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第2話「動くケンタウロス②」

 ベッドの上に広げた品々。

 そこから必要と不必要を選び出していく作業は、まるで粗編集のようだ。


 大小ふたつの水筒、ナイフ、寝袋、パン、止血帯。硬い物から順にリュックサックへ詰める。


「そうだ、あれも必要か」


 ベッド脇の引き出しを開けると、羊皮紙が七枚。

 それを手に取り──また戻した。


 そう、見ての通り。僕はいま、出し渋っている。


 録画魔法〈レコー〉は、水晶体に映る景色を情報化。それを羊皮紙へ転換する。

 テスト段階では僕の目を何度も焦がし、羊皮紙のほとんどが消し炭となった。


 週三の清掃バイトを入れて、ようやく四枚。それを全て焼き潰す。

 気付けば、シフトは週五になっていた。


 だから決して安くはなく、無駄には出来ない。でも、渋ってもいられない。


「仕方ない……か」


 羊皮紙をすべて取り出し──やっぱり一枚もどして、あとはリュックに詰めた。


 それと、魔導カメラと手鏡(・)。

 こいつらは、絶対に忘れちゃいけない。


 いやいや、勘違いしないでほしい。

 別に、容姿を頻繁にチェックするナルシスト野郎というわけではない。


 確かに、前世と比べてしまえば整った顔立ちをしている自覚はある。

 毛髪は、母親譲りのミントグリーン。左目には、父親譲りの涙ボクロ。

 どちらも良いアクセントになっているとは思う。


 しかし手鏡を持つのは、あくまで実用的な理由からだ。


 放映魔法〈テ・レヴィジョン〉は、光を反射する物体に映像を映し出す。

 つまり、その場で映像を確認するのに最も便利なのが手鏡というわけ。


 手鏡に映る自分を見つめ──ついでに前髪も少し整え、それをズボンのポケットへ仕舞い込んだ。


 この魔導カメラは、紐につなげて首から下げよう。

 これなら、どんなシャッターチャンスだって逃さない──はず。


 そんな調子であらかた旅の支度を終えると、リュックを背負って一階へ降りる。


「うぅうううぅうっうう」


 階下に埋め込まれたトイレから、変な声がした。


「ふふふ。お父さんたらまるで、一生の別れみたいにむせび泣いてるわよ。あなたが無事に行き帰りできるか心配なのね」


「はは……」


 頑固で不器用な父さん。温和で優しい母さん。二人のもとに産まれて、本当に良かったと思える。

 前世もこうだったら良かったのに──。


 僕らの気配に気づいたのだろうか、トイレのドアがばんと開いた。


「あら、お父さん。流した涙も、ちゃんとトイレに流せたかしら?」


 独特な言い回し。それもそのはず、母さんは元詩人である。


 僕も初めこそ戸惑ったが、慣れた今では妙に心地良い。

 父さんも、そんな母さんに惹かれたらしい。


 その父さんだが、ドアを開けるなりぶっきらぼうにこう言った。


「泣いていないが?」


 唖然。泣いていないは無理があるだろ。

 今だって目下を濡らし、片鼻からはジェル状の何かが垂れ出ているのに。

 まぁ……そういうところが父さんらしいか。


 どうあれ、準備は整った。


「行ってきます」


 背を向けるだけの父さんと、笑顔で手を振る母さん。

 二人に見守られながら、僕は初めてのロケ撮影へと踏み出した。


◇   ◇   ◇


「♪東の森はこわい森 お昼も夜もくらい森

 ケンタウロスが集まって 人を喰おうとねらってる」


 テレビというエンタメがない世界にだって、歌という文化はある。


 僕の故郷は、世界中から人や物が集まる商人の街。

 だからこそ各地の詩や伝承など、様々なエンタメが集まりやすい街でもあった。


 いま歌っているのは、その故郷『ピーカント』に伝わる東の森の歌。

 ケンタウロスが如何に危険か。それを綴るだけの詩。

 これを幼いころから、当たり前のように歌わされて来た。


 僕はそれを、かつて戦時中に流れたプロパガンダ映画のようだと感じている。


 陽気なメロディに乗せ、敵対する民族を「愚か者」と嘲笑うだけの映像。

 そこにあるのは純粋な歌ではなく、明確な意図を持ったヘイトだ。


 それと同じ、作為的な臭《にお》いがした。

 これは、メディアに携わっていた者にある嗅覚というものだろう。

 もし鼻が腐っていなければ、だが。


 隣町へ続く、曲がりくねった道。そこから突き出るように道を逸れてゆく。


 もうかなり長いあいだ歩いた。

 辺りは薄暗く、遠くに見える町の灯りがポツポツと見え始める。


 けれど不思議だ。疲れとか喉の渇きだとか、そういったものを感じない。

 なるほど、これが信念を貫くということなのか。


 そんな戯言を心の中で呟いていると、青臭さが喉の奥を刺した。


「うぅっぐっ」


