第23話「それでは、最終問題です」
クイズ大会の前夜。たらふく晩飯を食べた後、三人はリビングで談笑していた。
とは言っても、シェノンはテーブルに突っ伏して寝ていたが。
僕は床であぐらをかき、アイリンの祖母「ソルデ」はソファーに腰掛けていた。
話題も尽きたころ、ふと思い出して問いかける。
それは、アイリンの部屋の隣にある、もう一つの部屋に関する質問。
「そういえば、二階のリソットって書いてある扉。あれは誰の部屋なんですか?」
その言葉に、くっと口をすぼめ躊躇いを見せるソルデ。
しばし沈黙した後、鼻からすうっと息を吸うと、静かに語りだした。
「……十年ぐらい前に亡くなった、アイリンの兄だわ。あの子が亡くなってから、アイリンは次期女王に就くことになってね」
「あ、へぇ。なんか、すみません」
めっちゃ、気まずい。ソルデも気まずさのあまり、爪を眺め始めた。
他に話のタネがないか辺りを見回していると、暖炉の巨斧が目に入る。この家に入ってきた時にも気づいた、黒光りした斧である。
「あの斧は何ですか?」
「あぁ、それはね──」
それが、「閃光の魔斧使い」の話を聞くきっかけになった。異名が間違って伝わっている事を聞いたのも、それを公表しようと提案したのもこの時。
昔の話をしているソルデは喜色満面で、彼女にとっての青春だったのが窺えた。
それにしても、なんでこんな話をしてくれたのだろうか。僕は興味本位で聞いてみることにした。
その回答がこちらだ。
「だって、あなた人間でしょう? どうせすぐ死んじゃうから、言っても大丈夫かなって」
僕は────爪を眺めるしかなかった。
◇ ◇ ◇
クイズ大会も終わり、閑散としたゼーカ村。
薄暮の世界樹は、より一層に神秘であった。傘に出来るほどの大ぶりな葉は、赤みある光を反射して、なにか果実のように見えた。
あれが実らせるのは魔元素だけなのに、なんでも実らせてしまいそう。それほど、限りない発展性を秘めている。
しかし、テレビアンテナとして使うことは叶わない。それで良かったのだと思う。
あれほどのランドマークが、電波を飛ばす為に使われるはずがなかったのだ。
「御三方。目論見通りいかず、残念でしたわね。けれど、楽しませてもらったわ」
見送りの際、勝ち誇って言う女王陛下。ムカつくけれど、負けは負けである。少なくとも、楽しかったと言って貰えただけ、こちらの勝ちである。
勝負に負けて試合に勝つ──逆だっけ? とにかく、そういうやつである。
それにまだ、勝負は終わっていない。
「あ、そうだ。最終問題、まだでしたよね」
僕は人差し指を立て、白々しい態度で言った。
そんな僕に、首を傾げる親子二人。
「いえ先程、『くいずばんぐみ』は終えたのでは?」
確かに、クイズ番組は大盛況で終わった。
だが、二十一問目を出しただけで、最終問題は出していない。
それに──
「今度の回答者は貴方ですよ、女王陛下」
「は?」
上ずった疑問の声、そして少し小馬鹿にしたように鼻を鳴らす女王。そう笑っていられるのも、今のうちである。
僕は喉を鳴らすと、司会者仕草を始めた。
「では、最終問題。アイリン嬢の、本当にやりたい事はなに?」
その問いに、愚問だと言わんばかりにほくそ笑む。女王は即答した。
「そんなの、王位継承して世界樹を守ることに決まっているじゃない。ねぇ、アイリン?」
「え、えぇ」
女王は自信満々で答えているし、アイリンも認めているように見えた。
だが、それは──
「残念、不正解」
そのあまりに独善的な正誤判定に、アイリンが一歩踏み出し異議を唱えた。
「な、なにを勝手なことを言ってるの。アタシは次期女王を目指してるの!」
胸に手の平を当て、必死にそう主張するアイリン。
しかし、次期女王を冠するつもりがあるのか、僕には甚だ疑問であった。
僕はその疑問のタネを、率直にぶつけた。
「では、護衛もなしに村の外へ出ていたのは、どう説明するんです」
その言葉に、女王ははっと息を呑んで身を固くする。
「アイリン、それは本当?」
「いや、その……」
女王の言葉に、バツが悪そうに目を伏せるアイリン。
実際、謁見やクイズ番組の時には護衛が付いていたのに、初めて会った森では護衛を付けていなかった。これでは、姫の警護として杜撰であるし、姫としても不用心である。
ここで考えられる要因は一つ。
彼女は他人に内緒で、村から抜け出していた。
それが、一つ目のヒントだった。
「本当に姫になりたいなら、こんな軽率な行動しないはず……賢い彼女なら尚更ね」
僕の言葉に、アイリンは顔も伏せ始める。
その様子を見た女王は、慌てて否定しだした。
「だからといって、女王になる夢が不正解とまでは言えないはずよ」
