第22話「クイズ、異世界でSHOW④」
私の祖母は千年前、魔王封印に成功した勇者パーティの一員であった。
そして、当時の勇者たちは息絶えて、祖父も亡くなってしまった。
だから、当時の彼女を知る者はいない。
「そんな、それは間違いよ。そもそも渡された紙に、こんな問題は無かったわ」
お母様がフィルムを問いただす。
閃光の魔法使いという異名は、私達エルフの間では有名。判断が間違っているとしか思えなかった。
しかし、祖母は聞き分けのない子供を諭すように、母が座っていた椅子を叩き招いた。
「その子は合っているよ。本当の私は『閃光の魔法使い』なんかじゃない」
その言葉にどよめき立つ。
特に、二人を警護している兵士たち。無表情を保たねばならぬ彼らすら、その言葉に目を丸くして二度見する。
母は首がねじ切れそうなほどの振り向きを見せ、祖母を強く問いただした。
「そんな、嘘を吐いていたっていうの! 勇者パーティというのも嘘?!」
取り乱す母の両腕に、祖母は手を震わせながら添える。
そして、するりと腕を撫でながら、しっかりと目を見据えて言った。
「勇者様と旅をしたのは本当。でも、知らない内に間違った異名が広がって、訂正するにも噂が広がり過ぎて……そんな話を彼に漏らしたら、『良い機会ですね』って」
祖母はそう言うと、フィルムへ顔を覗かせ、彼もそれに頷く。
そんな……そもそも、なんで彼なんかに話したのだろうか。あぶくなどに話せる事などないはず。
私たちには隠して、彼にだけ話した異名。
それが何なのか考えていると、彼は一つ提案をしてきた。
「そうですね。では、お二人にヒントを差し上げましょうか」
その言葉に、バルクスがいち早く反応する。
「うん! ヒント欲しいなあ」
ヒント、そんなものがあるの。だったら最初から出してくれれば良かったのに。
さて、そのヒントを聞こうじゃない。
そう耳を澄ませていると、彼はありえない事を口走り始めた。
「アイリンさんは?」
「へ?」
思わず、頓狂な声がこぼれる。
「ヒントが欲しい場合はお願いして頂けないと、差し上げることは出来ませんよ」
こ、こやつ……この私に対して、懇願して足を舐めろと言った?
いいや、そこまでは言ってないようだけれど、それでも同じこと。完全に図に乗った発言。
とはいえ、このままでは膠着するだけ。私達は長命だから良いけれど、御三方は違う。
無駄な時間を過ごさせてしまわないために、私は譲歩してあげることにした。
決して、ヒント欲しさに軍門に下ったわけではない。
「ヒントを……ちょう、だい」
その言葉に、にやりとする彼。
むかつく。
まぁ、図に乗らせておけばよい。私が有利であることは変わりないし、このヒントで答えてしまえば良い。さっさとヒントを寄こしなさい。
「では、一つ目のヒントです。いま知られている異名は、元々の異名が間違って伝わったものです」
間違って伝わった……つまり、閃光ではないということ?
でも、おばあ様が光魔法の使い手であるのは事実。であるなら、光に関係する言葉を出せば、正解に導かれる。
私は思いつく限りの「光」を出した。一閃、稲光、閃耀、烈閃──。
これなら、言語学の範囲。バルクスが追いつく事は、到底不可能。
私の独壇場──そのはずだった。
どれだけ言っても、一向に出ない正解。自分の語彙が減ってゆくごとに、焦りを感じる。もはや私の言葉に対して、「不正解」と言うだけの作業になっていた。
やがて、語彙も尽きる。力も尽きる。
おばあ様に目を送っても、笑顔が張り付いているだけ。
一体なんなの。貴方はどんな魔法で、魔王封印に貢献したの。
もう──仕方がない。一度言ってしまえば、二度目も同じ事。
「さっき、一つ目って言ってたわよね。二つ目のヒントもその……頂戴!」
「はい、分かりました。それでは二つ目のヒントに行きたいと思います」
あれ? さっき私にしたみたいに、バルクスにも聞かないの?
まさか────私をおちょくっていた?
この人間、どこまで私を苔にすれば気が済むのだろうか。
私が寛大で寛容で鷹揚であるからと、完全に調子に乗っている。
私がその不満の腹を収めていると、彼は少しだけ考えて、二つ目のヒントを出した。
「そうですね。『閃光の』までは合っています」
なるほど。魔術師とか、そこの言い換え……いや、果たしてそうなの?
