第29話「THEマジック★バトル➁」
「魔法開発の極意は、魔元素に自分がどうしたいかを、過不足なく伝えることである」
──ゴーシュ・オーネーム
世界で初めて魔元素を目視した、初代魔導士の言葉である。
いまは亡き彼の言葉は、テレビ魔法を作るためのヒントになった。
何度目の挑戦か──僕の右眼には生成りの眼帯。治癒魔法を施す時間すら惜しみ、ひたすら学校の噴水に向かって、〈テ・レヴィジョン〉を唱え続けた。
季節はたしか秋ごろ。石畳は黄色の絨毯を敷いて、衣替えをしていた。
十字になった園路の中心には噴水があって、落ち葉を浮かばせて遊んでいる。
そのまた中心にはドラゴン像。口から水を、ぴゅうぴゅうと吹き出していた。
そして、そんな風景を自分の目で撮って、水面に映し出そうとしている僕が居た。
「行くぞっ、レコー・テ・レヴィジョン!」
まず、左手に持った羊皮紙に焦げ跡が付く。
自分が見ている世界を光の三原色に変換、それを小さな焦げ跡として記録する。
録画魔法〈レコー〉は成功。あとは、〈テ・レヴィジョン〉の効果だけ。
焦げ跡がささやかな光を放ち始め、カラオケテロップのように光が広がってゆく。
噴水の水が、ほんの少しだけ輝いた。
僕は願いながら、噴水を覗き込んだ。
ちゃんと撮影できているのか、ちゃんと出力できているのか。
覗き込んだ水面が揺れる。
僕の顔に重なって、秋晴れも、ドラゴンの虚像も、そこにはハッキリと映し出されていた。
しかし、僕が初めに感じたのは喜びではない。
なんとか卒業までに間に合ったという、単純な安堵であった。
本来ゴーシュ魔法学校は、卒業検定に合格さえすれば、いつでも卒業出来る。
だから、僕は卒業なんて目もくれず、ひたすらテレビ魔法の開発に没頭し続けられていた。
だが、今は違う。レイトとかいう癇癪持ちに目を付けられ、卒業検定で戦わなければ、人生ごと潰すと宣言されている。
そして、その模擬魔導戦の開催日は、まさに今日であった。
「フィルム、いつまでそこで遊んでいるのだ! 模擬魔導戦まで、もうすぐだぞ!」
校内から、武術学科の教師が怒鳴りつけた。もうそんな時間か。
僕はズボンのポケットに羊皮紙を入れ、すぐさま会場に向かった。
会場とは言っても、王都を出てすぐの何もない平原である。
僕がその会場に辿り着くと、学校中の生徒や教師たちが大きな円を囲んでいた。
教師は地上で立ち並び、生徒の多くは魔法で宙に浮かんでいる。
そして、中心の円が戦いのフィールド。実質的に、僕の処刑場である。
観客らから少し離れると、木箱が山積みになっている場所があった。
数人がその場で集い、何かを眺めている。そこにはレイトも居た。
彼は僕と目が合うと、あの時と同じ視線で顔色一つ変えず、呟くように言った。
「逃げずに来たか。──されるとも知らないで」
後半、何かを言った気がするが、聞こえなかったことにした。
というか、あれから半年ほど経っているのに、まだ怒っているのか……。
その飽くなき執念に驚きつつ、僕は木箱を覗き込んだ。
そこには、トーナメント表と大会ルールが貼り出されていた。
ルールはシンプルで、降参と言わない限りは終わらない模擬戦であった。
トーナメント制で、トップになった者が首席で卒業。更に、一回戦目で敗退しなければ必ず卒業できる。
あとは剣などの武器の持ち込みは禁止で、杖などは殴打しない限り許可されているなど、不文律的な内容だ。
そして、トーナメント表だが、完全ランダムらしい。
学長と教師数名がクジ引きで決めているそうだが、そんなこと信じていない。
クラス分けなどで、「学年主任のクラスに問題児ばかり集まる」みたいなことあるだろう。それぐらい信用していない。
事実、トーナメント表。
一回戦目の相手は、レイトだった。
呆れたものだ、学長に口利きしたのだろう。
彼はゴーシュ魔法学校の中でも随一の魔導士、それぐらい容易だ。
とどのつまり、この一回戦で僕を潰して、ただ晒し者にしたいだけ。
念のため勝ち抜くことを想定し、急務でテレビ魔法を開発したが、徒労に終わった。決勝戦で会おうみたいな王道展開ではなかった。
レイトが去った方をふいに見ると、血走った目をこちらに向けている。
僕の「そんなんだから、友達いないんだ」という発言は、どんな魔法よりも効いてしまったみたいだ。
しかし、僕には秘策があった。
始まってすぐに「降参」と言ってしまえば問題ない。そうすれば、傷付くことなく無傷で帰れる。
とはいえ、これだけの大衆である。始まってすぐ降参では、あまりに盛り上がりに欠けるだろう。
それに、ここで恨みを晴らさせないのもリスクが高い。
ある程度は攻撃を受けつつ放ちつつ、戦っている雰囲気だけ出して終わらせるのがベスト──って、そんな器用なこと出来るか?
