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第31話「THEマジック★バトル④」

 ぬかるんだ焦土。その上を彼は、泥を蹴り上げて堂々と歩く。


「まずは、一発」


 ふがふがした声で言うレイト。いくつか歯が折れているので、上手く喋れない。

 そんなレイトは親指を握り込むと、右腕を脇腹まで引いた。


 その視線、どこを狙っているのかが分かった。

 僕は辛うじて動く頭部を動かし、顎を引いて歯を食いしばる。


 予想通り振り上げられた拳。顎先、そこから脳髄にかけて鈍い衝撃が響いた。

 後頭部から何か飛び出そうな勢いで、頭が後ろへ跳ねた。


 捕縛魔法〈トゥレカ〉に支配された僕は、その身を飛ばす事すら許されない。

 救いだったのは、雨に濡れていたこと。拳はつるりと横滑りして通過した。


「あれ、歯は無事なんだ」


 残念そうに言うと、今度は一瞥もせずに下腹部へ一発。

 胃が圧迫されて吐き気がこみ上げる。胃液が滝登りのごとく逆流し、喉の内側が溶かされてゆく。

 そのじりじりとした痛みに耐えながら、爛《ただ》れた喉を鳴らして飲み込んだ。


「ゴホッ、うぅ……」


 そう喘ぐ僕など目もくれず、頭を抱きよせるようにして近づく。

 そして、何度も下腹部に拳を喰らわせた。

 

