第32話「知ってるつもり?!」
数年ぶりに再会したレイトは、何も変わってはいなかった。
僕はそれに恐怖を覚えた。
変わっていないというのは、内面的なことではない。
いやに目立つ白い外套も、一人ぼっちで囚人を連れているのもそうだが、もっとも変えるべき部分が変わっていなかった。
「噓勉くん、久しぶりじゃん」
レイトは僕の目を覗き込んで、にたりと笑う。
その口元──模擬魔導戦で見た、ボロボロに折れた歯のままだった。
意味が分からなかった。この異世界ならば治癒魔法で治せる代物。
だから、容赦なく下顎へ打ち込めたし、罪悪感もなく戦えた。
しかし、彼の歯はあの日のまま、前歯も犬歯も折れて尖ったまま。その笑みが当て付けに見えた。
「レイ、ト……」
「へぇ、名前覚えてたんだな。フィルム」
真顔で言うので余計に恐ろしい。
両者にらみ合っていると、後ろからアイリンが顔を出した。
「誰?」
そう言うので、一応だけ紹介しようとしたら、レイトがその歯をカチカチ鳴らして笑った。
「あれれ。人間にモテないからって、亜人と恋愛か?」
せめて茶化すように言えば良いのに、抑揚もなく言う。
こいつ、まだ怒っている。模擬戦で負けたこと。
あの後、レイトは一回戦負けのため卒業できず、僕の方だけが卒業。
壇上から見えた彼の黒い視線を、僕は今の今まで忘れていた。
そして、それは漆黒となって僕と相対した。
まるで、ブラックホールが生み出す引力のように出逢った。
そんな僕らの過去など知らないアイリンは、強気に言い返す。
「はぁ、違うわ。ただの友達よ」
友達──それは彼にとって、耳の痛い言葉であった。
「ハハ、そうか。友達、ね」
喉を振るわせて、笑った真似をする。明らかに様子が変である。
これは……アイリンが余計なことを言ったか。
そもそも友達ではない。道すがら案内しているだけであって、仲も決して良くはない。
しかし、レイトがそんなことを知るはずがない。
否定しようにも、喉が痛んで長くは喋れないし、かえってわざとらしい。
僕が口ごもっていると、彼は大手を広げて言った。
「それはそうと見ろよ、オレは近衛兵になったぜ。お前は何してんだ?」
「テレビ……」
「あぁ~言ってたな、そういえば。忘れていたよ」
嘘だ。そのテレビに脅かされて土をつけたのだ、忘れるはずがない。
忘れていたのなら、こんな歯のまま生きるわけがない。
それに、白々しく近衛兵になったというが、彼の身なりを見れば明らかだ。
そう分かれば、当然として浮かぶ言葉がある。先ほどから、反復させていた。
彼が僕に言った、「衛兵になったら、城の牢獄で一生を過ごさせる」という宣告。
テレビも覚えていないと言った彼は、当然のようにそれを覚えていた。
「そいや、言ったよな。一生牢獄だって」
「ちゃんと……戦った、だろ」
「……そうだな。その上、オレに勝った。約束は守らないとな」
彼は僕の耳元へ首を伸ばし、歯をからからと舐めながら囁いた。
「でも、お前の家族と友達はどうかな」
その言葉に形容しがたい感情が噴き出す。
レイトの目を睨みつけると、彼は乾いた笑いを吐いて通り過ぎた。
「バブーク!」
引き寄せ魔法、レイトに呼ばれるように、囚人が引き寄せられる。
その囚人は、粗い羊毛で作られたボロ切れのような服を着ていた。素肌に身に着けているので、体中が赤く腫れている。
それでも、捕縛魔法の魔手にかかれば掻くことさえ出来ない。
そして、最も僕を凍り付かせたのが、その囚人の顔であった。
別に殴られているとか、大きな傷があるとかではない。
一つたりとも表情が動かないのだ。
つまり、レイトの捕縛魔法〈トゥレカ〉は改良《???》を重ね、顔の表情一つすら変えられないようになっていた。
「じゃあな、噓勉くん。また、な」
