第24話「ご本人登場」
森を割るように切り開かれた道。その途中からは木々が薙ぎ倒され、地面を抉ったような穴ぼこが出来ている。
世界樹ドラゴンが僕らを追って、引き裂いた空間である。
「うわぁ……よく逃げ切れましたよね、私達」
シェノンが白々しいことを言い放つ。
僕たちを置いて逃げたことは、まだ忘れていないぞ。
その跡を避けるよう脇道に逸れていると、道の奥からぼんやりとした灯りが見えた。クイッシュの船員たちが、蝋燭で砂浜を照らしているのだ。
おういと手と尻尾を振る彼らに、急いで駆け寄った。
「すいません、遅れてしまったようで」
そう詫びを入れると、船長はひらひらと手を振った。
「あぁん、いいんだよボウズ。俺達もさっき来たばかりだからな」
船長はそう言うけれど、乾き切ったその船体を見れば、時間の経過が分かる。
その優しさに頭が下がる思いをしていると、彼はふいに僕らの後方を覗いた。
「おう、お連れさん増えたのかい」
「え?」
その言葉に背筋が凍った。
僕の横にはバルクス、前にはシェノンが居るわけで、それ以上の連れなど居ない。せいぜい増えた連れと言えば、シェノンのポーチに入ったパップロップ二匹である。
エルフ族の誰かに恨みでも買って、つけられているのではないか。よくよく考えれば、相当に失礼なことも言ったし、やった。
謝れば許されるだろうか──足首を回し、すぐさま振り向く。
「すみま」まで出た言葉が引っ込んだ。
草葉を分け出てきたのは、エルフの姫アイリン嬢であった。
スカートに付いた木の葉を払い、はにかんで前髪を揃えている。
「アイリンさん……脅かさないでくださいよ」
「別に、脅かすつもりなんてないわ。ただ……」
そう言いかけ淀ませる。ちらりと船を見遣っては、その瞳を彷徨わせる。そして、しばらく思案したかと思えば、はっと眉を跳ね上げて言った。
「夜間航行は危ないから、アタシが守ってあげる。だから乗せなさいよ」
あきれ白けた。
つまりそれは、船がないので乗せてくれという他ならない。それに尤もらしい理由を付け、懇願ではなく受諾という立場に立とうとしているわけだ。
彼女らしいと言えばそうだろうが、もう少し素直になれないものだろうか。
そう思っていると、船長がずいと歩み寄って、アイリンに蝋燭を近づける。そして、彼女の顔を舐めるように眺め始めた。
彼女が照れくさそうに横髪を撚らせていると、船長がぽつりと言った。
「うーん、美人さんだな」
「えっ。へへ、そうですよね」
相場は「そうですかね」だろうが、なに誉め言葉に同調しているのだ。
というか、船長は何してんだ。ナンパか?
だが、決してナンパではなかった。
船長は真剣なトーンで言い放つ。
「ダメだ、すまねぇ。美人は船に乗せられねぇ」
「な、なんでっ」
「美人さんを乗せると、海の悪魔が嫉妬に狂い船を襲うのさ。」
ルッキズムの女人禁制かよ。
まぁ恐らく、女性を巡った争いを防ぐために作った噂だろう。それを海の悪魔と称して、乗せないことに理由付けをしているのだ。
ん、待てよ?
シェノンが自分を指差し、申し訳なさそうに手を挙げた。
「あ、あの……私は?」
「……えーっと。うん、そうだな」
おやおやおや、これはこれは。
これじゃあまるで、シェノンが美人ではないかのようではないか。
凪のような沈黙、冷たい海流の空気が流れる。
潮風も不快に思えたころ、船長がぱんと手を鳴らし声を張った。
「ま、まぁ。シェノンが大丈夫なら、大丈夫だよな! ガハハハ……ハ」
それはフォローになっているのだろうか。
一抹の疑問を抱きつつ、アイリンと僕らは船に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
船尾から見える世界樹のシルエット、徒労に終わったことを嘆くばかりであった。
クイズに負けた敗因も、番組としての面白さを優先しすぎた。
かと言って、あのままワンサイドゲームで終わらせるなんて選択肢も無い。なるようにしてなった結果だ。
今後どうすればいいかと思案していると、アイリンが背後から話しかけてきた。その声は意外にも、心に寄り添うような色をしていた。
「残念だったわね、世界樹のこと」
「仕方ないです」
「ま、アタシに挑んだことが間違いだったわね」
ギリギリで勝ったクセに、何を言ってるんだろうか。
そんな文句を言いたくても、苦杯を飲まされた相手。みっともなく感じて喉奥に留めた。
彼女はつうっと指先で柵をなぞると、僕の前に顔を覗かせた。
「ねぇ、てれび辞めちゃう?」
まさか。
そんなわけが無いと首を振ると、やっぱりと言って笑った。まだ会って間もない彼女にですら、僕が「テレビ馬鹿」だとバレている。
彼女はお腹を抱えてしばらく笑っていたが、ふと真剣な顔をして口を開く。
「ねぇ、テレビなら──」
彼女が何かを言いかけたところで、あの歌声が聞こえて来た。セイレーンだ。
その方へぱっと振り向くと、岩礁の上にあのシルエットが浮かんでいた。
「♪貴方に歌を届けたいの~」
いやいや、お断りだ。届けられたくない。
歌声は本当に良いんだけどな、呪いの副作用がきつすぎる。
そう顔を歪ませていると、船長がこちらに振り返って、にやりと笑った。
なんだと思っていたら、船長が蝋燭をこちらに投げ込んだ。
なるほど、新人への歓迎をアイリンにもするのか。僕は軽く頷くと〈ブレイフ〉を唱えた。
そして、何をしているかバレないように、談笑しながら蝋を溶かしていった。
「セイレーン、綺麗な歌声だよね~」
「そうかしら、私の方が上手いんじゃない?」
どれだけプライドが高いのだろう、万物に対して一番でないと気に食わないのか?
その高慢ちきに苦笑しつつ、腹の中では暗黒微笑を抱える。そろそろ蝋も溶けてきたころだ。
僕はゆっくり彼女の背後に回り込み、蝋を手の平に乗せて耳に塗りたくった。
ぼうっとした雑音が耳を覆う。周囲の音が聞こえなくなる中、アイリンの様子がおかしくなっていくのだけは分かった。
辺りをキョロキョロと見渡したかと思えば、何かを食べるような動作を繰り返す。どんな幻覚を見ているのだろう。
僕らはそれを見て笑っていたものの、なんだか可哀そうにも思えてくる。同調圧力を盾にして、悪い冗談をしている。
しばらくすると、彼女がふらふらとし始めたので、腕を掴んで床に座らせた。せめてもの償いであった。
座ってからもバクバクと口を動かし、何かを食べている。僕もこんな感じだったのだろうか。
僕はどんな感じだったか考えていると、船が大きく揺れた。
「おぉ」
海がそそり立ち、白くて大きな触手がぐんと伸びる。それは一本だけではなく、船を囲むように何本も飛び出てくる。
あ、そうそう。クラーケンに襲われたんだった。
まぁ僕の場合は、口から出てきたけど。
…………ん? 僕は耳をふさいでるはずだけれど?
ふと遠くの岩礁を見ると、そこに居たはずのセイレーンは消えている。
船員達が慌てふためき、魔法をいくつか唱えている。
まさか、これって────本物?
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