 一回一回の重みもなければ、大した痛みもない。

 しかし、塵積もって内臓へ届き、胃腸を握り込まれたような痛みが響く。


 やがて気が済んだのか、もう一発だけ強く打ち込んでから手を離した。


「うぐっあ」


「はは、これが魔法開発なんだよ。地味だと笑ったやつも居たが、戦闘にも狩りにも使えるオールラウンダー。お前を練習台《クインテイン》にも出来る」


 そう言って脇腹を小突く。くすぐったくても、身をよじることさえ出来ない。

 さすがオールラウンダー、そういった〝プレイ〟にも使えそ──


 ではなくて、ああもう。

 これは僕の悪いクセなのだが、窮地に陥った時ほど、ふざけたことを考えてしまう。一種の現実逃避だ。

 そのおかげで危機を乗り越えることもあれば、逆に墓穴を掘ることもある。今回は後者であった。


 緊縛のなか、唯一自由になっている顔に笑みが浮かぶ。

 それを見たレイトは激怒した。


「お前……馬鹿にしてるのか?」


 そう言われ、はっとする。自分の下らないネタに、にやけてしまっていたこと。

 否定しようと口を開けたころには、もう遅かった。


 脳が横揺れする。遅れて、下顎が右にずれた。

 しかし、痛みを感じない。軽い脳震盪を起こし、一瞬だけ意識を飛ばしていた。


 ぐったりと顔を揺らす僕の髪、彼は草をむしる様に掴んだ。

 怒り狂っているであろう顔も見れないまま、僕の右目にあった眼帯を奪われる。


 その目は、焼けて膿んで、それは酷い有様だったのだろう。

 首に氷柱が刺さっても声を上げなかった聴衆から、悲鳴がぼんやりと聞こえた。


 雨はまだ止まず、粒が目に入って痛かった。

 そんな僕に顔を覗かせ、彼は小さく言った。


「なにがテレビだ。見てもらいたいなら、俺みたいに栄光を掴めよ」


 彼はそう言うと手を離し、雨降るフィールドの中心で手を広げて叫んだ。


「これが、国王にも認められた捕縛魔法〈トゥレカ〉だ! これが国王にも認められた、オレの実力だ!!」


 そう言う彼に、誰も賞賛の振る舞いを起こさない。

 わけもない、彼は学校一の天才で、学校一の嫌われ者なのだ。


 雨に打たれながら声高に叫ぶ彼の背中は、とても小さく見えた。


 どうして図書館で僕に絡んだのか、分かった気がした。

 こいつは、誰かに見て欲しいのだ。僕のような落第生でもいいから、見てほしかったのだ。


 しかし、あまりにも見せ方ってものを知らない。魅せ方を知らない。


「そんなん、だから、友達……いねぇんだよ!」


 息を絶え絶えと漏らしながら、また言ってやった。

 彼と対立する原因となった、魔法の言葉。


 その言葉が届くと、レイトはぶらんと両手を下ろす。

 そして、少しだけ顔を傾けると、流し目で僕を睨んだ。


「居るよ、居るんだよ」


 それが精一杯の強がりであった。

 居るはずもないし、居るならそうはなっていない。


 彼の横顔から雨粒がしたたり落ち、泣いているように見えた。

 本当に泣いているのかもしれないが、彼の性格では雨のせいにしてしまうだろう。


 レイトの弱点は、プライドだ。


 もちろん矜持は大事であるし、武器にもなる。芸能人だって、高いプライドが魅力になることもある。

 しかし、レイトの誇り高さは自身の障害として返ってきている。孤独から逃れられずにいる。


「居るなら、呼べ。今、全生徒、集まってるはず……呼べよッ!」


 僕の叫びに、必死に食いしばる顔が見えた。

 歯の折れた部分が歯肉に刺さって、赤い雨粒も垂れ始める。それでも構わず食いしばっていた。


 彼は大きく肩を揺らし、深呼吸する。

 それを三度ぐらい終わらせると、泥を撥《は》ねながら僕に迫った。


「お前の方こそ、友達いねぇだろうが!」


 そうである、僕だって居ない。

 だからこそシンパシーを感じて、話しかけてくれたのだと思う。


 しかし、彼と僕とでは、決定的で致命的に違うことがある。

 なぜなら──


「うん……居ないよ。テレビがあるから」


 僕は「テレビ」のために、顧《かえり》みなかった。友達も恋人も捨てる覚悟で生きていた。


 一方で、彼の主軸は「自分」である。

 魔法を開発することも、首席卒業を目指すのも、彼が目立つための手段である。

 彼の着ていた白マントだって、言ってしまえばそうである。


 彼は、飄々と言う僕に、疑問と怒りと悲しみを混ぜたような顔を見せた。


「何だよお前、気持ちわりい……なんだよテレビって、なんなんだよソレ!」


 それは、愚問であった。


「見たいなら、見なよ──テ・レヴィジョン!」


 辺りがぼやっと輝きだす。雨の一つ一つが煌めいて、濡れた素肌も眩しく光る。

 しかし、これではダメ、制御が難しい──僕は意識を集中させる。


 僕のズボンには羊皮紙が一枚。雨にぬれても破損しない、最強のビデオテープ。

 これをどう映し出したいか、それを伝えるのがテレビの極意だ。


 もっと壮大に、圧倒させなければ。

 目を閉じて、頭にイメージを浮かばせる。それが徐々に形になってゆく。


 この雨粒一つ一つが、一枚の巨大なスクリーンに──


「あぁっ、うぁわああああっ」


 レイトの驚く声が聞こえ、泥に激しく打ち付けられる音が鳴る。

 目を開けると、頭上を見上げる彼の姿。尻をついて後退っている。


 とっさに見上げるように振り向いた。


 そこには、巨大なドラゴン──の《像》が映し出されていた。

 ちょっと前、噴水広場で撮影したものである。


 しかし、それは一見すると巨大なドラゴン。

 まるで半透明のドラゴンを召喚したような、そんな状態。


 平面に映し出されているので、真横に居る人には薄い光にしか見えないだろう。

 しかし、テレビはいつだって、見せたい人に見せるものだ。

 朝はサラリーマン、昼には主婦、深夜は孤独な者に見せるのである。


 僕はレイトに向けて、見(・)せ方と魅(・)せ方を教えてやることにした。


「イゾム・ブレイフ!」


 手足が動けなくとも、魔法は唱えられるもの。

 僕は唯一動く口を開け、さながらドラゴンの如く炎魔法を吐き出した。


「お前……っ竜人族だったのか!?」


 違うし、クソ熱《あち》い。

 だが、勘違いしてくれて結構、これが僕の魅せ方なのだ。


 僕の演出は終わらない。

 もっと大きくドラゴン像を映し出したいと、自分の魔力を限界まで引き上げる。

 心臓がどくどくと鳴る恐怖を抑え込み、この雨が続く空まで竜の背を伸ばす。


 そして、僕は口から炎を漏らしながら、最後の演出に取り掛かった。


「降参しろッ! ニンゲンッ!」


 台詞と同時に炎を吐き、ぐわっとドラゴンを拡大する。

 そのドラゴンの画質は酷いものだろうが、見晴らしの悪い雨でごまかせていた。


「うぁあああああっ」


 レイトは尻擦りしながら泥をかきわけた。

 だが、ぬかるみが足を掴んで思うようにならないのか、ひっくり返ったカメのようにバタバタさせるだけ。


 その姿はもはや、とんだ笑いもの。

 プライドの高い彼が最後に見せた情けない姿だった。


「降参ッ! 降参だっ!」


 捕縛魔法が解かれ、雨があがる。

 魂が抜けたような感覚が身を襲い、ぬかるみに顔ごと突っ込んだ。


 引きあげるため、持ち上げられる腕。

 その最中、僕の頭ではエンドロールが流れていた。

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