、乗れ。ニンゲン」
リアクションや☆での応援、フォロー。
特に、コメントしていただけると励みになります!!