最後の問題まで来て、そんな誤差のような違いで終わるはずがない。
そう二の足を踏んでいると、バルクスが先行した。
ここに来て、バルクスの初回答である。
「閃光の魔術師!」
「うーん、不正解」
やはり、違った。
その後も彼は、魔女や呪術師と言い方を変えてみる。
しかし、何度も不正解。
それに、フィルムが不正解を出すスピードが早すぎる。
つまり、魔法関連の言葉が出た時点で審議なし──魔法関係ではない?
祖母は、伝説の魔法使いではなかったということ?
ダメ、考えても考えても分からない。周りを見ても、誰もが首を傾げて考えている。祖母も顔色一つ変えず、ニコニコするだけ。
かと言って、これ以上ヒントを貰うのは癪に障る。あの訳知り顔が不快である。
そもそも、どうして彼と異名の話をしたのだろう。ただ祖母の家へ尋ねただけで、千年も言えなかった秘密を打ち明けるわけがない。
家で秘密の古文書を見つけたとか、隠し扉の先の何かを見つけたとか──。
私は藁にもすがる思いで、祖母の家を思い出した。
おぼろげな、二十年前の記憶から引きずり出した。
思い出されるのは、よく手入れされた青々とした庭。そこではよく、亡き祖父が薪を割っていた。暖炉にくべるための準備だ。
家に入ると、レンガ造りの暖炉が見える。幼いころの冬、兄と取り合って喧嘩をしていた暖炉。その上部には大人の身長ぐらい大きな斧が掛けてあって、「危ないからそこで喧嘩するな」とよく叱られたもの。
それは『魔斧』と呼ばれ、振るうだけでも魔力と腕力が要るのだとか。
私は祖父の形見だと、勝手に思っていた。
まさか──祖母の方を見る。相変わらず、ニコニコと笑っている。
母の杖より細い腕、葉脈のような手を重ね、私の勝利を願ってくれている。
ありえない──そう思いながらも、その重ねた年月に無限の可能性を感じた。
「ちゅぴーん!」
フィルムが私を指す。
これが間違いなら、私は大恥をかくだろう。そんなはずがないだろうと、謗られるだろう。
けれど、祖母の重ねた年月では、説明のつかない事もあるのだと思う。
「閃光の──」
いつも通り、賢い自分を信じるだけだった。
「魔斧使い!」
ありえない、そう笑う声が聞こえる。
最小でも一メートルはある魔斧、そんなものを振るえる女エルフなど居ない。そもそも振るおうとしない。
しかし、目を瞑って微笑む祖母の顔を見れば分かる。
真一文字で私を見つめる、フィルムを見れば分かる。
「アイリンさん…………正解です! 優勝は、アイリン・ハーウィー!」
ぼんと風魔法〈ザーフ〉で花びらが舞う。赤と白がゆらゆらと舞い降りる中、祖母は楽しそうに笑って拍手した。
あんなしわくちゃになっている祖母は、祖父が亡くなってから初めて見た。
エルフ達は困惑し、お母様も口をあんぐり開けているけれど、祖母と私だけは予想通り。私が負けることなど、ありえない。
そう悦に浸っていると、花びらは落ちて観客も落ち着く。お母様だけが祖母を問い詰めている最中、フィルムが声高に訴えかけた。
「ですが、彼女が斧を振るっていた姿は、もう二度と見ることは出来ません! その姿を残すことが出来るのが、映像なんです!」
気に入らないけど、腑に落ちた。魔斧を振るうおばあちゃん、見てみたい。
けれど、その身体付きを見れば、もう無理であることは明白。祖父の薪割りだって同じだ。
どれだけ記憶を重ねたとしても、あの日を影送りすることすら出来ない。
「ということで、クイズ正解樹はこれにておしまい。また会える日を!」
◇ ◇ ◇
知恵比べも終わり、世界樹前の賑わいが収まったころ。散った花びらの掃除を終えた彼に、これで良かったのかと問いかけた。
彼はしばらく考えたあと、楽しかったですかと聞いてくる。私が小さく頷くと、彼は笑顔で、それはよかったと言った。
けれど、これでは世界樹は使えないじゃないの。そう言えば、仕方ありませんと達観したように言う。
どうしてか私には、その狂気と爛漫の混じったカオスが、ひどく美しく見えた。
そして彼は、漏らすように言葉を残す。
「それにまだ、最終問題は終わっていませんから」
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