振り向きもせず言った。囚人が近くまで寄ると、まるで友のように肩を組む。
そして、賑やかな街中へと消えて行った。
僕はやっぱり、そんなんだから友達が居ないんだと思った。
◇ ◇ ◇
診療所での治療も終わり、数年ぶりの王立図書館。
僕はアイリンに聞かれるがまま、レイトとの出来事を語った。
「──だから、レイトは僕のことを酷く恨んでいると思う」
抱えた頭を上げ、アイリンの方を見た。
彼女は僕に目もくれず、ピーカントの伝記を読み漁っていた。
「へーそういうことがあったんだー。そうなんだー」
こいつ、今まで適当に返事をしていたな。長々と語った時間を返しちゃくれないだろうか。
ま。なんて言っても仕方がないし、僕にも調べたいことがいくつかある。
僕は彼女が積んだ本から一つ手に取り、適当にページをめくった。
その本のタイトルは、「ピーカントVSオリハルコンドラゴン」。
ピーカントが伝説の鉱物オリハルコンを求め、北の山脈を単独で旅した伝記だ。
僕が開いたのは、丁度ピーカントが洞窟でオリハルコンを見つけた箇所。
その一部を読み進める──
その洞窟は星のような輝きを見せ、宙に打ち上げられたのかと錯覚した。
『これ全てが、伝説のオリハルコン? なんて美しさなんだ』
私は足元に転がる一つを手に取って、〈ラバイト〉で照らし透かす。中では小さな光が集い、舞踏会を開いていた。
角度をくるくると変えて眺める。これが、かの君主が追い求めた伝説の結晶──
その刹那、右眼に鋭い痛みが這った。
それより前に、身体だけは後ろへ反っていた。培ってきた経験の賜物だと思う。
頭上を通り過ぎる巨影は、洞窟の奥でゴロゴロと音を立てて静止。
土煙のなか、私は果敢にも風魔法〈ザーフ〉を唱えた。
『その姿を現せ!』
土煙は晴れ、その姿を露わにする。
それはハッキリとした輪郭の翼を掲げ、良くできた冠のような角を被り、その大きな瞳をこちらに向けていた。
私はそれを、オリハルコンドラゴンと名付けた。
右眼に垂れた血が、剣の柄に落ちる。
私はそれを振り払うように、聖剣カンデライオンを抜き放った。
まるで売れないWEB小説家のような駄文だが、彼は商人であって作家ではない。
まぁ仕方がないと本を閉じると、裏表紙を見てぎょっとさせられた。
すっと通った鼻筋に、尖ったあご。
大きな傷があるものの、ぱっちりとした眼。
右手にオリハルコンを持ち、赤い花を咥えている男。
これってまさか、そのまさかだよな?
そう思っていると、アイリンが閉じた裏表紙を見ながら言った。
「はぁ……ピーカント様って、カッコイイわよね!」
そうかぁ、そっかぁ……。
まぁ、かのナポレオンも自分を長身に描かせていたし、こういうことは往々にしてあるだろう。
とはいえ、ここに勘違いしてしまった人が居るわけで──
「村に来た太った商人が、世界樹を使う対価としてくれたんだけどね。もう読み進めると面白くって面白くって──」
え、待って。
「もしかして、こんなので世界樹の使用権あげちゃったの?!」
「はあ?! こんなのって何よ。とっても素敵な本だったから、お母様にお願いして許してあげたわ。それでね、ピーカント様は──」
っざっけんなよ、おい。
な、なんでテレビより、こんな陳腐でチンケな嘘くさい伝記に負けるんだよ。
どうなってるんだ、この世は一体。
「まぁ、世界樹に来た商人……商産業大臣だったかしら? 彼は気色悪いおじさんだったけど──」
アイリンが不意に口走った。
商産業大臣?
あれ、なるほど、そういうことか。
僕は────小さな復讐をした。
「アイリン。その商産業大臣が、ピーカント・カンデリーだよ」
「……へ?」
アイリンが泡を吹いて倒れたのは、そのすぐあとであった。
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