第30話「THEマジック★バトル③」
どうしても許せなかった。
コウサンという四文字がブレイフに変わるまで、脳を洗うように働かせた。
その結果、テレビを馬鹿にした奴は許さないと決めた。
僕が唱えた炎魔法〈ブレイフ〉。その詠唱の先で、レイトは白い外套で身を隠す。
指先に、どくっと針を刺されたような熱が溜まる。喰らえ──
ぽうっ
僕の指先から出たのは、微かに揺れるだけの、小さな炎であった。
「は?」
マントから顔を覗かせ、レイトが目を丸くする。
しまった。〈イゾム・ブレイフ〉を唱えるべきだった。
手練れの魔導師ならまだしも、魔力の少ない僕では、百円ライターほどの火力にしかならない。
僕は気まずくて、その指と炎を引っ込めて握り込む。少しだけ手の中が暖かい。
その様子を見ていたレイトは、呆れて笑っていた。
しかし、ここは模擬であっても戦場だ。
彼はそのままマントを翻すと、情け無用で魔法を唱えた。
「ソフ・デーヒューズ・イゾム・ルラバイト!」
それは彼が最も得意とした、上級光魔法の類であった。
彼の指先から、二本の光線が弧を描いて僕に迫る。
とっさに頭を抱えしゃがんで避けると、キンと音を鳴らしながら僕の頭上を通り過ぎ、砂塵を巻き上げて地面に着弾した。
着弾地点の草木は燃え上がり、地面には小さくともはっきりとした穴が開く。
そのアリの巣のような穴。この世界の尺度で言えば、大したことではない。
しかし、これをまともに喰らったら、こうして震えることすら出来なかった。
「ハッ。手加減したのに、こんなんでビビってんのか」
レイトは小馬鹿にした様子で嘲り、首元をポリポリと掻く。
手加減……確かに、僕が避けることが出来た時点で、スピードもパワーも相当に落として放ったのだろう。
つまり彼が作り出した穴ぼこは、スコップで掘り起こすのと同義。なんてことないのだ。
レイトは僕の力量が分かったのだろう。空を見て晴れやかそうに笑う。
玩具を貰った子供のような、嬉々とした目だった。
「ソフ・ルラバイト! ソフ・ルラバイト!」
僕の足元にいくつも光線が突き刺さる。僕はそれから逃げるように円周を走った。
彼は脇目も振らず、何度も魔法を唱えては光線を放つ。
僕で遊んでいると気付いたのは、フィールドを二周してからだった。
大声をあげて笑いながら連射。その一つ一つは当たりもしなさそうな場所へ飛ぶ。
なんて趣味の悪い芸当だろうか。
いや、戦略的には間違っていない。下手に僕へ直撃させて、死んでもしたら彼は失格。下手をすれば牢獄だ。
だからと言って、こんな酷いことしなくても──
「どうだ、辛いか、苦しいか! さっさと降参しやがれ!」
いや、つらい。本当につらいなぁ。
何がつらいって──
この状況が面白くないこと。
学校で一番の優等生が、一方的に落第生を蹂躙するだけの番組。そんなものをわざわざ見たい人間など、存在するわけがない。
レイト自身、人気のある生徒でもないので、余計にたちが悪い。
宙に浮いて見ていた生徒たちも地面へ降りて休憩する始末だ。
これでいいのか本当に、まるでCM中のお茶の間ではないか。
今まさに模擬戦を行っているのに、トイレや雑談で暇を埋められている。
このままテレビも馬鹿にされたまま降参?