もちろん、それだけでは言い切れない。僕はリュックから、一冊の本を取り出した。これが二つ目のヒントだ。
歴史ジャンルから出題予定だった、勇王伝説というタイトルの本。勇者ライザーが魔王を封印するまでを綴った、史実に基づいた伝記である。
アイリンの旧居に置いてあったのを、彼女の祖母に言って借りていた。
「こちら、お返ししますね」
そう言ってアイリンに手渡す手前──試しに問題を一つ出した。
「あ、そうだ。百九十二頁って、何が書いてあるんですっけ」
唐突な出題に戸惑うアイリン。
しかし、しばらく瞳を転がせると、すらすらと喋り始めた。
「えっと、勇者ライザーは、メテオドラコスへ立ち向かった。その姿は──」
自分から出題しておきながら驚いた。彼女は今まさに読み上げているかのように、的確に語句を並べている。
暗記だとか、そんな程度の低い話ではない。彼女にとって勇王伝説は、呪文を言うのと同じなのだ。それほど読み込んで記憶している。命に刻み込んでいる。
表紙はかすれて文字すら見えないのに、見開きだけは綺麗な勇王伝説。
だが、魔導書は対照的に表紙も中身もピカピカで、新品さながら。
あの本棚には、彼女の実像が映し出されている。
「もう大丈夫です。お好きなんですね、勇王伝説」
そう言って今度は、しっかりと手元に渡す。
見た目以上に重みのある本。それを受け取っても、腕は下がらない。重量さえも体に染み込んでいるのが分かる。
僕は確信と共に振り向き、女王に再び問いかけた。
「さて、彼女の夢はなんでしょう?」
女王はうんざりした様子で顔を振り、杖で地面を鳴らしながら答える。
「だから、王位継承に決まっているでしょう!」
違う。それはつい最近、やるしかなくなっただけ。
十年前、彼女の兄が亡くなったことで、妹であるアイリンが継承せざるを得なくなっただけ。
僕は本当にそれが正解なのかと、アイリンに目配せする。彼女は目を逸らし、俯き本を両手で抱きしめていた。
その煮え切らない姿に、女王陛下は気忙しさを見せ始める。
「ア、アイリン、王位継承したいわよね。そうよね?」
少し腰を曲げ、空いている方の手で肩をゆする。何度も大きく揺らすので、手元から零れ落ちそうになる本。余計にアイリンの抱きしめる腕が強くなる。
その痛々しいやり取りを見ていられなかったのか、今まで黙っていたアイリンの祖母が、口を挟んだ。
「もういいじゃないの、分かっていることじゃない」
祖母のソルデは諭すように語り掛け、女王の腕を掴む。
だが、譲れなかった女王は、腕を持ち上げ振り払った。
「うるさいわね、私は認めるわけにいかないの!」
女王の確固たる意志に、ソルデがため息をついて顎を掻く。そして、子供に言い聞かせるように優しく語り掛けた。
「血筋よ。私も元勇者パーティだなんて言われているけれど、ついでに魔王を封印しただけ。初めはただ、数十年だけ自由になりたかったの」
ソルデは昔を回顧するように、アイリンへ眼差しを送る。彼女が外の世界に興味があることを、ソルデは知っていたのだ。
それは、女王も同じだったのだろう。肩に乗せた手は肘まで降りて、そのままぶらんと腕を垂らした。
そうしてようやく、答えが出る。
「ママ……アタシ、外の世界を冒険してみたい」
彼女は誰よりもプライドが高く、その責務を全うするため我慢していたのだろう。
堰を切ったように、ボロボロと涙をこぼすアイリン。あれだけ綺麗に使っていた本が、その涙で汚れていってしまう。それも気にしないで泣いていた。
「もう……はぁ。仕方のない子」
女王は側近に杖を渡し、また彼女の肩に手を置いた。それは、揺らすためでも止めるためでもない、抱きしめるための手であった。
「十年。多くても二十年で帰ってきて頂戴。出来れば、一年ごとに顔を見せて頂戴」
そう言って、彼女の鮮やかな緑色の髪を撫でる。
息子を亡くしてから二十年後、娘を手放すのに相当な抵抗があったはず。その心を押し潰すように、言い聞かせるように撫で続けていた。
本当は、テレビだったら外の世界を見せられますよ──みたいに説得しようとしていたのだが、さすがに無粋である。
最終問題もクリアされてしまった僕らは、その場を静かに去った。
◇ ◇ ◇
夕闇の帰り道、バルクスが得意気に言った。
「フィルム。俺なんだか、テレビが何なのか分かって来たかも」
そう言った彼に「良かったね」と言いながら、僕自身はどうなのか考えた。
テレビマンとしての信念はあるし、テレビのノウハウも多少はある。やれる事も、やりたい事も沢山ある。
だけど──
「僕はまだ、分かんないや」
リアクションや☆での応援、フォロー。
特に、コメントしていただけると励みになります!!




