第1話「動くケンタウロス①」
テレビは生モノだ。
タネも仕掛けもない〝ありのまま〟を映し、腐らせないことがテレビの神髄だ。
実際にそうなっているかどうかは……さておき、その信念は異世界へ転生したところで、変わるはずがなかった。
にぎやかな街とは無縁で、少し動けば埃が舞うような自室。その一角にある机の上では、いずれ偉大となる発明が行われていた。この世界を映し出したくて指の震えが止まらない。最後のパーツも、ふるふると共振している。
「ふぅ……落ち着け」
チチチチ──金属同士の触れる音が僕の気持ちをはやらせる。手を引いて天井に向かって息を吐けば、喉が燻されそうなほど熱かった。
転生してからの十八年は、前世よりも長く感じた。この世界は未知で壮大なのだから無理もない。魔法から魔物まで見たことのない物で溢れている。
だけど一つ、テレビだけは存在していない。
前世をまるごと否定され、世界の全てが敵になったような気分。それほど僕にとって、テレビのない生活は考えられない。
だから、テレビを作るためだけに魔法学校に通い、青春のすべてをテレビ魔法に捧げた。図書室に籠って魔法学の勉強をする日々、そのクセ成績は悪い。テレビのことしか考えていなかったので、他の魔法など、心底どうでも良かった。
いずれクラス中に知れ渡り、勉強しているフリだと揶揄されることになる。そして、気付けばクラスから孤立し、恋人はおろか友人だって出来やしなかった。
だが、後悔はしていない。どうせ学生時代の友人とは疎遠になってゆくもの。恋人だって、大人になってからいくらでも作れるさ────多分。
それよりも、人生を賭けた最大の目標が目の前にある。
さあ次はいける、ただ置くだけなんだから──
「ぉあ。でき、た……?」
そう、何事もやってしまえばあっけないもの。肩から腕にかけ強張っていた筋が弛み、じんわりと温かくなってゆく。
そして、しばらくして実感が湧く。
ついに自分の手で、アレを作り上げたのだと。
「久しぶり……カメラ」
その塊体の重み、それに伝わる小型魔導炉の熱と鼓動は、まるで生き物を抱いているかのよう。僕はそれを〈魔導カメラ〉と名付けた。
つまみを指先でちょいと捻り、写真モードに切り替える。ファインダーから見える窓の外、その景色に一層の彩りを感じながら、僕はシャッターを切った。
「レコー!」
プジュゥ────魔導炉がマナを吐き出す音は、まるで呼吸のよう。カメラ上部にセットされた羊皮紙が、じわりと焦げ跡を付けて文字を浮かび上がらせる。
よし、録画魔法〈レコー〉の動作は正常。
震える手で包み込むよう両端を持ち上げ、レンズを覗く。
「ビフッ! ハハハ」
反射した泣き顔があまりにも酷く、思わず吹き出してしまう。まつ毛は涙で濡れて束になり、涙と鼻水は混ざってしまって何がなんだか。
ダメだ、気持ちを切り替えなければ。裾で乱雑に顔を拭う。そして、カメラを小脇に抱えて部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
この神秘に満ちた世界で撮りたいものなんて、森羅万象とある。活気ある城下町やギルド、荘厳に佇む世界樹。たとえ、虹色のゲロを放つ鳥であったとしても撮りたい。
けれどもう、最初の被写体は決めてある。
僕の名前は『フィルム・マイブリッジ』。奇しくも前世、映像の先駆者であった偉人と同じ苗字だった。
たぶん神様のイタズラだろうが、その名に運命を感じずにはいられない。
エドワード・マイブリッジの代表作、『動く馬』に倣いたい。この手で馬を撮影して、映像の黎明期を作り上げたい。
けれど、この異世界に馬は存在しない。それどころか、人間以外の見慣れた生物など、何処にも見当たらない。
そこで、馬の代替えとして僕が選んだのが、ケンタウロスだった。上半身はヒト、下半身がウマの半人半馬。人里に姿を見せることはなく、群れを成し暮らしている。
その難易度と神秘性──動くケンタウロスを撮影したい。
だが、その前に、ちゃんと筋を通さなければならない相手が居た。
「父さん! 母さん!」
居間では父が手紙をしたため、台所では母がスープを煮込んでいる。普段から仲のよい家族ではあるものの、バラバラな背中を見るたび僕は寂しくなる。
ここにテレビがあれば、もっと会話の種が増えるはずなんだ。
僕は二人をソファーに座らせ、その想いを伝えることにした。
「──だから、東の森へ行きたいんだ。このカメラで、彼らの姿を収めたい」