良いのか────良いわけないだろ。
「イゾム・ブレイフッ!」
逃げ惑うなか、自分の足元に対して炎魔法を撒き散らす。
フィールドを囲うように炎が立ち並び、草木がどんどんと延焼してゆく。
フィールドの中心では、レイトが燥いで光線を放ちまくり、僕を煽りたてた。
「そんなことして、なんの意味がある!」
レイトがゲラゲラと笑う。
意味などない。ただ、絵面だけでも派手にしようと撒き散らしているだけだ。
事実、地面からふよふよと何人かが浮き出した。これから何をするのだろうか、そういう期待の目で見下ろし始める。
中には「お?」「きたきた」という声を上げる者も居た。
正直、嘲笑を含んだ声ではあったが、盛りあがればこの際どうだって良い。
フィールドの円を一周したらその内側へ、そこでも炎を撒き散らして走った。
意味などない。ただ、意味を見つけるために時間を稼いでいるだけだ。
幸いにも、体力には自信がある。
体が資本だと言われるテレビ業界。前世では体調を崩すことが多かったので、今世では体力作りを徹底していた。
言語を復唱しながらピーカントの外周を回る──これを毎日4セット。
テレビの為なら、何も苦ではなかった。
そして、気付けばもう四周目。この時点で、ある考えが頭に浮かんでいた。
すぐ横にはレイトの顔──この距離なら、届く。
僕は懐に潜り込むように姿勢を低くして、彼の足元まで迫った。
彼の顔を見上げると、せせら笑う口元が下がっていくのが見えた。
僕は拳を握りしめ、そのまま空を殴るつもりで打ち上げた。
「ごゅぁっ」
レイトの顎がごちゅりと音を立て、そこから歯が食み出す。
そのまま〈ブレイフ〉の起こした火柱の中に、ゆらゆらとよろめいて倒れていく。
彼の外套は赤黒く染まり、ぼうと音を立てて消えてゆく。
人を殴ったのは前世も今世も初めてで、心臓がどくどくして変な気分だ。
じんと痛む手関節を撫で、気持ちを落ち着かせていると、炎の中から白い布切れが飛び出た。
レイトのマントだ、まだ生きている。
ゆらめく炎に目を凝らしていると、炎の中から魔法詠唱が響いた。
「ペリート・ルヒューズ・オゾム・ルアテルマ!」
これは……どんな魔法だろう、分からない。
とにかく、〈アテルマ〉の上位水魔法だと思う。
その魔法は空に向かってぐんと伸びて、雲の切れ間に消えてゆく。
なんだと見上げていると、目に水が入った。これは──雨。
見る見るうちに火柱は鎮火。せっかく何周もして作り上げた炎の壁が、じゅうと音を出し溶けてゆく。
その中からレイトの影、膝を立てて座り込んでいた。
彼は歯を食いしばったが、ボロボロになった歯が口に刺さる。
彼はドロドロと血が垂れ落ちるのを見て、怒りをぶつけるように地面を殴った。
「クソッ! おい、審判。これって違反じゃねぇのかよ!」
レイトが僕を指して、審判を怒鳴りつける。
しかし、審判とは言っても学校の先生。状況を判断し、淡々と言った。
「武器の使用は認められません。杖での打撃も認められていません」
「ほら、打撃はダメだって──」
「です、が。肉体での打撃は、特に記載はありません」
その言葉に、レイトは目を白黒させる。
僕を指す手が力なく垂れ下がり、口をぶるぶると震わせた。
そして、折れた下歯を指でなぞり、その顎をがくがくと揺らし呟いた。
「ころす」
「え」
なにか、聞き間違えたようだ。
ここは〝模擬〟魔導戦のフィールド、もちろん殺してはいけない。
殺せば一発で牢獄行きなわけで、近衛兵になると言っていた彼が言うはずもない。
しかし、現実逃避など許してはくれなかった。
「トゥレカ」
それは捕縛の魔法。
レイトのプライドであり、トロフィーであった。
途端、僕の身体はきゅうっと縛られ、筋肉一つだって動かすことが出来なくなる。
その場からは一歩も動けず、息を吐いて吸うのがやっと。降参という言葉すら呑み込む始末。
そんな僕の様子をしばらく見て、ゆっくりと立ち上がるレイト。
そして、審判に顔を向け、ナイフを首元に突き立てるような声で言った。
「なあ。殴っても……良いんだよな?」
それは確認ではなく、制裁の合図だった。
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