 鬱蒼とした樹々。先が見えないほどの漆黒が、僕の信念ごと飲み込む。

 その上、青虫を磨り潰したような臭《にお》いが、ぬああっと這い出ていた。


 世間では「森の香り」などと重宝されているようだが、僕は好きになれない。

 土や草木が放つソレは、匂《にお》いよりも臭《にお》いという感じがする。


 だが、こんなことで怯んではいられない。

 執拗に絡んでくるツタを蹴り払い、息を殺しながら森の中をずんずんと進んだ。


「うあ、なんだこれ……」


 森の香りは前世と同じ。でも、その中身はまったく違う。

 ツタはうねりながら僕の脚を狙い、樹木はギチギチ鳴っている。

 枝に留まる鳥たちと一緒に、こちらを覗いているような気さえする。


 靴裏の溝が、柔らかな土で覆われるほど歩く。

 もう森の中枢までは来ているはずだ。

 なのに、ケンタウロスの一人だって見つからない。影や足跡すら見ていない。


 まさか、その存在すら噂だったのか──。

 そう疑い始めたとき、カサコソと草木をかく音がした。


「もしかして、ケンタウロス?」


 いや待て。彼らの巨躯が草を揺らせば、もっと荒々しく鳴るはず。

 その音はまるで、獲物へ忍びよるかのように静かだ。


 まさか──魔物。

 僕はさっとその方向へカメラを構えた。


 この期に及んで、シャッターチャンスを狙っている訳ではない。

 魔導カメラ。これに内蔵された小型魔導炉は、杖のような役割を果たせる。

 つまり、一応、戦闘態勢。


 問題なのは……僕がロクに魔法を覚えていないということ。


 魔法を習得するために入った魔法学校。

 だが研究ばかりに没頭していた僕は、超基礎的な魔法詠唱しか覚えていない。

 その魔法は、たった二つ。


 光を灯す〈ラバイト〉

 火を灯す〈ヴレイフ〉


 そう。攻撃魔法の類が一切ない。

 というか、灯してばっかじゃないか?

 ノリと勢いだけでここまで来てしまったが、魔物の存在を完全に失念していた。


 まさに今の僕は、「面白ければいいや」で炎上するテレビマンの思考。

 そう自責したって、ソレは遠ざからない。

 そればかりか、どんどんと音は激しくなってゆく。


 来るな。

 いや、逃げるか?

 けれど下手に物音を立てるのも危険。

 どうすれば。


「はぁっ……はぁぁぁ………」


 荒ぶる息を抑えようとするが、止められない。

 無理に止めようとすれば吐息に喉が押し上げられ、はち切れそうになる。


 せめてもの抵抗。フラッシュ機能──もとい、ラバイトを最大出力。


 僕は、カメラのつまみを捻った。コプコプと、魔導炉内のマナが鳴る。

 その音に誘われるように、揺れの音も激しくなる。


 もう、近い。

 鬼が出るか蛇が出るか──覚悟を決め、息を呑む。


 茂みの隙間から、鋭い前歯。

 大きな赤い目。

 巨大な耳。


 丸みを帯びた尻尾?

 ふっくらした白い体毛???


 これ、は──


「ちゅぴんっ?」


 うさぎのように伸びる長耳に、ちょろんと出た前歯。

 綿毛のようにまんまるとした白い体と、短い手足をちょんと動かし飛び跳ねる。


 パップロップ──こいつは凶暴な魔物ではなく、むしろ超平和的な魔法生物だ。


「ぁぁあああ……よ、よかった」


 どっと押し寄せた安堵に膝の力が抜け、たまらず近くの木に寄りかかる。

 肺に溜まる熱を吐き出すように、小さな生あくびが漏れた。


 それにしても──もふもふしているなぁ。


 僕は、もふもふが好き。

 獣人の尻尾を触ってしまったのもそう。もふもふしているから。


 思わずシャッターボタンに指が伸びる──が、やめた。

 羊皮紙は六枚。この後の撮影で足りなくなったら困る。


 でも──ちょっと触ってみるぐらいなら、いいよね。

 もふもふの衝動。耐えがたい衝動。その人差し指が伸びる。


 もふもふ……。

 もふもふしたい……。

 というか、家で飼いたい。

 エサとか何が良いかな。なんて──


 ツィンッ。


 指先を、なにかが掠めた。


 「ちゅぴぃっ!」


 その風切りに、パップロップは跳ね飛びながら遠ざかる。

 僕の指先からは、血がとろりと流れ出していた。


 風切りの先。地面に刺さる、一本の矢。


 「あぁ~、また外したかあ」


 聞き覚えのある足音。競馬場のパドックでも聞いた音。

 ぱから、ぱからと近づく大きな影。


 まさか。


 僕は足音の方を、恐る恐る見上げた。


 黒い蹄。

 茶色い四つ足。

 揺れる尻尾。


 白い人肌。

 六つ割れの腹筋。

 膨れ上がった腕。


 背負った二本の矢筒と、巨大な弓。


 これは──


「よお、ニンゲン」


 ケンタウロスだ。

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