僕の独白は数十分にも渡った。その大半はテレビが如何に素晴らしいかを伝えるだけで、どこへ何を撮りに行くのかは、おざなりになってしまった。それでも両親は、ただ黙って聞いてくれていた。
しばらくして、腕組みをしていた父が重たい口を開く。
「ずっと何を作っているのかと思えば……よく分からんものを作りおって」
眉を歪ませ、机上のカメラを覗き込む父。まるで品定めのように角度を変えては、目を細めて凝視する。
それもそのはず父は武器職人で、物に対する想いや情熱は人一倍。その瞬きのない瞳からも、愛情が十二分に伝わってくる。粗い手作りなので、少し気恥ずかしい。
「フフッ。でも、よくできてるじゃない!」
母は無邪気に目を輝かせ、遠慮なくカメラに手を伸ばす。
待って、そこはレンズ──
「わ、ちょっと! そこは触っちゃダメだよっ」
僕は慌ててカメラを取り上げ、ポケットから絹布を取り出す。母に悪気はないのだろうけど、指紋が付いたら支障が出る。
僕が必死になってレンズを拭き回していると、父はケンタウロスについて講釈を並べ始めた。
「フィルム、お前がケンタウロスについてどう思っているかは知らない。だが、彼らは非常に凶暴で傲慢な種族だ。森に入った瞬間、弓矢で貫かれるぞ」
その脅しかけるような説得に、僕は手を止めた。
「じゃあ、父さんはケンタウロスと会ったことがあるの?」
自分が思うより低くて小さな声。
父が「それは」と言いかけ、そのまま言葉が詰まり、わずかに視線を逸らした。
ケンタウロスは人里に降りない。それなのにも関わらず、凶暴で傲慢という情報だけが独り闊歩していた。父も例に漏れず、伝聞だけで真実だと信じ込んでいた。
「その……有名な話だろう? 子供が森の中へ行ったきり、そのまま帰ってこなかったとか。お前だって、聞いたことあるはずだ」
ある。確かに、そういう類の話は何度も聞かされた。ケンタウロスの住む森に近いこともあって、大人たちはそう口を揃えていた。でも──
「結局、父さんも見たことないんだよね」
僕の冷淡な声が、居間の空気を凍りつかせる。少し詰めすぎた、こんな喧嘩するつもりじゃなかったのに。こんな時テレビがあれば、この気まずい沈黙を紛らわせてくれるんだけどな。
自分の想いとは裏腹な反応を見せられ、僕は俯くしか出来ない。
そんな僕を見かねたのだろうか、母が静かに口を開いた。
「でも、ね。ほら、フィルムって昔から色んなことに興味があった子じゃない? まるで、この世界が夢や希望に満ち溢れているかのような、そんな」
その言葉に、父の口元がゆるむ。
「ふっ。獣人族のしっぽをさわった時は、肝を冷やしたがな」
「ウフフ、そうねぇ。あの商人さんが優しくて助かったけれど」
そんなこともあった。しっぽをふりふりと振るものだから、つい好奇心で触れてしまった事件。初めて異世界の父さんに叱られたので、今でも鮮明に覚えている。
「父さんは優しいよね。その時だって僕のために、必死になって頭を下げてくれた」
「……なんだフィルム、急に何を言い出すんだ」
父さんはその太い指先で、何度も鼻の頭をかく。それが父なりの照れ隠しであることを、家族である僕らには手に取るように分かった。
職人気質であるが故、多くは語らず背中で見せてきた父。その深い愛情と優しさは、家族の僕達にはよく分かる。だけど──
「父さんは優しいのに、街の人には気難しいって思われてるよね。もしかしたら、ケンタウロスだって同じなんじゃないかな」
「っ、それとこれとは……」
別──そう言いかけては視線を落とし、バツが悪そうに唸る。世間の評価と食い違う自分。それに対してなにか、思うところがあるはず。
自分とケンタウロスは、同じかもしれないと。
しばらくすると、思い出したかのように顔を上げ、僕と目が合う。
その目は、僕が言いたいことを既に理解しているような気がした。
「父さん、母さん。僕……そのテ・レヴィジョンって魔法を完成させたいんだ」
僕は、両親に認められなければ意味がないと思っている。
常識も言語も分からなかった僕を、ここまで育ててくれた二人だから。
僕がこの世界でいちばん楽しませたいのは、この二人だから。
気まずい沈黙の中、僕の鼻をすする音だけが聞こえる。
しばらくして、父の小さな息遣いが聞こえた。
「一人で、行くのか」
その不器用な響きが、堪らなく嬉しかった。
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