第33話「アイリンも来た!」
城下町の外れ、木箱や樽が山積みになっている酒場の裏。そこに船の帆に包まった大きな物体があった。
「バルクス! ごめん、お待たせ」
僕はすぐ駆け寄り、帆をめくる。その中では、バルクスが身を丸めていた。
「ふぁああ、よく寝れたよ」
バルクスはそう伸びをして、欠伸をしていた。
なんだか悪いなぁと思って置いて来たが、随分と気楽そうである。
というか、こんなところで寝れるなんて、ADに向いているぞ。
僕らはさっさとその場を離れ、王都を出た。
そして、人目を避けながら、本来ある道を大回りして故郷へ向かった。
道中、先を行くバルクスの足を見ると、蹄がボロボロになっている事に気付く。
ケンタウロスの蹄にとって、街の石畳や木板はひび割れの原因になるのだろう。所々が欠けているのが見えた。
「バルクス、蹄、大丈夫?」
「あ~、ちょっと歩き辛いかもお」
やはりバルクスも気にしていたようで、立ち止まって前足を見下ろした。
しかし、僕もシェノンも治癒魔法を覚えていない。どうしたものか──
「まったく、仕方がないわね。ちょっと見せてみなさい」
なぜか後ろから付いて来ていたアイリンが、バルクスに駆け寄る。
バルクスは後ろ足をもたげ、彼女に傷を見せた。
「うん、これぐらいならアタシの治癒魔法で何とかなるわ。リケイト!」
彼女が治癒魔法〈リケイト〉を唱えて触れると、蹄の欠けた部分が治ってゆく。
細胞を補完するように、欠けている部分がじわじわと埋まっていく。
ありがたいけれど、どうしてまだ彼女は付いて来ているの?
てっきり王都で別れるものだと思っていたが、なぜか居る。蹄を治してくれているから、文句も言えない。
そうやきもきしていると、アイリンが軽い質問を投げかけて来る。
その横顔は、優しさの中に寂しさを含んでいるように見えた。
「ねぇ……これから先も、こうやって色んなところを旅するの?」
「え、いやまぁ……テレビだからね」
「ふーん……そう」
いや……テレビを開局したら、もっと旅をしなければならない。
旅だけではない。色んなところに支部を作って、各地の協力を得ながら映像を撮らないといけない。
まぁ……そんなことを言っても、テレビアンテナの代わりすら得られていないわけだが。誰かさんのせいで。
そんな嫌味と悪態を心に収めていると、アイリンが尤もなことを言い始めた。
「ねぇ……ユニコーンみたいに、蹄鉄ぐらい履いたらどうなの?」
右前足の蹄をぐるりと撫で、呆れたように言う。
しかし、バルクス側にも蹄鉄を履けない事情があった。
「オーサが「人間から貰っても、蹄鉄は絶対に履くな!」って言うんだよねえ」
「なによそれ、変なの」
いや、オーサの言いそうなことだ。家畜のような扱いが嫌なのだろう。
しかし、このままでは蹄が欠けるたび、治癒魔法をかけて貰わないとならない。
どうにか出来ないかと考えていると、バルクスがぼそりと呟く。
「せめて、カッコ良ければなあ……」
「なによそれ、例えばどういうの?」
「うーん……ドラゴンの彫刻が彫ってあるとか?」
男子小学生の裁縫セットかよ。
まぁ、バルクスの〝カッコイイ基準〟はともかく、おしゃれ目的であれば通常の蹄鉄と差別化も出来る。一理あるかもしれない。
とはいえ、そんな蹄鉄づくりが出来そうな伝手なんて居ないしなぁ。
そう思っていると、シェノンが僕の背中を叩いた。
なんだろうと思っていたら、彼女が言う。
「フィルムさんのお父さんなら、作れるんじゃないですか?」
「……あっ」
確かに……武器職人である父ならば、鉄の扱いに慣れている。蹄鉄作りだって造作もない。
よし、バルクスのためにも父に頼み込んでみよう。
バルクスの四つの蹄も綺麗に治り、僕らは故郷へ向かう。
なぜか、行きずりのアイリンも連れて────
◇ ◇ ◇
故郷のゲートをくぐってすぐにある、僕の実家。その玄関横の磨りガラスで、アテチちゃんが顔を潰しながら外を眺めていた。
僕らが帰って来たことに気付くと、アテチちゃんは顔を離し、そのまま玄関から飛び出て来た。
「ひどいよぅ! ひるむのばかぁ!」
彼女は僕の股下に潜り込み、膝をバンバンと叩いた。普通に関節なので鋭い痛みが響く。
アテチちゃんが怒っている理由は明快で、彼女を置いて街を出たからである。
一応、どうして置いていくかも、どこに行くかも言ったのだが、よく理解していなかったようだった。
「ご、ごめんね。ほら、お土産も持ってきたから……」
