第28話「THEマジック★バトル①」
この国には、三種類の学校があった。
宗教学校、武術学校、魔法学校。どれも何歳からでも入れるが、僕は魔法学校に入るのに十二年の年月を要した。
会話と識字が出来るようになるまで、相当な時間を要したからである。
しかし、僕は晴れてゴーシュ魔法学校へ入学。
その目的は、隣にある王立図書館であった。
前世の尺度で言えば、東京ドーム二個分。
それほど大きな図書館なので、伝記から魔導書まで何でもござれ。テレビ魔法の開発には打って付けである。
その上、一般公開されていない時間帯でも、学生だけは入館可能。この特典のために入学したと言っても、過言ではない。
だが、そこには他の学生も集まるわけで、僕の学生時代は散々であった。
◇ ◇ ◇
「また居るぜ、嘘勉くん」
「椅子取るなよ、勉強してないクセに……」
人が集まれば、澄も澱も存在するわけで、こういう陰口を飛ばされることがあった。
はっきり言えばノイズだが、反骨精神を刺激するのには丁度いい。
僕はそうやって自分を納得させ、テレビのために耐えてきた。
しかし、あの日だけは事情が違ったのである。
「おい、噓勉。オレらと同い年のくせに、だいぶ遅れて入学したんだって?」
そう言って向かいへ座ったのは、学校でも一目置かれている優等生レイト。
学力・実技テストは共に満点で、彼の編み出した捕縛魔法〈トゥレカ〉は国王から表彰されるほどであった。
彼は長机に足を投げると、つま先を上下に揺らして泥を落とす。
こんなの司書が注意すれば良いのに、彼の華々しい実績を前に何も言えずにいた。今も何食わぬ顔で机を拭いている。
「レイトくん、やめよう。机が汚れる、掃除も大変」
この頃は流暢に話せなかったので、拙い発音で注意した。
彼は一瞬だけむっと眉を寄せたが、その発音に気付いて吹き出した。
「な、なんだよそれっ。馬鹿みたいな発音だな!」
そう言って机をバンバン叩き、指を差して笑う。
身体を揺らすので、またボロボロと靴裏から泥が落ち、それを司書は黙って拭き取る。まるで裸の王様である。
うんざりした僕は移動するため席を立ち、本を持ち上げようとした。
すると、彼は上げていた足を降ろし、その身を乗り出す。そして、その本の見開きを隠すように、手の平で抑えつけた。
「なに?」
「そんなに読み込んだなら、答えられるよな。修飾魔法〈ヒューズ〉の効果」
唐突に始まったテスト、心底めんどくさかった。
だが、知らないと流すのも面白くないし、腹の虫が収まらない。僕はその挑発に乗る形で回答した。
「効果は拡散。デー、エー、エフ……みたいに拡散数、決める、だよね」
たまたま覚えていただけのクセに、大人気もなく予備知識まで付け、得意気に鼻を鳴らした。
しかし、この行動が良くなかった。
彼はそのまま魔導書を取り上げ、遠くの本棚に投げつける。
そして、机に乗り上げたかと思うと、僕に捕縛魔法をかけた。
「イゾム・トゥレカ!」
全身が金縛りのように収縮する。筋肉がジンジンと痺れ、勝手に手首が交差してゆく。これが捕縛魔法か。
僕は除去魔法を唱えようと口を開いた──が、そもそも覚えていなかった。
その様子を見た彼は、机をバンバンと踏み鳴らして嘲笑う。
「なんだよ。テストも赤点で、除去魔法すら使えねぇ雑魚が。調子、の・ん・な」
机の上でしゃがみ込んで、リズムよく僕の頬を叩く。
あまりにも見るに堪えない蛮行だが、否定したり咎める者も居ない。
かと言って、肯定したり便乗する者も居なかった。
その様子を見た僕は、言葉の剣を突きつけた。
「そんなだから……友達いないんだ」
「っ……」
彼の嘲り顔が、びたりと止まる。
当たり前だが、こんな尊大な態度を振る舞う者に、友達など居ない。
取り巻きのような奴はたまに見るが、話しているのは授業とテストの前だけ。ご飯を食べるのも一人で、帰り道も一人きり。
そんな姿を何度も見ているので、自分のことを棚に上げて言ってしまった。
本の擦れる音だけが響く。
しばらくして、レイトが静かに口を開いた。
「おい、もうじき卒業検定あるよな」
「へ?」
彼は冷静に、真顔で言った。おっかなく思った。
普段は怒らない人が怒ると怖いように。
普段から怒っている人が冷静になるのも、怖いのだと知った。
「卒業検定、実技試験。その模擬魔導戦に立候補しろ」
模擬魔導戦──それは、学校内でトップクラスの魔導士が集う頂上戦。
そのトップに輝いた者は主席卒業となり、将来の安寧を約束される。
だから、僕のような落第生など出てもコテンパンであるし、そもそも出る理由などない。
僕が断るため口を開けると、彼はその顎をつかんだ。
「俺は将来、衛兵になる。安定した給料と、優秀な部下に囲まれるだろう」
下顎の隙間に、指が食い込む。
「だが、お前は違う。城の牢獄のなかで、一生を過ごすんだ」
それは、お前を将来的に捕まえるという、宣戦布告に他ならなかった。
そんな無茶なこと出来るはずない──そう思えるのは、秩序を生きる者だけだ。
この異世界じゃそうは行かず、異端児に理由をつけて逮捕することがある。
テレビを作ろうとしている僕にとっては、厭な現実味があった。
彼は不気味な笑みを浮かべると、そのまま僕の顎ごと押し飛ばした。
「嘘勉くん。そうなりたくなかったら、模擬魔導戦で会おうね」
そう見下して言い放つと、ふっと笑って机から飛び降りる。そして、白の外套を翻し、陰風だけを残して消えていった。
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