一抹の不安を感じていると、大会を知らせる声が響いた。
「これより、卒業検定、模擬魔導戦を始める! まずは月ブロックの──」
トーナメントなので、対戦ブロックがある。
魔元素の七行を模したブロック名で、僕は火ブロック。つまり、次の試合。
「フィルムさん、準備おねがいします」
僕は準備のため、円の際まで係に連れて行かれた。
そこは、月ブロックの戦いを間近で見られる場所であった。
そして、自分の置かれた立場を理解することになる。
その戦いは入学して六年の女性と、八年の男性によるものだった。
まず、男は氷魔法でフィールドを凍らせ、女の足元の自由を奪う。
彼女が風魔法で飛び立ったとき、すでに男は彼女の足元まで滑り込んでいた。
「イゾム・ザーフ!」
途端、竜巻が発生。氷を巻き込んだそれは、ただの風とは言えなかった。
尖った氷柱が彼女を幾度も直撃、さながら鎌鼬のように傷を付けてゆく。
僕の心臓にさえ氷柱が刺さったのか、そう思わせるほどの悲鳴が微かに鳴る。
その声は〈ザーフ〉の起こした竜巻によって、空気の振動ごと亡き者にしていった。
ごうごうと鳴る音が響く。女の声が完全に聞こえなくなったころ、審判をしていた教師が、男に向かって魔法を唱えた。
その魔法は風となり、男を場外へ突き飛ばす。
「止めと言っているのが、聞こえないの!」
そう言った教師だが、僕含めて誰も聞こえていなかった。
それほど大きな轟音であった、風が耳栓になっていたのだ。
竜巻が止み、浮かされていた女が地に落ちる。その女の首には氷柱が刺さり、かろうじて息が出来ているぐらい。
すぐさま医療チームが飛び出し、彼女を二人がかりで運んで行った。
なんだよこれ、ほんの一瞬だったじゃないか。
その間に彼女は死にかけた。教師が止めていなかったら、死んでいた。
これを、僕がやるのか? まだ入学して二年も経ってないぞ?
そう怯える者など知ったことかと、凍り付いたフィールドが戻されてゆく。
氷を炎魔法で溶かし、草魔法で荒れた地に生命を宿す。まるで日常であるかのように、それは淡々と行われていた。
そして、銀行の窓口みたいな声がかかる。
「フィルムさん、次でーす」
んな、無慈悲あるか。
いや、今あったではないか。
そんな思考にも成らない言葉を反芻していると、いつの間にか円の中に押し出されていた。
目の前には、最強の魔導士であるレイトが佇んでいる。
「ははっ」
彼は乾いた笑い声をあげた。
僕がよほど、ひどい顔をしていたのだと思う。こんな奴に固執していたのかと、失望を見せるような声だった。
事実、この時の僕は「降参」と言う練習をしていた。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
何度も何度も繰り返し、もう準備は万端。
命あっての物種であるし、テレビが最優先である。
そう心に決め込んでいると、彼はまた真顔になって僕に言った。
「なんか、変な魔法作ってるんだって? 自分の目を焼く魔法……みたいな。フフ」
〈レコー〉のことである。失敗を重ねるたびに、そう言われるようになった。
いつの間にか「嘘勉くん」というあだ名は、「目玉焼きくん」になっていた。
「で、なんだっけ。最近はテレレーションだかを唱えてるんだよな。滑稽なやつだ」
「テ・レヴィジョンです……」
「どっちでもいいんだよ、そんなつまらないこと」
つまらない、その言葉に少しだけ、ほんの少しだけイラっとしてしまった。
テレビ局のスタッフが懸命に考えた企画を、つまらんと一蹴するやつら。
人を笑わせようと必死になっている芸人を、つまらんと一蹴するやつら。
そんな「言わなくて良いことを、平気で言えてしまう人達」と、重なって見えた。
「つまらなくなんて、ないです。誰かの見てほしい、見たいを叶える魔法なんです」
「はぁ?」
彼はまた、つまらなそうに首を傾げた。
僕もまた、ムキになって強く主張した。
「テレビは笑わせてくれたり、泣かせてくれたり、色んな感情を与えてくれる。僕にとっては必要な魔法なんだ!」
涙ぐみながら叫ぶ僕を、彼はせせら笑った。
「そんなの、実生活でいくらでも泣けるし、笑えるだろ。馬鹿じゃねぇの」
確かに彼の言う通り、箱の中に何かを求めるのは、間違いなのかもしれない。
でも僕には、テレビ以外で笑うことも、喜ぶことも出来なかった。それを簡単に言うなよ。
僕が感情的になって言い淀んでいると、彼はなおも抗弁を続けた。
「そもそもさぁ、そんなの何の役に立つんだよ。」
「テレビなんて、要らねぇよ」
彼のその言葉が皮切りのように、審判の声がかかった。
「それでは準備出来ました。試合、開始!」
号令が鳴る。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
開始と同時にしゃがみ込んで、降参を叫ぶ。
開始と同時にしゃがみ込んで──
「ヴレイフ!」
炎魔法を叫ぶ。
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