そう言って下ろしたリュック。僕が取り出すよりも先に覗き込んで、彼女はその贈り物を取り出した。
「なにこれー」
それは、一冊の絵本であった。
僕が識字するため利用した、異世界で唯一の絵本作家が書いた作品である。
作家「シャルストーン」が書いたその絵本は、決して子供向けというわけではなく、前世でも負けず劣らない衝撃作品であった。
器量は悪いが健気で心優しいチョノが、器量が良く意地の悪いヒノキスに恋人を奪われる物語。
チョノは最期まで報われず、最終的に恋人に殺されるというオチであった。
そのあらすじをシェノンやアイリンに説明したら、「そんなものを子供にプレゼントするなんて、馬鹿じゃないの!」と言われた。
しかし、勧善懲悪的でない尖った作風が、僕にとって刺さってしまったのである。
アテチちゃんにも刺さればいいなと思っていたら、彼女はその絵本をしばらく眺め、ぽいと足元に投げ捨てた。
おいこら。
「ねーねー、ひるむのそれが、ほちい!」
そう言って指差したのは、僕が首から下げているカメラだった。
いやいや、これは商売道具だし、あげるわけにはいかない。
僕がしゃがみ込んで説明しようとすると、アテチちゃんはそれをぐいと引っ張った。
「あ、ちょっとダメだって!」
「ほーちーいー!」
街の人々がよほど甘やかしたのか、少しわがままに育ち過ぎである。
僕が必死にカメラの引っ張り合いをしていると、その声に気付いた父が家の中から顔を出した。
「アテチちゃん、ママがパイを焼いたから食べて来なさい!」
「ほんと!?」
その言葉を聞くや否や、カメラをぱっと離して家へ走り出す。
僕はというと、あまりに急だったので勢い余って尻もちをついた。
あのガキ……おっといけない、子供相手に本気でキレるところであった。
僕は尻に付いた小石を払って、アテチちゃんが投げ捨てた絵本を屈んで拾った。
身を起こすと父が目の前に居て、軽く脳天をチョップされる。
「気持ちは分かるが、少しは優しくしてやらんか」
「だってぇ──」
そう言い訳をしようとしたが、相手は小さな子供。しかも、まともに教育を受けられなかった孤児。
諭すのが大人としての役割であって、力尽くで取り戻しては手本にもならない。
前世と合わせれば、父よりも長く生きているはずなのだが……。
自分の未熟さに嫌気が差していると、父が僕の背後を見て気付く。
「ん、そっちは……エルフ族だと?」
「あ、うん。なんか、行きずりでついてきた」
「ということは、世界樹とやらは使わせて貰えるように?」
そう目を見開いて言う父。
僕は目を伏せて、首を横に振った。
残念ながら世界樹は──
「世界樹の使用は、アタシが許可したわっ!」
アイリンの甲高い声が聞こえる。
僕は驚いて振り返った。
「どどど、え。なんて?!」
「だから、世界樹の使用を許可するわ。」
「いやでも、どうして急に……」
そう問いかけると、彼女は目を逸らし口元に手をやる。
そして、うわずった声で言った。
「ピーカントに騙されたのが、ムカつくから……よ!」
なんだい、その理由は。
困惑するばかりの僕をよそに、仲間達は跳ねて喜ぶ。
「よかったですね! フィルムさん!」
「なんだあ、もうダメかと思ってたよお」
いやいや、何をすんなり受け入れているんだよ。どういう風の吹き回しだ?
僕が喜ぶこともなく茫然としていると、アイリンが不機嫌そうに言った。
「なに、嬉しくないの?」
「え、あ。う、嬉しい……です」
いや、正直、急に言い始めたので疑いの気持ちが強い。
彼女には世界樹の使用を認める理由がない。
とは言え、何かを疑うだけの理由もない。
僕が腑に落ちないでいると、彼女は気兼ねするように言った。
「その代わり……条件があるわ」
出た、条件だってさ、そういうことか。
どんな無理難題を押し付けてくる事やら。
前世でもスポンサーが無理難題を押し付けてきて、放送中にあれを紹介しろだとか、これを入れてくれだとか言われたもの。
その度にディレクター達が頭を悩ませ、死んだような目をして企画を作ってくる。
そんな光景、慣れたものだが…………アイリンが僕にする要求ってなんだ?
僕よりも圧倒的に優秀だろうし、お金だって持っているはず。
僕にあるのは、テレビだけで──え、まさか。
「アタシを──」
まさか。
「僕らの仲間に入れて欲しいだって?!」
「そうそ……って、先に言うな!」
リアクションや☆での応援、フォロー。
特に、コメントしていただけると励みになります!!




